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第百三十一話:特別講師セフィラの「誘拐」授業

ー/ー



「王立・竜の子学園」開校から数週間が経ち、学園には少しずつ秩序らしきものが生まれ始めていた。
 生徒会長シリウスの尽力により、少なくとも校舎が半壊するような事態は避けられている。
 ……そう、少なくとも「校舎内」では。

「えー、今日の『戦術機動学』の授業ですが……」

 担任のアウラが教壇に立ち、教科書を開いたその瞬間だった。

 ガラガラガラッ!!

 窓ガラスが盛大に割れ、爽やかな風と共に一人の女性が教室に飛び込んできた。

「やっほー! みんな元気ー? 座学なんて退屈でしょ?」

 疾風の遊撃竜姫セフィラだ。彼女は相変わらずの軽装(ミニスカートとチューブトップ)で、手にはなぜか巨大な虫取り網を持っている。

「セフィラ様!? 何を……」

 アウラが抗議しようとするが、セフィラは聞く耳を持たない。

「今日は特別授業だよ! 題して、『世界の広さを知るための空中散歩(という名の誘拐)』!」
 セフィラが指を鳴らすと、教室全体が巨大な旋風に包まれた。

「わーい! かーさまだー!」
「ママ! 飛ぶの!?」

 リオとリベルが歓声を上げ、他の子供たちも風に巻き上げられて宙に浮く。

「うわっ、なんだこれ!?」ライオスが足をバタつかせる。
「論理的に不可能です! 重力制御の術式がありません!」シズクが眼鏡を押さえる。
「わ、わわっ……!」ソイルがユリウスの手を必死に握る。

「はい、しゅっぱーつ!」

 セフィラが窓から飛び出すと、風に包まれた子供たちも次々と空へ吸い出されていく。

「ちょ、待ってください! カリキュラムが!」

 アウラの悲鳴は、遥か彼方へと遠ざかっていった。

   ◇◆◇◆◇

 上空数千メートル。

 子供たちは、セフィラが作り出した巨大な風のドームに乗って移動していた。

「すげぇ……! 王都があんなに小さい!」
「雲の上だ……!」

 最初は怖がっていた子供たちも、眼下に広がる絶景に目を輝かせている。

「でしょでしょ? 教科書読んでるだけじゃ、この風の匂いは分からないんだよ」

 セフィラはドームの先端に座り、得意げに笑った。

 その時、後方から必死の形相で飛んでくる影があった。

「セフィラ様ぁぁぁッ!! お待ちくださいぃぃぃ!!」

 空虚の斥候王(今は物流総監)ゼファーだ。彼女は胃薬の瓶を片手に、涙目で叫んでいる。

「無許可での生徒連れ出しは校則違反です! それに、安全確保の申請も出ていません! 論理的に考えて即刻中止を……!」
「あ、ゼファーだ! おーい、鬼ごっこするー?」
「鬼ごっこではありません! これは緊急の生徒回収任務です!」

 ゼファーは風の魔力を全開にして追いかけるが、セフィラは楽しそうに加速する。

「捕まえられるもんなら捕まえてみなー!」
「くっ……! 物流ルートの計算より骨が折れます!」

 ゼファーは巧みな飛行技術で風のドームに接近するが、セフィラは乱気流を発生させて彼を翻弄する。

「ライオス、シズク! ちょっと手伝って!」
「えっ、俺たちも?」
「ゼファーねえちゃんを足止めしたら、もっと遠くまで連れてってあげるよ!」
「やるやる!」

 ライオスが炎を放ち、シズクがそれを水蒸気に変えて目くらましにする。

「ぐああっ! 子供たちまで手懐けるとは……!」

 ゼファーは煙幕の中で方向を見失い、その隙にセフィラたちはさらに上昇した。


「あはは! 大成功!」

 セフィラは子供たちとハイタッチする。

「でも、どこへ行くの?」

 ユリウスが冷静に尋ねると、セフィラはニカっと笑って指差した。

「世界の果て……は無理だけど、海まで行こうか!」


 ◇◆◇◆◇

 数十分後。

 彼らは大陸の端、大海原の上空にいた。

 「うわぁ……! 青い!」
 「これが海……!」

 初めて見る海に、子供たちは息を呑む。 セフィラは少し速度を落とし、子供たちに語りかけた。

「ね、広いでしょ? 世界は、王都だけじゃないんだよ。パパたちが守ってる国は、この広い世界の一部なんだ」

 彼女の言葉には、いつもの無邪気さの中に、冒険家としての重みがあった。

 「教科書の知識も大事だけど、自分の目で見て、肌で感じること。それが『自由』を知る第一歩だよ」




 ユリウスは、眼下に広がる海と、そこを渡る風の流れをじっと見つめていた。

「……この風。一定の周期で流れている」
「おっ、気づいた?」
「はい。この流れを利用すれば、物流船の航行時間を短縮できるかもしれません。海流と合わせれば、東方との交易ルートが……」
 ユリウスの呟きに、追いついてきたゼファーが耳をそばだてた。

「……ほう。偏西風を利用した空路との複合輸送ですか。確かに、その視点は盲点でした」
 ゼファーは感心したようにユリウスを見る。

「机上の空論ではなく、実体験から着想を得るとは。……セフィラ様の『授業』も、あながち無駄ではないようですね」
「でしょ? ゼファーも固いこと言わずに楽しみなよ!」

 ゼファーは溜息をつきつつも、胃薬を懐にしまった。

「……まあ、安全管理担当として同行する分には、黙認しましょう。ただし! 帰ったら始末書ですからね!」
「えー、ケチー!」

 夕焼けに染まる海を見ながら、子供たちはそれぞれ何かを感じ取っていた。

 ライオスは「俺の炎で、この海を渡る船を動かしてやる!」と意気込み、シズクは「海水の塩分濃度と魔力伝導率の関係……興味深いです」とメモを取る。

 ソイルは「この海も、大地と繋がっているのね」と優しく微笑み、クロノスは影の中で静かに水平線を見つめていた。

「さあ、そろそろ帰ろうか。ママたちが心配して……いや、激怒してる頃だし」

 セフィラが苦笑いすると、子供たちも現実に引き戻されて青ざめた。

「……母上(レヴィア)に怒られる」
「母様(アクア)の説教が……」
「ははは、冒険にはリスクがつきものだよ!」

 王城に戻った彼らを待っていたのは、案の定、鬼の形相をした母親たちだったが、子供たちの目は、出発する前よりも少しだけ輝いていた。

「パパ! 海を見てきたよ!」
「風がすごかったの!」
 興奮して報告する子供たちの姿に、ヒカルは苦笑しつつも、セフィラに親指を立てた。

「……まあ、たまにはこういうのも悪くないか」
「でしょ? 最高の冒険だったよ、団長!」

 セフィラの特別授業は、始末書の山と共に幕を閉じたが、子供たちの心には「世界の広さ」という種が確かに蒔かれたのだった。




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 生徒会長シリウスの尽力により、少なくとも校舎が半壊するような事態は避けられている。
 ……そう、少なくとも「校舎内」では。
「えー、今日の『戦術機動学』の授業ですが……」
 担任のアウラが教壇に立ち、教科書を開いたその瞬間だった。
 ガラガラガラッ!!
 窓ガラスが盛大に割れ、爽やかな風と共に一人の女性が教室に飛び込んできた。
「やっほー! みんな元気ー? 座学なんて退屈でしょ?」
 疾風の遊撃竜姫セフィラだ。彼女は相変わらずの軽装(ミニスカートとチューブトップ)で、手にはなぜか巨大な虫取り網を持っている。
「セフィラ様!? 何を……」
 アウラが抗議しようとするが、セフィラは聞く耳を持たない。
「今日は特別授業だよ! 題して、『世界の広さを知るための空中散歩(という名の誘拐)』!」
 セフィラが指を鳴らすと、教室全体が巨大な旋風に包まれた。
「わーい! かーさまだー!」
「ママ! 飛ぶの!?」
 リオとリベルが歓声を上げ、他の子供たちも風に巻き上げられて宙に浮く。
「うわっ、なんだこれ!?」ライオスが足をバタつかせる。
「論理的に不可能です! 重力制御の術式がありません!」シズクが眼鏡を押さえる。
「わ、わわっ……!」ソイルがユリウスの手を必死に握る。
「はい、しゅっぱーつ!」
 セフィラが窓から飛び出すと、風に包まれた子供たちも次々と空へ吸い出されていく。
「ちょ、待ってください! カリキュラムが!」
 アウラの悲鳴は、遥か彼方へと遠ざかっていった。
   ◇◆◇◆◇
 上空数千メートル。
 子供たちは、セフィラが作り出した巨大な風のドームに乗って移動していた。
「すげぇ……! 王都があんなに小さい!」
「雲の上だ……!」
 最初は怖がっていた子供たちも、眼下に広がる絶景に目を輝かせている。
「でしょでしょ? 教科書読んでるだけじゃ、この風の匂いは分からないんだよ」
 セフィラはドームの先端に座り、得意げに笑った。
 その時、後方から必死の形相で飛んでくる影があった。
「セフィラ様ぁぁぁッ!! お待ちくださいぃぃぃ!!」
 空虚の斥候王(今は物流総監)ゼファーだ。彼女は胃薬の瓶を片手に、涙目で叫んでいる。
「無許可での生徒連れ出しは校則違反です! それに、安全確保の申請も出ていません! 論理的に考えて即刻中止を……!」
「あ、ゼファーだ! おーい、鬼ごっこするー?」
「鬼ごっこではありません! これは緊急の生徒回収任務です!」
 ゼファーは風の魔力を全開にして追いかけるが、セフィラは楽しそうに加速する。
「捕まえられるもんなら捕まえてみなー!」
「くっ……! 物流ルートの計算より骨が折れます!」
 ゼファーは巧みな飛行技術で風のドームに接近するが、セフィラは乱気流を発生させて彼を翻弄する。
「ライオス、シズク! ちょっと手伝って!」
「えっ、俺たちも?」
「ゼファーねえちゃんを足止めしたら、もっと遠くまで連れてってあげるよ!」
「やるやる!」
 ライオスが炎を放ち、シズクがそれを水蒸気に変えて目くらましにする。
「ぐああっ! 子供たちまで手懐けるとは……!」
 ゼファーは煙幕の中で方向を見失い、その隙にセフィラたちはさらに上昇した。
「あはは! 大成功!」
 セフィラは子供たちとハイタッチする。
「でも、どこへ行くの?」
 ユリウスが冷静に尋ねると、セフィラはニカっと笑って指差した。
「世界の果て……は無理だけど、海まで行こうか!」
 ◇◆◇◆◇
 数十分後。
 彼らは大陸の端、大海原の上空にいた。
 「うわぁ……! 青い!」
 「これが海……!」
 初めて見る海に、子供たちは息を呑む。 セフィラは少し速度を落とし、子供たちに語りかけた。
「ね、広いでしょ? 世界は、王都だけじゃないんだよ。パパたちが守ってる国は、この広い世界の一部なんだ」
 彼女の言葉には、いつもの無邪気さの中に、冒険家としての重みがあった。
 「教科書の知識も大事だけど、自分の目で見て、肌で感じること。それが『自由』を知る第一歩だよ」
 ユリウスは、眼下に広がる海と、そこを渡る風の流れをじっと見つめていた。
「……この風。一定の周期で流れている」
「おっ、気づいた?」
「はい。この流れを利用すれば、物流船の航行時間を短縮できるかもしれません。海流と合わせれば、東方との交易ルートが……」
 ユリウスの呟きに、追いついてきたゼファーが耳をそばだてた。
「……ほう。偏西風を利用した空路との複合輸送ですか。確かに、その視点は盲点でした」
 ゼファーは感心したようにユリウスを見る。
「机上の空論ではなく、実体験から着想を得るとは。……セフィラ様の『授業』も、あながち無駄ではないようですね」
「でしょ? ゼファーも固いこと言わずに楽しみなよ!」
 ゼファーは溜息をつきつつも、胃薬を懐にしまった。
「……まあ、安全管理担当として同行する分には、黙認しましょう。ただし! 帰ったら始末書ですからね!」
「えー、ケチー!」
 夕焼けに染まる海を見ながら、子供たちはそれぞれ何かを感じ取っていた。
 ライオスは「俺の炎で、この海を渡る船を動かしてやる!」と意気込み、シズクは「海水の塩分濃度と魔力伝導率の関係……興味深いです」とメモを取る。
 ソイルは「この海も、大地と繋がっているのね」と優しく微笑み、クロノスは影の中で静かに水平線を見つめていた。
「さあ、そろそろ帰ろうか。ママたちが心配して……いや、激怒してる頃だし」
 セフィラが苦笑いすると、子供たちも現実に引き戻されて青ざめた。
「……母上(レヴィア)に怒られる」
「母様(アクア)の説教が……」
「ははは、冒険にはリスクがつきものだよ!」
 王城に戻った彼らを待っていたのは、案の定、鬼の形相をした母親たちだったが、子供たちの目は、出発する前よりも少しだけ輝いていた。
「パパ! 海を見てきたよ!」
「風がすごかったの!」
 興奮して報告する子供たちの姿に、ヒカルは苦笑しつつも、セフィラに親指を立てた。
「……まあ、たまにはこういうのも悪くないか」
「でしょ? 最高の冒険だったよ、団長!」
 セフィラの特別授業は、始末書の山と共に幕を閉じたが、子供たちの心には「世界の広さ」という種が確かに蒔かれたのだった。