冒険者パーティは地下へと潜り、闇の砦の深部を探索していた。
薄暗い廊下を進むと、不自然に開けっぱなしの宝箱が目の前に現れる。
「……なんだこれ?」
一人が近づき、仲間たちも距離を保ちながら覗き込む。
宝箱の中には、鍵のようなものが見えた。だが、その宝箱の外見が明らかに不気味だった。
「これ……絶対ミミックだよな。」
誰かが呟く。
宝箱の蓋には、ギザギザとした材質不明の棘がびっしりと生え、赤い染みが広がっている。血のようにも見えるし、サビのようにも見える。
「おいおい、こんなん怪しいにも程があるだろ……」
仲間たちは顔を見合わせ、警戒を強める。
「じゃあどうするんだよ?上に行くには鍵が必要なんだろ?」
「わかってるけど……下手に手を出したら食われるんじゃねえか?」
一行は宝箱をじっと見つめたまま、どうするべきか悩んでいた。
(こんな露骨な罠、引っかかるやついるのかよ……)
冒険者たちは宝箱を囲むように立ち尽くしていた。
「誰が開ける?」
「いやいや、あれ絶対動くから。俺はごめんだ。」
一人が後ずさりしながら言う。
「じゃあどうすんだよ?放置して進めるのか?他に鍵が見つかる保証なんかないぞ。」
「わかってるよ!でも触るのは……」
「おい、あれってさ……」
魔法使いが呟き、杖を宝箱の蓋の方へ向けた。
「これ、動いてるぞ。」
よく見ると、微かに宝箱の蓋が上下している。まるで呼吸をしているかのように。
「うわ……気持ち悪……」
「やっぱミミックじゃねえかよ!」
「ちょっと待て、試してみる。」
戦士が慎重に剣を引き抜き、宝箱の前へと進む。剣の刃先でそっと触れると——
——ガバッ!
突然、宝箱が大きな音を立てて動き出した。
「うわっ!」
パーティは全員、一斉に後ろへ飛び退く。それぞれが盾を構え、防御の態勢を取った。魔法使いは詠唱を始め、戦士たちは武器を構えながら隙を伺う。
だが、その時だった。
「待て!」
思わず詠唱を止める魔法使い。宝箱の蓋が少しだけ動き、その奥から声が聞こえてきた。
「……お前たち……うぅ……冒険者か……」
「……喋った!?」
パーティ全員が驚愕する。蓋の隙間から見える無数の鋭い牙と、怪しげにうねる舌のようなもの。それが確かに人の言葉を話していた。
「気をつけろ!油断させるための罠かもしれんぞ!」
一人が警告を発するが、リーダーは剣を構えたまま、慎重に応じる。
「もしや……お前はミミックか?」
「……そうだ……」
宝箱はうめくように答えた。
「この地に……捨てられてから……どれだけの歳月が経ったのか……もう、わからん……」
その声には、どこか弱々しさが感じられた。だが、牙の隙間から漏れる気配は依然として凶悪だった。
「……どうする?」
一人がリーダーに問いかける。リーダーは剣を構えたまま、一瞬の隙も見逃さない目つきでミミックを見つめていた。
「……お前の目的は何だ?ここで何をしている?」
剣先をわずかに向けながら、リーダーが問いかける。ミミックは静かに答えた。
「俺は……ただ……役目を終え……放置され……朽ちるのを待つだけだ……」
その言葉に、パーティ全員が戸惑いを覚えた。これは罠なのか、それとも……?
「すべては……エリシア……あの魔王のような女が始めたことだ……」
ミミックの掠れた声が、砦の冷たい空気に響く。
「エリシア……?」
リーダーが眉をひそめる。聞いたことのない名だ。
ミミックは苦しげに、だが確かに語り始めた。
「この地で……エリシアは……残虐非道な魔術を行使し、策略を練り、あらゆるモンスターを作り上げた……」
パーティの面々は互いに顔を見合わせ、緊張した空気が流れる。
「その中でも……最も忌まわしいのは……人とモンスターの融合……」
「融合……?」
「そうだ……奴はキメラを作り……魔王軍に献上していた……この砦の……最上階に……その秘密が隠されているのだ……」
ミミックの言葉を聞いた仲間の一人が、険しい声で言う。
「気をつけろ。これはミミックだ。本当かどうかわからんだろう。」
「早く叩き潰しちまおうぜ。」
戦士が大剣を振り上げようとするが、リーダーが手で制止した。
「待て……話が本当なら、ここには魔王軍にとって重要な秘密がある。」
リーダーは慎重に剣を収めると、恐る恐るミミックに手を伸ばし、鍵を取ろうとした。
——しかしその瞬間。
「あああぁ!」
突然の叫び声に、リーダーは反射的に手を引っ込める。
「お前!やっぱり罠か!」
パーティ全員が一斉に武器を構える。しかし、ミミックは必死に叫んだ。
「違う!噛まない!絶対に噛まないから!俺には……グハァ……もう……時間が……ない!頼む……!」
ミミックの声が次第に弱まる。
「鍵を取れ……そして……あの女の悪事を……止めてくれ……!」
その声には、どこか真実味があった。リーダーは剣を構えたまま、再び手を伸ばした。
ミミックの口から漏れる不気味な吐息が、彼の手をじっとりと湿らせる。
それは妙に生暖かく、背筋に寒気を走らせる感触だった。
「……やっぱり気持ち悪いな。」
リーダーは一瞬、手を引っ込める。仲間たちの目が一斉に彼に注がれる中、再び問いかけた。
「念のために聞くが……お前はミミックだよな。」
ミミックは蓋の奥から、弱々しい声を漏らした。
「……そう……だ……だが……ぐふ……俺は……人間だった!」
その言葉に、一瞬場が凍りつく。
「人間だった?」
「そうだ……あの女、エリシアが……俺をこんな……姿にした……!」
ミミックの掠れた声には、かすかな憤怒と絶望が滲んでいた。
リーダーは眉をひそめながらも、次の問いを投げかける。
「……噛まないよな。」
ミミックの返答は早かった。
「そんなことはせん……ぐふ……頼む……早く……取ってくれ……これが……俺の最後の……」
その声は次第に弱まっていく。
「……リーダー、どうする?」
リーダーは慎重に箱に手を入れ、鍵を握りしめた。冷たく錆びた金属の感触が指先に伝わる。
(やっぱり、何も——)
その瞬間——
——ガバッ!
ミミックの蓋が勢いよく開き、中から長く粘つく舌が飛び出してきた!
「うわっ!」
舌はリーダーの腕に絡みつき、そのまま体全体を捕らえる。もがく暇もなく、リーダーは一気に箱の中へと引きずり込まれていった。
「お、おい!リーダー!」
「やっぱり罠だったか!」
仲間たちが慌てて駆け寄ろうとするが、ミミックが不気味に口を開いて言い放った。
「噛まないよ……丸呑みするんだからな!」
箱の中から聞こえるリーダーの絶叫とともに、蓋がパタンと閉じた。
そして、砦の一角に沈黙が訪れた。