第百二話:魔王軍の総侵攻と武の傲慢

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 統一王国の北東、かつての古王領との国境線にある監視塔から、早馬ならぬ早竜が王都『調和の座』へと飛び込んだ。

「報告! 北東の空に亀裂を確認! 魔王軍の尖兵と思わしき軍勢が出現しました! その数、およそ五千!」

 玉座の間で報告を受けたヒカルは、地図上の駒を睨みつけた。
 五千。国を落とすには少ないが、偵察にしては多すぎる。

「奇襲や工作部隊の気配は?」

 ヒカルの問いに、空虚の斥候王ゼファーが首を横に振る。

「いいえ、団長。奇襲の兆候は一切ありません。奴らは堂々と正面から、一番防備の厚い街道を行進してきています。……まるで、我々の防衛網など眼中にないかのように」

 学術顧問のエルダー・ソフスが、重々しく髭を撫でた。

「……武の傲慢、ですな」
「傲慢?」

「左様。魔族にとって、我ら人類や竜族の混成国家など、策を弄する価値もない格下と見下しているのです。暗殺や内部工作など不要。ただ正面から踏み潰せばよいと確信しているのでしょう」

 ヒカルは拳を握りしめた。
 舐められたものだ。だが、その油断こそがこちらの勝機になる。

「いいだろう。その傲慢を叩き潰す。全軍、迎撃態勢! アクア、ユグドラ! 指揮を頼む!」

 ヒカルが指示を飛ばす先には、いつもの深海の戦術師シエルの姿はない。
 彼女はフレアとの間に新たな命を宿しているため、この激戦が予想される局面では、大事をとって後方の安全な離宮で静養に入っていた。
 その穴を埋めるべく、最高戦略官のアクアと、古王軍編入部隊総司令官のユグドラ、そして人類側の知恵袋であるレオーネ皇女が、司令部の卓を囲んでいる。

「御意、王よ。シエルの不在は論理的に痛手ですが、彼女が築いた防衛プランと、レオーネ殿の補佐があれば支障はありません」

 アクアが冷静に答え、ユグドラが力強く頷く。

「シエル殿とお腹の子の安全は、我々が前線で勝利することで保証されます。王は存分に御力を振るってください」
「ああ、任せた。俺も前線に出る。兵たちの士気を上げるには、俺がそこにいることが一番だ」
「ヒカル様、ご準備を」

 ヒカルの背後から、静かながらも凛とした声がかかる。
 王室メイド長、リリア・シャイニングだ。
 彼女の後ろには、各属性の竜姫から選抜された精鋭メイド隊――フェンリア(炎)、アクアリーヌ(水)、テラナ(土)、ウィンドラ(風)、ルナリス(闇)、ソルニア(光)――が、戦闘装束に身を包み、油断なく控えていた。

「総員、王の周囲を円形に固めよ。アリ一匹たりとも、ヒカル様に指一本触れさせるな」
「「「御意!」」」

 リリアの号令一下、メイド隊がヒカルの周囲に鉄壁の防御陣形を敷く。
 彼女たちは家事手伝いではない。王を護るためだけに鍛え上げられた、影の近衛兵団だ。

「頼もしいな。よし、行くぞ!」

 ◇◆◇◆◇

 国境の荒野。
 空の裂け目から湧き出した魔族の軍勢は、異形の巨体と漆黒の甲殻を持っていた。
 先頭を行くのは、身長3メートルを超える重装魔人たち。彼らが一歩踏み出すたびに、大地が震える。

「グオオオオオッ!!」

 魔人たちが咆哮と共に突撃を開始した。
 対するは、不動の防衛将ガイア率いる土竜部隊と、辺境連合軍の混成部隊。

「怯むな! 盾を構えろ! 我らの背後には守るべき国がある!」

 ガイアが巨大な盾を地面に突き立て、土の防壁を展開する。

 ドォォォォン!!

 魔人の棍棒とガイアの盾が激突し、衝撃波が走る。
 ガイアは一歩も引かなかったが、周囲の一般兵たちはその余波だけで吹き飛ばされそうになる。

「くっ……! 個体性能が高すぎる! 雑兵ですら、古王軍の精鋭並みかよ!」

 上空から炎弾を放っていた紅蓮の激情竜姫レヴィアが舌打ちをする。
 BPI 1200を誇る彼女の火球は魔人を容易く粉砕するが、敵の数が多く、タフだ。前線がジリ貧になれば、被害は拡大する。

「……ここが使い所だな」

 後方の小高い丘に布陣したヒカルは、右腕の封印布を解いた。
 露わになった『調律の剣(レギュレート・ソード)』――真紅の制御宝玉が、脈打つように光る。

「リリア。少し離れていてくれ」
「いいえ、ヒカル様。離れません」

 リリアは短剣を抜き、ヒカルの背中にぴったりと寄り添った。
「王が力を解放するその隙こそ、敵が狙う好機。私の愛は、その一瞬たりとも王を孤独にはさせません」

 周囲のメイド隊も、武器を構え直す。
 彼女たちの瞳に迷いはない。ヒカルがどのような姿になろうとも、彼を護り抜く覚悟が決まっている。

「……分かった。背中は任せる」

 ヒカルは戦場を見下ろし、右腕を天に掲げた。

「――形態発動(アクティベート)

 ヒカルが低く呟くと同時に、制御宝玉が輝きを増す。

 バキバキバキッ!

 骨が軋み、筋肉が鋼のように収縮する音。ヒカルの右腕が、肩口から指先にかけて硬質な深紅の鱗に覆われていく。
 部分竜化。
 ヒカルのBPI(戦闘能力指数)が、人間の平均値「2」から、一気に「20」へと跳ね上がる。
 竜族からすればまだ低い数値だ。だが、人間としては規格外の『強靭さ』を手に入れた瞬間だった。

「ガイア! 下がれ!」
「王!?」

 ヒカルの声は、魔力に乗って戦場全体に響き渡った。
 物理的な攻撃はしない。だが、その姿を見た瞬間、ヒカルの『絆の共感者』を通じて、戦場にいる全竜姫の魂が震えた。

『王が……! 私たちの愛を受け止める器が、完成した!』

「全軍、見よ! 王は自ら前線に立ち、その身を竜へと変えた! ならば我らも、それに応えるのが愛の義務よ!!」

 上空のレヴィアが咆哮する。
 これまではヒカルの精神的・肉体的負担を気遣ってセーブしていた出力が、リミッターを外されたことで解放されたのだ。
 レヴィアのBPIが、強化後の1200から、さらに跳ね上がる。その影響はオーラとなって炎竜部隊全体へ波及し、兵士たちの炎の色が一斉に紅蓮へと変わった。

 これが、ヒカルを核とした『愛のハーモニー』の拡散。
 王が強くなれば姫が強くなり、姫が強くなれば軍が強くなる。

「セフィラ! 風を送れ! アクア! 足場を固めろ!」
「らじゃーっ! 団長が頑丈なら、思いっきり旋風起こせるね!」
「ええ。王の耐久値向上を確認。論理的リミッターを解除します!」

 セフィラとアクアも呼応し、それぞれのBPIが上昇する。
 姫たちの強化されたオーラは、直属の六天将たち、そして一般兵へと波紋のように広がり、軍全体の士気と戦闘力を底上げしていく。

「おおおお! 力が湧いてくる!」
「王が見ておられるぞ! 負けるな!」

 劣勢だった前線が、一気に押し返した。
 ガイアの盾が魔人の棍棒を弾き返し、強化された土竜部隊が魔人たちをなぎ倒す。

「愛の全力全開ぃぃぃッ!!」

 そこに、リミッターの外れたレヴィアの超極大ブレスが直撃した。

 ズドオオオオオオン!!

 戦場の一角が消し飛ぶほどの火力が、魔王軍の尖兵を飲み込んだ。
 圧倒的な連携。圧倒的な火力。
 尖兵部隊は、為す術もなく壊滅状態へと追い込まれた。

 ◇◆◇◆◇

 戦闘終了後。

 王城の医務室では、変身を解除したヒカルがベッドに横たわっていた。
 外傷はない。だが、魂が削られるような深い疲労感と、心の奥底に残る冷たい闘争本能の残滓が、ヒカルを苛んでいた。

「……ふぅ。やっぱり、キツイな」

 ヒカルが額に手を当てると、すぐに温かい手がそれを包み込んだ。

「ヒカル様……。お心が、ささくれ立っています」

 純白の調和聖女ルーナが、心配そうにヒカルを覗き込む。彼女の光の魔力が、ヒカルの精神にこびりついた『敵を殺す感触』を優しく溶かしていく。

「主よ。お体はこちらへ」

 反対側からは、磐石の守護龍テラが、滋養強壮のスープを持って控えていた。

「肉体の軋みは、わらわの母性の管理下で回復させます。……無理をなさいましたね。ですが、貴方の強さは、皆に勇気を与えました」

 テラとルーナ。二人の献身的なケアが、ヒカルを「竜の王」という荒ぶる存在から、「人間」の領域へと引き戻す。

 部屋の隅では、元聖女候補シルヴィアと旧帝国皇女レオーネが、アウラと共にデータを分析していた。

「精神汚染率、許容範囲内です。ルーナ様の調律があれば、後遺症は残りません。……ですが、ヒカル様。この力は『魔王軍の脅威』に対する切り札。乱用は避けるべきです」

 シルヴィアが安堵の息を吐きながらも釘を刺す。

 レオーネもまた、厳しい表情で魔力グラフを見つめていた。

「今回の戦闘で判明しました。ヒカル様のBPI強化によるハーモニー効果は絶大です。しかし……魔王軍の本隊は、この程度の戦力ではないでしょう。ゼファー殿の報告によれば、後方に控える本隊の規模は、今回の十倍以上……」
「ああ、分かっている」

 ヒカルは、ルーナとテラに身を預けながら、天井を見つめた。
 今回の勝利は、あくまで相手が「武の傲慢」で正面から突っ込んできてくれたからだ。
 もし、四天王クラスが出てきていたら。もし、搦手を使われていたら。

(俺の強化は成功した。だが、それはスタートラインに立ったに過ぎない)

 ヒカルの脳裏に、未だ見ぬ魔王と四天王の影がよぎる。
 本当の地獄は、これからだ。

「……アクア、ユグドラ。次の手に備えるぞ。奴らは必ず、次は本気で潰しに来る」

 ヒカルの瞳に、決意の光が戻った。
 優しさを護るための、修羅の道を行く覚悟の光が。



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次のエピソードへ進む 第百三話:愛の分断と戦略的受難


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 統一王国の北東、かつての古王領との国境線にある監視塔から、早馬ならぬ早竜が王都『調和の座』へと飛び込んだ。
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 玉座の間で報告を受けたヒカルは、地図上の駒を睨みつけた。
 五千。国を落とすには少ないが、偵察にしては多すぎる。
「奇襲や工作部隊の気配は?」
 ヒカルの問いに、空虚の斥候王ゼファーが首を横に振る。
「いいえ、団長。奇襲の兆候は一切ありません。奴らは堂々と正面から、一番防備の厚い街道を行進してきています。……まるで、我々の防衛網など眼中にないかのように」
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「傲慢?」
「左様。魔族にとって、我ら人類や竜族の混成国家など、策を弄する価値もない格下と見下しているのです。暗殺や内部工作など不要。ただ正面から踏み潰せばよいと確信しているのでしょう」
 ヒカルは拳を握りしめた。
 舐められたものだ。だが、その油断こそがこちらの勝機になる。
「いいだろう。その傲慢を叩き潰す。全軍、迎撃態勢! アクア、ユグドラ! 指揮を頼む!」
 ヒカルが指示を飛ばす先には、いつもの深海の戦術師シエルの姿はない。
 彼女はフレアとの間に新たな命を宿しているため、この激戦が予想される局面では、大事をとって後方の安全な離宮で静養に入っていた。
 その穴を埋めるべく、最高戦略官のアクアと、古王軍編入部隊総司令官のユグドラ、そして人類側の知恵袋であるレオーネ皇女が、司令部の卓を囲んでいる。
「御意、王よ。シエルの不在は論理的に痛手ですが、彼女が築いた防衛プランと、レオーネ殿の補佐があれば支障はありません」
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「シエル殿とお腹の子の安全は、我々が前線で勝利することで保証されます。王は存分に御力を振るってください」
「ああ、任せた。俺も前線に出る。兵たちの士気を上げるには、俺がそこにいることが一番だ」
「ヒカル様、ご準備を」
 ヒカルの背後から、静かながらも凛とした声がかかる。
 王室メイド長、リリア・シャイニングだ。
 彼女の後ろには、各属性の竜姫から選抜された精鋭メイド隊――フェンリア(炎)、アクアリーヌ(水)、テラナ(土)、ウィンドラ(風)、ルナリス(闇)、ソルニア(光)――が、戦闘装束に身を包み、油断なく控えていた。
「総員、王の周囲を円形に固めよ。アリ一匹たりとも、ヒカル様に指一本触れさせるな」
「「「御意!」」」
 リリアの号令一下、メイド隊がヒカルの周囲に鉄壁の防御陣形を敷く。
 彼女たちは家事手伝いではない。王を護るためだけに鍛え上げられた、影の近衛兵団だ。
「頼もしいな。よし、行くぞ!」
 ◇◆◇◆◇
 国境の荒野。
 空の裂け目から湧き出した魔族の軍勢は、異形の巨体と漆黒の甲殻を持っていた。
 先頭を行くのは、身長3メートルを超える重装魔人たち。彼らが一歩踏み出すたびに、大地が震える。
「グオオオオオッ!!」
 魔人たちが咆哮と共に突撃を開始した。
 対するは、不動の防衛将ガイア率いる土竜部隊と、辺境連合軍の混成部隊。
「怯むな! 盾を構えろ! 我らの背後には守るべき国がある!」
 ガイアが巨大な盾を地面に突き立て、土の防壁を展開する。
 ドォォォォン!!
 魔人の棍棒とガイアの盾が激突し、衝撃波が走る。
 ガイアは一歩も引かなかったが、周囲の一般兵たちはその余波だけで吹き飛ばされそうになる。
「くっ……! 個体性能が高すぎる! 雑兵ですら、古王軍の精鋭並みかよ!」
 上空から炎弾を放っていた紅蓮の激情竜姫レヴィアが舌打ちをする。
 BPI 1200を誇る彼女の火球は魔人を容易く粉砕するが、敵の数が多く、タフだ。前線がジリ貧になれば、被害は拡大する。
「……ここが使い所だな」
 後方の小高い丘に布陣したヒカルは、右腕の封印布を解いた。
 露わになった『|調律の剣《レギュレート・ソード》』――真紅の制御宝玉が、脈打つように光る。
「リリア。少し離れていてくれ」
「いいえ、ヒカル様。離れません」
 リリアは短剣を抜き、ヒカルの背中にぴったりと寄り添った。
「王が力を解放するその隙こそ、敵が狙う好機。私の愛は、その一瞬たりとも王を孤独にはさせません」
 周囲のメイド隊も、武器を構え直す。
 彼女たちの瞳に迷いはない。ヒカルがどのような姿になろうとも、彼を護り抜く覚悟が決まっている。
「……分かった。背中は任せる」
 ヒカルは戦場を見下ろし、右腕を天に掲げた。
「――形態発動《アクティベート》」
 ヒカルが低く呟くと同時に、制御宝玉が輝きを増す。
 バキバキバキッ!
 骨が軋み、筋肉が鋼のように収縮する音。ヒカルの右腕が、肩口から指先にかけて硬質な深紅の鱗に覆われていく。
 部分竜化。
 ヒカルのBPI(戦闘能力指数)が、人間の平均値「2」から、一気に「20」へと跳ね上がる。
 竜族からすればまだ低い数値だ。だが、人間としては規格外の『強靭さ』を手に入れた瞬間だった。
「ガイア! 下がれ!」
「王!?」
 ヒカルの声は、魔力に乗って戦場全体に響き渡った。
 物理的な攻撃はしない。だが、その姿を見た瞬間、ヒカルの『絆の共感者』を通じて、戦場にいる全竜姫の魂が震えた。
『王が……! 私たちの愛を受け止める器が、完成した!』
「全軍、見よ! 王は自ら前線に立ち、その身を竜へと変えた! ならば我らも、それに応えるのが愛の義務よ!!」
 上空のレヴィアが咆哮する。
 これまではヒカルの精神的・肉体的負担を気遣ってセーブしていた出力が、リミッターを外されたことで解放されたのだ。
 レヴィアのBPIが、強化後の1200から、さらに跳ね上がる。その影響はオーラとなって炎竜部隊全体へ波及し、兵士たちの炎の色が一斉に紅蓮へと変わった。
 これが、ヒカルを核とした『愛のハーモニー』の拡散。
 王が強くなれば姫が強くなり、姫が強くなれば軍が強くなる。
「セフィラ! 風を送れ! アクア! 足場を固めろ!」
「らじゃーっ! 団長が頑丈なら、思いっきり旋風起こせるね!」
「ええ。王の耐久値向上を確認。論理的リミッターを解除します!」
 セフィラとアクアも呼応し、それぞれのBPIが上昇する。
 姫たちの強化されたオーラは、直属の六天将たち、そして一般兵へと波紋のように広がり、軍全体の士気と戦闘力を底上げしていく。
「おおおお! 力が湧いてくる!」
「王が見ておられるぞ! 負けるな!」
 劣勢だった前線が、一気に押し返した。
 ガイアの盾が魔人の棍棒を弾き返し、強化された土竜部隊が魔人たちをなぎ倒す。
「愛の全力全開ぃぃぃッ!!」
 そこに、リミッターの外れたレヴィアの超極大ブレスが直撃した。
 ズドオオオオオオン!!
 戦場の一角が消し飛ぶほどの火力が、魔王軍の尖兵を飲み込んだ。
 圧倒的な連携。圧倒的な火力。
 尖兵部隊は、為す術もなく壊滅状態へと追い込まれた。
 ◇◆◇◆◇
 戦闘終了後。
 王城の医務室では、変身を解除したヒカルがベッドに横たわっていた。
 外傷はない。だが、魂が削られるような深い疲労感と、心の奥底に残る冷たい闘争本能の残滓が、ヒカルを苛んでいた。
「……ふぅ。やっぱり、キツイな」
 ヒカルが額に手を当てると、すぐに温かい手がそれを包み込んだ。
「ヒカル様……。お心が、ささくれ立っています」
 純白の調和聖女ルーナが、心配そうにヒカルを覗き込む。彼女の光の魔力が、ヒカルの精神にこびりついた『敵を殺す感触』を優しく溶かしていく。
「主よ。お体はこちらへ」
 反対側からは、磐石の守護龍テラが、滋養強壮のスープを持って控えていた。
「肉体の軋みは、わらわの母性の管理下で回復させます。……無理をなさいましたね。ですが、貴方の強さは、皆に勇気を与えました」
 テラとルーナ。二人の献身的なケアが、ヒカルを「竜の王」という荒ぶる存在から、「人間」の領域へと引き戻す。
 部屋の隅では、元聖女候補シルヴィアと旧帝国皇女レオーネが、アウラと共にデータを分析していた。
「精神汚染率、許容範囲内です。ルーナ様の調律があれば、後遺症は残りません。……ですが、ヒカル様。この力は『魔王軍の脅威』に対する切り札。乱用は避けるべきです」
 シルヴィアが安堵の息を吐きながらも釘を刺す。
 レオーネもまた、厳しい表情で魔力グラフを見つめていた。
「今回の戦闘で判明しました。ヒカル様のBPI強化によるハーモニー効果は絶大です。しかし……魔王軍の本隊は、この程度の戦力ではないでしょう。ゼファー殿の報告によれば、後方に控える本隊の規模は、今回の十倍以上……」
「ああ、分かっている」
 ヒカルは、ルーナとテラに身を預けながら、天井を見つめた。
 今回の勝利は、あくまで相手が「武の傲慢」で正面から突っ込んできてくれたからだ。
 もし、四天王クラスが出てきていたら。もし、搦手を使われていたら。
(俺の強化は成功した。だが、それはスタートラインに立ったに過ぎない)
 ヒカルの脳裏に、未だ見ぬ魔王と四天王の影がよぎる。
 本当の地獄は、これからだ。
「……アクア、ユグドラ。次の手に備えるぞ。奴らは必ず、次は本気で潰しに来る」
 ヒカルの瞳に、決意の光が戻った。
 優しさを護るための、修羅の道を行く覚悟の光が。