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第70話 伊佐々姫

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 悠木は気がつくと見覚えのある町の大通りにいた。日が暮れている。確かにゲート戦争以前のにぎやかな街並みだった。路地のにぎやかな商店街を通り抜けると、レストランや飲み屋の肉や魚介類を焼くにおいや出汁の香りがする。

 通りかかった服屋のショーウインドウに光が反射して自分の姿が映った。その瞬間、うっと胸が詰まって立ち止まった。まるで鏡に向かって他人の顔を見ているような気がした。だが違和感はすぐにおさまった。

 商店街の一ブロックを通り過ぎるころには、前世の自分、笹塚高規(たかのり)であることにすっかりなじんでいた。繁華街をさらに進み、お宮の門前を通り過ぎてすぐの大きな屋敷の前に立った。呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、門の横の通用扉が開いた。

 部屋着の若い侍女が出てきて、怪訝そうな顔で高規を見た。
「どのようなご用件でしょうか?」

「姫に会いたい」と笹塚。

「この夜中にですか?」と侍女。

「ああ。大切な要件なのだ」と笹塚。

「少々お待ちください」と侍女。

 ずいぶん待たされた後、門がギギギと音を立てて開いた。正面に男が一人とそのやや後ろ侍女が二人並んで立っていた。

「姉貴があんたを連れて来いとさ」
 男は頭を振って、ついて来いという仕草をした。

 正面玄関までのアプローチに、明るい照明がつけられている。高規は男と並んで歩き、侍女二人が後に続いた。

「珍しく盛装しているな」と男。「何の用なんだ?」

「大事な話としか言えない」と高規。

「昼間と違って、ずいぶん苦労人の顔をしてるじゃないか」と男。

 高規は無言で玄関に入り、靴を脱いだ。

「お前、人生の大半を戦場で過ごした男の目をしている」
 男が高規の顔をのぞき込んで笑った。

 玄関ホール正面の階段を二人は上がった。

「昼間に祝福されて送り出された新兵が、どうして夜にくたびれた将軍顔で戻ってくるのかね」と男。「何があったんだ?」

 階段を上りきった二人は廊下を進んでドアの前に立った。

「姉貴との話が終わったら、飲もうじゃないか」
 男は高規の肩を手のひらで軽くたたいてから、ドアをノックした。

「入りなさい」と言う声がして、男がドアを開けた。

 部屋の奥で、女がソファーにもたれてくつろいでいるのが見えた。左右に侍女がいる。

「姉貴のお気に入りの坊やを連れてきたよ」と男。

「ありがとう。あなたはもういいわ」と女。「高規はこちらに来て座りなさい」

「俺にも一杯飲ませてくれてもいいだろ」と男。

 女は軽蔑した顔をした。「大事な話って言ったでしょ」

「弟がいちゃあ悪いのか」と男。

「あなた、気持ち悪いわ」と女は顔をしかめた。「野暮なことを言わないで、出ていきなさい」

「わかったよ」と男。



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 悠木は気がつくと見覚えのある町の大通りにいた。日が暮れている。確かにゲート戦争以前のにぎやかな街並みだった。路地のにぎやかな商店街を通り抜けると、レストランや飲み屋の肉や魚介類を焼くにおいや出汁の香りがする。
 通りかかった服屋のショーウインドウに光が反射して自分の姿が映った。その瞬間、うっと胸が詰まって立ち止まった。まるで鏡に向かって他人の顔を見ているような気がした。だが違和感はすぐにおさまった。
 商店街の一ブロックを通り過ぎるころには、前世の自分、笹塚|高規《たかのり》であることにすっかりなじんでいた。繁華街をさらに進み、お宮の門前を通り過ぎてすぐの大きな屋敷の前に立った。呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、門の横の通用扉が開いた。
 部屋着の若い侍女が出てきて、怪訝そうな顔で高規を見た。
「どのようなご用件でしょうか?」
「姫に会いたい」と笹塚。
「この夜中にですか?」と侍女。
「ああ。大切な要件なのだ」と笹塚。
「少々お待ちください」と侍女。
 ずいぶん待たされた後、門がギギギと音を立てて開いた。正面に男が一人とそのやや後ろ侍女が二人並んで立っていた。
「姉貴があんたを連れて来いとさ」
 男は頭を振って、ついて来いという仕草をした。
 正面玄関までのアプローチに、明るい照明がつけられている。高規は男と並んで歩き、侍女二人が後に続いた。
「珍しく盛装しているな」と男。「何の用なんだ?」
「大事な話としか言えない」と高規。
「昼間と違って、ずいぶん苦労人の顔をしてるじゃないか」と男。
 高規は無言で玄関に入り、靴を脱いだ。
「お前、人生の大半を戦場で過ごした男の目をしている」
 男が高規の顔をのぞき込んで笑った。
 玄関ホール正面の階段を二人は上がった。
「昼間に祝福されて送り出された新兵が、どうして夜にくたびれた将軍顔で戻ってくるのかね」と男。「何があったんだ?」
 階段を上りきった二人は廊下を進んでドアの前に立った。
「姉貴との話が終わったら、飲もうじゃないか」
 男は高規の肩を手のひらで軽くたたいてから、ドアをノックした。
「入りなさい」と言う声がして、男がドアを開けた。
 部屋の奥で、女がソファーにもたれてくつろいでいるのが見えた。左右に侍女がいる。
「姉貴のお気に入りの坊やを連れてきたよ」と男。
「ありがとう。あなたはもういいわ」と女。「高規はこちらに来て座りなさい」
「俺にも一杯飲ませてくれてもいいだろ」と男。
 女は軽蔑した顔をした。「大事な話って言ったでしょ」
「弟がいちゃあ悪いのか」と男。
「あなた、気持ち悪いわ」と女は顔をしかめた。「野暮なことを言わないで、出ていきなさい」
「わかったよ」と男。