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99 忍び寄る不穏 ナギ視点

ー/ー



 バイトの送迎後、みやびの部屋でベッドに座って何度目かのため息を吐いたところで、食事を終えた彼女が心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
 世間一般の「恋人の親と対面する」という言葉では言い表せない疲れを抱いていた。ある程度予想していたとはいえ交際が認められなかったショックもある。それに加えて母親との対面が想像以上に精神的に重くのしかかったようだ。それほどあの女は異質だった。
 美麗だが触れれば侵される毒花のような存在に感じられたあの母親。その辺りも、みやびとはまるで違う。
 それに母親が告げた「藤原みやびではない」という真実。目の前の彼女の素性を知りたい。だが、その方法すらない。護国機関ですら追えなかった素性。真実を知るのはあの母親のみ。そしてそもそもがみやびはそれを知らない。彼女の本当の名前を知りたいというのは俺の身勝手じゃないのかという考えがぐるぐると巡る。
 
「なんかナギ疲れてるみたい。よし、癒してあげよう。おいで」
 元気づけようとしてくれたのか、対面の椅子に座っていたみやびが俺に対して大きく腕を広げた。立ち上がりそれに甘えるようにぎゅっと抱きしめる。
 彼女の身体は柔らかく、髪の毛からはいい香りがする。好きな人と触れあって鼓動は早まるが、同時に落ち着く不思議な感覚だ。
 みやびの手が俺の背中にまわる。俺の抱擁を受け入れられたようで嬉しい。
 彼女の額に軽く口づけるとくすぐったそうに身をよじられたので、逃がさないとばかりに2,3回続けて額にキスする。しばらくそうしてじゃれ合っていたが、みやびが口を開いた。

「ねぇ、なにかあった?」
 俺の身に何が起きたのかまるでわからないように小首をかしげている。
「聞いてないのか?」
「なにを?」
 みやびにはまるで思い当たることはないらしい。
「今日、お母さんが庁舎に来た」
「……え」
 俺の腕の中にすっぽりと納まっていたみやびが顔を上げた。その大きな瞳が動揺と不安で揺れている。
「みやびには言ってるかと思った」
 そして彼女にも「俺とは会うな」と釘を刺しているかと思っていたが。俺の方から身を引かせて2人の関係を終わらせたかったのだろうか。みやびには何も知らせずに。

 ――だが待て。ふとした疑問を抱く。
 何故、母親は俺とみやびの交際を知っていた?
 俺たちが「番い」の託宣を受けていた事も把握していた。みやびがその事を母親に報告していたのなら、俺にもある程度話をしてくれているはずだが?
 
「知らない。というかあの人あの家から出てきたんだ……その、何か言われた?」
 その声には困惑がにじみ出ている。やはり彼女は母親に対して俺たちの関係は告げてないようだな。
「娘との結婚は許さないとはっきり言われた」
 みやびの態度から、母親が俺たちの結婚に反対してるんじゃないかとは気づいていたが、実際に言葉にして言われるときついものがあるな。
「他には?」
 それは想定内という感じで軽く受け流された。これ以上、他があるのか?
「護国機関を蛇蝎のごとく嫌ってたな。憎んでるといってもいい。ひとしきり嫌味を言われた」
 あの母親と護国の間になにがあったのか知らないが、尋常じゃないくらいの怨嗟を感じた。娘を自分から奪った男に対しての悪感情もそれなりには含まれてはいるだろうが。
「そうなんだ、実家にいる時には別にそんなそぶり見なかったけど」
 過去に異能暴走に巻き込まれそれに関係して護国機関に恨みを抱いている被害者かなにかと思ったが、みやびが知らないということは彼女が子供、もしくは生まれる前の話かもしれない。
「いつもあんな感じか」
 この世の全てを憎悪しているようなあの態度なのだろうか。
「うーん……どういう意味かは分からないけど、大体そんな感じかな。素っ気ないっていうか」
 素っ気ないというレベルじゃなかった。
 ――あれは殺気だ。
「ナギ?」
 みやびが「どうしたの?」と不安そうに見上げる。
 いけない。彼女をこれ以上不安にさせたくはない。
「すまない。どうしたらお母さんを説得できるかを考えていた」と、さりげなく誤魔化す。
「ん~……そうだね、うん……」
 それは無理じゃないかな、という考えが伝わってきた。俺もあの女は対話不可能だと思う。かといって、みやびと別れるだなんてもう考えられない。

 みやびを抱く腕に力を込める。
「こうなったら駆け落ちでもするか」
 もしみやびがそれを受け入れてくれるのならそれでもかまわない。何もかも捨てて、俺の両親が住んでる外国にでも移住するか。
 以前、親に「好きな人が出来た。正式に番いの託宣を受けたので将来的には彼女と結婚の予定だ」と伝えたらすごく喜んでいた。
 幼少の頃から祖父の影響もあり、言い寄ってくる女性に悪感情しか抱けなかった俺を両親も心配していたらしい。
 みやびと出会って初めて人が愛おしいと思った。自分の中にそんな感情が芽生えただなんて我ながら驚いたものだ。

「駆け落ちかあ」
「ダメ、かな」
 みやびの前髪を軽くかき上げ、また軽く額にキスをした。
「うーん……いいかもしれないね。今はまだ未成年だから身動き取れないけど、私の誕生日迎えたら実行しようか」
 みやびが軽く背伸びをして、自分の唇で俺の下唇を挟み甘噛みして言った。みやびの体温が、想いが伝わる。 

 そんな答えが返ってくるとは予想してなかったので嬉しくなり「反撃」とばかりに俺はみやびの首筋に2,3回唇を落とす。
「もう! それくすぐったいんだからやめてよ」と軽く胸を叩かれる。言いながら、その口調には拒絶は感じない。彼女の動きに合わせて柔らかい髪の毛がふわふわと動く。
 ちらりと右耳のピアスが目に入った。みやびの右耳にかかってる髪の毛を掬い上げ、露出したピアスを一撫でする。
「そういえばみやびは母親と同じピアスつけてるんだな」
「そうだよ。子供の頃、このピアスをつけさせられてちょっと嫌だったけど、お母さんとお揃いだから嬉しかったかな」
 子供の頃にピアス?
 その言葉に違和感を覚えたが、束縛の強そうなあの母親だからマーキングか何かのつもりだったのかもしれない。

 あの母親について考える。
 労働をしている気配が無いが、毎月定期的にある「ツキノワ」名義からの多額の振り込み。あれほどの美貌の女の金策……。厭なイメージが頭をよぎる。
 みやびに視線を落とすと「ん?」とこちらを見上げ小首をかしげる。なんでもない、とばかりに髪をかき上げてその額に唇を落とす。

「母娘して片側だけピアスしてるって珍しいな」
 いつぞや、俺が送った桜モチーフのピアスを困りながら受け取られたのを思い出した。尚、まだそれをつけてる姿は見たことが無い。
 左耳はピアス穴を開けていないからと言われたが、右耳はずっとシトリンだと思われる天然石のピアスをつけて俺の送ったピアスは一度も装着されない。軽い嫉妬に駆られる。

「そうだよ。常につけてろって言われた。あれほど強く言うからには詳しくは聞いてないけど、もしかしたらお父さんが遺したものなのかなって。忍さんが昔お父さんに貰ったものとか?」
 自分が昔、夫に貰ったものを片方娘に託す、それだと美談のように聞こえるが、俺の中のあの母親のイメージとはどこかちぐはぐとしたものを感じる。
 それに例えそうだとしてもまだ幼い娘にピアス穴を開けるだなんて異常だ。しかも「外すな」とは。

 様々な思いに駆られながらも、みやびとしばし抱き合う。
 彼女とこうしている間は心が満たされる。
 我慢できなくなり、唇を合わせる。みやびと過ごす甘い時間。

 例え今は体を重ねなくても、この幸せな時間が少しでも長く続けばいいだなんてのは、幻想にすぎないと俺は思い知らされることになる。


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 世間一般の「恋人の親と対面する」という言葉では言い表せない疲れを抱いていた。ある程度予想していたとはいえ交際が認められなかったショックもある。それに加えて母親との対面が想像以上に精神的に重くのしかかったようだ。それほどあの女は異質だった。
 美麗だが触れれば侵される毒花のような存在に感じられたあの母親。その辺りも、みやびとはまるで違う。
 それに母親が告げた「藤原みやびではない」という真実。目の前の彼女の素性を知りたい。だが、その方法すらない。護国機関ですら追えなかった素性。真実を知るのはあの母親のみ。そしてそもそもがみやびはそれを知らない。彼女の本当の名前を知りたいというのは俺の身勝手じゃないのかという考えがぐるぐると巡る。
「なんかナギ疲れてるみたい。よし、癒してあげよう。おいで」
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 彼女の身体は柔らかく、髪の毛からはいい香りがする。好きな人と触れあって鼓動は早まるが、同時に落ち着く不思議な感覚だ。
 みやびの手が俺の背中にまわる。俺の抱擁を受け入れられたようで嬉しい。
 彼女の額に軽く口づけるとくすぐったそうに身をよじられたので、逃がさないとばかりに2,3回続けて額にキスする。しばらくそうしてじゃれ合っていたが、みやびが口を開いた。
「ねぇ、なにかあった?」
 俺の身に何が起きたのかまるでわからないように小首をかしげている。
「聞いてないのか?」
「なにを?」
 みやびにはまるで思い当たることはないらしい。
「今日、お母さんが庁舎に来た」
「……え」
 俺の腕の中にすっぽりと納まっていたみやびが顔を上げた。その大きな瞳が動揺と不安で揺れている。
「みやびには言ってるかと思った」
 そして彼女にも「俺とは会うな」と釘を刺しているかと思っていたが。俺の方から身を引かせて2人の関係を終わらせたかったのだろうか。みやびには何も知らせずに。
 ――だが待て。ふとした疑問を抱く。
 何故、母親は俺とみやびの交際を知っていた?
 俺たちが「番い」の託宣を受けていた事も把握していた。みやびがその事を母親に報告していたのなら、俺にもある程度話をしてくれているはずだが?
「知らない。というかあの人あの家から出てきたんだ……その、何か言われた?」
 その声には困惑がにじみ出ている。やはり彼女は母親に対して俺たちの関係は告げてないようだな。
「娘との結婚は許さないとはっきり言われた」
 みやびの態度から、母親が俺たちの結婚に反対してるんじゃないかとは気づいていたが、実際に言葉にして言われるときついものがあるな。
「他には?」
 それは想定内という感じで軽く受け流された。これ以上、他があるのか?
「護国機関を蛇蝎のごとく嫌ってたな。憎んでるといってもいい。ひとしきり嫌味を言われた」
 あの母親と護国の間になにがあったのか知らないが、尋常じゃないくらいの怨嗟を感じた。娘を自分から奪った男に対しての悪感情もそれなりには含まれてはいるだろうが。
「そうなんだ、実家にいる時には別にそんなそぶり見なかったけど」
 過去に異能暴走に巻き込まれそれに関係して護国機関に恨みを抱いている被害者かなにかと思ったが、みやびが知らないということは彼女が子供、もしくは生まれる前の話かもしれない。
「いつもあんな感じか」
 この世の全てを憎悪しているようなあの態度なのだろうか。
「うーん……どういう意味かは分からないけど、大体そんな感じかな。素っ気ないっていうか」
 素っ気ないというレベルじゃなかった。
 ――あれは殺気だ。
「ナギ?」
 みやびが「どうしたの?」と不安そうに見上げる。
 いけない。彼女をこれ以上不安にさせたくはない。
「すまない。どうしたらお母さんを説得できるかを考えていた」と、さりげなく誤魔化す。
「ん~……そうだね、うん……」
 それは無理じゃないかな、という考えが伝わってきた。俺もあの女は対話不可能だと思う。かといって、みやびと別れるだなんてもう考えられない。
 みやびを抱く腕に力を込める。
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 以前、親に「好きな人が出来た。正式に番いの託宣を受けたので将来的には彼女と結婚の予定だ」と伝えたらすごく喜んでいた。
 幼少の頃から祖父の影響もあり、言い寄ってくる女性に悪感情しか抱けなかった俺を両親も心配していたらしい。
 みやびと出会って初めて人が愛おしいと思った。自分の中にそんな感情が芽生えただなんて我ながら驚いたものだ。
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「ダメ、かな」
 みやびの前髪を軽くかき上げ、また軽く額にキスをした。
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 みやびが軽く背伸びをして、自分の唇で俺の下唇を挟み甘噛みして言った。みやびの体温が、想いが伝わる。 
 そんな答えが返ってくるとは予想してなかったので嬉しくなり「反撃」とばかりに俺はみやびの首筋に2,3回唇を落とす。
「もう! それくすぐったいんだからやめてよ」と軽く胸を叩かれる。言いながら、その口調には拒絶は感じない。彼女の動きに合わせて柔らかい髪の毛がふわふわと動く。
 ちらりと右耳のピアスが目に入った。みやびの右耳にかかってる髪の毛を掬い上げ、露出したピアスを一撫でする。
「そういえばみやびは母親と同じピアスつけてるんだな」
「そうだよ。子供の頃、このピアスをつけさせられてちょっと嫌だったけど、お母さんとお揃いだから嬉しかったかな」
 子供の頃にピアス?
 その言葉に違和感を覚えたが、束縛の強そうなあの母親だからマーキングか何かのつもりだったのかもしれない。
 あの母親について考える。
 労働をしている気配が無いが、毎月定期的にある「ツキノワ」名義からの多額の振り込み。あれほどの美貌の女の金策……。厭なイメージが頭をよぎる。
 みやびに視線を落とすと「ん?」とこちらを見上げ小首をかしげる。なんでもない、とばかりに髪をかき上げてその額に唇を落とす。
「母娘して片側だけピアスしてるって珍しいな」
 いつぞや、俺が送った桜モチーフのピアスを困りながら受け取られたのを思い出した。尚、まだそれをつけてる姿は見たことが無い。
 左耳はピアス穴を開けていないからと言われたが、右耳はずっとシトリンだと思われる天然石のピアスをつけて俺の送ったピアスは一度も装着されない。軽い嫉妬に駆られる。
「そうだよ。常につけてろって言われた。あれほど強く言うからには詳しくは聞いてないけど、もしかしたらお父さんが遺したものなのかなって。忍さんが昔お父さんに貰ったものとか?」
 自分が昔、夫に貰ったものを片方娘に託す、それだと美談のように聞こえるが、俺の中のあの母親のイメージとはどこかちぐはぐとしたものを感じる。
 それに例えそうだとしてもまだ幼い娘にピアス穴を開けるだなんて異常だ。しかも「外すな」とは。
 様々な思いに駆られながらも、みやびとしばし抱き合う。
 彼女とこうしている間は心が満たされる。
 我慢できなくなり、唇を合わせる。みやびと過ごす甘い時間。
 例え今は体を重ねなくても、この幸せな時間が少しでも長く続けばいいだなんてのは、幻想にすぎないと俺は思い知らされることになる。