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ポケットの 札束よりも 軽き胸
「いつか」を売って 手にした今日を
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大型ショッピングモールの屋上庭園の隅に、ひっそりと佇む古い温室……
表向きは枯れかけた植物の再生を請け負う「植物クリニック」だが、奥のカウンターには「質」と書かれた真鍮の小さな札が下がっている。
「いらっしゃい。……ほう、何を預けに?」
温室の主は、剪定ばさみで枯れ葉を落としながら顔を上げた。青年は、手入れの行き届かないプランターを抱えるようにして、目に見えない「何か」を差し出した。
「『もう一度だけ、勇気を出して告白する機会』を。……どうしても、生活費が必要なんです」
主は土で汚れた手で空気を掬い取り、試験管に閉じ込めた。
「確かに預かった。だが、わかっているね。ここは温室だ。預かった『機会』は、手入れを怠ればすぐに腐る。流してしまえば、あんたの心からその記憶ごと消える。二度と、取り戻せるとは限らないよ」
「……ええ、わかっています」
数枚の紙幣と引き換えに、青年は逃げるように温室を去った。
一ヶ月後。給料を手にした青年が息を切らして戻ってきた。
「おい、あの時の『機会』を返してくれ! 金ならある!」
しかし、主は悲しげに、瑞々しく咲き誇る一輪の青い花を指差した。
「遅かったな。あんたの預けた『機会』は、隣にいた別の客の『後悔』と受粉して、全く別の花を咲かせてしまったよ」
「……何だって? 俺の質草はどうなるんだ」
「この花はさっき、その別の客が買い取っていった。あんたが金を工面している間に、誰か別の人間が、あんたの持っていたはずの勇気を肥料にして、自分の人生を前に進めたんだ。ここは質屋だが、命あるものを扱う場所でもあるんでね」
青年は愕然と立ち尽くした。ポケットの金は重いが、胸の中はひどく軽く、空っぽだった。
「次は『もう一度だけ、あの場所へ戻りたいという未練』を預けに来るかい? いい堆肥になりそうだ」
主の穏やかな声が、湿った土の匂いと共に温室に満ちた。
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期限なき 後悔ばかりを 主は愛で
未練を肥やしに 花を咲かせる
いつかという 蕾を売りて立ち尽くす
主の眼差し 土よりも深く
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* 日記風雑感 *
まるで「黒イせぇるすまん」ですがな、温室の主。
質屋、という言葉自体を今は聞かなくなりましたね。お店自体が消えてるわけではないんですが。
「質草」と呼ばれる客が持ち込んだ品物を担保に、いくばくかの金銭を店側が客に貸す。
客の方は、期限内に借りたお金と、質料と言われる、まあ利息にあたる金額を乗せて店に返すと、預けた品物はそのまま客の手に戻る、という仕組み。
まーあれですな、いまはフリマサイトで売っちゃうか、たぶん。