第二十三話 元彼女が住むは偽りの世界

ー/ー



 ※猫矢夢乃視点

 猫矢夢乃は大阪創明出版社が発行するファッション誌「オーケストラ」の撮影のため、兵庫県の雪城市に来ていた。
 雪城市は兵庫県の瀬戸内海側にある地方都市で風光明媚な観光地として昨今注目を浴びていいる。
 七月のある暑い日、海沿いの街で猫矢夢乃はタンクトップにショートパンツ、頭には麦わら帽子という田舎町の美少女という装いでカメラマンの前に立っていた。

 カシャカシャというデジタルカメラの撮影音が響く。遠くで一両編成の電車が走る音がする。
 あの電車って一時間に二本だったけなとそんなことを考えていたら、撮影は終わった。
「猫ちゃん、お疲れさま」
 猫矢夢乃に話しかけるのは背がずらりと高い和風美人であった。切れ長の瞳が印象的で、黒髪の前髪が左斜めにカットされている。
 撮影に参加するモデルの様に抜群のスタイルをしているが、そうではない。
「あっ竹河さん、ありがとうございます」
 猫矢夢乃はその和風美人からスポーツドリンクを受け取る。遠慮なく、猫矢夢乃はスポーツドリンクをごくごくと飲み干す。冷たい甘さが心地よい。

 竹河不由美の職業は作家でフリーライターである。この日、オーケストラのライターとして撮影に参加していた。
 確かこの人、光司君と同い年だったよねと猫矢夢乃は彼女の切れ長の瞳を見て、思い出す。
 
「それで夏のコミカの準備は進んでる?」
 竹河不由美も自分の為に購入したミネラルウォーターを一口飲む。
「ええ、もうほとんど終わってますよ」
 猫矢夢乃は答える。
 なんだか少し離れたところで騒がし声がする。
「そうよかったわね」
 ふふっと竹河不由美は魅力的な笑みを浮かべる。その笑みを見て、モデルよりもきれいじゃんと猫矢夢乃は若干の悔しさを覚える。

 猫矢夢乃は長時間睡眠障害という奇病にして、難病にかかっている。担当医の佐渡綾乃医師の話では過去のトラウマが原因であるとのことだ。
 猫矢夢乃にはそれについて心あたりがありすぎる。
 彼女はいわゆる毒親のもとで育った。しつけのためという名の虐待まがいのものを受けた。
 寝ている間だけはそれを忘れることができた。だから長時間眠る猫娘になった。
 現在はその両親のもとを離れて、叔母夫婦のもとで暮らしている。たぶんだけどもう実科にはもどらないだろう。
 この病のせいで猫矢夢乃は普通の会社員にはなれないだろうと考えた。
 毒親の虐待を忘れることができたアニメやゲームのキャラになりたいと考えた猫矢夢乃はコスプレにはまり、それをどうにか仕事にできないかと模索していた。
 このオーケストラの撮影もその一つだ。
 朝の情報番組に出ることもできたし、一応順調ではある。

「そうそう大阪朝バズ見たわよ。私も猫ちゃんの行ってたお店行ってきたのよ」
 竹河不由美が猫矢夢乃にスマートフォンの画面を見せる。そのスマートフォンには白湯麺が映し出されている。猫矢夢乃がテレビのラーメン特集で取材したお店の一品だった。
「鳥の出汁がきいて美味しかったわ」
 猫矢夢乃と竹河不由美が撮影の合間に雑談していると先ほど聞こえてきた騒がしい声がひときわ大きくなる。

 あるモデルがマネージャーに罵声をあびせている。
 あんなひどいことを言って美人が台無しじゃないの。
 猫矢夢乃はその怒声の方を見て思う。明るい茶髪の可愛らしい顔のモデルがなにやら騒いでいる。
 衣装が気にいらないとか、飲み物がぬるいとかそれはつまらない内容だった。
 きっと七月の猛暑が彼女をそうさせているのかも知れない。
「いくら気にいらないからってあんな言い方はないでしょうに。他に見てる人もいるのにね」
 その騒がしい声を聞き、竹河不由美は猫矢夢乃の耳にささやきかける。それは猫矢夢乃だけに聞こえる不思議な話し方だった。

 あの怒っているモデルの名前はたしか結城瑞樹だったかな。噂好きのモデル仲間が枕営業で撮影の仕事に入ってくるので、迷惑だと言っていた。
 その噂の信憑性はそれほど高くないと猫矢夢乃は思う。何故ならその噂好きのモデルはあることないこを言うゴシップ好きだったからだ。
 まあ、それが本当だとしても猫矢夢乃には関係ない話だ。
 そうやって仕事をとれたとしても先が知れている。やはり好きなものがあるものには及ばないと猫矢夢乃は思う。
 猫矢夢乃の年上の親友である野平麻里子も顔喪失症という難病をかかえながらも漫画家を目指している。私もコスプレが好きでどうにかして、それを職業にしたい。好きなものがあるものの方が続けられると思う。
 だって華やかな見た目に隠れて辛いことも多い。この日も猛暑の中の撮影だ。何度も日焼け止めを塗り直さないといけない。

「まあ、あんな上っ面だけの人はそう長くないわ。あんたも私も表現者は何かを表現しないと生けていけない人種なのよ。猫ちゃんには私と同じ匂いがするけどあの子にはそれがないわ。偽りの世界にも熱量が必要なのよ」
 端正な顔をしたり顔にして、竹河不由美は喧騒を眺める。マネージャーらしき中年男性が結城瑞樹をなだめている。
 同じ匂いと言われて猫矢夢乃は自分の肩や腕の匂いを嗅ぐ。うっすらと日焼け止めの匂いがするだけだ。
「もうその匂いじゃないって」
 笑いながら竹河不由美に抱き着かれて猫矢夢乃は困惑する。暑苦しいけど彼氏の阿良又光司から感じる安心感に似たものを覚えた。
 どことなく阿良又や彼氏の友人である水樹夏彦から感じる安心感に似ていると彼女は思った。
 


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ※猫矢夢乃視点
 猫矢夢乃は大阪創明出版社が発行するファッション誌「オーケストラ」の撮影のため、兵庫県の雪城市に来ていた。
 雪城市は兵庫県の瀬戸内海側にある地方都市で風光明媚な観光地として昨今注目を浴びていいる。
 七月のある暑い日、海沿いの街で猫矢夢乃はタンクトップにショートパンツ、頭には麦わら帽子という田舎町の美少女という装いでカメラマンの前に立っていた。
 カシャカシャというデジタルカメラの撮影音が響く。遠くで一両編成の電車が走る音がする。
 あの電車って一時間に二本だったけなとそんなことを考えていたら、撮影は終わった。
「猫ちゃん、お疲れさま」
 猫矢夢乃に話しかけるのは背がずらりと高い和風美人であった。切れ長の瞳が印象的で、黒髪の前髪が左斜めにカットされている。
 撮影に参加するモデルの様に抜群のスタイルをしているが、そうではない。
「あっ竹河さん、ありがとうございます」
 猫矢夢乃はその和風美人からスポーツドリンクを受け取る。遠慮なく、猫矢夢乃はスポーツドリンクをごくごくと飲み干す。冷たい甘さが心地よい。
 竹河不由美の職業は作家でフリーライターである。この日、オーケストラのライターとして撮影に参加していた。
 確かこの人、光司君と同い年だったよねと猫矢夢乃は彼女の切れ長の瞳を見て、思い出す。
「それで夏のコミカの準備は進んでる?」
 竹河不由美も自分の為に購入したミネラルウォーターを一口飲む。
「ええ、もうほとんど終わってますよ」
 猫矢夢乃は答える。
 なんだか少し離れたところで騒がし声がする。
「そうよかったわね」
 ふふっと竹河不由美は魅力的な笑みを浮かべる。その笑みを見て、モデルよりもきれいじゃんと猫矢夢乃は若干の悔しさを覚える。
 猫矢夢乃は長時間睡眠障害という奇病にして、難病にかかっている。担当医の佐渡綾乃医師の話では過去のトラウマが原因であるとのことだ。
 猫矢夢乃にはそれについて心あたりがありすぎる。
 彼女はいわゆる毒親のもとで育った。しつけのためという名の虐待まがいのものを受けた。
 寝ている間だけはそれを忘れることができた。だから長時間眠る猫娘になった。
 現在はその両親のもとを離れて、叔母夫婦のもとで暮らしている。たぶんだけどもう実科にはもどらないだろう。
 この病のせいで猫矢夢乃は普通の会社員にはなれないだろうと考えた。
 毒親の虐待を忘れることができたアニメやゲームのキャラになりたいと考えた猫矢夢乃はコスプレにはまり、それをどうにか仕事にできないかと模索していた。
 このオーケストラの撮影もその一つだ。
 朝の情報番組に出ることもできたし、一応順調ではある。
「そうそう大阪朝バズ見たわよ。私も猫ちゃんの行ってたお店行ってきたのよ」
 竹河不由美が猫矢夢乃にスマートフォンの画面を見せる。そのスマートフォンには白湯麺が映し出されている。猫矢夢乃がテレビのラーメン特集で取材したお店の一品だった。
「鳥の出汁がきいて美味しかったわ」
 猫矢夢乃と竹河不由美が撮影の合間に雑談していると先ほど聞こえてきた騒がしい声がひときわ大きくなる。
 あるモデルがマネージャーに罵声をあびせている。
 あんなひどいことを言って美人が台無しじゃないの。
 猫矢夢乃はその怒声の方を見て思う。明るい茶髪の可愛らしい顔のモデルがなにやら騒いでいる。
 衣装が気にいらないとか、飲み物がぬるいとかそれはつまらない内容だった。
 きっと七月の猛暑が彼女をそうさせているのかも知れない。
「いくら気にいらないからってあんな言い方はないでしょうに。他に見てる人もいるのにね」
 その騒がしい声を聞き、竹河不由美は猫矢夢乃の耳にささやきかける。それは猫矢夢乃だけに聞こえる不思議な話し方だった。
 あの怒っているモデルの名前はたしか結城瑞樹だったかな。噂好きのモデル仲間が枕営業で撮影の仕事に入ってくるので、迷惑だと言っていた。
 その噂の信憑性はそれほど高くないと猫矢夢乃は思う。何故ならその噂好きのモデルはあることないこを言うゴシップ好きだったからだ。
 まあ、それが本当だとしても猫矢夢乃には関係ない話だ。
 そうやって仕事をとれたとしても先が知れている。やはり好きなものがあるものには及ばないと猫矢夢乃は思う。
 猫矢夢乃の年上の親友である野平麻里子も顔喪失症という難病をかかえながらも漫画家を目指している。私もコスプレが好きでどうにかして、それを職業にしたい。好きなものがあるものの方が続けられると思う。
 だって華やかな見た目に隠れて辛いことも多い。この日も猛暑の中の撮影だ。何度も日焼け止めを塗り直さないといけない。
「まあ、あんな上っ面だけの人はそう長くないわ。あんたも私も表現者は何かを表現しないと生けていけない人種なのよ。猫ちゃんには私と同じ匂いがするけどあの子にはそれがないわ。偽りの世界にも熱量が必要なのよ」
 端正な顔をしたり顔にして、竹河不由美は喧騒を眺める。マネージャーらしき中年男性が結城瑞樹をなだめている。
 同じ匂いと言われて猫矢夢乃は自分の肩や腕の匂いを嗅ぐ。うっすらと日焼け止めの匂いがするだけだ。
「もうその匂いじゃないって」
 笑いながら竹河不由美に抱き着かれて猫矢夢乃は困惑する。暑苦しいけど彼氏の阿良又光司から感じる安心感に似たものを覚えた。
 どことなく阿良又や彼氏の友人である水樹夏彦から感じる安心感に似ていると彼女は思った。