「あれ、あそこにいるのって、|相田《そうだ》兄弟じゃない?」
一緒に歩いていた友達が声を上げるのに釣られて、私もその視線の先を追ってしまう。そこには、大きな広葉樹の下のベンチに座って眠る、双子の姿があった。夏の終わりとも秋の始まりとも知れない昼下がり。穏やかな陽光は大きな葉の間を縫って、ちらちらと二人を照らす。対になったその端整な寝顔は、文字通りキラキラと輝いていた。
「ホントだ。やっぱそっくりだねぇ~。しかもあんなイケメンでそっくりとか、この世のものとは思えないよね」
もう一人の友達が惚れ惚れしたような眼差しを二人に向ける。無理もないだろう。彼らの前では、たいていの女子はこの顔をする。
「でも、性格悪いらしいじゃん」
「え、そうなの?」
何を勝手なことを。よく知りもしないくせに、噂話に踊らされているだけだ。
「うん、弟の|左輔《さすけ》くんがね。ちょっと乱暴っていうか、怖いって」
それはこの前、不良に絡まれてた小学生を助けた時の事だろう。確かにちょっとやり過ぎてたような気はするけど、悪意があってやったことじゃない。むしろ善行だ。しかも、左輔が兄で、弟は|右輔《ゆうすけ》の方だ。
「じゃあ、右輔くんの方はいい人?」
「いやぁ、どうだろ。双子だしね~」
適当なこと言ってくれちゃって。双子でも、性格は結構違うんだぞ。せっかく素知らぬフリをしようと思っていたらこれだよ。
「あのさ、でもそれって噂で言われてるだけでしょ? ホントのところはどうか、確かめてみたの?」
「なぁに、アンタもしかして、狙ってんの?」
「狙うも何も……実を言うとさ、幼馴染みなんだよね。アイツら」
そう、私は幼いころから家が近所だったというだけで、彼らと長い付き合いにある。運が良かったんだか悪かったんだか。
「え、マジ?! もしかして……どっちかと付き合ってんの?」
友達の一人がなぜかコソコソと話し出す。あーあ、これだから話すの嫌だったのになぁ。
「付き合ってないよ。別に、近所ってだけだし」
「またまたぁ~。でもやっぱ、それって幼馴染みのアンタから見ても、二人はちょっと難ありってことでしょ? じゃなかったら、あんなイケメン、放っておくわけないでしょうに」
「だから、そういうんじゃないって」
イケメンだったら誰彼構わずいくって……それもどうなの? イケメンで性格良くて、しかも結婚すれば、同じ顔した義理の兄か弟がついてくるって? それは……まあ、たしかに悪くない物件だよね。でも、そう一筋縄にもいかないんですよ、これが。
「そうやって庇うところが怪しいですな。やっぱりどっちかとデキてるんじゃないの?」
「やめときなよ。そういう噂が立つってことは、そう言われるような人ってことじゃん。アンタにはもっといい人いるって」
「だから、付き合ってないってば。余計なお世話だから」
交際を疑われるのはまだいい。でも、彼らを悪く言われた挙句、やめとけって言われるのは、ちょっと迷惑が甚だしくないか? いくら自称温厚な性格の私でも、怒ることだってあるんですけどね。
「ちなみにさ、幼馴染みってことは、どっちがどっちかわかるんでしょ? ねえ、どっちがどっち?」
出た出た。それも嫌なんだよねぇ。だって正直さ、わかんないんだよね。いや、ホントに。そっくりなんだもん。しかも寝顔とか。話せばまだわかるけどさ、写真とか見せられて、当ててみて、とか言われるのとかも、本気で困るんだよね。
「遠目からだと何ともなぁ……」
そう言って誤魔化したつもりだったが、じゃあ近くで見ていいからさ、と半ば強引に二人の前に連れていかれる。なんでこうなるかなぁ。
頭をくっつけ合って眠る二人の前に立たされて、友達が後ろでニヤニヤしながら見守る中、慎重に見定める。……いや、マジでわっかんねー。全部一緒じゃん。ってか、おんなじ服着てんじゃねーよ。服とか髪型で見分けさせろよ。文句を言いたいところだが、生憎二人は眠ったまま起きる気配もない。
「どっち? ねぇどっち?」
急かす友達を手で制して、いつもの二人を思い出す。うーん……こっちが左輔で、こっちが右輔か。で、目の前の二人と照らし合わせてみると……こっちか?
「たぶん……こっちが左輔。で、こっちが右輔、だと思う。たぶん」
左の男と右の男を順に指差す。合っているような気もするが、違うような気もする。
「なに? 自信なさげじゃ~ん。ホントに幼馴染み?」
すると、友達の一人が慌てたように声を上げる。
「やばっ、もう講義始まるよ!」
「うっそ、マジ!? 急いで行くよ!」
そんな時間だというのに、コイツらはいつまで呑気に寝てるんだか。これも幼馴染みの性なのだろうか、どうも放っておけなくて、困ったように肩を竦めてみせた。
「あー、私、コイツら起こしてから行くから。先行ってて」
「おお、ごゆっくり~」
「だから、違うってば」
やっぱりこのポジションは困りものだ。それもこれも、コイツらのせい。そう八つ当たりするように、二人の肩を揺すってみると、彼らはいとも簡単に目を覚ます。さてはコイツら、起きてやがったな。
「ミィちゃんもまだまだだね。オレが左輔だよ」
そう言ったのは、右に座る男。さっき私が右輔と紹介した方の男だ。あーやっぱり違ったか。
「そんで、オレが右輔。ミィちゃんってば、もう一緒にいて何年経つんだよ。いまだに間違えんの?」
だってそりゃ、アンタ達だって成長して、昔と今じゃ顔つきも違うじゃん。ずっと同じ顔だったら、わからなくもないけどさ。アンタ達が同じ速度で、同じように大人の男になっていく様を見てきたんだから。一日だって、同じ顔なんかしてないじゃない。だから、わかんないんだって。
「見分け方、教えてあげよっか?」
「そうしたら、間違えなくなるっしょ?」
「別に、そんなの必要ない。私がアンタ達を完璧に見分けられる時が来たら、きっとそれは、アンタ達に興味なくなった時だよ」
二人は同じ顔を見合わせて、きょとんと首を傾げた。
だって今はまだ、二人の顔をまじまじと見るなんてできない。こんなに長い年月が経ったって、変わらないのは私も同じ。間違い探し以前の問題なんだ。だから、いつまで経っても見分けられなくって、ごめんね。
「そういえばミィちゃん、さっきちょっと怒ってたでしょ」
「オレ達のこと庇ってくれてたんだよね。マジ女神じゃん」
コイツらはホントに……。その通りなんだけどさ。わざわざそういうこと言うかなー、普通。
「……お前ら人前でそういうこと言うなって言ったよな?」
「やっべ、裏ミィちゃん出てきちゃった」
「ごめんって。これあげるから許して」
そう言って右輔から差し出されたのは、学食で食券と引き換えできる五百円券が三枚。
「あ、オレもあげるから」
左輔も同じくポケットから取り出して、私に握らせた。
「良かったら使ってよ。ミィちゃん、よく食べるし、食費に困ってるでしょ?」
「一人暮らしで一番削れるのって食費なのに、ミィちゃんはそれできないもんね」
ちょっとだけいいヤツらだと思ってしまった私がバカだったよ。その一言さえ言わなければ、命までは取らないでやったのに。
「……次のテスト、自力で頑張れよ?」
この後、人目もはばからず泣きながら土下座され、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。