第百三十二話:給食室の防衛線

ー/ー



「王立・竜の子学園」にも、待望のランチタイムがやってきた。
 午前中の授業(今日はギルティアによる『お小遣い帳のつけ方と脱税の防ぎ方』というハードな内容だった)を終えた子供たちは、空腹を抱えて食堂へと集まっていた。

「今日のメニューは何かな? ハンバーグかな?」
「論理的に予測すると、昨日の残りの魔獣肉を使ったシチューの可能性が高いわ」

 ライオスとシズクが列に並ぶ中、食堂の扉がバンッ! と勢いよく開かれた。

「お腹を空かせた子供たちよ! 待たせましたね!」

 そこに立っていたのは、割烹着に身を包み、両手に巨大な寸胴鍋と大皿を抱えた磐石の守護龍テラだった。
 その背後には、不動の防衛将ガイア率いる土竜部隊が、山のような食材ケースを搬入している。

「テ、テラ様!? なぜここに?」

 給食係の職員が腰を抜かす。テラは慈愛に満ちた(しかし有無を言わせぬ)笑顔で宣言した。

「わらわが視察したところ、この学園の給食は栄養バランスこそ完璧ですが、『愛の質量』が足りません! 育ち盛りの子供たちには、大地のようなボリュームが必要です!」
「???」
「というわけで、本日の給食はわらわの特製、『超・大地の恵み定食』です!」

 ドゴォン!!

 配膳台に置かれたのは、子供の頭ほどもある巨大な肉塊(骨付き)と、山盛りの薬草サラダ、そして丼から溢れんばかりの根菜スープだった。

「さあ、召し上がれ! 残すことは許しませんわよ!」

 子どもたちはしらなかった。テラの純粋さの怖さを……。


 ◇◆◇◆◇

 食堂は、静かなる戦場と化した。

「うおぉっ! 肉だ! すっげーデカイ!」

 ライオス(炎/八歳)は目を輝かせて肉にかぶりつく。彼の胃袋は母親譲りで底なしだ。

「……量がおかしいです。カロリー計算が破綻しています」

 シズク(水/六歳)は溜息をつきつつも、効率的にナイフを入れていく。


 そんな喧騒の片隅で、普段は目立たない「闇」と「光」の子供たちも、この試練に直面していた。

「……多い」

 クロノス(闇/六歳)。ヴァルキリアの息子である彼は、母親譲りの黒髪と赤い瞳を持つ無口な少年だ。
 彼は自分の顔ほどもある肉塊を前に、静かに絶望していた。

「母上(クイーン)は、食事は素早く隠密に済ませろと言っていたが……これでは隠密行動どころか、動くことすらままならない」

 ブツブツと呟きながらも、彼は生真面目にフォークを進める。残せばテラ(給食のおばちゃん役)の悲しい顔を見ることになるのを知っているからだ。


 その隣では、妹のミスティ(闇/三歳)が、サラダの山に隠れるようにして震えていた。

「……お野菜、こわい」

 人見知りの激しい彼女にとって、この緑の山は要塞にしか見えないらしい。

 すると、向かいの席から風に乗って手が伸びてきた。

「ほら。ミスティ。あーんして! これ美味しいよ!」

 リベル(風/二歳)だ。セフィラの娘である彼女は、フォークに刺したトマトを強引にミスティの口へ運ぶ。

「むぐっ……。……おいしい」
「でしょー! テラおばちゃんの料理は最高なんだよ!」

 無邪気なリベルと、それに巻き込まれるミスティ。闇と風の意外な交流がそこにはあった。

 そして、ベビーチェアに座らされているのは、ルーナの娘、アルテミス(光/〇歳)。まだ言葉も話せない赤ちゃんだが、彼女の周りだけキラキラと光が舞っている。

「あー、うー!」

 アルテミスは、テラが用意した特製離乳食(すりおろし魔獣肉と黄金リンゴのペースト)を前に、スプーンを握りしめてご機嫌だ。その愛らしい姿に、給食室の殺伐とした空気が少しだけ浄化される。

「あらあら、アルテミスちゃんは良い子ですねぇ。たくさん食べて大きくなるのですよ」

 テラが目尻を下げてアルテミスの口を拭う。平和な光景だ。

「さあ、さぁ、どんどん召し上がれ! でも、残すことは絶対に許しませんわよ!」






 当然、全ての子供が順調なわけではなかった。

「うっ……。も、もう無理です……」

 ユリウス(人/八歳)。レオーネ皇女の息子であり、人類の血を色濃く引く彼は、竜の血を引く他の子供たちに比べて食が細かった。

 彼の皿には、まだ半分以上の肉と野菜が残っている。知力では誰にも負けない自信があるユリウスだが、この物理的な質量攻撃の前には無力だった。

(母上……。僕は、ここで力尽きるのでしょうか……)

 ユリウスが箸を置きかけた、その時。

「ユリウス君、大丈夫?」

 隣から、穏やかな声がかかった。

 ソイル(土/七歳)。テラの娘だ。彼女は自分の分を早々に完食し(さすがテラの娘だ)、心配そうにユリウスを覗き込んでいた。

「あ、ああ、ソイル……。情けない話だけど、僕の胃袋は限界みたいだ」

 ユリウスが恥じ入るように俯くと、ソイルはニッコリと微笑んだ。

「無理しちゃだめだよ。ユリウス君は、体が強くないんだから」

 そう言うと、彼女はユリウスの皿を自分の方へ引き寄せた。

「えっ、ソイル?」
「私が食べてあげる。私、お母様の料理大好きだし、まだお腹空いてるから」
「で、でも、それは……」
「お母様には内緒よ。あとね、いいの。私がいっぱい食べて強くなって、ユリウス君を守るからね」

 ソイルは、ユリウスが残した肉をパクパクと平らげていく。その姿は、野蛮さとは無縁の、大地のような包容力と力強さに満ちていた。

 ユリウスは、呆然と彼女を見つめた。

(守る……。女の子に、守られるなんて……)

 普通ならプライドが傷つく場面かもしれない。だが、ユリウスの胸に去来したのは、別の感情だった。

「……ありがとう、ソイル」
「どういたしまして! その代わり、勉強はユリウス君が教えてね!」

 食べ終わった皿を重ねて笑うソイルの笑顔に、ユリウスの胸がトクンと高鳴った。

 知恵のユリウスと、守護のソイル。二人の間に、小さな、しかし確かな「淡い恋」の芽生えがあった。


 ◇◆◇◆◇

「ごちそうさまでしたー!!」

 子供たちの元気な声が響き渡る。完食された皿の山を見て、テラは満足げに頷いた。

「うむうむ。皆、良い食べっぷりでした。これで午後の授業もバッチリですね」

 給食室の惨状(食べこぼしや熱気)を片付ける王室メイド隊の中で、リリアがヒカルに報告する。

「ヒカル様。子供たち、逞しいですね。特にソイル様の食欲は、将来有望ですわ」
「ああ……。ユリウスの分まで平らげるとはな」

 ヒカルは、校庭へ出ていく子供たちの背中を見守りながら苦笑した。

「でも、ユリウスの奴、少し嬉しそうだったな」
「ええ。きっと、素敵な関係になりますよ」

 その夜。

 王城の食卓では、昼間の給食でお腹いっぱいになった子供たちが、夕食を少なめにするという珍事が発生した。

「あら? ユリウス、今日は食が進まないの?」

 レオーネが心配そうに尋ねると、ユリウスは少し顔を赤らめて答えた。

「いえ……お昼に、すごく『力強い愛』をいただいたので……」

 その言葉の意味を理解したのは、口元にソースをつけたままニマニマしているソイルだけだった。

 テラの給食室防衛戦は、子供たちの胃袋を満たし、新たな絆を育むという大戦果を挙げて幕を閉じたのである。




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「王立・竜の子学園」にも、待望のランチタイムがやってきた。
 午前中の授業(今日はギルティアによる『お小遣い帳のつけ方と脱税の防ぎ方』というハードな内容だった)を終えた子供たちは、空腹を抱えて食堂へと集まっていた。
「今日のメニューは何かな? ハンバーグかな?」
「論理的に予測すると、昨日の残りの魔獣肉を使ったシチューの可能性が高いわ」
 ライオスとシズクが列に並ぶ中、食堂の扉がバンッ! と勢いよく開かれた。
「お腹を空かせた子供たちよ! 待たせましたね!」
 そこに立っていたのは、割烹着に身を包み、両手に巨大な寸胴鍋と大皿を抱えた磐石の守護龍テラだった。
 その背後には、不動の防衛将ガイア率いる土竜部隊が、山のような食材ケースを搬入している。
「テ、テラ様!? なぜここに?」
 給食係の職員が腰を抜かす。テラは慈愛に満ちた(しかし有無を言わせぬ)笑顔で宣言した。
「わらわが視察したところ、この学園の給食は栄養バランスこそ完璧ですが、『愛の質量』が足りません! 育ち盛りの子供たちには、大地のようなボリュームが必要です!」
「???」
「というわけで、本日の給食はわらわの特製、『超・大地の恵み定食』です!」
 ドゴォン!!
 配膳台に置かれたのは、子供の頭ほどもある巨大な肉塊(骨付き)と、山盛りの薬草サラダ、そして丼から溢れんばかりの根菜スープだった。
「さあ、召し上がれ! 残すことは許しませんわよ!」
 子どもたちはしらなかった。テラの純粋さの怖さを……。
 ◇◆◇◆◇
 食堂は、静かなる戦場と化した。
「うおぉっ! 肉だ! すっげーデカイ!」
 ライオス(炎/八歳)は目を輝かせて肉にかぶりつく。彼の胃袋は母親譲りで底なしだ。
「……量がおかしいです。カロリー計算が破綻しています」
 シズク(水/六歳)は溜息をつきつつも、効率的にナイフを入れていく。
 そんな喧騒の片隅で、普段は目立たない「闇」と「光」の子供たちも、この試練に直面していた。
「……多い」
 クロノス(闇/六歳)。ヴァルキリアの息子である彼は、母親譲りの黒髪と赤い瞳を持つ無口な少年だ。
 彼は自分の顔ほどもある肉塊を前に、静かに絶望していた。
「母上(クイーン)は、食事は素早く隠密に済ませろと言っていたが……これでは隠密行動どころか、動くことすらままならない」
 ブツブツと呟きながらも、彼は生真面目にフォークを進める。残せばテラ(給食のおばちゃん役)の悲しい顔を見ることになるのを知っているからだ。
 その隣では、妹のミスティ(闇/三歳)が、サラダの山に隠れるようにして震えていた。
「……お野菜、こわい」
 人見知りの激しい彼女にとって、この緑の山は要塞にしか見えないらしい。
 すると、向かいの席から風に乗って手が伸びてきた。
「ほら。ミスティ。あーんして! これ美味しいよ!」
 リベル(風/二歳)だ。セフィラの娘である彼女は、フォークに刺したトマトを強引にミスティの口へ運ぶ。
「むぐっ……。……おいしい」
「でしょー! テラおばちゃんの料理は最高なんだよ!」
 無邪気なリベルと、それに巻き込まれるミスティ。闇と風の意外な交流がそこにはあった。
 そして、ベビーチェアに座らされているのは、ルーナの娘、アルテミス(光/〇歳)。まだ言葉も話せない赤ちゃんだが、彼女の周りだけキラキラと光が舞っている。
「あー、うー!」
 アルテミスは、テラが用意した特製離乳食(すりおろし魔獣肉と黄金リンゴのペースト)を前に、スプーンを握りしめてご機嫌だ。その愛らしい姿に、給食室の殺伐とした空気が少しだけ浄化される。
「あらあら、アルテミスちゃんは良い子ですねぇ。たくさん食べて大きくなるのですよ」
 テラが目尻を下げてアルテミスの口を拭う。平和な光景だ。
「さあ、さぁ、どんどん召し上がれ! でも、残すことは絶対に許しませんわよ!」
 当然、全ての子供が順調なわけではなかった。
「うっ……。も、もう無理です……」
 ユリウス(人/八歳)。レオーネ皇女の息子であり、人類の血を色濃く引く彼は、竜の血を引く他の子供たちに比べて食が細かった。
 彼の皿には、まだ半分以上の肉と野菜が残っている。知力では誰にも負けない自信があるユリウスだが、この物理的な質量攻撃の前には無力だった。
(母上……。僕は、ここで力尽きるのでしょうか……)
 ユリウスが箸を置きかけた、その時。
「ユリウス君、大丈夫?」
 隣から、穏やかな声がかかった。
 ソイル(土/七歳)。テラの娘だ。彼女は自分の分を早々に完食し(さすがテラの娘だ)、心配そうにユリウスを覗き込んでいた。
「あ、ああ、ソイル……。情けない話だけど、僕の胃袋は限界みたいだ」
 ユリウスが恥じ入るように俯くと、ソイルはニッコリと微笑んだ。
「無理しちゃだめだよ。ユリウス君は、体が強くないんだから」
 そう言うと、彼女はユリウスの皿を自分の方へ引き寄せた。
「えっ、ソイル?」
「私が食べてあげる。私、お母様の料理大好きだし、まだお腹空いてるから」
「で、でも、それは……」
「お母様には内緒よ。あとね、いいの。私がいっぱい食べて強くなって、ユリウス君を守るからね」
 ソイルは、ユリウスが残した肉をパクパクと平らげていく。その姿は、野蛮さとは無縁の、大地のような包容力と力強さに満ちていた。
 ユリウスは、呆然と彼女を見つめた。
(守る……。女の子に、守られるなんて……)
 普通ならプライドが傷つく場面かもしれない。だが、ユリウスの胸に去来したのは、別の感情だった。
「……ありがとう、ソイル」
「どういたしまして! その代わり、勉強はユリウス君が教えてね!」
 食べ終わった皿を重ねて笑うソイルの笑顔に、ユリウスの胸がトクンと高鳴った。
 知恵のユリウスと、守護のソイル。二人の間に、小さな、しかし確かな「淡い恋」の芽生えがあった。
 ◇◆◇◆◇
「ごちそうさまでしたー!!」
 子供たちの元気な声が響き渡る。完食された皿の山を見て、テラは満足げに頷いた。
「うむうむ。皆、良い食べっぷりでした。これで午後の授業もバッチリですね」
 給食室の惨状(食べこぼしや熱気)を片付ける王室メイド隊の中で、リリアがヒカルに報告する。
「ヒカル様。子供たち、逞しいですね。特にソイル様の食欲は、将来有望ですわ」
「ああ……。ユリウスの分まで平らげるとはな」
 ヒカルは、校庭へ出ていく子供たちの背中を見守りながら苦笑した。
「でも、ユリウスの奴、少し嬉しそうだったな」
「ええ。きっと、素敵な関係になりますよ」
 その夜。
 王城の食卓では、昼間の給食でお腹いっぱいになった子供たちが、夕食を少なめにするという珍事が発生した。
「あら? ユリウス、今日は食が進まないの?」
 レオーネが心配そうに尋ねると、ユリウスは少し顔を赤らめて答えた。
「いえ……お昼に、すごく『力強い愛』をいただいたので……」
 その言葉の意味を理解したのは、口元にソースをつけたままニマニマしているソイルだけだった。
 テラの給食室防衛戦は、子供たちの胃袋を満たし、新たな絆を育むという大戦果を挙げて幕を閉じたのである。