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温室の澱

ー/ー



      ー*ー*ー*ー

  ポケットの 札束よりも 軽き胸 
 「いつか」を売って 手にした今日を

      ー*ー*ー*ー



 大型ショッピングモールの屋上庭園の隅に、ひっそりと佇む古い温室……


 表向きは枯れかけた植物の再生を請け負う「植物クリニック」だが、奥のカウンターには「質」と書かれた真鍮の小さな札が下がっている。


​「いらっしゃい。……ほう、何を預けに?」


​ 温室の主(あるじ)は、剪定ばさみで枯れ葉を落としながら顔を上げた。青年は、手入れの行き届かないプランターを抱えるようにして、目に見えない「何か」を差し出した。



「『もう一度だけ、勇気を出して告白する機会』を。……どうしても、生活費が必要なんです」

​ 主は土で汚れた手で空気を掬い取り、試験管に閉じ込めた。


「確かに預かった。だが、わかっているね。ここは温室だ。預かった『機会』は、手入れを怠ればすぐに腐る。流してしまえば、あんたの心からその記憶ごと消える。二度と、取り戻せるとは限らないよ」


「……ええ、わかっています」


​ 数枚の紙幣と引き換えに、青年は逃げるように温室を去った。

​ 一ヶ月後。給料を手にした青年が息を切らして戻ってきた。

「おい、あの時の『機会』を返してくれ! 金ならある!」


​ しかし、主は悲しげに、瑞々しく咲き誇る一輪の青い花を指差した。



「遅かったな。あんたの預けた『機会』は、隣にいた別の客の『後悔』と受粉して、全く別の花を咲かせてしまったよ」


「……何だって? 俺の質草はどうなるんだ」


「この花はさっき、その別の客が買い取っていった。あんたが金を工面している間に、誰か別の人間が、あんたの持っていたはずの勇気を肥料にして、自分の人生を前に進めたんだ。ここは質屋だが、命あるものを扱う場所でもあるんでね」



​ 青年は愕然と立ち尽くした。ポケットの金は重いが、胸の中はひどく軽く、空っぽだった。


​「次は『もう一度だけ、あの場所へ戻りたいという未練』を預けに来るかい? いい堆肥になりそうだ」


​ 主の穏やかな声が、湿った土の匂いと共に温室に満ちた。



      ー*ー*ー*ー

  期限なき 後悔ばかりを 主は愛で 
  未練を肥やしに 花を咲かせる

​  いつかという 蕾を売りて立ち尽くす
  主の眼差し 土よりも深く    

      ー*ー*ー*ー



* 日記風雑感 *

まるで「黒イせぇるすまん」ですがな、温室の主。
質屋、という言葉自体を今は聞かなくなりましたね。お店自体が消えてるわけではないんですが。

「質草」と呼ばれる客が持ち込んだ品物を担保に、いくばくかの金銭を店側が客に貸す。

客の方は、期限内に借りたお金と、質料と言われる、まあ利息にあたる金額を乗せて店に返すと、預けた品物はそのまま客の手に戻る、という仕組み。

まーあれですな、いまはフリマサイトで売っちゃうか、たぶん。




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      ー*ー*ー*ー
  ポケットの 札束よりも 軽き胸 
 「いつか」を売って 手にした今日を
      ー*ー*ー*ー
 大型ショッピングモールの屋上庭園の隅に、ひっそりと佇む古い温室……
 表向きは枯れかけた植物の再生を請け負う「植物クリニック」だが、奥のカウンターには「質」と書かれた真鍮の小さな札が下がっている。
​「いらっしゃい。……ほう、何を預けに?」
​ |温室の主《あるじ》は、剪定ばさみで枯れ葉を落としながら顔を上げた。青年は、手入れの行き届かないプランターを抱えるようにして、目に見えない「何か」を差し出した。
「『もう一度だけ、勇気を出して告白する機会』を。……どうしても、生活費が必要なんです」
​ 主は土で汚れた手で空気を掬い取り、試験管に閉じ込めた。
「確かに預かった。だが、わかっているね。ここは温室だ。預かった『機会』は、手入れを怠ればすぐに腐る。流してしまえば、あんたの心からその記憶ごと消える。二度と、取り戻せるとは限らないよ」
「……ええ、わかっています」
​ 数枚の紙幣と引き換えに、青年は逃げるように温室を去った。
​ 一ヶ月後。給料を手にした青年が息を切らして戻ってきた。
「おい、あの時の『機会』を返してくれ! 金ならある!」
​ しかし、主は悲しげに、瑞々しく咲き誇る一輪の青い花を指差した。
「遅かったな。あんたの預けた『機会』は、隣にいた別の客の『後悔』と受粉して、全く別の花を咲かせてしまったよ」
「……何だって? 俺の質草はどうなるんだ」
「この花はさっき、その別の客が買い取っていった。あんたが金を工面している間に、誰か別の人間が、あんたの持っていたはずの勇気を肥料にして、自分の人生を前に進めたんだ。ここは質屋だが、命あるものを扱う場所でもあるんでね」
​ 青年は愕然と立ち尽くした。ポケットの金は重いが、胸の中はひどく軽く、空っぽだった。
​「次は『もう一度だけ、あの場所へ戻りたいという未練』を預けに来るかい? いい堆肥になりそうだ」
​ 主の穏やかな声が、湿った土の匂いと共に温室に満ちた。
      ー*ー*ー*ー
  期限なき 後悔ばかりを 主は愛で 
  未練を肥やしに 花を咲かせる
​  いつかという 蕾を売りて立ち尽くす
  主の眼差し 土よりも深く    
      ー*ー*ー*ー
* 日記風雑感 *
まるで「黒イせぇるすまん」ですがな、温室の主。
質屋、という言葉自体を今は聞かなくなりましたね。お店自体が消えてるわけではないんですが。
「質草」と呼ばれる客が持ち込んだ品物を担保に、いくばくかの金銭を店側が客に貸す。
客の方は、期限内に借りたお金と、質料と言われる、まあ利息にあたる金額を乗せて店に返すと、預けた品物はそのまま客の手に戻る、という仕組み。
まーあれですな、いまはフリマサイトで売っちゃうか、たぶん。