人生の試着室
ー/ー ー*ー*ー*ー
後悔を 「確認」に変える 棚の列
どの笑い皺も 私のもので
ー*ー*ー*ー
駅裏の古い商店街。雨の日は軒が低く、晴れの日は埃が光るその通りに、店はひっそりとあった。
硝子戸に「一日試着」と書かれた札が一枚。
ここでは、人生の「もしも」を一日だけ着てみることができる。料金は、誰にも話したことのない思い出を一つ。
私は迷った末、かつて断ったはずの就職を受け入れ、結婚も先延ばしにしなかった自分を選んだ。
袖を通すと、身体の動きが少し速くなった。呼吸が整い、言葉が短く、的確になる。
鏡の向こうの私は、手早く弁当を包み、名刺を整え、子供の寝息に耳を澄ませていた。
洗濯物は乾かず、返信は滞り、会議は長い。けれど、朝の靴音には確かな行き先があった。時間は常に不足し、身体は重い。
それでも夕方の光の中で、誰かの帰りを待つ心は不思議なほど温かかった。
ふと店内を見渡せば、別の棚には「旅に出た私」「店を継いだ私」「名前を変えた私」が並んでいる。肩幅も笑い皺も違うが、目の奥の色はどれも同じだった。
その肩先に触れるたび、胸の奥が小さく鳴る。それは後悔ではなく、静かな「確認」の音だった。
「サイズは、合いましたか」
試着の終わり、店主が静かに尋ねた。
私はゆっくりと首を振る。合わないのではない。どれも、確かに私だったのだと、ただ深く得心した。
店を出ると、街は夕暮れに沈んでいた。
選ばなかった道の影が、今の自分の足元に重なる。その厚みの分だけ、履き慣れたはずの靴が、いつもよりしっくりと地面を捉えた気がした。
* 日記風雑感 *
もしも、あの時こうだったら。
誰しもが一度は考える「if」
今の自分は違っていただろうか。
もう少し、穏やかに過ごしている?
もしも、に思いを馳せながら、
足元を確かめて過ぎていく日々。
ー*ー*ー*ー
思い出を 一枚脱いで 店を出る
夕方の光、誰かを待てり
選ばざる 道の重みを 感じつつ
今の靴にて 地を蹴り進む
ー*ー*ー*ー
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