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ダンジョンマスター

ー/ー



 古代の霊廟——それは多くの冒険者たちが挑み、命を落としてきた危険なダンジョンだった。



 その霊廟に挑む前に、エリシアは近くの街の酒場に立ち寄っていた。冒険者や傭兵たちが集まるこの場所は、情報の宝庫でもあった。

 酒場の奥で、荒くれ者たちが大声で語り合っているのが聞こえる。



「聞いたか?あの霊廟に、ダンジョンマスターが向かったらしいな」

「おぉ、マジかよ……あいつ、また一つ歴史に名を刻む気か?」



 ダンジョンマスター——。



 その名はエリシアの耳にも届いたことがあった。

 彼は凄腕の冒険者で、これまで数々の難解なダンジョンを踏破してきたという。伝説と言っても過言ではない存在だ。



「でもよ、今回はさすがにヤバいんじゃねえのか?あの霊廟って、ただの迷宮じゃねえだろ?」

「だが、あいつなら……あいつならいけるかもしれねえ」



 酒場の空気は、彼の実力を知る者たちの期待と不安で満ちていた。



「ふぅん……」



 エリシアは興味深そうに微笑み、席を立った。



「何が霊廟の秘密なのか、私も確かめてみますわね……」



 彼女の目的地は決まった。すでにダンジョンマスターが先行しているのならば、さらに面白いことが起こるに違いない。

 こうしてエリシアは、古代の霊廟へ向けて歩みを進めた。


 
 霊廟に到着したエリシアの視線の先には、威圧感を放つ巨大な「死の騎士」が立ちはだかっていた。



 黒ずんだ甲冑に包まれたその姿は、長い年月を経てなお健在であり、侵入者に対する圧倒的な威圧を示している。



 だが、エリシアの視線はその近くに座るもう一人の人物へと移った。



 全身鎧をまとい、兜で顔を覆ったその男は、腰を下ろして溜息をついていた。声からして若いが、兜の奥に何を考えているのかは窺い知れない。



「うむ……どうしたものか」



 その声には明らかに困惑が滲んでいる。

 エリシアは興味深そうにその男へ歩み寄った。



「ふぅん、あなたも霊廟の攻略に挑もうとしているのかしら?」



 男はエリシアの声に気付き、少し驚いたように顔を上げた。



「む……ああ、そうだ。だが、この『死の騎士』がどうにも厄介でな」



 エリシアはその言葉に小さく笑みを浮かべた。



「あなたほどの装備を持つ人がそれでは、あまり期待できそうにありませんわね」

「む……言ってくれるな」



 男は少しばかり肩を落とした。

 エリシアは死の騎士の方へと目を向けた。じっと動かずに立ち尽くすその姿を観察する。



「さて……この守護者をどうするか、ですわね」



 鎧の男は静かに死の騎士を睨みつけながら、慎重に策を練っていた。



「俺なら倒せるだろうが……万が一のことも考えないとな。油断は禁物だ」



 彼の声には経験に裏打ちされた自信が漂うが、それ以上に冷静さが勝っていた。

 エリシアは隣で彼の話を聞いていたが、特に相槌も打たず、じっと沈黙を保っている。



「アンタもお宝を求めてここに来たんだろ?なら、少し待て。いい考えがあるんだ」



 だが、その言葉が終わらぬうちに、エリシアが突然動き出した。



「キエエエエェエエ〜!」



 奇声とともに彼女は死の騎士へ一直線に突進していった。



「お、おい、待て!」



 鎧の男が止める間もなく、エリシアはすでに死の騎士の懐に飛び込んでいた。

 死の騎士の巨大な剣が上から振り下ろされる——だが、エリシアはその一撃を見事なステップでぬるりと躱した。そして、隙をついた一撃をその脇腹へ叩き込む。



 ——ボォコォ!



 不気味な音を立てて肋骨が砕け散る。死の騎士はわずかによろめいたが、エリシアの攻撃は止まらない。彼女は間髪を入れずにローキックを放ち、その足の骨を叩き折る。



 ——ガキンッ!



 膝を突いた死の騎士の頭部を狙い、エリシアは華麗な回し蹴りを繰り出した。



 ——バキィンッ!



 衝撃で頭部が吹き飛び、死の騎士の体はそのまま地面に崩れ落ちた。



 「素晴らしい実力だ」



 鎧の男は静かに拍手を送った。その響きはどこか余裕すら感じさせるものだった。



「俺はジューク。ダンジョンマスターと呼ばれる男だ」

「あなたが……」



 エリシアの頭に、酒場で耳にした話が蘇る。凄腕の冒険者であり、幾多の難解なダンジョンを踏破してきたという伝説的な人物——それがジュークだった。



「こんな無鉄砲な方法で突破するとは……だが、お前の腕前は確かだな」

「ふん、それはどうも」



 エリシアは肩をすくめながら微笑む。

 だが、ジュークの表情はどこか冷ややかだった。



「このまま待っていれば、俺の叡智でこの死の騎士を突破できたものを」



 その声には、自信と若干の皮肉が滲んでいた。



「まぁ、結果オーライですわよね〜」



 エリシアが軽く笑うと、ジュークは肩をすくめ、興味なさげにダンジョンの入口へと歩を進める。



「先に行かせてもらうぜ。俺の知識があれば、この霊廟も問題なく攻略できる」



 彼はそのまま堂々とダンジョンの中へ消えていった。



 エリシアはアンデッドを倒しながらダンジョンを進む中、目の前の石のリフトに辿り着いた。



 重厚な石材で作られたそれは、いかにも古代の技術の結晶といった趣きだ。

 だが、そこへ後ろから聞き覚えのある声が響く。



「おい、お前もここに辿り着いたのか」



 振り返ると、そこにはジュークの姿があった。



「……あれ?先に入ったはずでは?」



 エリシアの問いに、ジュークは兜の中で低く唸るように答えた。



「あぁ……リフトに乗ったのだが、どういうわけか地上に戻されてしまった」

「地上?」



「ああ。どうやら、このリフトは外へ戻るためのものらしい」



 ジュークは悔しそうにリフトを指差す。確かに、普通ならこの霊廟が一本道で終わるわけがない。それに、外へ戻る仕掛けがこんな目立つ場所に置かれているのも不自然だ。



 ジュークは霊廟の石壁に寄りかかりながら、兜越しに唸った。



「焦るな、小娘……こういう時はじっくり考えることで、良い閃きが生まれるものだ」

「小娘って……」



 エリシアは呆れた表情を見せたが、ジュークの思索に付き合う気はさらさらなかった。彼女はリフトに目を向け、無言でその上に乗り込んだ。

 リフトのスイッチを作動させると、機械が重々しく動き出す。しかし、リフトが動き始めた瞬間、エリシアはふと考え直した。



「……戻っても仕方ありませんわね」



 そう呟いて、リフトが完全に上昇する前に軽やかに飛び降りた。無人のリフトはそのまま上昇を続け、視界から消えていった。



 その時だった。



「……あっ」



 エリシアが短く呟く。リフトが去った後、その土台の下に隠されていた地下への階段が現れたのだ。



「ま、こういうものですわよね」



 彼女は肩をすくめると、何の躊躇もなくその階段を降り始めた。

 その背後では、リフトがまたゆっくりと戻る音が響いてくる。



 ——ガシャン



 エリシアは冷たい石の廊下を進み、ついにダンジョンの最深部へと辿り着いた。



 目の前には広大な棺の間。



 中央には朽ちた王冠を被り、長く失われた王のような風格を持つアンデッドが彷徨い歩いている。その姿は、かつての威厳を微塵に残しつつも、死の呪縛に囚われた哀れな亡者のようだった。



「ふむ……これがこのダンジョンの主ですのね」



 エリシアがそう呟いたその時、背後から足音が近づいてきた。



「やはりここにいたか」



 振り返ると、ジュークが悠然と現れた。



「……あら、ここまで来られましたの?」



 エリシアの問いに、ジュークは誇らしげに胸を張った。



「あぁ、あそこでしばらく待っていたら天啓が舞い降りてな。このダンジョンの秘密が一気に見えたんだ」



「……そうですの」



 エリシアはわずかに眉を動かしたが、何も言わずに再び王の姿へ目を向けた。

 ジュークはその様子に気づいたが、意に介さずにさらに言葉を続けた。



「うむ……あれがどうやら、このダンジョンの主のようだな。だが、考えなしに挑むのは愚策だ。油断は命取りになるぞ」



「……」



 エリシアは無言のまま、どこか遠い目をしている。



「安心しろ。俺に秘策がある。少し待っていろ」



 そう言うと、ジュークは腰から剣を抜き取り、鞘に納めた状態でその刃を研ぎ始めた。



 ——シャリッ、シャリッ……



 妙に小気味よい音が棺の間に響き渡る。



 ジュークが剣を研ぎ続ける中、エリシアは悠然と立ち上がった。



「おい、小娘!待て、まだ秘策が――」



「キエエエェエええええ〜!もう一回死ねやああああ!」



 エリシアはジュークの言葉を無視し、一直線に古代の王へと突撃した。

 王は反応するやいなや、杖を振り上げ、暗黒の雷を放つ。



 ——バリバリバリバリッ!



 黒い雷がエリシアを直撃――するかに見えたが、彼女の周囲には既に薄い結界が展開されていた。暗黒の力が彼女の結界に吸い込まれ、彼女の体内に溜まる魔力となっていく。



「やりますわね!」



 怯む古代の王。その隙を逃さず、エリシアは溜め込んだ暗黒の力をカウンターの雷として放った。



 ——ズドォォォンッ!



 稲妻が王を直撃し、その身体が痺れて動きを止める。



「オルラァ!」



 エリシアはすかさず駆け寄ると、全力で王の顎にロシアンフックを叩き込んだ。



 ——ガキィンッ!



 古代の王の顎が不自然な音を立てて砕け散り、頭部がぐらりと揺れる。その場に崩れ落ちる王。



「……」



 その光景を見ていたジュークは剣を研ぐ手を止め、ぽかんと口を開けてエリシアを見つめた。



「……お前、秘策なんていらなかったな」



「ええ、そうですわね。あなたのその秘策はじっくり温めておいてくださいまし!」



 エリシアは微笑むと、王の落とした宝珠を拾い上げ、颯爽とその場を後にした。



 ——その後。



 エリシアは酒場の片隅で、手にした宝珠をゆっくり回しながら微笑んでいた。周囲の荒くれたちが、まじまじとそれを見つめている。



「こ、これが……あの霊廟の宝!」

「すげえ……本当にあの場所を攻略したってのかよ!」



 彼女は一同の羨望を背中に受けながら、軽く肩をすくめた。



「皆さんも酒ばっか飲んでないで、少しは冒険に出たほうがいいですわよ。宝が眠ってるのはいつだって動いた人の手の中なんですから」



 彼女の言葉に酒場の空気が少しだけ引き締まるが、すぐに再び喧騒と笑い声が戻ってきた。



 エリシアが酒を一口飲んで一息ついていると、酒場の扉が勢いよく開いた。



「古代の霊廟を攻略したぞ!」



 その声と共に現れたのはジュークだった。

 相変わらず全身鎧をまとい、兜の隙間から覗く得意げな顔。彼の入店に気づいた荒くれたちが驚きと称賛の声を上げた。



「おお!ダンジョンマスター!」

「やっぱりアンタが最強だぜ!」



 ジュークはゆっくりとカウンターに近づき、さらに誇らしげな表情を見せた。



「俺が最深部を制覇し、古代の王を討った!あれほどの相手に勝つのは骨が折れたが、これも俺の叡智と実力の賜物だ!」



 エリシアは酒を飲む手を止め、困惑した顔でジュークを見つめる。



「えぇ……」



彼女の呟きは、喧騒の中にかき消されていった。



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 古代の霊廟——それは多くの冒険者たちが挑み、命を落としてきた危険なダンジョンだった。
 その霊廟に挑む前に、エリシアは近くの街の酒場に立ち寄っていた。冒険者や傭兵たちが集まるこの場所は、情報の宝庫でもあった。
 酒場の奥で、荒くれ者たちが大声で語り合っているのが聞こえる。
「聞いたか?あの霊廟に、ダンジョンマスターが向かったらしいな」
「おぉ、マジかよ……あいつ、また一つ歴史に名を刻む気か?」
 ダンジョンマスター——。
 その名はエリシアの耳にも届いたことがあった。
 彼は凄腕の冒険者で、これまで数々の難解なダンジョンを踏破してきたという。伝説と言っても過言ではない存在だ。
「でもよ、今回はさすがにヤバいんじゃねえのか?あの霊廟って、ただの迷宮じゃねえだろ?」
「だが、あいつなら……あいつならいけるかもしれねえ」
 酒場の空気は、彼の実力を知る者たちの期待と不安で満ちていた。
「ふぅん……」
 エリシアは興味深そうに微笑み、席を立った。
「何が霊廟の秘密なのか、私も確かめてみますわね……」
 彼女の目的地は決まった。すでにダンジョンマスターが先行しているのならば、さらに面白いことが起こるに違いない。
 こうしてエリシアは、古代の霊廟へ向けて歩みを進めた。
 霊廟に到着したエリシアの視線の先には、威圧感を放つ巨大な「死の騎士」が立ちはだかっていた。
 黒ずんだ甲冑に包まれたその姿は、長い年月を経てなお健在であり、侵入者に対する圧倒的な威圧を示している。
 だが、エリシアの視線はその近くに座るもう一人の人物へと移った。
 全身鎧をまとい、兜で顔を覆ったその男は、腰を下ろして溜息をついていた。声からして若いが、兜の奥に何を考えているのかは窺い知れない。
「うむ……どうしたものか」
 その声には明らかに困惑が滲んでいる。
 エリシアは興味深そうにその男へ歩み寄った。
「ふぅん、あなたも霊廟の攻略に挑もうとしているのかしら?」
 男はエリシアの声に気付き、少し驚いたように顔を上げた。
「む……ああ、そうだ。だが、この『死の騎士』がどうにも厄介でな」
 エリシアはその言葉に小さく笑みを浮かべた。
「あなたほどの装備を持つ人がそれでは、あまり期待できそうにありませんわね」
「む……言ってくれるな」
 男は少しばかり肩を落とした。
 エリシアは死の騎士の方へと目を向けた。じっと動かずに立ち尽くすその姿を観察する。
「さて……この守護者をどうするか、ですわね」
 鎧の男は静かに死の騎士を睨みつけながら、慎重に策を練っていた。
「俺なら倒せるだろうが……万が一のことも考えないとな。油断は禁物だ」
 彼の声には経験に裏打ちされた自信が漂うが、それ以上に冷静さが勝っていた。
 エリシアは隣で彼の話を聞いていたが、特に相槌も打たず、じっと沈黙を保っている。
「アンタもお宝を求めてここに来たんだろ?なら、少し待て。いい考えがあるんだ」
 だが、その言葉が終わらぬうちに、エリシアが突然動き出した。
「キエエエエェエエ〜!」
 奇声とともに彼女は死の騎士へ一直線に突進していった。
「お、おい、待て!」
 鎧の男が止める間もなく、エリシアはすでに死の騎士の懐に飛び込んでいた。
 死の騎士の巨大な剣が上から振り下ろされる——だが、エリシアはその一撃を見事なステップでぬるりと躱した。そして、隙をついた一撃をその脇腹へ叩き込む。
 ——ボォコォ!
 不気味な音を立てて肋骨が砕け散る。死の騎士はわずかによろめいたが、エリシアの攻撃は止まらない。彼女は間髪を入れずにローキックを放ち、その足の骨を叩き折る。
 ——ガキンッ!
 膝を突いた死の騎士の頭部を狙い、エリシアは華麗な回し蹴りを繰り出した。
 ——バキィンッ!
 衝撃で頭部が吹き飛び、死の騎士の体はそのまま地面に崩れ落ちた。
 「素晴らしい実力だ」
 鎧の男は静かに拍手を送った。その響きはどこか余裕すら感じさせるものだった。
「俺はジューク。ダンジョンマスターと呼ばれる男だ」
「あなたが……」
 エリシアの頭に、酒場で耳にした話が蘇る。凄腕の冒険者であり、幾多の難解なダンジョンを踏破してきたという伝説的な人物——それがジュークだった。
「こんな無鉄砲な方法で突破するとは……だが、お前の腕前は確かだな」
「ふん、それはどうも」
 エリシアは肩をすくめながら微笑む。
 だが、ジュークの表情はどこか冷ややかだった。
「このまま待っていれば、俺の叡智でこの死の騎士を突破できたものを」
 その声には、自信と若干の皮肉が滲んでいた。
「まぁ、結果オーライですわよね〜」
 エリシアが軽く笑うと、ジュークは肩をすくめ、興味なさげにダンジョンの入口へと歩を進める。
「先に行かせてもらうぜ。俺の知識があれば、この霊廟も問題なく攻略できる」
 彼はそのまま堂々とダンジョンの中へ消えていった。
 エリシアはアンデッドを倒しながらダンジョンを進む中、目の前の石のリフトに辿り着いた。
 重厚な石材で作られたそれは、いかにも古代の技術の結晶といった趣きだ。
 だが、そこへ後ろから聞き覚えのある声が響く。
「おい、お前もここに辿り着いたのか」
 振り返ると、そこにはジュークの姿があった。
「……あれ?先に入ったはずでは?」
 エリシアの問いに、ジュークは兜の中で低く唸るように答えた。
「あぁ……リフトに乗ったのだが、どういうわけか地上に戻されてしまった」
「地上?」
「ああ。どうやら、このリフトは外へ戻るためのものらしい」
 ジュークは悔しそうにリフトを指差す。確かに、普通ならこの霊廟が一本道で終わるわけがない。それに、外へ戻る仕掛けがこんな目立つ場所に置かれているのも不自然だ。
 ジュークは霊廟の石壁に寄りかかりながら、兜越しに唸った。
「焦るな、小娘……こういう時はじっくり考えることで、良い閃きが生まれるものだ」
「小娘って……」
 エリシアは呆れた表情を見せたが、ジュークの思索に付き合う気はさらさらなかった。彼女はリフトに目を向け、無言でその上に乗り込んだ。
 リフトのスイッチを作動させると、機械が重々しく動き出す。しかし、リフトが動き始めた瞬間、エリシアはふと考え直した。
「……戻っても仕方ありませんわね」
 そう呟いて、リフトが完全に上昇する前に軽やかに飛び降りた。無人のリフトはそのまま上昇を続け、視界から消えていった。
 その時だった。
「……あっ」
 エリシアが短く呟く。リフトが去った後、その土台の下に隠されていた地下への階段が現れたのだ。
「ま、こういうものですわよね」
 彼女は肩をすくめると、何の躊躇もなくその階段を降り始めた。
 その背後では、リフトがまたゆっくりと戻る音が響いてくる。
 ——ガシャン
 エリシアは冷たい石の廊下を進み、ついにダンジョンの最深部へと辿り着いた。
 目の前には広大な棺の間。
 中央には朽ちた王冠を被り、長く失われた王のような風格を持つアンデッドが彷徨い歩いている。その姿は、かつての威厳を微塵に残しつつも、死の呪縛に囚われた哀れな亡者のようだった。
「ふむ……これがこのダンジョンの主ですのね」
 エリシアがそう呟いたその時、背後から足音が近づいてきた。
「やはりここにいたか」
 振り返ると、ジュークが悠然と現れた。
「……あら、ここまで来られましたの?」
 エリシアの問いに、ジュークは誇らしげに胸を張った。
「あぁ、あそこでしばらく待っていたら天啓が舞い降りてな。このダンジョンの秘密が一気に見えたんだ」
「……そうですの」
 エリシアはわずかに眉を動かしたが、何も言わずに再び王の姿へ目を向けた。
 ジュークはその様子に気づいたが、意に介さずにさらに言葉を続けた。
「うむ……あれがどうやら、このダンジョンの主のようだな。だが、考えなしに挑むのは愚策だ。油断は命取りになるぞ」
「……」
 エリシアは無言のまま、どこか遠い目をしている。
「安心しろ。俺に秘策がある。少し待っていろ」
 そう言うと、ジュークは腰から剣を抜き取り、鞘に納めた状態でその刃を研ぎ始めた。
 ——シャリッ、シャリッ……
 妙に小気味よい音が棺の間に響き渡る。
 ジュークが剣を研ぎ続ける中、エリシアは悠然と立ち上がった。
「おい、小娘!待て、まだ秘策が――」
「キエエエェエええええ〜!もう一回死ねやああああ!」
 エリシアはジュークの言葉を無視し、一直線に古代の王へと突撃した。
 王は反応するやいなや、杖を振り上げ、暗黒の雷を放つ。
 ——バリバリバリバリッ!
 黒い雷がエリシアを直撃――するかに見えたが、彼女の周囲には既に薄い結界が展開されていた。暗黒の力が彼女の結界に吸い込まれ、彼女の体内に溜まる魔力となっていく。
「やりますわね!」
 怯む古代の王。その隙を逃さず、エリシアは溜め込んだ暗黒の力をカウンターの雷として放った。
 ——ズドォォォンッ!
 稲妻が王を直撃し、その身体が痺れて動きを止める。
「オルラァ!」
 エリシアはすかさず駆け寄ると、全力で王の顎にロシアンフックを叩き込んだ。
 ——ガキィンッ!
 古代の王の顎が不自然な音を立てて砕け散り、頭部がぐらりと揺れる。その場に崩れ落ちる王。
「……」
 その光景を見ていたジュークは剣を研ぐ手を止め、ぽかんと口を開けてエリシアを見つめた。
「……お前、秘策なんていらなかったな」
「ええ、そうですわね。あなたのその秘策はじっくり温めておいてくださいまし!」
 エリシアは微笑むと、王の落とした宝珠を拾い上げ、颯爽とその場を後にした。
 ——その後。
 エリシアは酒場の片隅で、手にした宝珠をゆっくり回しながら微笑んでいた。周囲の荒くれたちが、まじまじとそれを見つめている。
「こ、これが……あの霊廟の宝!」
「すげえ……本当にあの場所を攻略したってのかよ!」
 彼女は一同の羨望を背中に受けながら、軽く肩をすくめた。
「皆さんも酒ばっか飲んでないで、少しは冒険に出たほうがいいですわよ。宝が眠ってるのはいつだって動いた人の手の中なんですから」
 彼女の言葉に酒場の空気が少しだけ引き締まるが、すぐに再び喧騒と笑い声が戻ってきた。
 エリシアが酒を一口飲んで一息ついていると、酒場の扉が勢いよく開いた。
「古代の霊廟を攻略したぞ!」
 その声と共に現れたのはジュークだった。
 相変わらず全身鎧をまとい、兜の隙間から覗く得意げな顔。彼の入店に気づいた荒くれたちが驚きと称賛の声を上げた。
「おお!ダンジョンマスター!」
「やっぱりアンタが最強だぜ!」
 ジュークはゆっくりとカウンターに近づき、さらに誇らしげな表情を見せた。
「俺が最深部を制覇し、古代の王を討った!あれほどの相手に勝つのは骨が折れたが、これも俺の叡智と実力の賜物だ!」
 エリシアは酒を飲む手を止め、困惑した顔でジュークを見つめる。
「えぇ……」
彼女の呟きは、喧騒の中にかき消されていった。