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最初から全て決まっていた

ー/ー



 運命によって決められた因果に従い、どんな過程を踏んだとしても、ある一つの決まった結果に収束する。それが運命の収束。それはまさしく、私がタイムリープしてきたあらゆる世界において、かならず彼と別れる結果になったことと合致する。


 しかし、ここで一つの疑問が生まれた。この決められた運命のゴールは彼と別れることだろう。だが、スタートはどこだろうか。
 私はこれまで何度もタイムリープしてきたが、そのあらゆる世界で彼と付き合うことができた。彼と付き合わなければ、彼と別れるという未来には到達し得ない。だとしたら、彼と付き合うということ自体が、彼と別れるという未来への因果になっているのではないか。


 それは至極当然なことのようでもあるが、何度もタイムリープを経験してきた私にとっては、彼と付き合うことが確定で起きた事象というのは見過ごせなかった。
 もしこれが運命によって決められているのなら、どんな過程を踏んでも彼と付き合うことができるはずなのだ。


 そしてもし仮に、彼と付き合えない世界が存在したならば、これまで確定的だった彼と付き合うという事象は運命ではなかったことになる。つまりそれは、同じく確定的に起こっていた彼と別れるという事象も回避できる可能性があるということだ。


 私は早速、何度かタイムリープをし、彼とどうにか付き合わないように努めた。それはとても心を痛める行為ではあったが、どうせまたやり直せる、そう思って試行錯誤を繰り返した。


 結論から言えば、この試みは失敗に終わった。いや、充分なデータが取れたことを失敗とは言わないだろうけれど、私にとってこの結果は失敗だった。


 私はあらゆる手を尽くしても、彼と付き合うことを回避できなかった。あらゆる状況が、偶然(・・)の重なりが、それを許してくれなかったのだ。
 まさに運命とも呼ぶべき大いなる力に阻まれたように、私は幾度となく彼と結ばれてしまった。


 こうなると、さすがにもうどうしようもないのではないかと思えてくる。
 私は彼と付き合い、その三年後に別れるという絶対的な運命を受け入れざるを得ない。自分の努力ではどうにもできない大いなる力によって、彼と付き合うことも、そしてその先に別れることも、最初から全て決まっているのだ。
 そんな哀しいことがあるだろうか。私は何故かタイムリープすることができたからその運命の収束を知ってしまったが、多くの人はそれに気付かず、人生に躓いた時、自分の何かが足りなかったから、なんて思うのだろう。でも実際は、誰が何をしたって変わらない、最初から用意された結末を辿ることだってあるのだ。




 私はこの世界の仕組みにほとほと嫌気がさし、いっそのこともっと過去に戻れば、運命を改変できるのではないかと考えた。


 彼とは大学で出会った。だから彼と同じ大学には行かない。その大学を目指せるような高校にも入らない。それならば、運命はまた違った道を示してくれるだろうか。


 私はもう、彼と別れるのは嫌だ。彼と別れるくらいなら、彼と付き合えなくてもいい。もう充分、彼との幸せな時間を謳歌した。何度も何度も同じ時を過ごした。
 彼と家族になれなかったこと、共に老いていくことができなかったことは心残りではあるけれど、彼からもらった幸せを胸に、私は新しい人生を生きる。そう決めた。


 そしてこれを、最後のタイムリープと決めた。戻るのは、高校受験前の中学三年生の時。何から何まで彼から遠ざかって、私は新しい運命のレールに乗ってやるのだ。






 時は過ぎ、私は大学受験を控えた高校三年生になっていた。
 今になっても、彼のことは片時も忘れたことはない。それもそうだ。何度も繰り返した彼との三年間は、年月にすれば私の人生のほとんどを占めるのだから。
 だから、彼から遠ざかるという決意も忘れたことはなかった。


 おかげで、私は不幸な運命のレールからは外れられた——そう思っていた。




 ある秋の日、この日は模試を受けに大手の予備校の校舎に来ていた。校舎と言ってもビルのようなもので、その校舎だけで何百人という生徒を抱える規模の大きな予備校だった。それが全国展開しているのだから、その予備校が開催する模試のデータは信用に足ると評判だったのだ。
 私は外部生として受験し、行き慣れない場所に少し緊張しながらも、テスト自体はいつも通りにできていた。


 しかし、今日の日程も折り返しに差し掛かった、数学の試験が始まる少し前、私はうっかり手を滑らせて、消しゴムを落としてしまった。受験生なのに縁起でもない。しかもその消しゴムは、思いのほか遠くまで転がっていってしまって、どこに行ったのかわからなくなってしまった。
 何を思ってか、今日持ってきていた消しゴムはそれ一つ。これで私はもう、間違えるわけにはいかなくなった。


 何だか懐かしい。二回目にタイムリープをした時も、こんな気持ちだった。私はもう何も間違えない、間違えてなるものかって、そう思っていた。それももう随分遠い思い出のように思える。
 何だか急に、大学受験なんかに必死になっている自分が空しくなって、涙が溢れそうになる。


 すると、後ろからとんとんと肩を叩かれた。私は涙を抑えながら振り返ると、後ろの席の男子から消しゴムを差し出された。


「困ってるんでしょ。どうぞ」


「ありがとう……でも、あなたは……?」


「俺は間違えないから、こんなもの必要ないんだよ」


 そう言って、ニカっと笑いながら私の手に消しゴムを握らせた。
 その笑みは、どこか見覚えがある気がして、私の心をくすぐるように揺らす。きっともう二度と会うこともないだろう彼に、私は少しの寂しさと、忘れられないような愛おしさを感じていた。


「あ、の——」


 私が何か声をかける前に、彼はもう手元のスマホに視線を落としていて、声をかけるのは憚られた。何やらソシャゲに熱中しているようで、彼の隣に座る男子も一緒になって、画面を覗き込んでいたからだ。


「あ、やべ、国境破られた!」


「バカ、魔王軍に魔法攻撃は効かねえって言っただろ。物理で攻めんだよ」


 模試の会場で何をやっているんだか……。呆れた私は、それでもありがたく消しゴムを借りて、残りの試験に集中しようと前を向うとした、その時だった——彼の受験票を見てしまったのは。


「貸してみろ、修馬(しゅうま)。俺がやってやる」


 そう言って、彼の隣の男子が彼からスマホを借り受けた。


——ああ、そうか。
 やはりこれが私の運命なのだろう。抗うことなどできないのだ。こんな現実を突きつけられて、運命というものを呪わずにいられるだろうか。


 だってそうだろう。この気持ちすら、運命の悪戯で植え付けられたものかもしれないのだから。どんな過程を辿っても、決められた運命に必ず収束する。それが今、はっきりとわかった。


 だから私は、次に何をするべきか、考えなくても行動に出ていた。
 きっと涙の枯れ切った、乾いた笑みを浮かべて。でもそれが、彼にとって愛おしく思えるように。


「ねえ、そのゲーム、面白いの?」


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 運命によって決められた因果に従い、どんな過程を踏んだとしても、ある一つの決まった結果に収束する。それが運命の収束。それはまさしく、私がタイムリープしてきたあらゆる世界において、かならず彼と別れる結果になったことと合致する。
 しかし、ここで一つの疑問が生まれた。この決められた運命のゴールは彼と別れることだろう。だが、スタートはどこだろうか。
 私はこれまで何度もタイムリープしてきたが、そのあらゆる世界で彼と付き合うことができた。彼と付き合わなければ、彼と別れるという未来には到達し得ない。だとしたら、彼と付き合うということ自体が、彼と別れるという未来への因果になっているのではないか。
 それは至極当然なことのようでもあるが、何度もタイムリープを経験してきた私にとっては、彼と付き合うことが確定で起きた事象というのは見過ごせなかった。
 もしこれが運命によって決められているのなら、どんな過程を踏んでも彼と付き合うことができるはずなのだ。
 そしてもし仮に、彼と付き合えない世界が存在したならば、これまで確定的だった彼と付き合うという事象は運命ではなかったことになる。つまりそれは、同じく確定的に起こっていた彼と別れるという事象も回避できる可能性があるということだ。
 私は早速、何度かタイムリープをし、彼とどうにか付き合わないように努めた。それはとても心を痛める行為ではあったが、どうせまたやり直せる、そう思って試行錯誤を繰り返した。
 結論から言えば、この試みは失敗に終わった。いや、充分なデータが取れたことを失敗とは言わないだろうけれど、私にとってこの結果は失敗だった。
 私はあらゆる手を尽くしても、彼と付き合うことを回避できなかった。あらゆる状況が、|偶然《・・》の重なりが、それを許してくれなかったのだ。
 まさに運命とも呼ぶべき大いなる力に阻まれたように、私は幾度となく彼と結ばれてしまった。
 こうなると、さすがにもうどうしようもないのではないかと思えてくる。
 私は彼と付き合い、その三年後に別れるという絶対的な運命を受け入れざるを得ない。自分の努力ではどうにもできない大いなる力によって、彼と付き合うことも、そしてその先に別れることも、最初から全て決まっているのだ。
 そんな哀しいことがあるだろうか。私は何故かタイムリープすることができたからその運命の収束を知ってしまったが、多くの人はそれに気付かず、人生に躓いた時、自分の何かが足りなかったから、なんて思うのだろう。でも実際は、誰が何をしたって変わらない、最初から用意された結末を辿ることだってあるのだ。
 私はこの世界の仕組みにほとほと嫌気がさし、いっそのこともっと過去に戻れば、運命を改変できるのではないかと考えた。
 彼とは大学で出会った。だから彼と同じ大学には行かない。その大学を目指せるような高校にも入らない。それならば、運命はまた違った道を示してくれるだろうか。
 私はもう、彼と別れるのは嫌だ。彼と別れるくらいなら、彼と付き合えなくてもいい。もう充分、彼との幸せな時間を謳歌した。何度も何度も同じ時を過ごした。
 彼と家族になれなかったこと、共に老いていくことができなかったことは心残りではあるけれど、彼からもらった幸せを胸に、私は新しい人生を生きる。そう決めた。
 そしてこれを、最後のタイムリープと決めた。戻るのは、高校受験前の中学三年生の時。何から何まで彼から遠ざかって、私は新しい運命のレールに乗ってやるのだ。
 時は過ぎ、私は大学受験を控えた高校三年生になっていた。
 今になっても、彼のことは片時も忘れたことはない。それもそうだ。何度も繰り返した彼との三年間は、年月にすれば私の人生のほとんどを占めるのだから。
 だから、彼から遠ざかるという決意も忘れたことはなかった。
 おかげで、私は不幸な運命のレールからは外れられた——そう思っていた。
 ある秋の日、この日は模試を受けに大手の予備校の校舎に来ていた。校舎と言ってもビルのようなもので、その校舎だけで何百人という生徒を抱える規模の大きな予備校だった。それが全国展開しているのだから、その予備校が開催する模試のデータは信用に足ると評判だったのだ。
 私は外部生として受験し、行き慣れない場所に少し緊張しながらも、テスト自体はいつも通りにできていた。
 しかし、今日の日程も折り返しに差し掛かった、数学の試験が始まる少し前、私はうっかり手を滑らせて、消しゴムを落としてしまった。受験生なのに縁起でもない。しかもその消しゴムは、思いのほか遠くまで転がっていってしまって、どこに行ったのかわからなくなってしまった。
 何を思ってか、今日持ってきていた消しゴムはそれ一つ。これで私はもう、間違えるわけにはいかなくなった。
 何だか懐かしい。二回目にタイムリープをした時も、こんな気持ちだった。私はもう何も間違えない、間違えてなるものかって、そう思っていた。それももう随分遠い思い出のように思える。
 何だか急に、大学受験なんかに必死になっている自分が空しくなって、涙が溢れそうになる。
 すると、後ろからとんとんと肩を叩かれた。私は涙を抑えながら振り返ると、後ろの席の男子から消しゴムを差し出された。
「困ってるんでしょ。どうぞ」
「ありがとう……でも、あなたは……?」
「俺は間違えないから、こんなもの必要ないんだよ」
 そう言って、ニカっと笑いながら私の手に消しゴムを握らせた。
 その笑みは、どこか見覚えがある気がして、私の心をくすぐるように揺らす。きっともう二度と会うこともないだろう彼に、私は少しの寂しさと、忘れられないような愛おしさを感じていた。
「あ、の——」
 私が何か声をかける前に、彼はもう手元のスマホに視線を落としていて、声をかけるのは憚られた。何やらソシャゲに熱中しているようで、彼の隣に座る男子も一緒になって、画面を覗き込んでいたからだ。
「あ、やべ、国境破られた!」
「バカ、魔王軍に魔法攻撃は効かねえって言っただろ。物理で攻めんだよ」
 模試の会場で何をやっているんだか……。呆れた私は、それでもありがたく消しゴムを借りて、残りの試験に集中しようと前を向うとした、その時だった——彼の受験票を見てしまったのは。
「貸してみろ、|修馬《しゅうま》。俺がやってやる」
 そう言って、彼の隣の男子が彼からスマホを借り受けた。
——ああ、そうか。
 やはりこれが私の運命なのだろう。抗うことなどできないのだ。こんな現実を突きつけられて、運命というものを呪わずにいられるだろうか。
 だってそうだろう。この気持ちすら、運命の悪戯で植え付けられたものかもしれないのだから。どんな過程を辿っても、決められた運命に必ず収束する。それが今、はっきりとわかった。
 だから私は、次に何をするべきか、考えなくても行動に出ていた。
 きっと涙の枯れ切った、乾いた笑みを浮かべて。でもそれが、彼にとって愛おしく思えるように。
「ねえ、そのゲーム、面白いの?」