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好奇心旺盛な男①

ー/ー



 大衆居酒屋にて、男が一人謝っている。

「ほんとにすいませんでした」

「ま、ちゃんと払ってくれたからいいけど、もう次やったら出禁だからね」

「はい、すいません……」

 縮こまりながら店を出るフリーターの畔神(くろがみ)カイ太(30)。

 しかし出た途端に先ほどまでの殊勝な態度はどこへやら。いっそふてぶてしいような表情で歩き出しながら、チラリと飲み屋に視線をやった。

「ちぇっ。もうちょっとくらい待ってくれてもいいのに」

 ポロリとこぼれた言葉は闇夜に溶けていく。

「さて、どこで飲もうかな。今日払ったばっかりだけど、うーん」

 ぼんやりと考え事をしながら飲み屋街の看板を眺めていると、ちょうど目の前の店から飲み友のテリ井が出てくるところだった。

「あっ! テリ井さん!」

 目が合ったテリ井はほんの少し引きつった笑顔でカイ太を見ていた。

「お、おお、カイ太くん」

「いやぁ、ちょっとですね、溜まったツケをたくさん払ってきたとこなんですよ~」

「ああー。そっかー」

 ニコニコと屈託ない笑顔でテリ井を見つめるカイ太。

「あー……、じゃあ次一緒に飲みに行く?」

「えっ! いいんですか!? なんかすいませんね、はは」

 観念したように笑ったテリ井はカイ太と一緒に適当なBARに入った。

「でも一杯だけね。僕だって明日仕事なんですから」

「もちろんですよ、いやぁテリ井さんと一緒に飲めるの嬉しいな~」

 テキーラとピスコポルトンのストレートを注文し、二人は小さくグラスを合わせた。

「で、またギター売ってお金にしたの?」

「ええ、まぁそうです。またやっちゃいました」

 苦笑いしながら、ピスコポルトンをちびちびやるカイ太。

「勿体ないな~。せっかく大金出して買うんだから大事にした方がいいよ」

「そうなんですけどね~」

 テリ井は吸いきったレモンを皿へ戻すと言った。

「酒好きなのはわかるけどね。何事もほどほどがいいよ。……じゃ、それは僕が払っとくから」

「あ、ありがとうございます! また一緒に飲みましょうね!」

 片手をあげ、店を出て行くテリ井を見送り、カイ太はふと真顔になった。

「全部売らなきゃよかったかな、ギター……」

 ぽつりと呟いた言葉は、勢いよく開いたドアの音でかき消された。

「あんた!!!」

 男は馬鹿デカイ声で怒鳴るとずんずんとカイ太の方へ歩いてくる。手には妙に白いギターを握っているようだ。心当たりがひとつもないカイ太は、ドキドキしながら見つめているしかなかった。

「おい! あんた! こんなギター俺によこしやがって! こんなもんいらねえよ!」

 男はカイ太より奥のカウンターに座っていた黒ずくめの男に怒鳴っていた。

「おやおや、気に入りませんでしたか。残念ですねえ」

 黒ずくめの男はまるで動じていない。

「とにかく、これは置いてくからな!」

 手に持っていたギターをカウンターへ投げつけるように置くと、入ってきた時と同じような勢いで男は店から出て行った。

「お騒がせして大変申し訳ありません。ここは一つ、わたくしからお酒を皆さんに振る舞わせていただくので、どうかご勘弁くださいねえ」

 怪訝そうに見ていた数人の客たちは、その言葉にとりあえず納得した。

 タダ酒が飲めるなら、文句は言うまい。

 みな同じことを思っているようだった。もちろん、カイ太も。

「マスター、みなさんに同じものを」

 カイ太の前にも先程と同じピスコポルトンが静かに置かれた。

 一口飲んだ後、チラリと奥の男の様子を伺った。よく見て見ると、男は黒い上下のスーツに、黒いハットという出で立ちで、ちらりと見えたネクタイは赤く光っていた。

 男の向こう側には薄く発光しているような白っぽいギターが見え隠れしている。

「気になりますかあ?」

 カイ太の視線に気づいた男が話しかけてきた。

「あ、いえ。……その、ギターがちょっと気になりまして」

「ああ、アナタもギターがお好きなんですねえ」

 手招きをしている男につられて、隣の席へ移動した。

「先程はお騒がせしまして大変失礼しました」

「あ、いえいえ」

「ギターがお好きということですので、よければわたくし、こういったものでして」

 男は一枚の名刺をサッとカイ太に手渡した。

「ギターの哀しみ(ブルース)、お聞きします? 黒喪ギタ郎……」

「はい。この現代は、老若男女誰しもみんな、ギター生活に悩んでいる人ばかり。そんなアナタがたの、ギターの哀しみ(ブルース)をわたくしはお聞きしているのです」

「あ、さっきの男性も、それで……?」

「ええ、そうですね」

 黒喪は気がついたように、ギターをカウンターの上へと乗せた。

「こちらが気になっていたんですよね?」

 黒喪はギターを見やすいように、カイ太の前へ滑らせた。

「! や、これは、すごい、ですね」

 目の前に現れたのは、おびただしい数のお札だった。

 ボディもヘッドもネックも指版も、全てが禍々しいお札で覆い隠されているギターだったのだ。よく見てみると全て同じような文字が書かれているが、貼られた年代が違うのか日に焼けたものから真新しいものまで様々だった。ホールの中には一枚だけで、特大サイズのお札が一枚貼られていた。

 妙に白く見えたのはこのお札のせいだったのだ。

「曰く付き、というやつですか? わぁ、これって呪物ですか? ギターの呪物ってあんまり聞いたことないですね。うわぁー、素晴らしいなぁ。このお札はなんて書いてあるんだろう。ああ、これはすごい」

「アナタはとっても好奇心旺盛なんですねえ。そんな人に弾いてもらえたら、このギターも幸せかもしれないですねえ」

「いやいや、そんなそんな」

「そんなにご謙遜なさらず。さあさあ、ちょっと弾いてごらんなさい」

 黒喪に促されるまま、お札だらけのギターを抱えてみる。普段抱えているパーラーと同じようなサイズ感だ。動くたびにどこかのお札の端が体にカサカサと当たる音がした。

 ポロン、ポロポロポロ、ポロロン。

「いやあ、いいですねえ。お札が出音に干渉することもないですし、素晴らしいです」

「なんだか手に馴染むみたいな、不思議なギターですね」

 どうみてもお札で滑って弾きにくいはずなのに、まるでその存在を感じない。それに今まで触ってきたギターの中で一番しっくりくる音がしている。

 こんなことってあるのだろうか。

「アナタ、相性が良いようなので、このギターはお譲りしますよ」

「ええ? いいんですか、そんな簡単に僕にギターくれて」

「いいんですよ。わたくしは、ギター生活に悩んでいる方を少しでも楽にしてさしあげたいんです。それにアナタ、ギターを売ってしまって寂しいのでしょう?」

 黒喪の目をまっすぐに見つめる。そしてギターへと目線を落とす。

 禍々しいギターが、カイ太の動向を伺っているように見える。

「あのー、このギター、もしかして呪物とかですか? 何か謂れがあったりしますか?」

「このお札は一枚剝がす度に、持ち主の好きなものの記憶を消すんですよお」

「まさか、ほんとにそんなことが!?」

 信じられない思いで、つい口をついて出てしまった。

 さすがにオカルトが好きなカイ太でさえ、にわかには信じがたい話だった。

「ほーっほっほっほっほ。驚きましたか? なんにせよ、お札を剥がさなければいいだけの話です」

「まぁ、それはそうですけど」

  これが本当に呪物だったらすごいことだ。ギターの呪物なんて聞いたことがない。これはすごいお宝かもしれない。ギターで、呪物で、こんな一石二鳥のアイテムがあるなんて!

「本当にもらっちゃっていいんですか?」

「どうぞどうぞ。可愛がってあげてください」

「ありがとうございます」

 喜ぶカイ太の腕を、急にガッと掴んできた黒喪。

 びっくりして黒喪の顔を見ると、黒く感情のない瞳がカイ太を見つめていた。

「いいですか? お札は剥がしちゃいけませんからね。わたくしだってアナタが大変なことになるのは見たくありませんからね」

「も、もちろんですよ。お約束します」

 その言葉を聞くと、黒喪はパッと手を離して口だけで微笑んだ。

「約束、ですからねえ」

「あ、じゃあ、僕はこれで」

 お札だらけのギターより、目の前にいる男の方が何故だか怖かった。

「お会計はわたくしが持ちますから大丈夫ですよ。それでは良いギターライフを。ほーほっほっほっほ」

 そそくさと店を出たカイ太。

 その耳には、あの笑い声がいつまでもこびりついていた。


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 大衆居酒屋にて、男が一人謝っている。
「ほんとにすいませんでした」
「ま、ちゃんと払ってくれたからいいけど、もう次やったら出禁だからね」
「はい、すいません……」
 縮こまりながら店を出るフリーターの|畔神《くろがみ》カイ太(30)。
 しかし出た途端に先ほどまでの殊勝な態度はどこへやら。いっそふてぶてしいような表情で歩き出しながら、チラリと飲み屋に視線をやった。
「ちぇっ。もうちょっとくらい待ってくれてもいいのに」
 ポロリとこぼれた言葉は闇夜に溶けていく。
「さて、どこで飲もうかな。今日払ったばっかりだけど、うーん」
 ぼんやりと考え事をしながら飲み屋街の看板を眺めていると、ちょうど目の前の店から飲み友のテリ井が出てくるところだった。
「あっ! テリ井さん!」
 目が合ったテリ井はほんの少し引きつった笑顔でカイ太を見ていた。
「お、おお、カイ太くん」
「いやぁ、ちょっとですね、溜まったツケをたくさん払ってきたとこなんですよ~」
「ああー。そっかー」
 ニコニコと屈託ない笑顔でテリ井を見つめるカイ太。
「あー……、じゃあ次一緒に飲みに行く?」
「えっ! いいんですか!? なんかすいませんね、はは」
 観念したように笑ったテリ井はカイ太と一緒に適当なBARに入った。
「でも一杯だけね。僕だって明日仕事なんですから」
「もちろんですよ、いやぁテリ井さんと一緒に飲めるの嬉しいな~」
 テキーラとピスコポルトンのストレートを注文し、二人は小さくグラスを合わせた。
「で、またギター売ってお金にしたの?」
「ええ、まぁそうです。またやっちゃいました」
 苦笑いしながら、ピスコポルトンをちびちびやるカイ太。
「勿体ないな~。せっかく大金出して買うんだから大事にした方がいいよ」
「そうなんですけどね~」
 テリ井は吸いきったレモンを皿へ戻すと言った。
「酒好きなのはわかるけどね。何事もほどほどがいいよ。……じゃ、それは僕が払っとくから」
「あ、ありがとうございます! また一緒に飲みましょうね!」
 片手をあげ、店を出て行くテリ井を見送り、カイ太はふと真顔になった。
「全部売らなきゃよかったかな、ギター……」
 ぽつりと呟いた言葉は、勢いよく開いたドアの音でかき消された。
「あんた!!!」
 男は馬鹿デカイ声で怒鳴るとずんずんとカイ太の方へ歩いてくる。手には妙に白いギターを握っているようだ。心当たりがひとつもないカイ太は、ドキドキしながら見つめているしかなかった。
「おい! あんた! こんなギター俺によこしやがって! こんなもんいらねえよ!」
 男はカイ太より奥のカウンターに座っていた黒ずくめの男に怒鳴っていた。
「おやおや、気に入りませんでしたか。残念ですねえ」
 黒ずくめの男はまるで動じていない。
「とにかく、これは置いてくからな!」
 手に持っていたギターをカウンターへ投げつけるように置くと、入ってきた時と同じような勢いで男は店から出て行った。
「お騒がせして大変申し訳ありません。ここは一つ、わたくしからお酒を皆さんに振る舞わせていただくので、どうかご勘弁くださいねえ」
 怪訝そうに見ていた数人の客たちは、その言葉にとりあえず納得した。
 タダ酒が飲めるなら、文句は言うまい。
 みな同じことを思っているようだった。もちろん、カイ太も。
「マスター、みなさんに同じものを」
 カイ太の前にも先程と同じピスコポルトンが静かに置かれた。
 一口飲んだ後、チラリと奥の男の様子を伺った。よく見て見ると、男は黒い上下のスーツに、黒いハットという出で立ちで、ちらりと見えたネクタイは赤く光っていた。
 男の向こう側には薄く発光しているような白っぽいギターが見え隠れしている。
「気になりますかあ?」
 カイ太の視線に気づいた男が話しかけてきた。
「あ、いえ。……その、ギターがちょっと気になりまして」
「ああ、アナタもギターがお好きなんですねえ」
 手招きをしている男につられて、隣の席へ移動した。
「先程はお騒がせしまして大変失礼しました」
「あ、いえいえ」
「ギターがお好きということですので、よければわたくし、こういったものでして」
 男は一枚の名刺をサッとカイ太に手渡した。
「ギターの|哀しみ《ブルース》、お聞きします? 黒喪ギタ郎……」
「はい。この現代は、老若男女誰しもみんな、ギター生活に悩んでいる人ばかり。そんなアナタがたの、ギターの|哀しみ《ブルース》をわたくしはお聞きしているのです」
「あ、さっきの男性も、それで……?」
「ええ、そうですね」
 黒喪は気がついたように、ギターをカウンターの上へと乗せた。
「こちらが気になっていたんですよね?」
 黒喪はギターを見やすいように、カイ太の前へ滑らせた。
「! や、これは、すごい、ですね」
 目の前に現れたのは、おびただしい数のお札だった。
 ボディもヘッドもネックも指版も、全てが禍々しいお札で覆い隠されているギターだったのだ。よく見てみると全て同じような文字が書かれているが、貼られた年代が違うのか日に焼けたものから真新しいものまで様々だった。ホールの中には一枚だけで、特大サイズのお札が一枚貼られていた。
 妙に白く見えたのはこのお札のせいだったのだ。
「曰く付き、というやつですか? わぁ、これって呪物ですか? ギターの呪物ってあんまり聞いたことないですね。うわぁー、素晴らしいなぁ。このお札はなんて書いてあるんだろう。ああ、これはすごい」
「アナタはとっても好奇心旺盛なんですねえ。そんな人に弾いてもらえたら、このギターも幸せかもしれないですねえ」
「いやいや、そんなそんな」
「そんなにご謙遜なさらず。さあさあ、ちょっと弾いてごらんなさい」
 黒喪に促されるまま、お札だらけのギターを抱えてみる。普段抱えているパーラーと同じようなサイズ感だ。動くたびにどこかのお札の端が体にカサカサと当たる音がした。
 ポロン、ポロポロポロ、ポロロン。
「いやあ、いいですねえ。お札が出音に干渉することもないですし、素晴らしいです」
「なんだか手に馴染むみたいな、不思議なギターですね」
 どうみてもお札で滑って弾きにくいはずなのに、まるでその存在を感じない。それに今まで触ってきたギターの中で一番しっくりくる音がしている。
 こんなことってあるのだろうか。
「アナタ、相性が良いようなので、このギターはお譲りしますよ」
「ええ? いいんですか、そんな簡単に僕にギターくれて」
「いいんですよ。わたくしは、ギター生活に悩んでいる方を少しでも楽にしてさしあげたいんです。それにアナタ、ギターを売ってしまって寂しいのでしょう?」
 黒喪の目をまっすぐに見つめる。そしてギターへと目線を落とす。
 禍々しいギターが、カイ太の動向を伺っているように見える。
「あのー、このギター、もしかして呪物とかですか? 何か謂れがあったりしますか?」
「このお札は一枚剝がす度に、持ち主の好きなものの記憶を消すんですよお」
「まさか、ほんとにそんなことが!?」
 信じられない思いで、つい口をついて出てしまった。
 さすがにオカルトが好きなカイ太でさえ、にわかには信じがたい話だった。
「ほーっほっほっほっほ。驚きましたか? なんにせよ、お札を剥がさなければいいだけの話です」
「まぁ、それはそうですけど」
  これが本当に呪物だったらすごいことだ。ギターの呪物なんて聞いたことがない。これはすごいお宝かもしれない。ギターで、呪物で、こんな一石二鳥のアイテムがあるなんて!
「本当にもらっちゃっていいんですか?」
「どうぞどうぞ。可愛がってあげてください」
「ありがとうございます」
 喜ぶカイ太の腕を、急にガッと掴んできた黒喪。
 びっくりして黒喪の顔を見ると、黒く感情のない瞳がカイ太を見つめていた。
「いいですか? お札は剥がしちゃいけませんからね。わたくしだってアナタが大変なことになるのは見たくありませんからね」
「も、もちろんですよ。お約束します」
 その言葉を聞くと、黒喪はパッと手を離して口だけで微笑んだ。
「約束、ですからねえ」
「あ、じゃあ、僕はこれで」
 お札だらけのギターより、目の前にいる男の方が何故だか怖かった。
「お会計はわたくしが持ちますから大丈夫ですよ。それでは良いギターライフを。ほーほっほっほっほ」
 そそくさと店を出たカイ太。
 その耳には、あの笑い声がいつまでもこびりついていた。