プロローグ いつかの未来と優しい偽り
ー/ー今から、とある少女の運命が変わった時を二つ紹介しよう。
その変化を語る前に少女の秘密を一つ話しておかなければならないためその後に。
かつて世界に選ばれた美しい女性がある男性に出会い恋をした。
「私は……あなたと一緒にいたいです」
美しい女性は湖の前で男性にそう告げた。そして、役割を放棄して男性と共に暮らした。
美しい女性が男性と駆け落ちした事で空いてしまった席を、早急に埋めなければならない。そこで選ばれたのが少女。その少女は美しい女性の因子を元に生み出された複製品。
複製品は複製品として、オリジナルに与えられたものは何一つ与えられず、重い役割だけを押し付けられた。
それが少女の秘密。その後少女はその後、ずっと一人で役割を果たしてきた。
ある時、少女は一人、座って遠くを見ていた。
「……」
一面緑色の景色。離れた場所に木がぽつりと一本だけ生えている。
少女は何もせず黙って遠くを眺めていると一人の少年が少女の前で立ち止まった。
「……複製品って言っても全然似てない。この可愛さどこからきてんの? あの子は可愛いというより美しいだったのに」
少年はオリジナルの美しい女性知っていた。オリジナルと一緒にいて導いていた一人だ。そんな少年が少女に声をかけるのは、ただの気まぐれなんだろうか。少女は何も言わずに、じっと少年を見つめていた。
「……行くとこないんでしょ? ならうちにこない? 面倒見るよ」
少年が手を差し出す。少女は喋らずに少年の手を取った。
「僕はシェフィム。君、名前は? 」
「……ない」
少女にあるのは役割だけ。名前すらなかった。
「……エレシェフィール。どうかな? 」
「……エレ……エレシェフィール……エレ」
少女は少年にもらった名前を何度も口にした。その名前を覚えるようにと。
それが、初めて少女が役割以外にもらったもの。この名前はただの固有名詞ではない。少女は両手を胸に当てて、頬を赤ている。
「気に入ってくれた? 」
「……うん……あの……その……あ……あり、がと」
少女は少年に礼を言う。その行動一つすら不慣れさを見せた。
これが一つ目の運命の変化。そしてもう一つ。一つ目と同じ世界。約五万年後。
長い時の中、何度も何度も少女は世界のために役割を果たしてきた。
だが、今は役割に疲れて傍観している。
色とりどりの花が咲く花畑を見つめながら少女は座っている。少年と一緒に。
「……ねぇ、世界って残酷なの? 役割からは逃げちゃだめなの? 」
少女は揺れる長い髪を押さえてそう言った。瞳に溜まった涙は今にもこぼれ落ちそうだ。
少女がどれだけ世界を守ろうと、世界はオリジナルではない少女に何も与えない。それどころか、さらに重い運命を押し付けるだけ。生きづらくするだけ。
そんな世界を守るのは酷だろう。
「逃げたらまた君とおんなじ子が生まれるだけだよ。それでもいいなら逃げていいよ」
「……そんなのやなの。エレみたいな子は生まれちゃやなの。みんな、こんな役割なんて与えられなくていい」
少女は溜まっている涙を拭いた。
少年が少女の頬に触れて微笑む。
「うん。そうだろうね。僕はその役割を変わってやれない。でも、優しい嘘なら……君が欲しい優しい世界なら見せてあげられる。どうする? 」
少女は無言で花畑をしばらく見つめた。少女にとって花畑は平和や優しさの象徴。
少女は花畑から目を離して少年を見る。
「見たいの。嘘で良いから。優しい世界を見たい。だから、エレに優しい世界をちょうだい? 」
少女は両手を胸の前で握りそう答えた。
優しい世界。それは少女が欲しいものの一つ。
風が吹く。少女は風で靡く髪を両手で押さえる。少女の長い髪は両手で押さえたくらいでは落ち着かない。
懸命に髪を押さえる少女。その少女の隣で少年がくすりと笑った。
「風は数秒のもの。でも、僕らはずっと一緒だから安心して。僕らは永遠に君のために偽りの居場所を与える。神聖の名にかけて誓ってあげようか? 」
少年の問いに少女は首を横に振った。
「いらないの。風は数秒でも、エレの知る風はとっても優しいの。だから、疑わないよ。優しい風と一緒だって知ってるから」
風はもう止んでいる。だが、少女の中ではそうではない。
少年が少女に笑みを見せる。
少女が風で乱れた髪を整えていると少年が少女の髪を一束手に取った。
少年の手の上が光る。少年の手の上にある少女の髪が色を変えた。髪の色が変わると、瞳の色も変わる。
少女にある唯一のオリジナルとの共通点。それが消えて、少年と似た色になる。
「僕らの魔法の性質、似てるって思っていたけど、これだと兄妹みたいだね……いっその事兄妹にならない? その方がより優しい世界を見せてあげられるよ」
少女は両手を胸に当てた。俯きながら、視線だけ少年の方を見る。少年は相変わらず微笑んでいる。
しばらく無言の時間が続く。少女は意を決してこくりと頷いた。
「ありがと。僕のかわいい妹になってくれて」
聞きなれた言葉。少女は少年に何度も何度もかわいいと言われている。それまではそんなふうに思っていなくとも、そうだと認識してしまいそうになる程。
聞きなれていつもの事だと普段なら思う少女だが、頬を赤くしている。
少女は、少年の表情をちらりと見た。少年が楽しんでいるのが表情に出ている。
少女は赤らんだ頬を両手で隠して立ち上がった。
「今日はみんなに黙って出てきたから、心配されちゃう」
少女がそう言うと、少年が「そうだね」と同意して立ち上がった。
少女は左手で少年の右手に触れる。少年の右手を見る。しばらくして触れた手を離した。
何事もなかったかのように少女は前を向いた。
少年が少女の想いを見透かしたかのように離れた少女の左手を握った。
少女は少年を一度見てから俯いた。俯く少女は耳まで赤くなっている。
「……エレ、前見な。良いものが見れるよ」
少年に言われて、少女は前を向いた。目の前には花畑を照らすように、桃色の光が雲のように広がっている。
少女は目を輝かせて、じっとその景色を見つめていた。
「契約の証。世界が否定しようと星は君を僕の妹にして良いみたい」
神聖という特別な存在は星と呼んでいるものと深い繋がりがある。少女は、その星と少年達にだけは歓迎されているようだ。
少女は揺れる瞳で少年を見つめた。口を開けて、閉じる。何度か繰り返す。
「……エレでいいの? 複製品なのに」
少女の声は震えていた。今まで歓迎された事がなかったからこそその待遇に疑問を抱く。
「そんなの、初めて会った時に答えは出ているよ。どれだけ言葉を紡いでも、今の君は安心しないだろうからこれ以上は言わないけど。でも、あの子にだけはあまり言って欲しくないかな。あの子の好意は君も知ってるでしょ? 」
少年が複製品にそこまでする理由が理解できない。少女の不安は消えない。だが、少女はこくりと頷いてそれ以上は何も聞かず歩き始めた。
少女は右手を胸に当てた。少年は左手を光りに向かって伸ばした。
――いつか
――いつか
――複製品という偽物の存在じゃなく
――偽りの居場所じゃなく
――本物になりたい
――本物になれたら
少女と少年はそれぞれの想いを馳せる。
これが少女の運命が変わった二つの時。それと同時に少年の運命も大きく変える時。
長い時の流れで変わる世界。
少女と少年もその残酷な流れを受ける。
少女は長い時の中で何度も諦めかけながらも、いつかを信じ続けた。
少年は長い時と孤独の中で何度もいつかを疑った。それでもいつかを願い続けた。
これは少女と少年がいつかを叶える物語。そしていつかの先にあるものを知る物語。
何度も破壊と創世を繰り返した世界の中で生きていく少女達の記述。
いつかを願った少女と少年の運命が交わるのは遠い未来。その未来で少女は
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