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自分によく似た絶望を、俺は買った

ー/ー



 鼻が腐るほど嗅いだ、酒の香りと甘い香水の匂い。死んだ様に静かな昼間のシャッター街は月とネオンの光に誘われ息を吹き返す。すれ違う人間は同業者か客かケツモチか。見飽きた光景にため息と本音を吐く。

「反吐がでる。」

 辺りを見渡せば同業者が客の女の肩を抱き寄せながら耳元で甘い嘘を囁いているのが目に入る。その女の瞳は幸せに満ちているが、隣の男は騙し金を得ることしか考えていない。右を見ようが左を見ようがその光景が目に入る。「愛」を「金」に換えるそれが俺たちホストの仕事。剥製の様な笑顔で作り物の愛をばら撒くこの仕事を俺はいつまで経っても好きになれずにいた。

 いつも通りの日常を嫌悪しながら所属するクラブへと向かう。今日も同じ事を繰り返す。そう思っていたが今日は何かが違った。街がやけに騒がしい。

「ちっ!商品が逃げた!!」

「くそったれ!見つけねえとアニキに殺されるぞ?」

「見つけた!!!追え!!!」

 ホストクラブかキャバクラか。どこの店のかは知らないがケツモチのヤクザ達が暴れながら何かを探している。見た目からして下っ端だろう。客が怖がれば商売が出来ない。できるだけ関わりたくはないが仕方が無いので声をかける。

「なんかあったのか?」

 目当ての人物を追いかけるヤクザのうち金に困ってそうな下っ端を呼び止め声をかける。

「ああ?お前には関係ねえよ」

「そう言わず教えてくれよ。」

興味のわいた俺はヤクザの男の手にそっと万札を数枚握らせる。

「足りないか?」

「…誰にも言うなよ。」

少しの沈黙の後、男は口を割る。

「うちの組のしのぎの一つで人身売買があるのは知っているだろ?」

 どこの組かは知らないが聞いたことがある。海外のマフィアと組んで貧困家庭から子供を買いそれを高値で売っていると。正直言って胸糞悪い。それに昔の事を思い出して腹が立つ。

「聞いたことはあるな」

「海外からガキを仕入れたんだが逃げやがってな」

「それは大変だな。」
 
俺達が話している間に少女は捕まったらしい。

「手間かけさせやがって」

 サイズの合わない汚れた服。泥にまみれた素足。見るからにボロボロの女の子がヤクザに腕を掴まれ、乱暴に引きずられてやってきた。だが彼女は声を上げない。痛みに顔を歪めることすらしない。その瞳は諦めと絶望で満ちていた。その瞳を見た瞬間

(こいつは俺だ。)

何故かそう思った。

「おい、もういいだろホスト。そいつは俺らの『商品』だ。邪魔すんならお前もタダじゃ済まさねえぞ」

 その言葉が気に入らなかった。捨てたはずのか良心かそれとも自分と少女を重ねての同情か。自分でもよく分からない感情に身を委ね俺の口が勝手に言っていた。

「いくらだ」
 
 俺が汗水流して稼いだ数百万は、契約成立を示す薄汚れた紙と光の通らない虚な目をした少女へと姿を変えた。

「……」

「……」

 お互いに話すこともなくひたすら無言の時間が続く。それでも時間は過ぎてゆく。先程まで辺りを囲んでいた野次馬は仕事だか遊びだかは知らないが夜の街に消えていった。

「とりあえず…今日は休むか」

そう思い俺は職場の内勤に電話をかける。

「もしもし。俺だ…」

「ダチュラか。どうした?」

「今日の指名客すべてキャンセルしてくれ」

「ああ?何言ってんだ…ついに反抗期か?」

「は?」

「ごめんごめん…」

「そんな事はどうでもいい。とりあえず今日は休むから…店に伝えといてくれ」

「はいはい。」

「ありがとう。じゃあまた明日」

「あっ…さっき別の奴から聞いたけど。あの話本当か?女の子を買ったって。はあ…お人好しもそこまでいけば呆れもんだぜ?だいたい…お前は!」

めんどくさそうな気配を察して電話を切る。

「……」

 この街の情報の広まりやすさとあいつの情報収集能力を甘く見ていたらしい。今スマホを見れば関連する動画が流れるだろう。とりあえずここに居てもなにも変わらないので俺の家へ帰ることにした。電話でいつも使うタクシーを呼び乗り込む。

「おい!なにしてんだ。行くぞ?」

「……」

だがいくら待っても少女は乗り込もうともしない。虚な目でタクシーを見つめている。

「ああ!もう!」

痺れを切らした俺は少女の腕を掴みタクシーへ乗せる。その腕はあまりに細く少女のこれまでを推測するにはあまりに十分過ぎた。

(ますます。自分を見てるみたいで嫌になる。)

タクシーの窓には、派手なスーツの男とボロボロの服を着た少女。対象的な二人が写っていた。窓越しに少女を見る。

「……」

相変わらず無言で俯いている。だが、ぎゅっと握りしめられた頼りない指。わずかに震えている肩。そのことから少女の気持ちが痛いほどよく分かった。

「ダチュラさん。つきましたよ」

しばらくして運転手が到達を知らせる。

「ああ…ありがとう。」

俺は運転手に多少の色を付け金を払う。

「また頼むよ」

そのまま去ろうとすると運転手が一言つぶやく。

「深入りはしませんが…お気をつけて」

糸の切れた操り人形のように無表情のまま固まる少女の手を取り、俺はマンションの最上階である自分の家へと足を進めた。

「ああ…疲れた」

俺は少女が泥まみれの素足だと気づき、仕方なくおぶってここまで運んできた。やはりその体は育ち盛りの女の子とは思えないほど軽かった。

「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」

少女を地に下ろし話しかける。だが肝心の少女は黙り込み、期待も、感謝も、恐怖すらない。ただ、底の見えない深い沼のような眼差しで俺を見つめる。

「……」

「せめて名前だけでも教えてくれ」

「……分からない」

 初めて聞いた少女の声、掠れた弱々しい細い声。だが、確かに届いた言葉。 日本語を話せることへの驚きと名前すら奪われていた事実に、胸の奥を刺されたような痛みが走る。

「そうか…なら、俺が好きに決めていいな」

 少女の事を少し観察する。汚れた服とは裏腹に真っ白な髪、光の当たらない真っ黒の瞳。それを見てある花を思いつく。

「アネモネ…」

少女の虚ろな瞳が、わずかに揺れたような気がした。

 数百万で買った、自分によく似た絶望。捨て切れなかった自分の過去そのもの。そんな少女と俺はいくつもの傷を舐め合う夜を過ごすことになる。



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 鼻が腐るほど嗅いだ、酒の香りと甘い香水の匂い。死んだ様に静かな昼間のシャッター街は月とネオンの光に誘われ息を吹き返す。すれ違う人間は同業者か客かケツモチか。見飽きた光景にため息と本音を吐く。
「反吐がでる。」
 辺りを見渡せば同業者が客の女の肩を抱き寄せながら耳元で甘い嘘を囁いているのが目に入る。その女の瞳は幸せに満ちているが、隣の男は騙し金を得ることしか考えていない。右を見ようが左を見ようがその光景が目に入る。「愛」を「金」に換えるそれが俺たちホストの仕事。剥製の様な笑顔で作り物の愛をばら撒くこの仕事を俺はいつまで経っても好きになれずにいた。
 いつも通りの日常を嫌悪しながら所属するクラブへと向かう。今日も同じ事を繰り返す。そう思っていたが今日は何かが違った。街がやけに騒がしい。
「ちっ!商品が逃げた!!」
「くそったれ!見つけねえとアニキに殺されるぞ?」
「見つけた!!!追え!!!」
 ホストクラブかキャバクラか。どこの店のかは知らないがケツモチのヤクザ達が暴れながら何かを探している。見た目からして下っ端だろう。客が怖がれば商売が出来ない。できるだけ関わりたくはないが仕方が無いので声をかける。
「なんかあったのか?」
 目当ての人物を追いかけるヤクザのうち金に困ってそうな下っ端を呼び止め声をかける。
「ああ?お前には関係ねえよ」
「そう言わず教えてくれよ。」
興味のわいた俺はヤクザの男の手にそっと万札を数枚握らせる。
「足りないか?」
「…誰にも言うなよ。」
少しの沈黙の後、男は口を割る。
「うちの組のしのぎの一つで人身売買があるのは知っているだろ?」
 どこの組かは知らないが聞いたことがある。海外のマフィアと組んで貧困家庭から子供を買いそれを高値で売っていると。正直言って胸糞悪い。それに昔の事を思い出して腹が立つ。
「聞いたことはあるな」
「海外からガキを仕入れたんだが逃げやがってな」
「それは大変だな。」
俺達が話している間に少女は捕まったらしい。
「手間かけさせやがって」
 サイズの合わない汚れた服。泥にまみれた素足。見るからにボロボロの女の子がヤクザに腕を掴まれ、乱暴に引きずられてやってきた。だが彼女は声を上げない。痛みに顔を歪めることすらしない。その瞳は諦めと絶望で満ちていた。その瞳を見た瞬間
(こいつは俺だ。)
何故かそう思った。
「おい、もういいだろホスト。そいつは俺らの『商品』だ。邪魔すんならお前もタダじゃ済まさねえぞ」
 その言葉が気に入らなかった。捨てたはずのか良心かそれとも自分と少女を重ねての同情か。自分でもよく分からない感情に身を委ね俺の口が勝手に言っていた。
「いくらだ」
 俺が汗水流して稼いだ数百万は、契約成立を示す薄汚れた紙と光の通らない虚な目をした少女へと姿を変えた。
「……」
「……」
 お互いに話すこともなくひたすら無言の時間が続く。それでも時間は過ぎてゆく。先程まで辺りを囲んでいた野次馬は仕事だか遊びだかは知らないが夜の街に消えていった。
「とりあえず…今日は休むか」
そう思い俺は職場の内勤に電話をかける。
「もしもし。俺だ…」
「ダチュラか。どうした?」
「今日の指名客すべてキャンセルしてくれ」
「ああ?何言ってんだ…ついに反抗期か?」
「は?」
「ごめんごめん…」
「そんな事はどうでもいい。とりあえず今日は休むから…店に伝えといてくれ」
「はいはい。」
「ありがとう。じゃあまた明日」
「あっ…さっき別の奴から聞いたけど。あの話本当か?女の子を買ったって。はあ…お人好しもそこまでいけば呆れもんだぜ?だいたい…お前は!」
めんどくさそうな気配を察して電話を切る。
「……」
 この街の情報の広まりやすさとあいつの情報収集能力を甘く見ていたらしい。今スマホを見れば関連する動画が流れるだろう。とりあえずここに居てもなにも変わらないので俺の家へ帰ることにした。電話でいつも使うタクシーを呼び乗り込む。
「おい!なにしてんだ。行くぞ?」
「……」
だがいくら待っても少女は乗り込もうともしない。虚な目でタクシーを見つめている。
「ああ!もう!」
痺れを切らした俺は少女の腕を掴みタクシーへ乗せる。その腕はあまりに細く少女のこれまでを推測するにはあまりに十分過ぎた。
(ますます。自分を見てるみたいで嫌になる。)
タクシーの窓には、派手なスーツの男とボロボロの服を着た少女。対象的な二人が写っていた。窓越しに少女を見る。
「……」
相変わらず無言で俯いている。だが、ぎゅっと握りしめられた頼りない指。わずかに震えている肩。そのことから少女の気持ちが痛いほどよく分かった。
「ダチュラさん。つきましたよ」
しばらくして運転手が到達を知らせる。
「ああ…ありがとう。」
俺は運転手に多少の色を付け金を払う。
「また頼むよ」
そのまま去ろうとすると運転手が一言つぶやく。
「深入りはしませんが…お気をつけて」
糸の切れた操り人形のように無表情のまま固まる少女の手を取り、俺はマンションの最上階である自分の家へと足を進めた。
「ああ…疲れた」
俺は少女が泥まみれの素足だと気づき、仕方なくおぶってここまで運んできた。やはりその体は育ち盛りの女の子とは思えないほど軽かった。
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
少女を地に下ろし話しかける。だが肝心の少女は黙り込み、期待も、感謝も、恐怖すらない。ただ、底の見えない深い沼のような眼差しで俺を見つめる。
「……」
「せめて名前だけでも教えてくれ」
「……分からない」
 初めて聞いた少女の声、掠れた弱々しい細い声。だが、確かに届いた言葉。 日本語を話せることへの驚きと名前すら奪われていた事実に、胸の奥を刺されたような痛みが走る。
「そうか…なら、俺が好きに決めていいな」
 少女の事を少し観察する。汚れた服とは裏腹に真っ白な髪、光の当たらない真っ黒の瞳。それを見てある花を思いつく。
「アネモネ…」
少女の虚ろな瞳が、わずかに揺れたような気がした。
 数百万で買った、自分によく似た絶望。捨て切れなかった自分の過去そのもの。そんな少女と俺はいくつもの傷を舐め合う夜を過ごすことになる。