好意災害注意報
ー/ー ー*ー*ー*ー
呼ばれれば 一度あがると 知りながら
今日も黙って 水だけ飲めり
ー*ー*ー*ー
この世界では、名前を呼ぶという行為はもはやスキンシップではない。「物理的な加熱」だ。
名前を一回呼ぶごとに、相手の体温は正確に一度上がる。
公共施設には「無用な呼びかけ厳禁」のポスター、出席確認はシュールな無言の挙手制へと移行した。
今、僕は駅前のベンチで、死ぬ気でうちわを仰いでいる。ターゲットは、隣でぐったりと溶けている同僚の佐藤さんだ。
「……佐藤さん、大丈夫ですか」
あ、しまった。言った瞬間、彼女の額から滝のような汗が噴き出した。体温計など不要だ。今、確実に一目盛りが更新された。
「……呼ばないで。私、今朝から通算で、もう三十八度五分あるんだ……」
熱に浮かされたような声で懇願する。
原因は、他でもない僕だ。
朝の「おはよう、佐藤さん」から始まり、資料の確認、お昼の誘い。好きな人の名前は、つい口に馴染んでしまう。
しかし、この世界で愛を囁くことは、相手を直火にかけるのと同義なのだ。
世間ではこれを「好意災害」と呼ぶ。
恋に落ちることは、文字通り「熱病」にかかること。命がけだ。
「す、すみません! 救急車呼びますか! 佐藤さん! 佐藤さ……ああっ!」
慌てて連呼するたびに、佐藤さんの顔がゆでダコのように赤くなっていく。まずい、このままでは僕の愛で彼女が発火してしまう。
僕は慌てて口を両手で塞ぎ、キンキンに冷えたスポーツドリンクを彼女の首筋に押し当てた。佐藤さんは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、それを奪い取るようにして飲み干す。
「……気持ちは、その、すごく嬉しいんだけどさ。……殺す気?」
少しだけ恨めしそうに笑う佐藤さん。
その笑顔があまりに眩しくて、また名前を呼びそうになるのを必死で飲み込む。
僕は深く反省し、これからは心の中でだけ、連呼することに決めた。
心の中なら、まだ物理法則は適用されない。……今のところは。
僕の心臓の鼓動はここまで激しい。
いつか「想うだけで相手が発熱する」なんていうアップデートが来ないことを、切に願っている。
ー*ー*ー*ー
駅前で 呼びかけられず 風を待つ
好意はいつも 熱中症気味
ー*ー*ー*ー
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