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針が拾う 日々のしずくは 透明で
胸の奥へと 響くモノラル
レコードを 止めても消えぬ 懐かしさ
コーヒー 一杯分の 走馬灯
忘却の 淵に落とした あのメロディ
無音のなかにだけ鳴り響く
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街外れの地下にある喫茶「針音」には、スピーカーがない。
店主が年季の入った蓄音機にレコードを載せる。針が落ちる。
しかし、そこから流れるのは音楽ではなく、完全な「沈黙」だ。
だが、客たちは皆、うっとりと目を閉じ、あるいは涙を浮かべて虚空を見つめている。
この店でかかるのは、客がかつてどこかで聞き、心の奥底に仕舞い込んだ「音の記憶」だった。
仕事に疲れた青年には、今は亡き祖母が鼻歌まじりに刻む包丁の音が。
失恋したばかりの女性には、あの夏の日に二人で聞いた、遠い夕立と風鈴の音が。
「……いい音ですね」
私が注文した深煎りコーヒーの湯気の向こうで、店主が微笑む。
私の耳に届いているのは、幼い頃、庭の土をいじっている時に聞こえた、乾いた風と名前を呼ぶ母の声だ。
レコードの溝に刻まれているのは、物理的な振動ではない。持ち主が置き忘れてきた感情の断片なのだ。
曲が終わる。店主が静かに針を上げると、現実の雑踏の気配が戻ってくる。
私は少しだけ軽くなった足取りで、地上への階段を上り始めた。
* 日記風雑感 *
レコードを見たことすらない人がたくさんいる、そんな今。
針を落とす、という行為。
レコードの溝。
むかしむかし、「ソノシート」というものがありましてですね……
レコードどころか、ソノシートという言葉を知る人は今どのくらいいるのだろう。
シングル、アルバム、A面・B面。
なかなか、伝わりにくい言葉になりましたねえ。
カセットテープの事も、たまには思い出しましょうか。