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たべちゃいたいくらい

ー/ー



「せん、ぱぁーいっ!」


 今日も今日とて、この後輩は昼休みになると、うちのクラスにやってくる。何故だか俺は彼女に気に入られているらしく、わざわざ上の階である二年生の教室に足しげく通っているのだ。


「お前……もう少し静かに来れないのか?」


 当たり前のように俺の前の席からイスを拝借して、俺の机に弁当を二つ置いた。


「何言ってるんですかっ! こっそり逃げ出そうとするかもしれない先輩を牽制するためでもあるんですよ?」
「……そういうこと、俺に言っちゃっていいの?」
「いいんです。これも作戦のうちですから。はい、どうぞっ」


 得意そうに、ない胸を張りながら俺に弁当箱の一つを差し出してくる。
 何の作戦なんだか、とそれを受け取って、包みを開く。


「なんだかんだ、いつもありがとな。最初は本当に作ってくるとは思わなかったけど」
「え、急に何ですか、先輩。急に優しくされると、浮気を疑っちゃいますよ?」
「そもそも俺たちは付き合ってないけどな」


 彼女の作ってくれた弁当を摘まみながら、彼女の話に適当に相槌を打つ。こんな日常が、ずっと続けばいいなと、心のどこかで思っていた。


「先輩、午後の授業何ですか?」
「ああ、音楽だよ」
「いいなぁ、わたし、次体育ですよぉ……」


 彼女は運動が苦手らしく、次の授業が体育だと憂鬱になるらしい。どうにもそうは見えないが。


「学年が違うと、やっぱりやることって違うんですかね。わたし、音楽は今アルトリコーダーやってるんですけど」
「え、俺もそうだな。内容が難しくなるだけで、やることは一緒なのかもな」
「相思相愛ってことですよね、わかります」
「話かみ合ってる?」


 食べ終えた俺は、弁当箱を包みなおし、ごちそうさま、と彼女に返す。
 ついでに次の授業の用意もしてしまおうと机の中を漁ってみるが、肝心のものが見当たらない。


「あれ、リコーダー家に置いてきたかも」
「もう、先輩ってばそそっかしいんですから。貸してあげましょうか?」
「お前……自分が何言ってるか、わかってる?」
「忘れ物をした哀れな先輩を救ってあげようと手を差し伸べる優しい後輩ですよ? 惚れちゃいます?」


 彼女のウザ絡みをスルーして、今日は忘れってことでいいや、とため息をつく。


「ダメですよ! それで内申落としていい大学に行けなくなったらどうするんですか! わたしの玉の輿計画が台無しじゃないですかっ!」
「お前、清々しいまでにクズだな」
「ちょっと待っててください!」


 彼女はすっと立ち上がり、早足で教室を出ていった。おい待てよ、と止める間もなく、行ってしまった。
 ……マズい。きっと彼女は自分のリコーダーを持って帰ってくる。強引にでも自分のものを貸す気だ。そうなれば、きっと俺は断れない。その前に、他の誰かから借りるか……。


 同じクラスの奴には借りれないので、他のクラスを当てにしようと廊下に出ると、息を切らした彼女に見つかった。その手にはやはり、リコーダーが握られている。


「あ、先輩! お出迎えですか? ありがとうございます!」


 くそ、逃げられなかったか。


「あのさ、食後だし、さすがに借りるのは悪いって」
「大丈夫ですよぉ。先輩が食べたの、わたしが作ったものですし」


 何が大丈夫なんだ。


「俺、実は口内炎出来てて、口内環境最悪なんだよね」
「そうだったんですかっ!? ごめんなさい、気付かなくて。明日からの献立、また考え直します……」


 しゅん、という効果音が聞こえそうなほど、目に見えて落ち込む彼女。
 そういうつもりじゃないんだ。何か悪いことしたみたいな気持ちになってしまう。


「ああいや……そんなに酷くはないから。でも、リコーダーに俺の口内菌が付いちゃうかも」
「ぜひ、ください!」


 ダメだこいつ。無理だ。勝てる気がしない。


「誤って壊しちゃっても悪いし。そうしたら、お前も授業で困るだろ?」
「そうしたら、先輩のを貸してもらいます。だから、どうぞ壊してください!」


 どうやったらこいつを折れさせることができるんだ……?


「……わかった。俺の負けだ。貸してくれ」


 潔く負けを認めた俺に、ぱぁっと顔を輝かせやがる彼女。
 後輩女子にリコーダーを借りる羽目になるとか、なんて屈辱だ。


「はいっ! 喜んで!」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 放課後に、わざわざ教室まで貸していたリコーダーを届けてくれる先輩。
 相変わらず律儀で可愛らしい。恥ずかしい癖に、明日のわたしの時間割を知らないから、すぐにでも返さないと迷惑になるかもって考えてくれてるんだろう。そういう先輩の隠し切れない優しさが、大好きだ。


「まあ、何はともあれ、助かったよ。ありがとう」
「わたし、先輩のためなら何でもしますから、何でも言ってくださいね!」
「誤解を生むようなことを言うな」


 人がほとんど帰って急にしんと静まり返る教室で、先輩はいつになく真剣な顔つきになる。


「でも、ほんと、ありがとな。正直、お前に救われているところはあるよ。お前がアホみたいに教室に押し掛けるようになってから、俺はいじめられなくなった」
「わたしは何もしてないんですけどね」
「それでも、ありがとう」


 先輩は少し前まで、いじめに遭っていたらしい。表立ったいじめではなく、物がなくなったり、逆に下駄箱や机に心無いものが入れられていたり。


 たまたまそれで困っていた先輩とわたしは出会い、先輩を助けるようになってから、いじめの方も落ち着いたらしい。


「らしくないですね、先輩。どうしたんですか? やっぱり浮気です?」
「だから付き合ってねぇって」
「ごめんなさい、先輩。名残惜しい気持ちはありますけど、わたし、今日委員会あるんで。デートはまた今度、誘ってください」
「誰もデートなんか誘ってないけどな」


 先輩には先に帰ってもらって、教室に残ったわたしは、先輩から返してもらったリコーダーをカバンにしまう。




 今日もとっても楽しかった。明日も楽しくなるように、先輩がもっとわたしを好きになってくれるように、仕込みをしておかなくちゃ。


 わたしは誰もいなくなった先輩の教室に行き、カバンから先輩のリコーダーを取り出して、先輩の机に入れておいた。


 壁に貼られた時間割を見ると、明日は体育があるらしい。じゃあ、今日は先輩の体育着を借りていこう。机の脇に下げられた体育着袋から、体育着の上だけを取り出し、自分のカバンにしまい込む。


 そして昇降口に下りて、先輩の下駄箱を探す。見つけた。先輩はちゃんと帰ったらしく、下駄箱には先輩の上履きがきちんと揃えられていた。
 わたしはそこに、溢れんばかりの画鋲を詰める。


 明日、先輩がこれを見たら、どんな顔するかな。
 怒るかな。悲しむかな。


 でも、大丈夫。
 先輩がどんなに困っても、わたしが何とかしてあげるからね。


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「せん、ぱぁーいっ!」
 今日も今日とて、この後輩は昼休みになると、うちのクラスにやってくる。何故だか俺は彼女に気に入られているらしく、わざわざ上の階である二年生の教室に足しげく通っているのだ。
「お前……もう少し静かに来れないのか?」
 当たり前のように俺の前の席からイスを拝借して、俺の机に弁当を二つ置いた。
「何言ってるんですかっ! こっそり逃げ出そうとするかもしれない先輩を牽制するためでもあるんですよ?」
「……そういうこと、俺に言っちゃっていいの?」
「いいんです。これも作戦のうちですから。はい、どうぞっ」
 得意そうに、ない胸を張りながら俺に弁当箱の一つを差し出してくる。
 何の作戦なんだか、とそれを受け取って、包みを開く。
「なんだかんだ、いつもありがとな。最初は本当に作ってくるとは思わなかったけど」
「え、急に何ですか、先輩。急に優しくされると、浮気を疑っちゃいますよ?」
「そもそも俺たちは付き合ってないけどな」
 彼女の作ってくれた弁当を摘まみながら、彼女の話に適当に相槌を打つ。こんな日常が、ずっと続けばいいなと、心のどこかで思っていた。
「先輩、午後の授業何ですか?」
「ああ、音楽だよ」
「いいなぁ、わたし、次体育ですよぉ……」
 彼女は運動が苦手らしく、次の授業が体育だと憂鬱になるらしい。どうにもそうは見えないが。
「学年が違うと、やっぱりやることって違うんですかね。わたし、音楽は今アルトリコーダーやってるんですけど」
「え、俺もそうだな。内容が難しくなるだけで、やることは一緒なのかもな」
「相思相愛ってことですよね、わかります」
「話かみ合ってる?」
 食べ終えた俺は、弁当箱を包みなおし、ごちそうさま、と彼女に返す。
 ついでに次の授業の用意もしてしまおうと机の中を漁ってみるが、肝心のものが見当たらない。
「あれ、リコーダー家に置いてきたかも」
「もう、先輩ってばそそっかしいんですから。貸してあげましょうか?」
「お前……自分が何言ってるか、わかってる?」
「忘れ物をした哀れな先輩を救ってあげようと手を差し伸べる優しい後輩ですよ? 惚れちゃいます?」
 彼女のウザ絡みをスルーして、今日は忘れってことでいいや、とため息をつく。
「ダメですよ! それで内申落としていい大学に行けなくなったらどうするんですか! わたしの玉の輿計画が台無しじゃないですかっ!」
「お前、清々しいまでにクズだな」
「ちょっと待っててください!」
 彼女はすっと立ち上がり、早足で教室を出ていった。おい待てよ、と止める間もなく、行ってしまった。
 ……マズい。きっと彼女は自分のリコーダーを持って帰ってくる。強引にでも自分のものを貸す気だ。そうなれば、きっと俺は断れない。その前に、他の誰かから借りるか……。
 同じクラスの奴には借りれないので、他のクラスを当てにしようと廊下に出ると、息を切らした彼女に見つかった。その手にはやはり、リコーダーが握られている。
「あ、先輩! お出迎えですか? ありがとうございます!」
 くそ、逃げられなかったか。
「あのさ、食後だし、さすがに借りるのは悪いって」
「大丈夫ですよぉ。先輩が食べたの、わたしが作ったものですし」
 何が大丈夫なんだ。
「俺、実は口内炎出来てて、口内環境最悪なんだよね」
「そうだったんですかっ!? ごめんなさい、気付かなくて。明日からの献立、また考え直します……」
 しゅん、という効果音が聞こえそうなほど、目に見えて落ち込む彼女。
 そういうつもりじゃないんだ。何か悪いことしたみたいな気持ちになってしまう。
「ああいや……そんなに酷くはないから。でも、リコーダーに俺の口内菌が付いちゃうかも」
「ぜひ、ください!」
 ダメだこいつ。無理だ。勝てる気がしない。
「誤って壊しちゃっても悪いし。そうしたら、お前も授業で困るだろ?」
「そうしたら、先輩のを貸してもらいます。だから、どうぞ壊してください!」
 どうやったらこいつを折れさせることができるんだ……?
「……わかった。俺の負けだ。貸してくれ」
 潔く負けを認めた俺に、ぱぁっと顔を輝かせやがる彼女。
 後輩女子にリコーダーを借りる羽目になるとか、なんて屈辱だ。
「はいっ! 喜んで!」
 ◇ ◇ ◇ ◇
 放課後に、わざわざ教室まで貸していたリコーダーを届けてくれる先輩。
 相変わらず律儀で可愛らしい。恥ずかしい癖に、明日のわたしの時間割を知らないから、すぐにでも返さないと迷惑になるかもって考えてくれてるんだろう。そういう先輩の隠し切れない優しさが、大好きだ。
「まあ、何はともあれ、助かったよ。ありがとう」
「わたし、先輩のためなら何でもしますから、何でも言ってくださいね!」
「誤解を生むようなことを言うな」
 人がほとんど帰って急にしんと静まり返る教室で、先輩はいつになく真剣な顔つきになる。
「でも、ほんと、ありがとな。正直、お前に救われているところはあるよ。お前がアホみたいに教室に押し掛けるようになってから、俺はいじめられなくなった」
「わたしは何もしてないんですけどね」
「それでも、ありがとう」
 先輩は少し前まで、いじめに遭っていたらしい。表立ったいじめではなく、物がなくなったり、逆に下駄箱や机に心無いものが入れられていたり。
 たまたまそれで困っていた先輩とわたしは出会い、先輩を助けるようになってから、いじめの方も落ち着いたらしい。
「らしくないですね、先輩。どうしたんですか? やっぱり浮気です?」
「だから付き合ってねぇって」
「ごめんなさい、先輩。名残惜しい気持ちはありますけど、わたし、今日委員会あるんで。デートはまた今度、誘ってください」
「誰もデートなんか誘ってないけどな」
 先輩には先に帰ってもらって、教室に残ったわたしは、先輩から返してもらったリコーダーをカバンにしまう。
 今日もとっても楽しかった。明日も楽しくなるように、先輩がもっとわたしを好きになってくれるように、仕込みをしておかなくちゃ。
 わたしは誰もいなくなった先輩の教室に行き、カバンから先輩のリコーダーを取り出して、先輩の机に入れておいた。
 壁に貼られた時間割を見ると、明日は体育があるらしい。じゃあ、今日は先輩の体育着を借りていこう。机の脇に下げられた体育着袋から、体育着の上だけを取り出し、自分のカバンにしまい込む。
 そして昇降口に下りて、先輩の下駄箱を探す。見つけた。先輩はちゃんと帰ったらしく、下駄箱には先輩の上履きがきちんと揃えられていた。
 わたしはそこに、溢れんばかりの画鋲を詰める。
 明日、先輩がこれを見たら、どんな顔するかな。
 怒るかな。悲しむかな。
 でも、大丈夫。
 先輩がどんなに困っても、わたしが何とかしてあげるからね。