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第127話 いやらしい教師、いやしの教師

ー/ー



 カーネという男は加減というものを知らないらしい。教室内は阿鼻叫喚といった様で、モクモクと充満している魔力の煙の不快感も相まって地獄絵図だった。

 授業内容自体はさして複雑なものではない。それぞれ生徒の前に置かれた複数の容器から魔力を移し替えていくだけ。右の容器の魔力を、真ん中の容器へ、最後に左の容器へと移動させるだけの簡単な授業だ。

 だが、当然のことながらこの場にいる大多数の生徒は、そもそも魔力をその目で見ることができていない。加えて、見えてもいないものを移し替えるなどできるはずもない。その大多数の中には、悲しいことに我自身も含まれている。

「どうした。試験管を眺めてるだけでは魔力は移動しないぞ。その魔法水に含まれている魔力だけを取り出し、隣に移動させるだけだ」

 教室内を巡回しては、こうして生徒たちに圧を掛けてくる。
 そして、何もできないまま、黙りこくっていると……。

「遅い。ペナルティーだ」

 目の前の容器の中でクツクツと泡を立てて沸騰する何色とも分からない液体がふわふわと浮かび上がり、そのまま口の中へ、喉の奥へと飛んでくる。

「あぎゃああぁっ!!?」

 温度だけで言えば紅茶より熱いくらいだが、苦いし、辛いし、甘いし、酸っぱいし、しょっぱいし、臭いし、そんなものが舌の上に染み渡るようにこびりつき、息を吸うだけで猛烈な後味が反芻される。

「もう少し濃い魔法水を足してやろう」

 そういってカーネは空になった容器に新しい魔法水を注ぐ。この繰り返しだ。
 魔力を移動させなければどんどんあのクソ不味い温湯を無理やり飲まされる。

 理屈だけで言えば、濃い魔力を直接体内に取り込むことができるため、その分だけ魔力に対する知覚を養えるということだが、そんな簡単なわけがない。
 一体何杯飲めばそこに至れるのか皆目見当も付かないぞ。

 ちなみに、ミモザは秒で終わった。
 本当に、何が課題だったのかも分からんレベルで。

「授業の時間はたっぷりとあるが、無駄な浪費だけは許さぬ。私の作った魔法水にも限りはあるからな」

 授業が始まる前から延々と魔法水を作っていた奴が何か言っている。
 教室内を魔力の霧で満たすだけでなく、生徒に振る舞う分もこさえていたのだ。
 思っていた以上に陰険だぞ、この男。

「ペナルティーだ」
「うぎゃああぁぁ!!!!」

 教室内の何処かでまた誰かの叫び声が響き渡る。
 地獄はまだ、始まったばかりのようだ。

 ※ ※ ※

 ※ ※

 ※

「フィーさん、大丈夫れふか?」
「ひ、舌(ひた)がねじり切れほうだ……」

 結局、しこたま魔法水を飲まされ続けるだけで授業が終わってしまった。
 勿論、目の前の容器の魔力を移し替えることはおろか、そもそも魔力を視認するにまで至っていない。

 あの授業で得られたものはたらふくのクソ不味い魔法水と、その余韻ばかり。
 こんなんを繰り返していたら魔力を獲得する前に舌を失いそうだ。

 カーネ教師は授業の時間が終わるなり、教卓の上に並べていた魔法薬セットをサッと一瞬で片付けてしまい、おぞましい悪臭だけを残して去っていった。
 クラスメイト一同、意思疎通がとれていたかの如く、一斉に扉を全開にし、また開け放たれた窓に向かって書物なり、脱いだ制服の上着なりで一心不乱に扇いだ。

 とびきり具合の悪そうな生徒は廊下になだれこむように教室から飛び出し、服が汚れるのもいとわず俯せに倒れる。まさに死屍累々の燦々たる光景。

 ミモザがこの悲劇に巻き込まれなかったことが何よりの幸福だ。
 逆を言うと、ミモザ以外に魔力が見えて、且つ魔力の移動ができた生徒は一人もいなかった様子。授業の前に優秀だと言われた生徒も酷く絶望している。

「おぇっ……あの野郎……覚えてやがれ! うぷっ!」

 そういって廊下をよろよろ足で駆けだしていったのはパエニアだ。
 よせばいいのに、カーネに向かって余計な文句を垂れるから他の数倍の量は魔法水を飲まされていた。あの分だと消化する前に全部出してしまうだろうから飲まされた分だけ損だろうな。

「は、はぇぇぇ!? な、な、なんですかこの状況は!」

 廊下で驚いているのは、頭からフードをすっぽり被った呪術の女教師、マーガだった。どちらかといえば、そちらの格好の方が驚かされるのだが。
 入学式以来、あまり顔を晒さなくなったようだ。むしろ、入学式だったからこそ誰かに言われて顔を出していた節はある。

「すんすん……、この臭いはまたカーネ先輩ですね。あぅぅ……、初日から飛ばしすぎですよ……」

 トコトコと倒れ込んで動かない生徒たちに駆け寄り、何やらあたふたとした様子を見せながらも杖を取り出す。

「ええと、うんと……、むにゅうにゅ……元気になあれ(ヒーリング)!」

 口ごもっていたかと思えば、杖の先から閃光が迸り、廊下が白に染まる。
 次の瞬間、具合を悪そうにしていた生徒たちが一斉に立ち上がり、ものすっごい元気はつらつとした顔を見せる。

「うおおおおっ!! み、みなぎるぅぅぅぅ!!!」
「ふぉおおおぉぉ!! な、なんか、なんでもできちゃいそおぉぉぉ!!!」

 なんだあれは。今の一瞬であの広範囲に治癒の魔法を施したのか?
 魔力を感知できない今の我でも分かるぞ。かなり上位の魔法構築だ。

「あえ? ちょっと……やりすぎちゃった……かな? うぅぅん……」

 呪術師なのにこのレベルの治癒魔法が使えるってどういうこと?
 下手したら神職者のマルペル並みじゃないか。

「あぅぅん……、み、み、みなさぁん、元気になった方は、ええ、あの、教室に、戻ってくださぁぁい。じゅ、授業、始めたいでぇぇす!」

 とりあえず色々悩んだ結果、授業を選んだらしい。
 顔も見えないほどフードを被った女教師がわたわたと生徒たちを教室に誘導する様は、なんともそういう呪いを掛けて操っているように見えてしまう。

 ともあれカーネ教師が残した異様な空気は言葉通りにマーガが入れ替えてくれた。
 とびきり具合の悪かった生徒たちも勢い余るほど回復したようだし、驚くほど手早く切り替わった。

 つい今しがたまであの地獄の中にいたせいもあり、マーガの醸し出すゆるい雰囲気が生徒たちの傷ついた心も癒やしていたことは間違いないだろう。
 教室内から気の抜けたような溜め息が聞こえてくるくらい。

「はい、ええ、じゃあ、そのぉ……、欠席者はいませんか? あの、いなかったら返事してください!」

 いなかったら返事ができないだろうが。

「あっ、点呼、とればいいですね。皆さん、あの、名前を呼びますので、元気よくお返事くれたら、えと、うれしいな」

 まるでたった今思いついたかのように、マーガは手元に持っていた名簿らしきものを見て、点呼を始めた。
 元気よく、などと付け加えたものだから、さっきの治癒魔法で復活した生徒たちは、それはもう激しく返事し、その度にマーガは「あひっ」と怯む。

 途中、明らかに名前を読み間違えたり、読み飛ばしたりを繰り返していったのだが、生徒たちから不満の声があがる様子もなく、朗らかな気持ちで点呼が終わる。

 地獄から天国。そう思った生徒はどれくらいいたことだろう。
 さすがに先生としてはどうかと思うところはあるのだが。

「はい、それでは、授業を始めましょう」

 フードをすっぽりと被って顔もよく見えない状態ではあったが、間違いなく満面の笑みを浮かべていたであろうマーガは、両手の平を合わせて首をクイッと傾ける。

 仮にも呪術師という肩書きを持ちつつも、この場にいる誰もがその教師から禍々しさとは掛け離れたものを感じ取っていたに違いない。


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 授業内容自体はさして複雑なものではない。それぞれ生徒の前に置かれた複数の容器から魔力を移し替えていくだけ。右の容器の魔力を、真ん中の容器へ、最後に左の容器へと移動させるだけの簡単な授業だ。
 だが、当然のことながらこの場にいる大多数の生徒は、そもそも魔力をその目で見ることができていない。加えて、見えてもいないものを移し替えるなどできるはずもない。その大多数の中には、悲しいことに我自身も含まれている。
「どうした。試験管を眺めてるだけでは魔力は移動しないぞ。その魔法水に含まれている魔力だけを取り出し、隣に移動させるだけだ」
 教室内を巡回しては、こうして生徒たちに圧を掛けてくる。
 そして、何もできないまま、黙りこくっていると……。
「遅い。ペナルティーだ」
 目の前の容器の中でクツクツと泡を立てて沸騰する何色とも分からない液体がふわふわと浮かび上がり、そのまま口の中へ、喉の奥へと飛んでくる。
「あぎゃああぁっ!!?」
 温度だけで言えば紅茶より熱いくらいだが、苦いし、辛いし、甘いし、酸っぱいし、しょっぱいし、臭いし、そんなものが舌の上に染み渡るようにこびりつき、息を吸うだけで猛烈な後味が反芻される。
「もう少し濃い魔法水を足してやろう」
 そういってカーネは空になった容器に新しい魔法水を注ぐ。この繰り返しだ。
 魔力を移動させなければどんどんあのクソ不味い温湯を無理やり飲まされる。
 理屈だけで言えば、濃い魔力を直接体内に取り込むことができるため、その分だけ魔力に対する知覚を養えるということだが、そんな簡単なわけがない。
 一体何杯飲めばそこに至れるのか皆目見当も付かないぞ。
 ちなみに、ミモザは秒で終わった。
 本当に、何が課題だったのかも分からんレベルで。
「授業の時間はたっぷりとあるが、無駄な浪費だけは許さぬ。私の作った魔法水にも限りはあるからな」
 授業が始まる前から延々と魔法水を作っていた奴が何か言っている。
 教室内を魔力の霧で満たすだけでなく、生徒に振る舞う分もこさえていたのだ。
 思っていた以上に陰険だぞ、この男。
「ペナルティーだ」
「うぎゃああぁぁ!!!!」
 教室内の何処かでまた誰かの叫び声が響き渡る。
 地獄はまだ、始まったばかりのようだ。
 ※ ※ ※
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「フィーさん、大丈夫れふか?」
「ひ、舌《ひた》がねじり切れほうだ……」
 結局、しこたま魔法水を飲まされ続けるだけで授業が終わってしまった。
 勿論、目の前の容器の魔力を移し替えることはおろか、そもそも魔力を視認するにまで至っていない。
 あの授業で得られたものはたらふくのクソ不味い魔法水と、その余韻ばかり。
 こんなんを繰り返していたら魔力を獲得する前に舌を失いそうだ。
 カーネ教師は授業の時間が終わるなり、教卓の上に並べていた魔法薬セットをサッと一瞬で片付けてしまい、おぞましい悪臭だけを残して去っていった。
 クラスメイト一同、意思疎通がとれていたかの如く、一斉に扉を全開にし、また開け放たれた窓に向かって書物なり、脱いだ制服の上着なりで一心不乱に扇いだ。
 とびきり具合の悪そうな生徒は廊下になだれこむように教室から飛び出し、服が汚れるのもいとわず俯せに倒れる。まさに死屍累々の燦々たる光景。
 ミモザがこの悲劇に巻き込まれなかったことが何よりの幸福だ。
 逆を言うと、ミモザ以外に魔力が見えて、且つ魔力の移動ができた生徒は一人もいなかった様子。授業の前に優秀だと言われた生徒も酷く絶望している。
「おぇっ……あの野郎……覚えてやがれ! うぷっ!」
 そういって廊下をよろよろ足で駆けだしていったのはパエニアだ。
 よせばいいのに、カーネに向かって余計な文句を垂れるから他の数倍の量は魔法水を飲まされていた。あの分だと消化する前に全部出してしまうだろうから飲まされた分だけ損だろうな。
「は、はぇぇぇ!? な、な、なんですかこの状況は!」
 廊下で驚いているのは、頭からフードをすっぽり被った呪術の女教師、マーガだった。どちらかといえば、そちらの格好の方が驚かされるのだが。
 入学式以来、あまり顔を晒さなくなったようだ。むしろ、入学式だったからこそ誰かに言われて顔を出していた節はある。
「すんすん……、この臭いはまたカーネ先輩ですね。あぅぅ……、初日から飛ばしすぎですよ……」
 トコトコと倒れ込んで動かない生徒たちに駆け寄り、何やらあたふたとした様子を見せながらも杖を取り出す。
「ええと、うんと……、むにゅうにゅ……|元気になあれ《ヒーリング》!」
 口ごもっていたかと思えば、杖の先から閃光が迸り、廊下が白に染まる。
 次の瞬間、具合を悪そうにしていた生徒たちが一斉に立ち上がり、ものすっごい元気はつらつとした顔を見せる。
「うおおおおっ!! み、みなぎるぅぅぅぅ!!!」
「ふぉおおおぉぉ!! な、なんか、なんでもできちゃいそおぉぉぉ!!!」
 なんだあれは。今の一瞬であの広範囲に治癒の魔法を施したのか?
 魔力を感知できない今の我でも分かるぞ。かなり上位の魔法構築だ。
「あえ? ちょっと……やりすぎちゃった……かな? うぅぅん……」
 呪術師なのにこのレベルの治癒魔法が使えるってどういうこと?
 下手したら神職者のマルペル並みじゃないか。
「あぅぅん……、み、み、みなさぁん、元気になった方は、ええ、あの、教室に、戻ってくださぁぁい。じゅ、授業、始めたいでぇぇす!」
 とりあえず色々悩んだ結果、授業を選んだらしい。
 顔も見えないほどフードを被った女教師がわたわたと生徒たちを教室に誘導する様は、なんともそういう呪いを掛けて操っているように見えてしまう。
 ともあれカーネ教師が残した異様な空気は言葉通りにマーガが入れ替えてくれた。
 とびきり具合の悪かった生徒たちも勢い余るほど回復したようだし、驚くほど手早く切り替わった。
 つい今しがたまであの地獄の中にいたせいもあり、マーガの醸し出すゆるい雰囲気が生徒たちの傷ついた心も癒やしていたことは間違いないだろう。
 教室内から気の抜けたような溜め息が聞こえてくるくらい。
「はい、ええ、じゃあ、そのぉ……、欠席者はいませんか? あの、いなかったら返事してください!」
 いなかったら返事ができないだろうが。
「あっ、点呼、とればいいですね。皆さん、あの、名前を呼びますので、元気よくお返事くれたら、えと、うれしいな」
 まるでたった今思いついたかのように、マーガは手元に持っていた名簿らしきものを見て、点呼を始めた。
 元気よく、などと付け加えたものだから、さっきの治癒魔法で復活した生徒たちは、それはもう激しく返事し、その度にマーガは「あひっ」と怯む。
 途中、明らかに名前を読み間違えたり、読み飛ばしたりを繰り返していったのだが、生徒たちから不満の声があがる様子もなく、朗らかな気持ちで点呼が終わる。
 地獄から天国。そう思った生徒はどれくらいいたことだろう。
 さすがに先生としてはどうかと思うところはあるのだが。
「はい、それでは、授業を始めましょう」
 フードをすっぽりと被って顔もよく見えない状態ではあったが、間違いなく満面の笑みを浮かべていたであろうマーガは、両手の平を合わせて首をクイッと傾ける。
 仮にも呪術師という肩書きを持ちつつも、この場にいる誰もがその教師から禍々しさとは掛け離れたものを感じ取っていたに違いない。