第百三十三話:歴史の授業と「お金」の真実
ー/ー「王立・竜の子学園」の午後の授業。
今日の科目は『歴史』である。
教壇に立つのは、王国の学術顧問エルダー・ソフスと、その助手役を務める古竜オーディンだった。
「……というわけで、古の時代、竜族は『感情エネルギーの増幅』という目的のために創造されたのである。このオリジン・コードこそが、我々の根源であり……」
ソフスの講義は、学術的に極めて正確で、高尚だった。
しかし、子供たちにとっては退屈極まりない睡眠導入剤でもあった。
「ふわぁ……。むずかしいよぉ」
リオ(風/四歳)があくびをする。
「オリジン・コードって何? 美味しいの?」
グラウンド(土/三歳)が首をかしげる。ライオス(炎/八歳)に至っては、教科書を立てて堂々と居眠りをしていた。
「コラ、ライオス! 寝ちゃダメよ!」
シズク(水/六歳)が注意するが、彼女自身も眼鏡がずり落ちて舟を漕いでいる。
唯一、真面目に聞いているのは生徒会長のシリウス(十歳)と、知的好奇心旺盛なユリウス(人/八歳)くらいだった。
「……ふむ。やはり子供たちには難解すぎたか」
ソフスが困ったように髭を撫でる。
オーディンも苦笑いした。
「我々の話は、どうも重くなりすぎる傾向がありますな。もっとこう、現代的な視点が必要かもしれません」
その時、教室の扉がガラリと開いた。
「お待たせしました。ここからは『実用的な歴史』の時間ですわよ」
現れたのは、財務官僚長官ギルティアだった。
彼女はいつもの冷徹な表情で、黒板の前に立った。
「ソフス様、オーディン様。歴史の本質は『記録』ですが、それを動かしてきたのは常に『資源』と『欲望』です。子供たちには、もっと分かりやすい切り口が必要ですわ」
ギルティアはチョークを手に取り、黒板に大きく「¥(金)」のマークを描いた。
「えっ、お金?」
子供たちが一斉に顔を上げる。ライオスも目を覚ました。
「そうです。いいですか、皆さん。歴史とは即ち、『お金の奪い合い』の記録です」
ギルティアの極論に、教室がざわつく。
「えーっ! 違うよ! 正義とか、勇気とかじゃないの!?」
ライオスが抗議するが、ギルティアは眼鏡を光らせて一蹴した。
「甘いですね、ライオス君。例えば、貴方のお父様(ヒカル王)が魔王を倒せたのはなぜですか?」
「それは……父上が強くて、母上(レヴィア)たちの愛があったから!」
「半分正解、半分間違いです。正解は、『私が兵站(お金)を管理し、ウィンドランナーが物資を運び、テラ様が食料を供給し続けたから』です」
ギルティアは、当時の収支決算書(コピー)を子供たちに見せた。
「見てみなさい。ユニゾン一発撃つのに、どれだけの魔力触媒(コスト)がかかっているか。愛や勇気だけでは、お腹は満たせませんし、武器も買えません。経済が破綻すれば、正義もまた破綻するのです」
子供たちはポカンとしている。
あまりにも現実的すぎる歴史観。だが、妙な説得力があった。
「古王軍が負けたのは、恐怖政治で経済を停滞させたからです。カインが滅びたのは、資金源を断たれたからです。……つまり、お金の流れを制する者が、歴史を制するのです!」
「す、すげぇ……!」
「なんか、かっこいい……!」
子供たちの目が輝き始める。
難しい「起源」の話よりも、「お小遣い」の延長線上にある話の方が、彼らにはリアルに響いたのだ。
「先生! じゃあ、僕のお小遣いが増えないのは、パパのせいなの!?」
リオが手を挙げる。
「いいえ。それは貴方が無駄遣い(お菓子)をしすぎているからです。収支バランスを見直しなさい」
「はーい……」
教室が活気づく中、一人だけ静かに、しかし熱っぽくギルティアを見つめる少年がいた。ユリウスだ。
彼はノートに猛スピードでメモを取りながら、呟いた。
「……資源の分配と、国力の維持。歴史の裏側にある『数字のロジック』。……面白い」
ユリウスは、他の兄弟たちのように強い魔力や身体能力を持っていない。
(僕は、ライオスみたいに剣は振れないし、シズクみたいに魔法も上手くない。……でも、この『数字』なら、僕にも戦えるかもしれない)
授業の後、ユリウスはギルティアの元へ駆け寄った。
「ギルティア先生! さっきの話、もっと詳しく教えてください! 特に『戦時国債の発行によるインフレ抑制』のあたり!」
ギルティアは少し驚いたように目を見開き、そして口元に薄い笑みを浮かべた。
「あら……。こんなマニアックな所に食いつくなんて、珍しい子がいたものね」
彼女はしゃがみ込み、ユリウスの目線に合わせた。
「ユリウス君。貴方はレオーネ皇女の息子ですね。……やはり、血は争えないわ」
「え?」
「貴方には才能があるわ。『世界を俯瞰して見る』才能がね」
ギルティアは、自分の持っていた高級万年筆をユリウスに手渡した。
「これをあげましょう。未来の財務大臣候補への、先行投資よ」
「あ、ありがとうございます……!」
ユリウスは震える手で万年筆を受け取った。それは彼にとって、初めて手にした「自分の武器」だった。
その様子を、少し離れたところから見守っていた少女がいた。ソイル(土/七歳)だ。
彼女は、目を輝かせて万年筆を見つめるユリウスを見て、思わずぽつりと呟いた。
「……かっこいい」
「え?」
隣にいたシズクが聞き返す。
「あ、ううん! なんでもない!」
ソイルは慌てて顔を赤らめ、両手で頬を隠した。
(戦う力はないけど……難しそうなことを楽しそうに話してるユリウス君、すごく頼もしく見えたな……)
彼女の中で、「守ってあげたい男の子」から「尊敬できる男の子」へと、ユリウスへの認識が少しだけ変化した瞬間だった。
「ふふふ。ソフス様、どうやら後継者は私の方が見つけたようですわ」
ギルティアが勝ち誇ったように言うと、ソフスは穏やかに笑った。
「いやいや。彼が学ぶのは『経済』だけではないでしょう。彼の中には、母君(レオーネ)の『高潔さ』と、王(ヒカル)の『優しさ』も流れている。……末恐ろしい賢者が育ちそうですな」
教室の窓から、校庭で遊ぶライオスたちの姿が見える。
力で守る者、魔法で支える者、そして知恵で導く者。
それぞれの個性が、少しずつ形になり始めていた。
その夜。
ユリウスは自室で、貰った万年筆を握りしめながら、分厚い経済書を読み耽っていた。
「いつか……僕の計算で、みんなを守れるようになるんだ」
その背中を、見回りに来た母レオーネが、愛おしそうに見つめていた。
「お金」という切実なテーマから始まった歴史の授業は、一人の少年に「知恵の継承」という道を示し、少女の心に新たなときめきを芽生えさせたのだった。
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