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2話 優しさの形

ー/ー




 信じてみる。そうゼーシェリオンに告げたが、それはもう遅いんじゃないか。ゼーシェリオンが部屋を出て一人になった後、エレシェフィールは暗い空を見ながら考えていた。

 ゼーシェリオンが、エレシェフィールの話し相手になってくれていたが、用事があると言って部屋を出て行った。それから数時間経つが戻ってこない。
 一人の時間が長いと、余計な事ばかり考えてしまう。
 それでも自分から誰かを探しに行く気にはなれない。そんな勇気がない。

「……」

 このまま誰もこなくて一人でいなければならないんじゃないか。そう思った時、扉が開いた。

「……っ⁉︎ 」

 エレシェフィールは、反射的に扉の方を見た。青緑髪の少年が大量に本を持って立っている。

「……エレに複製やらせてお金いっぱい稼ぐの? 」

 期待したからこそ、落胆が激しい。エレシェフィールは泣きそうな瞳で青緑髪の少年を見つめる。

「これ全部仕事に使う資料。自分の部屋だとなんか集中できないし、やる気起きなかったから……だめ? 」

 だめではない。むしろ、それで一緒にいてくれるなら嬉しい。だが、エレシェフィールはすぐに返事をしなかった。資料と言われた大量の本を三度見、四度見と、何度も見ている。

「……お仕事大変そうなの」

 何度も見て、出てきた言葉。青緑髪の少年は、エレシェフィールが知っているだけでもかなり忙しいが、こんな量の本を資料と言って持ってきているのは見た事なかった。

「これでも少ない方だよ。ああ、そうそう。覚えているとは思うけど、今の僕はフォル・リアス・ヴァリジェーシルだから。よろしくね」

 偽名を使っているから間違えるなという事だろう。青緑髪の少年フォルがそう言って、早速仕事をしている。大量の資料という名の本を読みながら報告書という名らしき謎の暗号文が書かれた書類を見ている。

「……ねぇ、エレにもお手伝いできる事ないの? 」

 役に立てば捨てられない。そう思ってはじいめた手伝い。今も多少はそれもあるが、褒めてもらう手段の一つとして使っている。

「そうだね……なら、今度のリブインで行われる婚約発表に参加してよ」

 二日後、エレシェフィールのいたリブイン王国では、姫と公爵家の令息との婚約発表がある。エレシェフィールはフォルに言われて思い出したが、その婚約発表はエレシェフィールも参加する予定だ。その婚約する姫として。

「良いよ。フォルのお願いだから聞くの。でも、理由くらい教えて? わざわざその日でなければならない理由。あるんじゃないの? 」

 エレシェフィールが知っている内容であればその日である必要がない。エレシェフィールが聞くと、フォルが一枚の書類を見せてくれる。
 そこに書かれているのは、エレシェフィールの知っている内容以外にもいくつもある。もし、リブイン王国で愛情を求めていれば、この内容に傷ついていたのだろう。書かれているのはそんな事ばかりだ。

「……わかったの。でも、エレ一人じゃ何もできないよ? 」

 ――エレはもう、誰も愛さないの。

 その言葉があったからこそ、エレシェフィールはリブイン王国で国王に拾われても、婚約者ができても、頑張れば愛されるなど思わなかった。求めなかった。だから、その内容を見ても騙されたとも思っていない。それよりもフォルの仕事をどこまで手伝えるのか考えている。

「……強いね。君は」

 そう言ったフォルがエレシェフィールの頭を撫でる。

「強くないの。期待してなかっただけ。エレは……エレには……偽りでも居場所があるから」

 喉にまででかかった言葉を飲み込み、そう言った。

「そっか。じゃあ、その居場所には期待してくれる? 」

 優しげに微笑むフォルはどこか悲しそうで、その理由はどうにもできない事。エレシェフィールはそれを知っている。
 エレシェフィールは、こくりと頷いた。

「……ありがと。なら、ずっと信じていてよ。僕は世界を騙してでも君を守ってあげるから。君がその魔法を使わなくても良いようにするから」

 喜ぶべきなんだろう。エレシェフィールの望む居場所にずっといて良いと言われているのだから。だが、喜びよりも悲しみが勝る。フォルのその言葉は、エレシェフィールがここへいて良いと言うのと同時に、心の底では欲しているものを与えないという事でもあるから。

 それでも、その悲しみを隠して笑顔を作る。フォルの手に触れて、涙を隠す。

「ところで、エレはドレスなんて持ってないの。ドレス、買うお金もないの」

 婚約発表はドレスで行かなければならない。知らない事ばかりのエレシェフィールだが、そのくらいは知っている。リブイン王国では婚約発表のドレスは婚約者が用意するもの。お揃いの色を使ったドレスを婚約発表十日前に贈る。そんなしきたりがある。

 だが、エレシェフィールは婚約者からドレスなど贈られてきていない。婚約発表は逃げ出すチャンスとしか思っていなかったため、気にしてすらいなかった。

「安心して。僕が用意してあるから。君に似合うドレスを。みんな君に目を奪われるくらい綺麗にしてあげる」

 エレシェフィールは疑いの眼差しをフォルに向ける。

「君って自分の魅力に気づいてないよね。あの子……オリジナルは妖艶さのある美人だったからかな」

 エレシェフィールはこくこくと頷いている。

 エレシェフィールの元となった人物は美しく、誰もが魅了される存在。エレシェフィールも、彼女を見てそれに納得している。一方エレシェフィールは、幼く誰の目にも留まらない。オリジナルの複製品であるという印が現在は封じている髪と瞳の色だけ。

 そんなエレシェフィールが誰もが目を奪われる存在になるとは想像できなかった。

「今のままでも十分目を奪うお姫様なんだけど。純粋かわいい……あげればきりがないんだけど、まだ言おうか? 」

 少し気になりはするが、それ以上は今のエレシェフィールには聞かない方がいい事だろう。聞かなければ、フォルがどれだけ自分を見てくれているのか知らずに済むから。
 エレシェフィールは首を横に振った。

「そっか。そろそろ寝ないとかな。あまり遅くまで起きているとまたゼロに怒られるよ。何回起こせばいいんだって」

 エレシェフィールは毎日のように寝坊するほど朝が弱い。そんなエレシェフィールを起こしてくれるのはゼーシェリオン。起こすついでに全ての身支度をしてくれる事が多い。
 だが、決して優しいだけではない。普通に何時間も起きないと怒られる。しかもかなりねちねちと。

「……ねむねむするの。だから……だから……その……えっと……一緒に……なんでもないの」

 勇気は出したが、それでも後一歩のところでやめてしまう。ただ一緒にいて欲しい。それだけなのに言う事ができない。
 その程度の事で居場所を失うわけでも、嫌われるわけでもないのに。
 エレシェフィールは俯いて黙る。

「……僕仕事終わるの朝になりそうなんだよなぁ。エレが寝た後に部屋に帰ってもいいけど、集中できない気がする」

 フォルがそう言ってエレシェフィールを見た。そのわざとらしい言動でエレシェフィールは、フォルの嘘に気がついた。

「……一緒にいていいの。でも、徹夜でお仕事はやなの。一緒に……いていいの」

 一緒にいたいから一緒に寝て欲しい。そこまでは言えなかったが、フォルの機転のおかげで一緒にいていいというのだけは言う事ができた。

「ありがと」

 まるでフォルが頼んだかのようにお礼を言う。だが、そもそもフォルは初めからエレシェフィールのためだけにここにいる。エレシェフィールのために優しい嘘までついて。
 エレシェフィールは、フォルがどこにも行かないように手を握っておく。

「……初めから急ぎのお仕事なんてなかったんでしょ? それに、集中できないも嘘なの」

 必要であればどこでも仕事をこなしているフォルが場所を選ぶというのは、考えてみればあり得なかった。
 ゼーシェリオンから聞いたのだろう。エレシェフィールが一緒にいたいと言っていたとでも。

「おやすみなさい」

「うん。おやすみ。僕のお姫様」

 エレシェフィールは、瞼を閉じた。二日後の婚約発表で役に立てるのか。この居場所を失わないためにどうすべきか。色々と考えそうになるが、フォルの手の温もりだけを感じていたい。今は、フォルの優しさに包まれていたい。
 他の事は考えたくない。
 その願いが通じたのか、それ以外は全て忘れて気づけば眠っていた。


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 信じてみる。そうゼーシェリオンに告げたが、それはもう遅いんじゃないか。ゼーシェリオンが部屋を出て一人になった後、エレシェフィールは暗い空を見ながら考えていた。
 ゼーシェリオンが、エレシェフィールの話し相手になってくれていたが、用事があると言って部屋を出て行った。それから数時間経つが戻ってこない。
 一人の時間が長いと、余計な事ばかり考えてしまう。
 それでも自分から誰かを探しに行く気にはなれない。そんな勇気がない。
「……」
 このまま誰もこなくて一人でいなければならないんじゃないか。そう思った時、扉が開いた。
「……っ⁉︎ 」
 エレシェフィールは、反射的に扉の方を見た。青緑髪の少年が大量に本を持って立っている。
「……エレに複製やらせてお金いっぱい稼ぐの? 」
 期待したからこそ、落胆が激しい。エレシェフィールは泣きそうな瞳で青緑髪の少年を見つめる。
「これ全部仕事に使う資料。自分の部屋だとなんか集中できないし、やる気起きなかったから……だめ? 」
 だめではない。むしろ、それで一緒にいてくれるなら嬉しい。だが、エレシェフィールはすぐに返事をしなかった。資料と言われた大量の本を三度見、四度見と、何度も見ている。
「……お仕事大変そうなの」
 何度も見て、出てきた言葉。青緑髪の少年は、エレシェフィールが知っているだけでもかなり忙しいが、こんな量の本を資料と言って持ってきているのは見た事なかった。
「これでも少ない方だよ。ああ、そうそう。覚えているとは思うけど、今の僕はフォル・リアス・ヴァリジェーシルだから。よろしくね」
 偽名を使っているから間違えるなという事だろう。青緑髪の少年フォルがそう言って、早速仕事をしている。大量の資料という名の本を読みながら報告書という名らしき謎の暗号文が書かれた書類を見ている。
「……ねぇ、エレにもお手伝いできる事ないの? 」
 役に立てば捨てられない。そう思ってはじいめた手伝い。今も多少はそれもあるが、褒めてもらう手段の一つとして使っている。
「そうだね……なら、今度のリブインで行われる婚約発表に参加してよ」
 二日後、エレシェフィールのいたリブイン王国では、姫と公爵家の令息との婚約発表がある。エレシェフィールはフォルに言われて思い出したが、その婚約発表はエレシェフィールも参加する予定だ。その婚約する姫として。
「良いよ。フォルのお願いだから聞くの。でも、理由くらい教えて? わざわざその日でなければならない理由。あるんじゃないの? 」
 エレシェフィールが知っている内容であればその日である必要がない。エレシェフィールが聞くと、フォルが一枚の書類を見せてくれる。
 そこに書かれているのは、エレシェフィールの知っている内容以外にもいくつもある。もし、リブイン王国で愛情を求めていれば、この内容に傷ついていたのだろう。書かれているのはそんな事ばかりだ。
「……わかったの。でも、エレ一人じゃ何もできないよ? 」
 ――エレはもう、誰も愛さないの。
 その言葉があったからこそ、エレシェフィールはリブイン王国で国王に拾われても、婚約者ができても、頑張れば愛されるなど思わなかった。求めなかった。だから、その内容を見ても騙されたとも思っていない。それよりもフォルの仕事をどこまで手伝えるのか考えている。
「……強いね。君は」
 そう言ったフォルがエレシェフィールの頭を撫でる。
「強くないの。期待してなかっただけ。エレは……エレには……偽りでも居場所があるから」
 喉にまででかかった言葉を飲み込み、そう言った。
「そっか。じゃあ、その居場所には期待してくれる? 」
 優しげに微笑むフォルはどこか悲しそうで、その理由はどうにもできない事。エレシェフィールはそれを知っている。
 エレシェフィールは、こくりと頷いた。
「……ありがと。なら、ずっと信じていてよ。僕は世界を騙してでも君を守ってあげるから。君がその魔法を使わなくても良いようにするから」
 喜ぶべきなんだろう。エレシェフィールの望む居場所にずっといて良いと言われているのだから。だが、喜びよりも悲しみが勝る。フォルのその言葉は、エレシェフィールがここへいて良いと言うのと同時に、心の底では欲しているものを与えないという事でもあるから。
 それでも、その悲しみを隠して笑顔を作る。フォルの手に触れて、涙を隠す。
「ところで、エレはドレスなんて持ってないの。ドレス、買うお金もないの」
 婚約発表はドレスで行かなければならない。知らない事ばかりのエレシェフィールだが、そのくらいは知っている。リブイン王国では婚約発表のドレスは婚約者が用意するもの。お揃いの色を使ったドレスを婚約発表十日前に贈る。そんなしきたりがある。
 だが、エレシェフィールは婚約者からドレスなど贈られてきていない。婚約発表は逃げ出すチャンスとしか思っていなかったため、気にしてすらいなかった。
「安心して。僕が用意してあるから。君に似合うドレスを。みんな君に目を奪われるくらい綺麗にしてあげる」
 エレシェフィールは疑いの眼差しをフォルに向ける。
「君って自分の魅力に気づいてないよね。あの子……オリジナルは妖艶さのある美人だったからかな」
 エレシェフィールはこくこくと頷いている。
 エレシェフィールの元となった人物は美しく、誰もが魅了される存在。エレシェフィールも、彼女を見てそれに納得している。一方エレシェフィールは、幼く誰の目にも留まらない。オリジナルの複製品であるという印が現在は封じている髪と瞳の色だけ。
 そんなエレシェフィールが誰もが目を奪われる存在になるとは想像できなかった。
「今のままでも十分目を奪うお姫様なんだけど。純粋かわいい……あげればきりがないんだけど、まだ言おうか? 」
 少し気になりはするが、それ以上は今のエレシェフィールには聞かない方がいい事だろう。聞かなければ、フォルがどれだけ自分を見てくれているのか知らずに済むから。
 エレシェフィールは首を横に振った。
「そっか。そろそろ寝ないとかな。あまり遅くまで起きているとまたゼロに怒られるよ。何回起こせばいいんだって」
 エレシェフィールは毎日のように寝坊するほど朝が弱い。そんなエレシェフィールを起こしてくれるのはゼーシェリオン。起こすついでに全ての身支度をしてくれる事が多い。
 だが、決して優しいだけではない。普通に何時間も起きないと怒られる。しかもかなりねちねちと。
「……ねむねむするの。だから……だから……その……えっと……一緒に……なんでもないの」
 勇気は出したが、それでも後一歩のところでやめてしまう。ただ一緒にいて欲しい。それだけなのに言う事ができない。
 その程度の事で居場所を失うわけでも、嫌われるわけでもないのに。
 エレシェフィールは俯いて黙る。
「……僕仕事終わるの朝になりそうなんだよなぁ。エレが寝た後に部屋に帰ってもいいけど、集中できない気がする」
 フォルがそう言ってエレシェフィールを見た。そのわざとらしい言動でエレシェフィールは、フォルの嘘に気がついた。
「……一緒にいていいの。でも、徹夜でお仕事はやなの。一緒に……いていいの」
 一緒にいたいから一緒に寝て欲しい。そこまでは言えなかったが、フォルの機転のおかげで一緒にいていいというのだけは言う事ができた。
「ありがと」
 まるでフォルが頼んだかのようにお礼を言う。だが、そもそもフォルは初めからエレシェフィールのためだけにここにいる。エレシェフィールのために優しい嘘までついて。
 エレシェフィールは、フォルがどこにも行かないように手を握っておく。
「……初めから急ぎのお仕事なんてなかったんでしょ? それに、集中できないも嘘なの」
 必要であればどこでも仕事をこなしているフォルが場所を選ぶというのは、考えてみればあり得なかった。
 ゼーシェリオンから聞いたのだろう。エレシェフィールが一緒にいたいと言っていたとでも。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみ。僕のお姫様」
 エレシェフィールは、瞼を閉じた。二日後の婚約発表で役に立てるのか。この居場所を失わないためにどうすべきか。色々と考えそうになるが、フォルの手の温もりだけを感じていたい。今は、フォルの優しさに包まれていたい。
 他の事は考えたくない。
 その願いが通じたのか、それ以外は全て忘れて気づけば眠っていた。