ー 迷宮の夜 ー
館内は、想像以上に異様だった。
薄暗い非常灯が、ホコリと放置されたゴミを青白く浮かび上がらせる。
閉店を知らせる張り紙は、まるで墓標のようだ。
マネキンたちはガラスケースの中で硬直し、その無表情な顔が健太を見つめる。
フードコートは、かつての喧噪が嘘のような静寂に包まれていた。
健太が歩くたびに、床の軋む音が空間に跳ね返る。
遠くで、かすかに紙が擦れるような音、子供の笑い声の残響のようなものが聞こえ、耳を疑った。
館内マップを手に二階のゲームセンター跡を目指す。
止まったエスカレーターの傍を通ると、「ギー⋯⋯ウィィィン」と低く軋む音が響き、ゆっくり動き出す。
健太は立ち止まり、階段で二階へ上がった。
二階は一層奇妙だった。
閉鎖されたシャッターには「感謝閉店セール」。その並びに、存在しないはずの「おもちゃの家」が現れる。
健太がマップを確認しても記録にはない。
「構造が⋯⋯違う?」
振り返ると、先ほど通った通路に、ガラスドームの吹き抜けが現れ、一階を見下ろす景色は別世界のようだ。館内は微妙に、しかし決定的に異なり始めていた。
その時、「か、か、か、か……」という古びたオルゴールの音が、遠くの闇から聞こえてきた。
音の方向に目を凝らすと、ガラス戸の奥に黒い影がちらつく。
音は止み、代わりに無数の囁きが耳を打つ――「ざわめき」?
内容は分からない。ただ、何かを探す、選ぶ、そんな気配だけが波となって健太を包む。
非常階段に駆け込む。
踊り場から館内を見下ろすと、遠くの暗がりに黒い人影。
マネキンとは違う生々しい存在感。
健太が息を飲むと、影は柱の裏に消え、別の場所――噴水のそば――に現れる。動かず、ただ立っている。
「⋯⋯客、なのか?」
それは、この施設に残された未練や欲望の残滓かもしれない。
館内は出口を返さず、ループを繰り返す。
健太は悟った――このショッピングセンターは、単なる廃墟ではなく、欲望と未練を飲み込み、「リミナル・モール」と化しているのだ。