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1話 偽りの居場所に知らない答え

ー/ー




 ――エレはもう、誰も愛さないの。

 それが少女が覚えている唯一の言葉だった。

 ここは人間の国リブイン王国。豊満な富を得て現在潤っている国。少女はその国の王宮の中で暮らす。

「……」

 王宮の端。豊満な富を得ている王国の王宮とは思えない狭い部屋。大量の本が積まれているのが目立つ。
 静かなその部屋からはカシカシとペンが紙に擦れる小さな音が聞こえる。

 机の上には二冊の本。新しく綺麗な一冊は手前。古くボロい一冊は奥に置かれている。少女は硬い椅子に座り、一人ペンを動かしていた。この国の主収入源である本の複製を行っていた。

「……ふぁぁ……お散歩の時間だったの忘れてた」

 少女はそう言ってペンを置いた。立ち上がった少女は部屋を見渡した。足の踏み場を考えなければならないほど本がある。少女は本を踏まないように扉まで移動した。

 扉を開けて部屋を出る。廊下には誰もいない。いつもの事だ。少女は誰もいない廊下を歩いて外へ出る。


 石畳の道。脇の花壇に色とりどりの花々が自然に咲いている。少女は花を眺めながら歩いた。

「……また」

 少女はめまいでよろけた。立ち止まり、ポケットの中から薬を探す。だが、ポケットの中には何も入っていない。
 ポケットから手を出した少女は、何もせずただ茫然としている。

 少女のめまいは不治の病と言われる魔力疾患の症状。少女は次第に立つ事すらできなくなる。
 その場で座った少女は焦点の合わない目でどこか遠くを見つめている。

「……」

 発作が治るか倒れるか。少女はただぼうっとその時が来るのを待っていた。

「……っ⁉︎ 」

 少女の身体が影で覆われる。少女はあり得ない温もりを感じていた。
 ここは本来誰も来ない場所。少女一人しかいないこの場所に来たのは、顔を隠した少年。

「……何やってんだろ」

 顔の隠した少年が少女を優しく抱きしめてた。

「……そんなの、わかんないよ」

 少女はそう言って涙を流した。

 偶然でないのなら、想いが奇跡を呼んだのだろう。少女の忘れていた記憶が蘇る。一部分を除いて。
 それと同時に、魔力疾患の発作が和らいだ。

「……ねぇ、お姫様。僕と一緒にこのどうしようもない運命の中踊ってくれる? 」

 顔を隠した少年が少女から離れた。

「踊るのはきらいだよ。だからね、踊らないで足掻き続けるの。それがエレシェフィール・ノーヴァルディア・エンシェルト。偽りの愛姫としての生き方なの」

 少女は涙を拭い、真っ直ぐと顔を隠した少年を見てそう言った。

「そっか。うん。いいよ。付き合ってあげる。いつかは終わる偽りの時の中で」

 少年が顔を隠している特殊なヴェールをとった。青緑髪の少年は穏やかな笑顔を見せている。
 少女は口を開けたが何も言わずにぎゅっと瞑った。

「……とりあえずここから離れるか。転移魔法使うけど大丈夫? 」

 そう言った青緑髪の少年が少女の髪に花の髪飾りをつけた。少女は悲しげな表情でこくりと頷いた。
 青緑髪の少年が転移魔法を使う。淡い光が少女と青緑髪の少年を包み込む。


 光が消える。景色が変わる。今回の転生では縁のなかった高級家具達。
 少女が部屋を見ていると青緑髪の少年に抱き上げられた。
 少女は青緑髪の少年にベッドの上に寝かせられた。
 少女の身体を包み込むようなふわふわなベッド。今までろくに身体を動かす事ができず本の複製を行っていた少女の凝り固まった身体をゆっくりと休める。

「……今日はとりあえずゆっくりと休んで。何故か記憶が戻って発作は落ち着いているようだけど、疲れが溜まっているみたいだから」

 青緑髪の少年がそう言って踵を返した。少女は少年の方を見ず、ぎゅっと布団を握っている。
 少女は青緑髪の少年が部屋から出るまで喋らなかった。誰もいない部屋を見て少女の布団を握る手に力が入る。

 少女は瞼を閉じる。溜まった涙がつぅっと頬を伝う。

「……」

 カタッ

 扉が閉まる音が響く。
 扉を見ていない少女は誰が来たのかはわかっていない。だが、一つだけはっきりと言える事がある。それは求めている人物ではないという事。

「だれ? 」

 少女は細々とした声で言った。

「……そんなにいやなら引き止めろよ。俺らはそれをいやがらねぇよ」

 少女に向けられた呆れた声。少女はゆったりと扉の方を見た。

「……エレはにそんな事できるわけないでしょ。偽物の……たかだか代わりの分際で……そんな事できるわけない」

 少女は今にも泣きそうな声で言った。部屋に入ってきた青黒髪の少年を睨んでいる。

「まだそんな事言ってんだな。少しは自分がもらっているものに向き合ってみたらどうだ? 」

「……」

 少女は青黒髪の少年に警戒心をむき出しにしている。

「……まぁ、すぐにそうしろなんて言われてもできねぇだろうな」

 青黒髪の少年がベッドの隅に座る。少女は青黒髪の少年の手を握った。

「……そばにいて……ゼロはエレのそばにいてほしいから……なの」

 少女は震える声でそう言った。不安げな瞳を青黒髪の少年に向ける。

「……エレは、簡単には信じる事ができないの」

「だろうな。だから絶対に信じられる方法を考えたんだ」

 青黒髪の少年の言葉の後、部屋の気温が下がった。少女は布団に潜り込んで暖をとる。顔だけひょこっと出している。

「俺、ゼーシェリオンジェロー・ミュード・アロジェーシンティードは神聖の名にかけて汝を守ると誓う」

 青黒髪の少年、ゼーシェリオンの周囲が凍っている。
 少女はゼーシェリオンの誓いを聞き目を見開いた。

「なん、で……それはたった一人だけにしかできない特別な誓いなんでしょ! 本来なら結婚相手か忠誠を誓う相手にするっていう。それをなんでエレにするの! 」

 神聖と呼ばれる者達の特別な誓い。その誓いをしたゼーシェリオンが少女に笑顔を向けた。

「俺は自分の大切くらい自分で選ぶ。だからお前も、たまには自分で大切を選んでみろ。そんなくだらない情報なんて気にせず、お前の想いがどこにいたいのかちゃんと聞いてやれ」

 複製品。単なる代わり。それ以外の何者でもない。少女はその固定概念に囚われている。その固定概念から逃げる事を避けていた。
 少女の想いはどこにいたいのか。それはまだ答えが出ていない。
 だが、こう変えれば答えが出る。

 もし、そのいつかがあるのなら、それはどこが……誰の隣がいい?

「エレはエレを導いてくれた……エレを拾ってくれたみんなの隣がいい。大切なんてわからない。でもそれを理解したい場所はそこだったの」

 少女はそう言った後、その答えが青黒髪の少年が問いた質問の答えなのだと理解できた。

「エレシェぇフィール・ノーヴァルディア・エンシェルトは汝の誓いを受け入れるの」

 少女、エレシェフィールはそう言って布団から出てわずかに震える手でゼーシェリオンの手に触れる。

「エレは……きれい? ……美しい? 」

 エレシェフィールは不安げな瞳でゼーシェリオンを見つめてそう言った。

「当然だろ。エレはずっと宝石のように……花のように綺麗で美しい。俺らの自慢の唯一姫だ」

 ゼーシェリオンが屈託のない笑顔を見せてそう答えた。

「……ありがと。エレ、もう少しだけ信じてみる。いつかを生きる事を……覚えてなくても諦めないでいてみる。みんなもそれを望んでいるんでしょ? 」

 エレシェフィールは両手を胸に当ててそう言った。
 今はまだ自分のためにと思う事はできない。エレシェフィールにとっての安心材料であるみんなを使わない事ができない。だが、それでもエレシェフィールは諦めていたいつかのために今を生きる決意をした。

「……ねぇ、世界は残酷? いつか、また、なのかな? 答えを聞きたい」

 エレシェフィールは、窓の外を見てそう言った。記憶のない彼に向けて。わずかにある記憶の言葉を。


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 ――エレはもう、誰も愛さないの。
 それが少女が覚えている唯一の言葉だった。
 ここは人間の国リブイン王国。豊満な富を得て現在潤っている国。少女はその国の王宮の中で暮らす。
「……」
 王宮の端。豊満な富を得ている王国の王宮とは思えない狭い部屋。大量の本が積まれているのが目立つ。
 静かなその部屋からはカシカシとペンが紙に擦れる小さな音が聞こえる。
 机の上には二冊の本。新しく綺麗な一冊は手前。古くボロい一冊は奥に置かれている。少女は硬い椅子に座り、一人ペンを動かしていた。この国の主収入源である本の複製を行っていた。
「……ふぁぁ……お散歩の時間だったの忘れてた」
 少女はそう言ってペンを置いた。立ち上がった少女は部屋を見渡した。足の踏み場を考えなければならないほど本がある。少女は本を踏まないように扉まで移動した。
 扉を開けて部屋を出る。廊下には誰もいない。いつもの事だ。少女は誰もいない廊下を歩いて外へ出る。
 石畳の道。脇の花壇に色とりどりの花々が自然に咲いている。少女は花を眺めながら歩いた。
「……また」
 少女はめまいでよろけた。立ち止まり、ポケットの中から薬を探す。だが、ポケットの中には何も入っていない。
 ポケットから手を出した少女は、何もせずただ茫然としている。
 少女のめまいは不治の病と言われる魔力疾患の症状。少女は次第に立つ事すらできなくなる。
 その場で座った少女は焦点の合わない目でどこか遠くを見つめている。
「……」
 発作が治るか倒れるか。少女はただぼうっとその時が来るのを待っていた。
「……っ⁉︎ 」
 少女の身体が影で覆われる。少女はあり得ない温もりを感じていた。
 ここは本来誰も来ない場所。少女一人しかいないこの場所に来たのは、顔を隠した少年。
「……何やってんだろ」
 顔の隠した少年が少女を優しく抱きしめてた。
「……そんなの、わかんないよ」
 少女はそう言って涙を流した。
 偶然でないのなら、想いが奇跡を呼んだのだろう。少女の忘れていた記憶が蘇る。一部分を除いて。
 それと同時に、魔力疾患の発作が和らいだ。
「……ねぇ、お姫様。僕と一緒にこのどうしようもない運命の中踊ってくれる? 」
 顔を隠した少年が少女から離れた。
「踊るのはきらいだよ。だからね、踊らないで足掻き続けるの。それがエレシェフィール・ノーヴァルディア・エンシェルト。偽りの愛姫としての生き方なの」
 少女は涙を拭い、真っ直ぐと顔を隠した少年を見てそう言った。
「そっか。うん。いいよ。付き合ってあげる。いつかは終わる偽りの時の中で」
 少年が顔を隠している特殊なヴェールをとった。青緑髪の少年は穏やかな笑顔を見せている。
 少女は口を開けたが何も言わずにぎゅっと瞑った。
「……とりあえずここから離れるか。転移魔法使うけど大丈夫? 」
 そう言った青緑髪の少年が少女の髪に花の髪飾りをつけた。少女は悲しげな表情でこくりと頷いた。
 青緑髪の少年が転移魔法を使う。淡い光が少女と青緑髪の少年を包み込む。
 光が消える。景色が変わる。今回の転生では縁のなかった高級家具達。
 少女が部屋を見ていると青緑髪の少年に抱き上げられた。
 少女は青緑髪の少年にベッドの上に寝かせられた。
 少女の身体を包み込むようなふわふわなベッド。今までろくに身体を動かす事ができず本の複製を行っていた少女の凝り固まった身体をゆっくりと休める。
「……今日はとりあえずゆっくりと休んで。何故か記憶が戻って発作は落ち着いているようだけど、疲れが溜まっているみたいだから」
 青緑髪の少年がそう言って踵を返した。少女は少年の方を見ず、ぎゅっと布団を握っている。
 少女は青緑髪の少年が部屋から出るまで喋らなかった。誰もいない部屋を見て少女の布団を握る手に力が入る。
 少女は瞼を閉じる。溜まった涙がつぅっと頬を伝う。
「……」
 カタッ
 扉が閉まる音が響く。
 扉を見ていない少女は誰が来たのかはわかっていない。だが、一つだけはっきりと言える事がある。それは求めている人物ではないという事。
「だれ? 」
 少女は細々とした声で言った。
「……そんなにいやなら引き止めろよ。俺らはそれをいやがらねぇよ」
 少女に向けられた呆れた声。少女はゆったりと扉の方を見た。
「……エレはにそんな事できるわけないでしょ。偽物の……たかだか代わりの分際で……そんな事できるわけない」
 少女は今にも泣きそうな声で言った。部屋に入ってきた青黒髪の少年を睨んでいる。
「まだそんな事言ってんだな。少しは自分がもらっているものに向き合ってみたらどうだ? 」
「……」
 少女は青黒髪の少年に警戒心をむき出しにしている。
「……まぁ、すぐにそうしろなんて言われてもできねぇだろうな」
 青黒髪の少年がベッドの隅に座る。少女は青黒髪の少年の手を握った。
「……そばにいて……ゼロはエレのそばにいてほしいから……なの」
 少女は震える声でそう言った。不安げな瞳を青黒髪の少年に向ける。
「……エレは、簡単には信じる事ができないの」
「だろうな。だから絶対に信じられる方法を考えたんだ」
 青黒髪の少年の言葉の後、部屋の気温が下がった。少女は布団に潜り込んで暖をとる。顔だけひょこっと出している。
「俺、ゼーシェリオンジェロー・ミュード・アロジェーシンティードは神聖の名にかけて汝を守ると誓う」
 青黒髪の少年、ゼーシェリオンの周囲が凍っている。
 少女はゼーシェリオンの誓いを聞き目を見開いた。
「なん、で……それはたった一人だけにしかできない特別な誓いなんでしょ! 本来なら結婚相手か忠誠を誓う相手にするっていう。それをなんでエレにするの! 」
 神聖と呼ばれる者達の特別な誓い。その誓いをしたゼーシェリオンが少女に笑顔を向けた。
「俺は自分の大切くらい自分で選ぶ。だからお前も、たまには自分で大切を選んでみろ。そんなくだらない情報なんて気にせず、お前の想いがどこにいたいのかちゃんと聞いてやれ」
 複製品。単なる代わり。それ以外の何者でもない。少女はその固定概念に囚われている。その固定概念から逃げる事を避けていた。
 少女の想いはどこにいたいのか。それはまだ答えが出ていない。
 だが、こう変えれば答えが出る。
 もし、そのいつかがあるのなら、それはどこが……誰の隣がいい?
「エレはエレを導いてくれた……エレを拾ってくれたみんなの隣がいい。大切なんてわからない。でもそれを理解したい場所はそこだったの」
 少女はそう言った後、その答えが青黒髪の少年が問いた質問の答えなのだと理解できた。
「エレシェぇフィール・ノーヴァルディア・エンシェルトは汝の誓いを受け入れるの」
 少女、エレシェフィールはそう言って布団から出てわずかに震える手でゼーシェリオンの手に触れる。
「エレは……きれい? ……美しい? 」
 エレシェフィールは不安げな瞳でゼーシェリオンを見つめてそう言った。
「当然だろ。エレはずっと宝石のように……花のように綺麗で美しい。俺らの自慢の唯一姫だ」
 ゼーシェリオンが屈託のない笑顔を見せてそう答えた。
「……ありがと。エレ、もう少しだけ信じてみる。いつかを生きる事を……覚えてなくても諦めないでいてみる。みんなもそれを望んでいるんでしょ? 」
 エレシェフィールは両手を胸に当ててそう言った。
 今はまだ自分のためにと思う事はできない。エレシェフィールにとっての安心材料であるみんなを使わない事ができない。だが、それでもエレシェフィールは諦めていたいつかのために今を生きる決意をした。
「……ねぇ、世界は残酷? いつか、また、なのかな? 答えを聞きたい」
 エレシェフィールは、窓の外を見てそう言った。記憶のない彼に向けて。わずかにある記憶の言葉を。