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好奇心旺盛な男②

ー/ー



「はー、飲んだー」

 フラフラとした足取りで万年床へと倒れ込んだ。

 1Kの部屋はオカルト本と漫画、レンタル落ちのCDで溢れている。それからお札だらけのギター。

 カイ太は今日も外で飲みたいだけ飲んできたのだ。他愛のない話で笑い転げたり、いつまでもダラダラと話している時間が楽しかった。

「ちょっと弾こうかな」

 顔を向けた先、手が届く距離に白い塊が見えた。

 寝転がったままそれを手繰り寄せた。ズリッと畳を滑らせた拍子に、裏側に貼られていたお札が破けてしまった。

「あー、やっちゃった」

 剥がそうと思って剥がしたわけじゃないし。

 心の中で言い訳しながら、仰向けのままギターを抱えて適当に鳴らした。

 ポロン、ポロン、ポロロン。

「良い音だなぁ」

 ひとりごちながら、お札が破けてしまった箇所を確認する。

 電気もつけていない暗がりの部屋の中ではよくわからないが、どうやら背面の板が少し見えているようだった。思ったより多くのお札が剥がれてしまったらしい。

「そんなに?」

 ちょっと引きずったくらいでそれほど大きく破けるものだろうか。

 考えていたが、アルコールがだいぶ回って睡魔がひどい。

「明日、掃除しよ……」

 ギターを脇へ押しやり、布団にくるまって考えるのをやめた。



 ヴー、ヴー、ヴー、ヴーーーー。

「うあ……」

 スマホのバイブレーションの振動で頭が揺れる。

 二日酔いの頭をなるべく揺らさないように、手探りで見つけたスマホを耳に当てた。

「はい……」

『カイ太、今どこ? もう映画始まっちゃうけど』

「あ、え? なんだっけ」

『は? 忘れたのかよ。リバイバル上映の呪怨見るって言ってただろ~』

 友人の声がゴンゴンと頭に響く。

 映画? 呪怨? なんだったっけ。そんな約束したっけ……。

「ごめん、二日酔いで、動けないから」

『あんなに楽しみにしてたのに!? はーあ、いいわ、俺一人で行ってくるから』

 怒っているらしい友人に電話を切られた。

「呪怨?」

 なんだっけ。そんな映画見たかったっけ? どんな映画なんだろう。知らないなぁ。

 ていうか、なんで二日酔いになってんだ、僕。酒、好きじゃないのに。

「うぅ……」

 混乱と頭痛でふらふらな頭を起こして、キッチンへ向かった。

 水を一杯、水道から汲んで飲み干す。水が喉を通るたびに、ほんの少しずつ頭の中がクリアになっていくようだった。

 二杯目の水を汲み、飲みながらなんとはなしに自室を眺めた。くたくたになった敷きっぱなしの布団に、本やCDが散乱している乱雑な部屋。そしてぽつんとお札だらけのギター。

「あ、そういえば」

 ギターを引っくり返して見る。やっぱりだ。お札が剥がれている。

 なのに、破けたお札が見つからない。

 周辺を探してみるものの、紙の破片すら見つからなかった。

「まぁ、いいか」

 ゴミがないのなら、それでいいか。

 そう自分を納得させてから、ギターを抱える。

 ポロロン、ポロロロ。

「……この曲、なんだろう。なんだっけ」

 慣れた手つきで奏でたコードが、耳に届く頃にはまるで知らない曲になっていた。

 どうしてこんなに自然に弾けたのだろう。何か歌詞もあった気がする。なんだったんだろうか。

 ポロン、ポロンポロン。

 考えながらも、ギターをつま弾いていく。

 静かでちっぽけで乱雑な部屋が見えなくなっていくように。



 ピロン。

 どのくらい経った頃だろうか。通知音でハッと我に返った。

『明日のライブ楽しみにしてるからな!』

 メッセージにはそう書いてあった。

「あ、そうだった。練習、しなくちゃ」

 クリップチューナーをヘッドにつけ、調音する。郷愁を誘うような、素朴でやわらかく、艶やかな音色が耳に心地よい。自分を抱きしめてくるような丸い響きに包まれる。

 黒喪にもらった時よりもより良い音になってきた気がする。

 そんなことを考えながらチューナーを外すと、クリップ部分にお札が引っかかり、盛大に破けてしまった。

「またぁ?」

 剥がしたくて剥がしてるわけじゃないのに。

 破けた部分を見て、カイ太は驚いた。

 ロゴが見えていたのだ。

「『m・』……ってことは、マクロイ!?」

 控えめだが、流れるような美しいインレイがカイ太をしっかりと見ていた。

 今度は飛び上がるほどに驚いた。日本ではなかなかお目にかかれない、カイ太が今一番欲しいギターだったからだ。

 このお札をすべて剥がして、完全体のマクロイを弾いてみたい。

 そう思った瞬間、頭の中で黒喪の声が響いた。

『お札を剥がしてはいけません。約束、ですよお』

 大変なことって一体なんだ。剥がれたけど、何も起こらなかったじゃないか。せっかくのマクロイなのに、ベタベタにお札貼ってあるなんて勿体ない。

「何もないさ。きっと、大丈夫」

『いいんですかあ? 大変なことになっても知りませんよお』

「お札は丁寧に剥がして、あとで貼り直せばいいし」

『本当に? 知りませんよ』

「僕は、……これは僕のギターだ」

 ビリッと一枚のお札を剥がした。思ったより綺麗に剥がれて驚いたが、まだボディにはベタベタと何枚ものお札が貼られている。

「なんだ、何も起こらないじゃないか」


『アナタ、約束を破りましたね?』


「えっ……?」

『約束を破ったら、大変なことになりますよお?』

 なんであの男の幻想を、見てるんだ。おかしいじゃないか。まだ酔ってるんだろうか。

 冷静に考えているつもりだが、カイ太の心はどんどん不安になっていった。
 大丈夫、大丈夫……。


『ドーーーーーン!!!!!』


「わああああああああ」

 カイ太の意識は遠くなっていった。


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「はー、飲んだー」
 フラフラとした足取りで万年床へと倒れ込んだ。
 1Kの部屋はオカルト本と漫画、レンタル落ちのCDで溢れている。それからお札だらけのギター。
 カイ太は今日も外で飲みたいだけ飲んできたのだ。他愛のない話で笑い転げたり、いつまでもダラダラと話している時間が楽しかった。
「ちょっと弾こうかな」
 顔を向けた先、手が届く距離に白い塊が見えた。
 寝転がったままそれを手繰り寄せた。ズリッと畳を滑らせた拍子に、裏側に貼られていたお札が破けてしまった。
「あー、やっちゃった」
 剥がそうと思って剥がしたわけじゃないし。
 心の中で言い訳しながら、仰向けのままギターを抱えて適当に鳴らした。
 ポロン、ポロン、ポロロン。
「良い音だなぁ」
 ひとりごちながら、お札が破けてしまった箇所を確認する。
 電気もつけていない暗がりの部屋の中ではよくわからないが、どうやら背面の板が少し見えているようだった。思ったより多くのお札が剥がれてしまったらしい。
「そんなに?」
 ちょっと引きずったくらいでそれほど大きく破けるものだろうか。
 考えていたが、アルコールがだいぶ回って睡魔がひどい。
「明日、掃除しよ……」
 ギターを脇へ押しやり、布団にくるまって考えるのをやめた。
 ヴー、ヴー、ヴー、ヴーーーー。
「うあ……」
 スマホのバイブレーションの振動で頭が揺れる。
 二日酔いの頭をなるべく揺らさないように、手探りで見つけたスマホを耳に当てた。
「はい……」
『カイ太、今どこ? もう映画始まっちゃうけど』
「あ、え? なんだっけ」
『は? 忘れたのかよ。リバイバル上映の呪怨見るって言ってただろ~』
 友人の声がゴンゴンと頭に響く。
 映画? 呪怨? なんだったっけ。そんな約束したっけ……。
「ごめん、二日酔いで、動けないから」
『あんなに楽しみにしてたのに!? はーあ、いいわ、俺一人で行ってくるから』
 怒っているらしい友人に電話を切られた。
「呪怨?」
 なんだっけ。そんな映画見たかったっけ? どんな映画なんだろう。知らないなぁ。
 ていうか、なんで二日酔いになってんだ、僕。酒、好きじゃないのに。
「うぅ……」
 混乱と頭痛でふらふらな頭を起こして、キッチンへ向かった。
 水を一杯、水道から汲んで飲み干す。水が喉を通るたびに、ほんの少しずつ頭の中がクリアになっていくようだった。
 二杯目の水を汲み、飲みながらなんとはなしに自室を眺めた。くたくたになった敷きっぱなしの布団に、本やCDが散乱している乱雑な部屋。そしてぽつんとお札だらけのギター。
「あ、そういえば」
 ギターを引っくり返して見る。やっぱりだ。お札が剥がれている。
 なのに、破けたお札が見つからない。
 周辺を探してみるものの、紙の破片すら見つからなかった。
「まぁ、いいか」
 ゴミがないのなら、それでいいか。
 そう自分を納得させてから、ギターを抱える。
 ポロロン、ポロロロ。
「……この曲、なんだろう。なんだっけ」
 慣れた手つきで奏でたコードが、耳に届く頃にはまるで知らない曲になっていた。
 どうしてこんなに自然に弾けたのだろう。何か歌詞もあった気がする。なんだったんだろうか。
 ポロン、ポロンポロン。
 考えながらも、ギターをつま弾いていく。
 静かでちっぽけで乱雑な部屋が見えなくなっていくように。
 ピロン。
 どのくらい経った頃だろうか。通知音でハッと我に返った。
『明日のライブ楽しみにしてるからな!』
 メッセージにはそう書いてあった。
「あ、そうだった。練習、しなくちゃ」
 クリップチューナーをヘッドにつけ、調音する。郷愁を誘うような、素朴でやわらかく、艶やかな音色が耳に心地よい。自分を抱きしめてくるような丸い響きに包まれる。
 黒喪にもらった時よりもより良い音になってきた気がする。
 そんなことを考えながらチューナーを外すと、クリップ部分にお札が引っかかり、盛大に破けてしまった。
「またぁ?」
 剥がしたくて剥がしてるわけじゃないのに。
 破けた部分を見て、カイ太は驚いた。
 ロゴが見えていたのだ。
「『m・』……ってことは、マクロイ!?」
 控えめだが、流れるような美しいインレイがカイ太をしっかりと見ていた。
 今度は飛び上がるほどに驚いた。日本ではなかなかお目にかかれない、カイ太が今一番欲しいギターだったからだ。
 このお札をすべて剥がして、完全体のマクロイを弾いてみたい。
 そう思った瞬間、頭の中で黒喪の声が響いた。
『お札を剥がしてはいけません。約束、ですよお』
 大変なことって一体なんだ。剥がれたけど、何も起こらなかったじゃないか。せっかくのマクロイなのに、ベタベタにお札貼ってあるなんて勿体ない。
「何もないさ。きっと、大丈夫」
『いいんですかあ? 大変なことになっても知りませんよお』
「お札は丁寧に剥がして、あとで貼り直せばいいし」
『本当に? 知りませんよ』
「僕は、……これは僕のギターだ」
 ビリッと一枚のお札を剥がした。思ったより綺麗に剥がれて驚いたが、まだボディにはベタベタと何枚ものお札が貼られている。
「なんだ、何も起こらないじゃないか」
『アナタ、約束を破りましたね?』
「えっ……?」
『約束を破ったら、大変なことになりますよお?』
 なんであの男の幻想を、見てるんだ。おかしいじゃないか。まだ酔ってるんだろうか。
 冷静に考えているつもりだが、カイ太の心はどんどん不安になっていった。
 大丈夫、大丈夫……。
『ドーーーーーン!!!!!』
「わああああああああ」
 カイ太の意識は遠くなっていった。