第139話 いやな邂逅

ー/ー



 相変わらずもパエデロスという街は平穏というものに毒されてしまっているのか、そこいらを這っている野良トカゲでさえも子供たちに追いかけ回されることもないくらいには、のんびりとした、それでいて賑やかな朝を迎えていた。

 このくらいの時間帯となると、馬車の車輪が石畳を叩く音がけたたましく響いてきたものだが、ものの数日のうちに学んだのか、それともよほど強い通知が届いていったのかは定かではないが、どうやら渋滞とは無縁の様子。

 月の如く美しき銀髪と、太陽の如く愛らしき金髪の二人が往来しても見落とす者などいないだろうな。そうでなくとも、このパエデロスという地で、我とその親友の認知度は計り知れないくらいなのだから見逃すまいよ。

 城のように高く大きくそびえ立つ我らの通う 学院の校門が見えた辺りで、その人だかりらしきものは、我らの方を認識する。それは、女学生。ネルムフィラ魔導士学院の生徒であり、我と同じ教室で肩を並べるクラスメイトたちだ。

「おはようございます、フィーさん、ミモザさん」
「おはよう! フィーちゃん! ミモザちゃん!」
「ごきげんよう、フィーさん、ミモザさん」
「おはようっす! フィー様! ミモっち!」
「ふわわ、みなしゃん、おはようございましゅ」
「うむ、おはよう。元気そうで何より。今日もまたともに勉学に励もうではないか」

 この学校に入学してから早いもので、早数日。案外馴染めば馴染むものだな、と思う。特にこれといって待ち合わせしたわけでもないのに、あたかも日課のようにクラスメイトたちと校門の前で合流する。実に健全な光景ではないか。

「あっ、フィーさん、ミモザさん、おはようございます! 今日もお揃いですね!」

 そんなところに水を差すかのように現れたのは、あの軍事国家レッドアイズの王子、コリウス・レッドアイズだ。声を掛けてきた、その一瞬だけで女子たちの中に緊張も走るのが分かった。そりゃあ、相手は一国の王子だしな。

「あまり気軽に話しかけてくれるなよ。お前は王子なんだし」
「いいじゃないですか、同じ学校に通っている仲ですし」

 朝っぱらから絡まれるとは。今日は嫌な日になりそうだ。

「よう、芋女。今日もまた群れてんのかよ」

 ウゲッ!? パエニアまで現われた。……いや、コイツは同じクラスメイトだからどのタイミングで現われたとしても違和感は皆無なんだが。

 パエニアの登場により、クラスメイトの女子たち面々、不穏な空気をまといだす。言っちゃなんだが、うちのクラスの女子は大体嫌っているっぽいし。

 右手方向にアホ王子。左手方向にバカ貴族。これだけで今日一日分の疲労感に苛まれているような気がしてくるぞ。

「えっと、キミは確か……ラクトフロニアの」
「は? 誰だよ、お前は。コイツのお友達か?」

 うお、そういえばこの二人、初対面なのか。
 コリウス王子はキョトンとした顔、対するパエニアは異物を見るような目で睨む。

「ボクは、その、コリウスって言います。一応同じ学校に通ってる生徒ですよ」
「あっそ。どうでもいいわ」

 コリウスはパエニアがラクトフロニア家の御曹司であることは知っているようだったが、パエニアの方はコリウスの名前を聞いてもまさか相手が王子だとまでは気付いてすらもいないっぽい。

 そのやりとりには、女子たちのざわつく声が聞こえてくる。よくもまあ、王子相手にそんな強気な態度ができるというものだ。
 仮にも軍事国家だぞ。実際にはそこまではありえないとは思うが、ケンカでもしようものならそのまま戦争勃発にも繋がりかねない、と判断するだろう、普通は。

 コリウスに限っていえば、多分大丈夫だとは思うのだが、それでも見ていてヒヤヒヤしてしまう組み合わせだ。

「ボク、キミに何かしましたっけ?」
「コリウス、コイツに構うな。こういう奴なんだ」

 思わず間に挟まれている我も制止せざるを得なかった。

「パエニアも、コリウスにケンカを売らない方がいいぞ。ラクトフロニア家がどれだけエラいのか知らんが、コイツは軍事国家レッドアイズの王子だからな」

 正直余計な口出しだとは思ったが、なんだったらなんで我がコリウスをかばうようなマネをしてるんだとも思ったが、エスカレートして変な流れになるよりかはずっとマシだろう。

 案の定というべきか、パエニアは相手が王子だとは全くこれっぽっちも気付いていなかったようで、少し表情を曇らせる。あたかも、地雷地帯と知らずに飛び跳ねていたかのような、そんな気まずい顔だ。

 貴族の御曹司と、軍事国家の王子じゃ立場が違うなんてものじゃないぞ。

 別に令嬢を自称している我にケンカをふっかけたところで、バックには誰もいやしない。資産が多いか少ないかくらいの差でしかない。
 だが、王子ともなればそのバックにあるのは国だ。いかにラクトフロニア家がお金持ちだからといってデカい面なんてできるはずもない。

「フィーさん、確かにボクは王子だけど、別にそんなに偉いわけじゃないですよ~」

 照れながら言うなし。

「はんっ! 王子っつったってあの貧乏国に落ちぶれてるレッドアイズだろ?」

 お前も意地を張って変なことを言うなや! 度胸が据わっているのかアホなのか。
 肩と声がちょっと震えているから後者なのだろうが。

「確かにそう言われてしまうと否定はできないんですよね……。その点で言うと、フィーさんやミモザさんの方がずっと凄いし、尊敬できちゃいますよね」
「は?」

 おいおい、そこで我とミモザを引き合いに出すな。バカなのかコイツは。

「だって、フィーさんもミモザさんも、無名の状態からパエデロスで稼ぎに稼いで遠くの国であるレッドアイズにまで名を轟かすほどになったんですもん。ボクなんかよりずっと凄いことをやってのけてますよ」

 コリウスとしては挑発しているつもりはないのだろうが、要らぬ言葉のオンパレードをぶちかましていくんじゃない。

「たまたま運良く当たっただけだ。実力なんかじゃあないだろ」
「そうなんですかね? ミモザさんの作る魔具はレッドアイズ国にこっそり横流しされるくらいに超一級品なんて噂もありましたけど」
「ふわぁっ!? そうなんれふか!?」

 それって多分、まだミモザが魔具の調整をろくにしないまま、とびっきり強力な奴を格安で売りさばいていたときの奴だろう。大分前の話だし、今さら蒸し返す話でもない。というか、ミモザが一番驚いてどうする。

「くっ……、どうぜ親の金にものを言わせて阿漕に売買してたとかじゃないのか?」
「えと、確かにわたしのお店に色々と援助してくれたのはフィーしゃんでふけど」
「そもそも、我もミモザも親なしだぞ。一応今はミモザの母親だけこっちに来ているが……アレからはお小遣いすらもらってないし」

 パエニアがどんどんトンチンカンなことを言い出している。向こうの言い分としては何か裏があったり、理由付けがあったりをこじつけたいのだろう。

「お前……お前は、芋女。お前は何処から金を盗んできたんだ!」

 とうとう考えつく言葉もなくなってきてしまったようで、あまりに抽象的な誹謗中傷にシフトしてきた。もう答えるまでもないのだが。

「お前もよく知っているように、我は芋で一山当てたからな。そんなこそこそと盗んできたわけがなかろう。盗んだ金だけで富豪になれたなら苦労せんわ」

 我を散々芋だのなんだのと呼んでおいて、そこんところを忘れてしまうとは。
 次はどんな罵詈雑言が繰り出すのかと構えていたが、パエニアは我の顔を睨むばかりだった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第140話 貴族と、王族と、悪役令嬢


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 相変わらずもパエデロスという街は平穏というものに毒されてしまっているのか、そこいらを這っている野良トカゲでさえも子供たちに追いかけ回されることもないくらいには、のんびりとした、それでいて賑やかな朝を迎えていた。
 このくらいの時間帯となると、馬車の車輪が石畳を叩く音がけたたましく響いてきたものだが、ものの数日のうちに学んだのか、それともよほど強い通知が届いていったのかは定かではないが、どうやら渋滞とは無縁の様子。
 月の如く美しき銀髪と、太陽の如く愛らしき金髪の二人が往来しても見落とす者などいないだろうな。そうでなくとも、このパエデロスという地で、我とその親友の認知度は計り知れないくらいなのだから見逃すまいよ。
 城のように高く大きくそびえ立つ我らの通う 学院の校門が見えた辺りで、その人だかりらしきものは、我らの方を認識する。それは、女学生。ネルムフィラ魔導士学院の生徒であり、我と同じ教室で肩を並べるクラスメイトたちだ。
「おはようございます、フィーさん、ミモザさん」
「おはよう! フィーちゃん! ミモザちゃん!」
「ごきげんよう、フィーさん、ミモザさん」
「おはようっす! フィー様! ミモっち!」
「ふわわ、みなしゃん、おはようございましゅ」
「うむ、おはよう。元気そうで何より。今日もまたともに勉学に励もうではないか」
 この学校に入学してから早いもので、早数日。案外馴染めば馴染むものだな、と思う。特にこれといって待ち合わせしたわけでもないのに、あたかも日課のようにクラスメイトたちと校門の前で合流する。実に健全な光景ではないか。
「あっ、フィーさん、ミモザさん、おはようございます! 今日もお揃いですね!」
 そんなところに水を差すかのように現れたのは、あの軍事国家レッドアイズの王子、コリウス・レッドアイズだ。声を掛けてきた、その一瞬だけで女子たちの中に緊張も走るのが分かった。そりゃあ、相手は一国の王子だしな。
「あまり気軽に話しかけてくれるなよ。お前は王子なんだし」
「いいじゃないですか、同じ学校に通っている仲ですし」
 朝っぱらから絡まれるとは。今日は嫌な日になりそうだ。
「よう、芋女。今日もまた群れてんのかよ」
 ウゲッ!? パエニアまで現われた。……いや、コイツは同じクラスメイトだからどのタイミングで現われたとしても違和感は皆無なんだが。
 パエニアの登場により、クラスメイトの女子たち面々、不穏な空気をまといだす。言っちゃなんだが、うちのクラスの女子は大体嫌っているっぽいし。
 右手方向にアホ王子。左手方向にバカ貴族。これだけで今日一日分の疲労感に苛まれているような気がしてくるぞ。
「えっと、キミは確か……ラクトフロニアの」
「は? 誰だよ、お前は。コイツのお友達か?」
 うお、そういえばこの二人、初対面なのか。
 コリウス王子はキョトンとした顔、対するパエニアは異物を見るような目で睨む。
「ボクは、その、コリウスって言います。一応同じ学校に通ってる生徒ですよ」
「あっそ。どうでもいいわ」
 コリウスはパエニアがラクトフロニア家の御曹司であることは知っているようだったが、パエニアの方はコリウスの名前を聞いてもまさか相手が王子だとまでは気付いてすらもいないっぽい。
 そのやりとりには、女子たちのざわつく声が聞こえてくる。よくもまあ、王子相手にそんな強気な態度ができるというものだ。
 仮にも軍事国家だぞ。実際にはそこまではありえないとは思うが、ケンカでもしようものならそのまま戦争勃発にも繋がりかねない、と判断するだろう、普通は。
 コリウスに限っていえば、多分大丈夫だとは思うのだが、それでも見ていてヒヤヒヤしてしまう組み合わせだ。
「ボク、キミに何かしましたっけ?」
「コリウス、コイツに構うな。こういう奴なんだ」
 思わず間に挟まれている我も制止せざるを得なかった。
「パエニアも、コリウスにケンカを売らない方がいいぞ。ラクトフロニア家がどれだけエラいのか知らんが、コイツは軍事国家レッドアイズの王子だからな」
 正直余計な口出しだとは思ったが、なんだったらなんで我がコリウスをかばうようなマネをしてるんだとも思ったが、エスカレートして変な流れになるよりかはずっとマシだろう。
 案の定というべきか、パエニアは相手が王子だとは全くこれっぽっちも気付いていなかったようで、少し表情を曇らせる。あたかも、地雷地帯と知らずに飛び跳ねていたかのような、そんな気まずい顔だ。
 貴族の御曹司と、軍事国家の王子じゃ立場が違うなんてものじゃないぞ。
 別に令嬢を自称している我にケンカをふっかけたところで、バックには誰もいやしない。資産が多いか少ないかくらいの差でしかない。
 だが、王子ともなればそのバックにあるのは国だ。いかにラクトフロニア家がお金持ちだからといってデカい面なんてできるはずもない。
「フィーさん、確かにボクは王子だけど、別にそんなに偉いわけじゃないですよ~」
 照れながら言うなし。
「はんっ! 王子っつったってあの貧乏国に落ちぶれてるレッドアイズだろ?」
 お前も意地を張って変なことを言うなや! 度胸が据わっているのかアホなのか。
 肩と声がちょっと震えているから後者なのだろうが。
「確かにそう言われてしまうと否定はできないんですよね……。その点で言うと、フィーさんやミモザさんの方がずっと凄いし、尊敬できちゃいますよね」
「は?」
 おいおい、そこで我とミモザを引き合いに出すな。バカなのかコイツは。
「だって、フィーさんもミモザさんも、無名の状態からパエデロスで稼ぎに稼いで遠くの国であるレッドアイズにまで名を轟かすほどになったんですもん。ボクなんかよりずっと凄いことをやってのけてますよ」
 コリウスとしては挑発しているつもりはないのだろうが、要らぬ言葉のオンパレードをぶちかましていくんじゃない。
「たまたま運良く当たっただけだ。実力なんかじゃあないだろ」
「そうなんですかね? ミモザさんの作る魔具はレッドアイズ国にこっそり横流しされるくらいに超一級品なんて噂もありましたけど」
「ふわぁっ!? そうなんれふか!?」
 それって多分、まだミモザが魔具の調整をろくにしないまま、とびっきり強力な奴を格安で売りさばいていたときの奴だろう。大分前の話だし、今さら蒸し返す話でもない。というか、ミモザが一番驚いてどうする。
「くっ……、どうぜ親の金にものを言わせて阿漕に売買してたとかじゃないのか?」
「えと、確かにわたしのお店に色々と援助してくれたのはフィーしゃんでふけど」
「そもそも、我もミモザも親なしだぞ。一応今はミモザの母親だけこっちに来ているが……アレからはお小遣いすらもらってないし」
 パエニアがどんどんトンチンカンなことを言い出している。向こうの言い分としては何か裏があったり、理由付けがあったりをこじつけたいのだろう。
「お前……お前は、芋女。お前は何処から金を盗んできたんだ!」
 とうとう考えつく言葉もなくなってきてしまったようで、あまりに抽象的な誹謗中傷にシフトしてきた。もう答えるまでもないのだが。
「お前もよく知っているように、我は芋で一山当てたからな。そんなこそこそと盗んできたわけがなかろう。盗んだ金だけで富豪になれたなら苦労せんわ」
 我を散々芋だのなんだのと呼んでおいて、そこんところを忘れてしまうとは。
 次はどんな罵詈雑言が繰り出すのかと構えていたが、パエニアは我の顔を睨むばかりだった。