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第140話 貴族と、王族と、悪役令嬢

ー/ー



 周りには、その状況を見守り、そわそわしたクラスメイトの女子たち。
 右手には、今の状況をあまりよく理解できていないコリウス王子。
 左手には、何をしたいのかさえもまるでよく分からないパエニア。

 正直ミモザも見ているし、厄介ごとには巻き込まれたくないのが本音なのだが、無駄に騒ぎが増長されてしまっていることもあって、注目を浴びている。
 我、関係ないです、さようなら、と言い切って逃げるにはやや遅すぎたか。

「いくぞ、ミモザ。早く行かねばダリアに叱られるぞ」
「ふぁい……」

 せいぜい出せたのはそのくらいの言葉だった。はぐらかすにしても、なかなかに苦しいような気がしないでもない。

「おい、待てよ、芋……いや、フィー!」

 この期に及んでまだ絡んでくるのか。十分に言い負かしたと思うのだが、パエニアのメンタルは一体どうなっておるのだ?

「なんだ、パエニア。お前が我のことを嫌いなのはよく分かった。それでいいだろう。別に我も必要以上には関わらん。それがお互いのためだとは思わんか?」
「えっ? パエニアくん、フィーさんのこと嫌いだったんですか!?」

 結構がっつり絡んできてたと思うのだが、コリウスにはそれが分からなかったらしい。そんなに空気読めなかったか、この小僧。

「――もう我は行くぞ」

 ミモザの手を握り、我は校舎に向かって急ぐ。が、足が止まる。
 何故って、ミモザが立ち止まっていたからだ。

「どうした、ミモザ? 授業に遅れてしまうぞ」
「いや、でも、あれ……」

 ミモザの見ている先――パエニアが我を睨み付けているだけだ。
 それも、ものすごい涙目で。あんなの構いきれんぞ。

 ラクトフロニア家がどんなものかは知らんし、それがどれだけの資産家で、このネルムフィラ魔導士学院にどれほどの出資をしてきたかだなんて興味もない。
 よほど自分の家にプライドがあるようだが、それを自分の実力だと思い違いしている奴に関わるのも馬鹿らしいという話だ。

 我だって勇者に敗れて力を失い、パエデロスまで流れ着いてきた当初など、実力なんて皆無だった。今に至っては、浄血によってなけなしの魔力さえも失った。
 だが、どうだ。我の手元にあるもの、我のそばにいるものは全部、我自身が手に入れたものだ。金も、名声も、親友も、全部我の意思で得たもの。

 この哀れな少年、パエニアにそんな強さはあるのか?
 強がってみせるその態度がただただ無様なだけではないか。
 自分の欲しいものを自分の力で得ようともしない輩に何ができよう。

「なあ、パエニアよ。何故そんなにも我を目の敵にする? 何がしたい? 何が言いたい? 他者を蔑んで優越感に浸りたいだけならば他所を当たれ。憎まれ口を叩いたって、相手に伝わるのはその言葉だけだ。真意があろうと伝わりはしない」

 こんなガキを相手に説教を説いても何の意味もないとは思いつつも、ミモザの引き留める手の強さに免じて、もう少しハッキリと言い放ってやる。

 パエニアは両手の拳を握りしめて、地面に向けて降ろす。ものっそい食いしばっているということだけは伝わる。
 それでいて、殴りかかろうという意思すらないのは明白だった。

 もうこれ以上付き合ってられるか。我はそう思い、踵を返す。

「あのー、よく分からないんですけど、パエニアくんってフィーさんのこと好きですよね?」
「は?」
「え?」
「ふぇ?」

 間の抜けた声でそう言ってのけたのは、バカ王子だ。
 意表を突かれた言葉に、周囲も呆気にとられた声をもらす。
 呆れて、呆れ果てて、我は全身の力が抜けていく思いで、もう一度振り返り、今度はコリウスの方へと向き直る。

「何をアホアホしいことを。パエニアが我のことを好きなはずがなかろう」
「でもパエニアくん、フィーさんのことよく気に掛けているみたいじゃないですか」
「お前な……、何処の世界に好きだと思っている奴と顔をあわせる度に嫌味を吐き捨てる男がいるんだ」

 コリウスめ。よもやここまでバカな王子だとは思わなかった。
 我は同じクラスメイトだからお前よりかパエニアのことを知っているつもりだぞ。

 授業中もチラチラとしょっちゅうこちらの様子を伺ってきたり、かといって目を合わせようとしたら直ぐに逸らしてくるし、そのくせして朝に登校したときや帰りの下校のときとかも高頻度で我に接触してきて悪態ついてくるような奴だ。

 これの何処に好きだと想っている要素が含まれているのか皆目見当もつかんわ。

「じゃあ、フィーさんって今まで直接的にパエニアくんから嫌がらせを受けてきたんですか?」
「嫌がらせ……? いや、今みたいな嫌味ならイヤというほど言われてきたが」

 そもそもそんな直接的な嫌がらせしてきたらオキザリスも黙っちゃいないし、さすがにできなかっただけだろう。
 思い返してみても、パエニアはやたらと自分のことをひけらかして、他人を下げることばかりを繰り返していて、何かをどうしたということは一度もない。

 が、それがどうしたというのか。悪態だか罵詈雑言だかも含めて他人に不快な思いをさせていることを嫌がらせじゃないなどとは言わせまい。

 バカ王子が変なことを口走るものだから、周囲の空気も変なふうになってしまったではないか。バカバカのバカ王子め。よほど物事を引っかき回したいようだな。

「まったく。デタラメばっか言うでないわ。仮にそうだったとして、我はそういうまどろっこしいのは大嫌いだ。好きなら好き、嫌いなら嫌い。わざわざ真逆のことをする必要性などあるまい!」

 我もこの街、パエデロスでは身分を隠していたこともあり、あれこれハッキリと言えない状態が続いているせいもあって実にまどろっこしい思いを強いられている。

「パエニアよ。お前からもハッキリと言ってのけろ。お前は我のことが嫌いだとな。この王子はそのくらい言ってやらんと分からんようだ」

 この気持ち悪い空気をどうにかしたくて、我も思わずパエニアの方に振る。ウジウジと言われるよりいっそ面と向かって言われた方が清々すると思ったからだ。

 しかし、どうしたことだろう。
 パエニアは、顔を赤くしてしまい、言葉に詰まっている。

 それもそうか。嫌いな奴からの指図をそう易々と受け取るわけもないか。
 ほんの少しの間を置いて、パエニアは、ゆっくりと口を開く。

「お、お、お、お……お前なんか……お前のことなんか……だだだだだぃ――」

 次の瞬間、声高らかに罵倒されるものだと構えてきた。

「――すぅぅぅぅぅぅぅっっ」

 ん? そう思った矢先、パエニアの顔はますます赤くなり、ソレが言葉になる前に校舎に向かって駆けだしていた。

 そんなパエニアの背中をポカンと見ていた我とミモザとオキザリス、加えてクラスメイトと、あとコリウス王子一行。一体、パエニアは今、何を言おうとしたのか。

 す?

 ともあれ、数秒ばかり呆然と立ち尽くしてしまった我だったが、さすがにそろそろ遅刻になる時間だということに気付き、パエニアの後ろを追うのは癪ではあったが、早足で校舎に向かうことにした。

「それじゃあフィーさん、ミモザさん、それに皆さん、また会えたら会いましょう」

 しこたま空気をおかしくさせるだけさせたバカ王子は、今の一連の流れを見てどのような感想を抱いたのかは定かではなかったが、妙に晴れ晴れしいような、そんな笑みを覗かせて、自分の教室の方角へと消えていった。

 全く以て、どいつもこいつも調子を狂わせてくれる。ただ、そんな学生生活の日常の中に我も馴染みつつあるのだな、とふと思ってしまった。


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 周りには、その状況を見守り、そわそわしたクラスメイトの女子たち。
 右手には、今の状況をあまりよく理解できていないコリウス王子。
 左手には、何をしたいのかさえもまるでよく分からないパエニア。
 正直ミモザも見ているし、厄介ごとには巻き込まれたくないのが本音なのだが、無駄に騒ぎが増長されてしまっていることもあって、注目を浴びている。
 我、関係ないです、さようなら、と言い切って逃げるにはやや遅すぎたか。
「いくぞ、ミモザ。早く行かねばダリアに叱られるぞ」
「ふぁい……」
 せいぜい出せたのはそのくらいの言葉だった。はぐらかすにしても、なかなかに苦しいような気がしないでもない。
「おい、待てよ、芋……いや、フィー!」
 この期に及んでまだ絡んでくるのか。十分に言い負かしたと思うのだが、パエニアのメンタルは一体どうなっておるのだ?
「なんだ、パエニア。お前が我のことを嫌いなのはよく分かった。それでいいだろう。別に我も必要以上には関わらん。それがお互いのためだとは思わんか?」
「えっ? パエニアくん、フィーさんのこと嫌いだったんですか!?」
 結構がっつり絡んできてたと思うのだが、コリウスにはそれが分からなかったらしい。そんなに空気読めなかったか、この小僧。
「――もう我は行くぞ」
 ミモザの手を握り、我は校舎に向かって急ぐ。が、足が止まる。
 何故って、ミモザが立ち止まっていたからだ。
「どうした、ミモザ? 授業に遅れてしまうぞ」
「いや、でも、あれ……」
 ミモザの見ている先――パエニアが我を睨み付けているだけだ。
 それも、ものすごい涙目で。あんなの構いきれんぞ。
 ラクトフロニア家がどんなものかは知らんし、それがどれだけの資産家で、このネルムフィラ魔導士学院にどれほどの出資をしてきたかだなんて興味もない。
 よほど自分の家にプライドがあるようだが、それを自分の実力だと思い違いしている奴に関わるのも馬鹿らしいという話だ。
 我だって勇者に敗れて力を失い、パエデロスまで流れ着いてきた当初など、実力なんて皆無だった。今に至っては、浄血によってなけなしの魔力さえも失った。
 だが、どうだ。我の手元にあるもの、我のそばにいるものは全部、我自身が手に入れたものだ。金も、名声も、親友も、全部我の意思で得たもの。
 この哀れな少年、パエニアにそんな強さはあるのか?
 強がってみせるその態度がただただ無様なだけではないか。
 自分の欲しいものを自分の力で得ようともしない輩に何ができよう。
「なあ、パエニアよ。何故そんなにも我を目の敵にする? 何がしたい? 何が言いたい? 他者を蔑んで優越感に浸りたいだけならば他所を当たれ。憎まれ口を叩いたって、相手に伝わるのはその言葉だけだ。真意があろうと伝わりはしない」
 こんなガキを相手に説教を説いても何の意味もないとは思いつつも、ミモザの引き留める手の強さに免じて、もう少しハッキリと言い放ってやる。
 パエニアは両手の拳を握りしめて、地面に向けて降ろす。ものっそい食いしばっているということだけは伝わる。
 それでいて、殴りかかろうという意思すらないのは明白だった。
 もうこれ以上付き合ってられるか。我はそう思い、踵を返す。
「あのー、よく分からないんですけど、パエニアくんってフィーさんのこと好きですよね?」
「は?」
「え?」
「ふぇ?」
 間の抜けた声でそう言ってのけたのは、バカ王子だ。
 意表を突かれた言葉に、周囲も呆気にとられた声をもらす。
 呆れて、呆れ果てて、我は全身の力が抜けていく思いで、もう一度振り返り、今度はコリウスの方へと向き直る。
「何をアホアホしいことを。パエニアが我のことを好きなはずがなかろう」
「でもパエニアくん、フィーさんのことよく気に掛けているみたいじゃないですか」
「お前な……、何処の世界に好きだと思っている奴と顔をあわせる度に嫌味を吐き捨てる男がいるんだ」
 コリウスめ。よもやここまでバカな王子だとは思わなかった。
 我は同じクラスメイトだからお前よりかパエニアのことを知っているつもりだぞ。
 授業中もチラチラとしょっちゅうこちらの様子を伺ってきたり、かといって目を合わせようとしたら直ぐに逸らしてくるし、そのくせして朝に登校したときや帰りの下校のときとかも高頻度で我に接触してきて悪態ついてくるような奴だ。
 これの何処に好きだと想っている要素が含まれているのか皆目見当もつかんわ。
「じゃあ、フィーさんって今まで直接的にパエニアくんから嫌がらせを受けてきたんですか?」
「嫌がらせ……? いや、今みたいな嫌味ならイヤというほど言われてきたが」
 そもそもそんな直接的な嫌がらせしてきたらオキザリスも黙っちゃいないし、さすがにできなかっただけだろう。
 思い返してみても、パエニアはやたらと自分のことをひけらかして、他人を下げることばかりを繰り返していて、何かをどうしたということは一度もない。
 が、それがどうしたというのか。悪態だか罵詈雑言だかも含めて他人に不快な思いをさせていることを嫌がらせじゃないなどとは言わせまい。
 バカ王子が変なことを口走るものだから、周囲の空気も変なふうになってしまったではないか。バカバカのバカ王子め。よほど物事を引っかき回したいようだな。
「まったく。デタラメばっか言うでないわ。仮にそうだったとして、我はそういうまどろっこしいのは大嫌いだ。好きなら好き、嫌いなら嫌い。わざわざ真逆のことをする必要性などあるまい!」
 我もこの街、パエデロスでは身分を隠していたこともあり、あれこれハッキリと言えない状態が続いているせいもあって実にまどろっこしい思いを強いられている。
「パエニアよ。お前からもハッキリと言ってのけろ。お前は我のことが嫌いだとな。この王子はそのくらい言ってやらんと分からんようだ」
 この気持ち悪い空気をどうにかしたくて、我も思わずパエニアの方に振る。ウジウジと言われるよりいっそ面と向かって言われた方が清々すると思ったからだ。
 しかし、どうしたことだろう。
 パエニアは、顔を赤くしてしまい、言葉に詰まっている。
 それもそうか。嫌いな奴からの指図をそう易々と受け取るわけもないか。
 ほんの少しの間を置いて、パエニアは、ゆっくりと口を開く。
「お、お、お、お……お前なんか……お前のことなんか……だだだだだぃ――」
 次の瞬間、声高らかに罵倒されるものだと構えてきた。
「――すぅぅぅぅぅぅぅっっ」
 ん? そう思った矢先、パエニアの顔はますます赤くなり、ソレが言葉になる前に校舎に向かって駆けだしていた。
 そんなパエニアの背中をポカンと見ていた我とミモザとオキザリス、加えてクラスメイトと、あとコリウス王子一行。一体、パエニアは今、何を言おうとしたのか。
 す?
 ともあれ、数秒ばかり呆然と立ち尽くしてしまった我だったが、さすがにそろそろ遅刻になる時間だということに気付き、パエニアの後ろを追うのは癪ではあったが、早足で校舎に向かうことにした。
「それじゃあフィーさん、ミモザさん、それに皆さん、また会えたら会いましょう」
 しこたま空気をおかしくさせるだけさせたバカ王子は、今の一連の流れを見てどのような感想を抱いたのかは定かではなかったが、妙に晴れ晴れしいような、そんな笑みを覗かせて、自分の教室の方角へと消えていった。
 全く以て、どいつもこいつも調子を狂わせてくれる。ただ、そんな学生生活の日常の中に我も馴染みつつあるのだな、とふと思ってしまった。