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Episode 4

ー/ー



 健太が戻らない。


朝になっても、夜になっても、玄関に足音はなく、台所のコーヒーカップは冷めたままだった。


チロは小さく鳴きながら、玄関を行ったり来たりする。


だが、匂いがある――微かに、健太の匂いが遠くから漂ってくる。


体に力を込める。夜が深くなるにつれ、決心は固まった。



――僕は行く。健太を助けるために。



ーー メビウス・ゲートへ ーー



メビウス・ゲートの前に立つと、建物は夜闇に吸い込まれるように巨大で、異形に歪んでいた。


シャッターの隙間から冷たい風が忍び込み、壁の影が蠢く。


チロは小さな体を低くし、耳を前に倒して慎重に滑り込む。


非常灯の青白い光が揺れる廊下をぼんやり照らし、床には微かに埃が舞っている。


廊下はねじれ、天井の梁が迫る。


影が伸び、マネキンの目が光り、低く囁くような笑い声が耳をくすぐる。


音が反響せず、匂いだけが頼りだ――健太の匂い、汗と恐怖、コーヒーの香り。


チロは前足で床を蹴り、尾を揺らし、微かに漂う匂いを追う。


通路を曲がるたび、影が増え、壁が迫る。


階段はいつの間にか歪み、天井の照明はちらつき、影が一瞬だけ別の形に変わる。


チロの体は小さいが、恐怖を感じる間もなく進む。


黒い手が床から伸びて押し返すような感覚も、影の中で小さな声が囁くのも、すべて無視する。


やがて、遠くで光が揺れる。なんの光だろう?不審に思いながらも、ゆっくりと近づく。


健太の姿だ。歪んだ笑顔で、目だけが異様に光っている。建物の意思に操られ、無意識のまま動かされている。



チロは躊躇せず、ジャンプして健太の前に飛び出す。


小さな体で抱きつき、必死に鳴き声を上げ続けていると、健太の目が揺れ始め、歪んでいた笑顔がゆっくりと溶けるように消えていく。


「チロ⋯⋯!」


健太の声に恐怖と安堵が混ざる。


二人は互いに体を寄せ合い、震える手で暗闇の通路を駆け抜ける。





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 健太が戻らない。
朝になっても、夜になっても、玄関に足音はなく、台所のコーヒーカップは冷めたままだった。
チロは小さく鳴きながら、玄関を行ったり来たりする。
だが、匂いがある――微かに、健太の匂いが遠くから漂ってくる。
体に力を込める。夜が深くなるにつれ、決心は固まった。
――僕は行く。健太を助けるために。
ーー メビウス・ゲートへ ーー
メビウス・ゲートの前に立つと、建物は夜闇に吸い込まれるように巨大で、異形に歪んでいた。
シャッターの隙間から冷たい風が忍び込み、壁の影が蠢く。
チロは小さな体を低くし、耳を前に倒して慎重に滑り込む。
非常灯の青白い光が揺れる廊下をぼんやり照らし、床には微かに埃が舞っている。
廊下はねじれ、天井の梁が迫る。
影が伸び、マネキンの目が光り、低く囁くような笑い声が耳をくすぐる。
音が反響せず、匂いだけが頼りだ――健太の匂い、汗と恐怖、コーヒーの香り。
チロは前足で床を蹴り、尾を揺らし、微かに漂う匂いを追う。
通路を曲がるたび、影が増え、壁が迫る。
階段はいつの間にか歪み、天井の照明はちらつき、影が一瞬だけ別の形に変わる。
チロの体は小さいが、恐怖を感じる間もなく進む。
黒い手が床から伸びて押し返すような感覚も、影の中で小さな声が囁くのも、すべて無視する。
やがて、遠くで光が揺れる。なんの光だろう?不審に思いながらも、ゆっくりと近づく。
健太の姿だ。歪んだ笑顔で、目だけが異様に光っている。建物の意思に操られ、無意識のまま動かされている。
チロは躊躇せず、ジャンプして健太の前に飛び出す。
小さな体で抱きつき、必死に鳴き声を上げ続けていると、健太の目が揺れ始め、歪んでいた笑顔がゆっくりと溶けるように消えていく。
「チロ⋯⋯!」
健太の声に恐怖と安堵が混ざる。
二人は互いに体を寄せ合い、震える手で暗闇の通路を駆け抜ける。