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第128話 明るく楽しくない呪いの授業

ー/ー



「えぇと、皆さん、呪いというと何か悪いものを想像してしまうかもしれません。ですけど、呪いとは、おまじないなんです。よく知られてませんが」

 呪術師マーガは、何やらゴソゴソとローブの中から取り出してくる。何のことはない小物類だ。指輪や首飾り、小型の杖もある。

「誰かに対してお願いすること、祈ること、これも呪いでして、古来より装飾品などに呪いを込めて贈る、なんて風習もあったんですね」

 そうして、おもむろに杖を手に取ると、手首でくるっくると回し、空中にささやかな煙を出してみせた。

「皆さんがよく知っている魔法から派生してきた呪い、おまじないってのもあるんですね。近代で……えと、三百年くらい前ですけど、大分形骸化が進んじゃって、古くさい……? じゃなくて古代の呪術が排他されることもありまして……まあ、おおまかな呪いが現代魔法へと形を変えていったんです」

 なんともはや、ペラペラと饒舌に喋るではないか。授業開始したときにはちゃんと言葉を発することができるのか不安だったが、さすがに教師に抜擢されるだけのことはある。

「特に現代における呪術が確立するまで、つまり発展途上時代にもなると、おまじない程度の呪いって言葉にするとアレですけど、無駄に胡散臭いだけのものも多かったんですね。術者へのリスクが異様に高かったり、そもそもメリット自体がなかったり、というか効力そのものがない嘘の呪いだってあったんです。怖いですよね」

 しかし、ここまで話を長々とされてしまうとだれてしまう生徒も一定数いるようで、早くもリタイアして寝入っている生徒の姿もチラホラ。

「キッキバル先生~、効果のない呪いだったら何も怖くないのでは?」

 からかうように生徒の一人がニヤケ面で言う。しかし、これに対し、マーガは笑いもせず、ましてや怒りもせず、毅然とした態度で答えた。

「効果があるのかないのかが分からない呪いほど恐ろしいものはないんですよ。今は何もなくとも明日降りかかるかもしれないし、何年後か忘れたときにくるかもしれない。特にかけられたと思っている当人には効果がないなんて知りようもないですもんね!」
「えー、でも、何日経っても何もなかったらウソだってバレるんじゃないですか?」
「いえ、そうとは限りません。事実、歴史上には後に何の効力がなかったと判明した呪いで自ら命を絶った人もいるんですよ。人は未知こそ恐れるのです。明確な答えを提示されないという答えはそれそのものが呪いになるということです」

 真っ直ぐストレートに答えられてしまったためか、からかう余地もないと判断してか、生徒は納得せざるを得ず黙って着席する。

「じゃあ、キッキバル先生。この世界で最も怖い呪いって何の効果もない呪いなのですか?」

 純粋無垢な瞳をした女生徒がすくりと立ち上がり、質問を繰り出す。マーガの顔はフードの闇に隠れて見えないが、多分今、少し微笑んだような気がする。

「……うふ、うふ、うふ。勿論、私は否定しません。でもね、確かな効力があって恐ろしい呪いもあるんですよ」

 何故だか知らんが、嬉しそうに言っていることだけは明確に分かった。本当、このマーガとかいう呪術師、呪いのこととなると人が変わったようだな。普段は抜けている感じなのに。

「呪いの起源ともなれば数千年も遡っちゃいます。それが魔法という技術により呪術へと昇華されていくまでに様々な独特の呪いが生まれていったわけなんですけども、やはり、その中で、一番、怖いって思う呪いは……」

 あまりにも露骨なマーガの引きに、生徒一同が生唾を飲み込んだ気がする。

「浄血の儀式。とてもマイナーで、とても古い呪い。びっくりするほど歴史のあるものなんですね」

 あまりピンと来ていない生徒たちは揃って拍子抜けのようにポカンとしていた。おそらくこの教室の中で分かりやすく反応したのは我とミモザだったに違いない。
 まさかこんなところで、よりにもよって浄血を聞くことになるとは。

「マーガ先生、浄血はどのように怖いんですか?」
「ああ、ごめんなさい。よく分からないですよね。ええ、簡単に言いますと、呪いの対象から魔法に関わるものを取り除く儀式なんです。古の時代では魔法を使えることを忌諱されることもあり、風習としてこの儀式を行ってたりもしたそうですよ」

 ちょっと上機嫌な様子で、マーガは言葉を続けていく。

「半端な魔法を使える種族を捕まえて、魔法の使えない、ただの人間にしてしまう。時代によってはこの浄血の儀式は人化の秘法とも呼ばれていました。身体の中から魔力の源ごとごっそり消してしまうわけですから、本当に怖いですよ。うふ、うふ」

 怖いですよ、といいつつも何やら悦んでいるように聞こえるのは何故だろう。
 呪術師としてはマイナーな知識をひけらかすのは気持ちがいいものなのだろうか。

「あの、しぇんしぇい! あ、はい! はい! もしその浄血の儀式で魔法が全部とられちゃったら、もう二度と魔法が使えなくなるんでしゅか!?」

 急に隣のミモザが声を張り上げて言う。
 我もそれに近い質問をしようとして決めあぐねていたところだ。

「そうですね。ええと、ミモザさん。はい、あなたの言う通りです。魔法を使うには従来では生まれ持っての才能が必要とされていました。魔法を見ること、触れること、そして支配すること。それらを浄血は消してしまうわけですからね」

 ミモザの顔が青ざめていく様が真横からありありと見れた。

「ま、仮にそうだったとしても、体内にある魔力を司る器官そのものが消失するわけではありませんし、昔だったらはい使えません、で終わっていたところですが、今、まさに、この学校では魔力の才能のない人でも魔法を使えるような育成カリキュラムもありますし、仮にそんな人がいたとしても頑張ればなんとかできる、と言えます」

 フンスっ、と鼻息を荒くし、両腰に手を当てて誇らしげに言い切った。
 フードに隠れて見えない顔は、さぞかしドヤっているんだろうなと察せた。

「あ、そうそう、この浄血の儀式について補足なんですが、少し面白い特性とかもあるんですね。対象から魔力の一切を取り除いちゃったりするので、それと同時に他の呪いやら魔法による加護も全部丸ごと消してしまうんですよ」

 そういうや否や、マーガは杖先から煙のようなものをポワポワと球状にまとめたかと思えば、パッと杖の一振りで煙の球を弾けさせてかき消してみせた。

「昔から呪術師は沢山のおまじないとかで身を固めて誰の呪いも受けないようにしているもんなんですが、そんなのもまとめて消されちゃうし、というか魔法自体も使えなくなっちゃうしで、本当、強力な呪いなんですよ、浄血って。最強の呪いです」

 それを喜々として語っているせいか、あまり恐ろしい側面が上手く伝わってこないが、実際にその身にその呪いを受けている立場としては笑えはしなかった。

「呪術師に限らず、長命種だったり、不老不死の種族もいますし、なんだったら呪いで寿命を延ばすこともあるでしょう。ですが残念、浄血の前では全くのただの人間に化けてしまうんですね、これが」

 そこまで黙って聞いていて、我はふと脳裏に過ぎるものがあった。
 あれ? 我って今、人間なんだよな?
 というか、あらゆる魔力も無力化されているとしたら、我が我自身に掛けていた人間の負の感情を命に変換する魔術も消されているのでは?

 それに気付き、我の中に拭いきれない不安が渦巻いていた。


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「えぇと、皆さん、呪いというと何か悪いものを想像してしまうかもしれません。ですけど、呪いとは、おまじないなんです。よく知られてませんが」
 呪術師マーガは、何やらゴソゴソとローブの中から取り出してくる。何のことはない小物類だ。指輪や首飾り、小型の杖もある。
「誰かに対してお願いすること、祈ること、これも呪いでして、古来より装飾品などに呪いを込めて贈る、なんて風習もあったんですね」
 そうして、おもむろに杖を手に取ると、手首でくるっくると回し、空中にささやかな煙を出してみせた。
「皆さんがよく知っている魔法から派生してきた呪い、おまじないってのもあるんですね。近代で……えと、三百年くらい前ですけど、大分形骸化が進んじゃって、古くさい……? じゃなくて古代の呪術が排他されることもありまして……まあ、おおまかな呪いが現代魔法へと形を変えていったんです」
 なんともはや、ペラペラと饒舌に喋るではないか。授業開始したときにはちゃんと言葉を発することができるのか不安だったが、さすがに教師に抜擢されるだけのことはある。
「特に現代における呪術が確立するまで、つまり発展途上時代にもなると、おまじない程度の呪いって言葉にするとアレですけど、無駄に胡散臭いだけのものも多かったんですね。術者へのリスクが異様に高かったり、そもそもメリット自体がなかったり、というか効力そのものがない嘘の呪いだってあったんです。怖いですよね」
 しかし、ここまで話を長々とされてしまうとだれてしまう生徒も一定数いるようで、早くもリタイアして寝入っている生徒の姿もチラホラ。
「キッキバル先生~、効果のない呪いだったら何も怖くないのでは?」
 からかうように生徒の一人がニヤケ面で言う。しかし、これに対し、マーガは笑いもせず、ましてや怒りもせず、毅然とした態度で答えた。
「効果があるのかないのかが分からない呪いほど恐ろしいものはないんですよ。今は何もなくとも明日降りかかるかもしれないし、何年後か忘れたときにくるかもしれない。特にかけられたと思っている当人には効果がないなんて知りようもないですもんね!」
「えー、でも、何日経っても何もなかったらウソだってバレるんじゃないですか?」
「いえ、そうとは限りません。事実、歴史上には後に何の効力がなかったと判明した呪いで自ら命を絶った人もいるんですよ。人は未知こそ恐れるのです。明確な答えを提示されないという答えはそれそのものが呪いになるということです」
 真っ直ぐストレートに答えられてしまったためか、からかう余地もないと判断してか、生徒は納得せざるを得ず黙って着席する。
「じゃあ、キッキバル先生。この世界で最も怖い呪いって何の効果もない呪いなのですか?」
 純粋無垢な瞳をした女生徒がすくりと立ち上がり、質問を繰り出す。マーガの顔はフードの闇に隠れて見えないが、多分今、少し微笑んだような気がする。
「……うふ、うふ、うふ。勿論、私は否定しません。でもね、確かな効力があって恐ろしい呪いもあるんですよ」
 何故だか知らんが、嬉しそうに言っていることだけは明確に分かった。本当、このマーガとかいう呪術師、呪いのこととなると人が変わったようだな。普段は抜けている感じなのに。
「呪いの起源ともなれば数千年も遡っちゃいます。それが魔法という技術により呪術へと昇華されていくまでに様々な独特の呪いが生まれていったわけなんですけども、やはり、その中で、一番、怖いって思う呪いは……」
 あまりにも露骨なマーガの引きに、生徒一同が生唾を飲み込んだ気がする。
「浄血の儀式。とてもマイナーで、とても古い呪い。びっくりするほど歴史のあるものなんですね」
 あまりピンと来ていない生徒たちは揃って拍子抜けのようにポカンとしていた。おそらくこの教室の中で分かりやすく反応したのは我とミモザだったに違いない。
 まさかこんなところで、よりにもよって浄血を聞くことになるとは。
「マーガ先生、浄血はどのように怖いんですか?」
「ああ、ごめんなさい。よく分からないですよね。ええ、簡単に言いますと、呪いの対象から魔法に関わるものを取り除く儀式なんです。古の時代では魔法を使えることを忌諱されることもあり、風習としてこの儀式を行ってたりもしたそうですよ」
 ちょっと上機嫌な様子で、マーガは言葉を続けていく。
「半端な魔法を使える種族を捕まえて、魔法の使えない、ただの人間にしてしまう。時代によってはこの浄血の儀式は人化の秘法とも呼ばれていました。身体の中から魔力の源ごとごっそり消してしまうわけですから、本当に怖いですよ。うふ、うふ」
 怖いですよ、といいつつも何やら悦んでいるように聞こえるのは何故だろう。
 呪術師としてはマイナーな知識をひけらかすのは気持ちがいいものなのだろうか。
「あの、しぇんしぇい! あ、はい! はい! もしその浄血の儀式で魔法が全部とられちゃったら、もう二度と魔法が使えなくなるんでしゅか!?」
 急に隣のミモザが声を張り上げて言う。
 我もそれに近い質問をしようとして決めあぐねていたところだ。
「そうですね。ええと、ミモザさん。はい、あなたの言う通りです。魔法を使うには従来では生まれ持っての才能が必要とされていました。魔法を見ること、触れること、そして支配すること。それらを浄血は消してしまうわけですからね」
 ミモザの顔が青ざめていく様が真横からありありと見れた。
「ま、仮にそうだったとしても、体内にある魔力を司る器官そのものが消失するわけではありませんし、昔だったらはい使えません、で終わっていたところですが、今、まさに、この学校では魔力の才能のない人でも魔法を使えるような育成カリキュラムもありますし、仮にそんな人がいたとしても頑張ればなんとかできる、と言えます」
 フンスっ、と鼻息を荒くし、両腰に手を当てて誇らしげに言い切った。
 フードに隠れて見えない顔は、さぞかしドヤっているんだろうなと察せた。
「あ、そうそう、この浄血の儀式について補足なんですが、少し面白い特性とかもあるんですね。対象から魔力の一切を取り除いちゃったりするので、それと同時に他の呪いやら魔法による加護も全部丸ごと消してしまうんですよ」
 そういうや否や、マーガは杖先から煙のようなものをポワポワと球状にまとめたかと思えば、パッと杖の一振りで煙の球を弾けさせてかき消してみせた。
「昔から呪術師は沢山のおまじないとかで身を固めて誰の呪いも受けないようにしているもんなんですが、そんなのもまとめて消されちゃうし、というか魔法自体も使えなくなっちゃうしで、本当、強力な呪いなんですよ、浄血って。最強の呪いです」
 それを喜々として語っているせいか、あまり恐ろしい側面が上手く伝わってこないが、実際にその身にその呪いを受けている立場としては笑えはしなかった。
「呪術師に限らず、長命種だったり、不老不死の種族もいますし、なんだったら呪いで寿命を延ばすこともあるでしょう。ですが残念、浄血の前では全くのただの人間に化けてしまうんですね、これが」
 そこまで黙って聞いていて、我はふと脳裏に過ぎるものがあった。
 あれ? 我って今、人間なんだよな?
 というか、あらゆる魔力も無力化されているとしたら、我が我自身に掛けていた人間の負の感情を命に変換する魔術も消されているのでは?
 それに気付き、我の中に拭いきれない不安が渦巻いていた。