礼安とエヴァ、二人の長期休みの情報を聞き、不安になる院や透を始めとした両科の一組。しかし、それでも自分たちに出来ることは、学園祭の準備と学園長の思い付き八割で始まった音楽フェスに向けての練習であった。
前日に『色々』あったため、大分やつれていた院。それを見かねた透は、朝の時間と授業の合間にそっと話しかける。
「――なあ、大丈夫かよ院? 昨日
武器科の先輩に絡まれてたっぽいけど」
「大丈夫じゃアありませんわ……礼安はエヴァ先輩の寮に缶詰め状態で練習していたために礼安に助け舟を求めることすら出来ずに、圧倒的な
鮴押しによってタッグを組むことになりまして……」
「げ、あの変な人と組んだのかよ」
「だって……「組まない」という選択肢を何度も選んでいるのに、同じ質問の最初に戻されるような感覚ですもの!! まあまあ気が狂いそうになりましたのよ!?」
それは遡ること数時間前、午前零時。あろうことか、礼安の温もりが恋しくなりながらも、一人きり眠りについていた院。
しかし、どうも寮の外に圧を感じる。しかも、プレッシャーの類や何かしらを強制させるようなものでは無く、そこに『誰か』がいる感覚が、目を閉じているのにも拘らず敏感に感じられる。夜中に学園都市内のコンビニに出向いた生徒である、そうに違いないと自分に言い聞かせ掛け布団を頭から被るも、その気配が退く予感は欠片も感じられなかった。
三十分経過しようと、その気配がどこに行くでもなく、礼安と院の寮の手前で停止しているため、遂に痺れを切らした院は寮の出入り口を寝間着姿で開け放ち、近所の迷惑になる可能性を考え寮の中へ般若の形相で来るよう指示した。
意図を理解した上田は、何故か大量の贈り物を手にした状態で、静かに入り込む。
ドアを閉めた瞬間に、ある程度の防音が効くために、上田に対して怒声を浴びせかけるのだった。
「何ッで寮の前で出待ちしてますのッッッッ!! しかもあろうことか何も言わずに忠犬のような純朴な目を向けたまま!!」
「えッだって近所の迷惑になるし……」
「変な所常識人ですのに待ち時間に関しては一切常識知らずなのどうにかしてくれませんの!?」
「だって……俺と院さんは運命の糸で結ばれているんだゼ……♪」
「何度言えばいいんですの!? 私は過去の経験より軽薄な男が大ッッッッッッッッッッッッッッッ嫌いですの!!!!!!!!」
最たる例こそ
桃田煩丈ことフォルニカ。礼安は彼の事情を狂ったほどのお人よしさで理解し、包み込んだからこそ、彼を打倒するに至ったのだが……これが院ならそうはいかない。何故なら本能で
軽薄な男を嫌っているから。きっと能力の謎にも気づけないまま終わっただろう。
そして、眼前の上田には、フォルニカから底に溜まった滲み出る悪意を全て除去しきり、残った要素の内、
敵としての感覚全てを排除、あるいは目の細かいふるいにかけた結果残ったもの、のようなものを感じ取っていたのだ。
「俺、そういうつれない子ほど『そそる』んだよ! さ、どうか俺とタッグ組もう!!」
「どこまで突っぱねればこのバカによるイベントは終わるんですの!!!!????」
そんな似たような問答が、よりにもよって朝五時ごろまで続いた。遂には不撓不屈の精神を持った上田に根負けし、衰弱した院は「――もうどうにでもなれですわ」とだけ呟き、気絶するように眠ってしまったのだという。
「――ってちょっと待てよ、何で自分が気絶する前の話今したんだよ、後の話はどこ行ったよ」
「……上田先輩にベッドまで運んでもらったらしく」
「ウッソだろ、何かされたろソレ」
「それが……本当に何もされませんでしたの……今現在まともな思考が働いていませんが……異性の寮に上がった後の、最低限の
常識は理解しているらしいですの」
何とも言えない不潔な印象が拭いきれなかったものの、手を出されていないことに安堵する透。未だ不信感の拭えない存在かつ男ながら、頭抜けた変人程異性に対する態度は基本的にまともなことを理解した。
「――そちらのパートナーの先輩は……随分まともなお方ですわね……羨ましいですわ……」
「――まあ、優しい先輩だよ。ただ……どうも少し引っ掛かる節があるというか……」
ほんの些細な癖。しかし、「気にしすぎ」と言われればそれまでなのかもしれないワンカット。それが、彼女の子供たちに対する振舞い方であった。
義弟妹は、あのホロコースト事件による孤児同然。それに山梨の一件によって連れてきた謡。今や本当の弟や妹のような気軽さにはなってきたが、そうなるまでの間距離間には気を遣ってきた。保護された動物と接する中で、パーソナルスペースを大切にしながら、己の内にある『愛』を伝える過程が、通常なら必要不可欠である。
しかし、「慣れている」と言っていたはずなのに、少し最初から『飛ばし過ぎ』な印象があったのだ。そういった子であることは、組んだ最初のタイミングで伝えたのにも拘らず、その後もお節介焼きであり続けたのだ。
「……何だろうな、どっか『危うげ』なんだよな、渡部先輩。俺は礼安じゃあねえから正確には言い表せねェし感じ入ることも出来ねェけど……『無理している』気がしてよ」
透の言動に疑問を持ちながらも、今日の学校生活がスタートする。昨日が実践演習であったために、今日は座学の日。疲れによってふとした瞬間に眠りに落ちてしまわないよう、院は一発自身の頬を張るのだった。
(礼安がいなくとも……頑張って見せますわ!)