残虐竜
ー/ー 勇斗たちを乗せたシンターは、高い高度を保ったまま南へと飛んでいた。眼下には黒い岩肌と赤い亀裂が広がり、ところどころから白煙が立ち上っている。
勇斗はふと振り返り、遠くに見えるカルント山の頂を見つめた。ミュールの怪我は癒えただろうか。胸がそわそわした。
熱を帯びた風が吹き抜ける。
「空気が淀んでいるっスね。精霊樹が枯れた影響か」
チカップが深刻な顔で呟いた。
「ねぇ、ランパ。精霊樹が枯れちゃったけど、この世界はどうなるの?」
勇斗は、うずくまったままのランパに尋ねた。
「たぶん、ゆっくりと死んでいく」
元の世界に帰る手段が消えた上に、世界まで死んでいく。一体どうすればいいんだ。勇斗の鼓動が激しくなった。
「オイラに、チキサ様のような力があれば――そうか」
ランパはふと何かを思いついたように顔を上げた。だが、すぐに表情を曇らせる。
「どうしたの?」
「い、今は言えない。とりあえず魔神を倒すのが先決だ。シグネリアのねーちゃんも心配だしな」
そうだ。今は、できることをやろう。
前方には、火を噴く巨大な火山が見えていた。その周囲では黒雲が渦を巻き、稲光が断続的に走っている。
シンターが高度を下げるにつれ、勇斗は胸の奥にざらつくような違和感を覚えた。空気が重い。どこかで、鋭い視線を感じる。
直後、何かが横をかすめた。
黒い影だった。
風を裂く轟音が、遅れて追いかけてくる。
衝撃。シンターが大きく揺れ、船体の木材が悲鳴を上げた。
「ランパ、何が――」
言い終える前に、さらに衝撃が走る。
船体中央に、鋭い何かが突き刺さった。木が割れ、亀裂が走り、破片が弾け飛ぶ。
次の瞬間、シンターは真っ二つに裂けた。
重力が全身を引きずり込む。勇斗たちは空中へ投げ出された。焼けた風が肌を刺す。地表の赤が、猛烈な速度で迫ってきた。
勇斗はとっさにランパへ手を伸ばした。だが、強烈な上昇気流がふたりの間を引き裂き、仲間たちの姿は視界から消えた。
耳の奥で、鼓動が爆音のように鳴り響く。
勇斗は剣を引き抜き、迫る地面へ剣先を向けた。剣先から放たれた風が身体を翻し、どうにか固い地面へ着地する。
辺りを見回した。ランパも、チカップも見当たらない。無事でいてほしい。
「よぉ、また会ったな」
低い声が上空から落ちてくる。
その声に、背筋がひやりとした。あの時の殺気。あの時の呼吸。身体が、いまだにはっきり覚えている。
「ギナス!」
「名前を覚えていてくれて、嬉しいぜ」
漆黒の鱗を持つ竜人型の魔族――ギナスが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと降下してきた。
着地すると同時に、ギナスはブレスで葉巻に火をつけた。紫煙を吐き、ニヤリと笑う。
「散歩も悪くねぇよな。こうして獲物に会えるんだからよ。魔神のヤローには悪いけど、ここで殺しとくか」
濃密な殺気が周囲を満たした。
勇斗はドラシガーに火をつけ、咥える。そして聖剣を抜いた。
カルント山での敗北が脳裏をよぎる。だが、あれから自分も確かに強くなった。片腕はない。それでも、精霊眼が先の動きを捉えてくれる。冷静に対処すれば勝てる――そう思えた。
緑煙をまとった勇斗が地を蹴った。ギナスも踏み込む。
右目に、線が走る。敵の攻撃軌道が可視化される。
来る。ここだ。
右目の奥がきりりと痛んだ。精霊眼を使うたびに脳へ負荷がかかっていることが、勇斗自身にもわかる。
ギナスの突きをかわし、勇斗は背後へ回り込んだ。剣先が閃き、片翼が血しぶきを散らして落ちる。
「チッ……!」
ギナスが唸り、回し蹴りを放つ。その動きも見えていた。足もとに風を発生させて跳び上がり、宙で回転しながら、もう片方の翼も切り落とす。
これで奴は飛べない。
「片腕と片目だけで、やるじゃねぇか」
ギナスは笑い、葉巻を噛み砕いた。
勇斗は地面に剣を突き刺し、右掌へ大地の力を集中させる。脇腹へ掌底を打ち込むと同時に精霊術を発動。炎と水がぶつかり合い、灼熱の蒸気がギナスの全身を覆った。
勇斗は剣を引き抜き、蒸気の中へ踏み込み、斬撃を叩き込んだ。
ギナスが片膝をつく。勇斗は素早く距離を取った。
「いいねぇ、スマートだ。前よりずっと強い。あぁ、楽しくなってきやがった」
立ち上がったギナスが、咆哮をあげた。
一秒後、勇斗の体は岩へ叩きつけられていた。
視えていたはずの線よりも速い。
ギナスが休みなく連撃を仕掛けてくる。勇斗は防戦一方になった。頬が削れ、血が飛んだ。精霊器ラクメトにも亀裂が走る。
まずい。このままでは押し切られる。
一気に畳み掛けるしかない。
勇斗は大きく息を吸い込んだ。ドラシガーの煙が頬の内側から一気に体内へ吸収される。
紙一重で一直線の拳を見切り、すれ違いざまに口元から大量の緑煙を放つ。剣先に青、緑、茶の三色の光が渦を巻いた。
一閃。
吹雪が巻き起こり、ギナスの両手両足が凍りつく。
動きが止まった瞬間、勇斗は跳んだ。縦一文字に斬り裂く。
「ぐおおおおおおおっ!」
低いうなり声とともに、ギナスは前のめりに倒れた。
勇斗はドラシガーを口から離し、天へ向かって煙を吐いた。
ギナスが倒れたまま動かない。胸の奥で張りつめていた糸が、ぷつりと切れるのを感じた。
その時だった。
ギナスの全身から黒い瘴気が噴き上がり、みしり、と嫌な音が響く。地面の岩が震え、細かな砂利が跳ねた。
「あぁ、この姿はスマートじゃねぇから誰にも見せたくなかったんだけどよぉ。仕方ねぇなぁ――」
凍りついていた四肢が膨張する。氷が割れ、ギナスはゆっくりと起き上がった。
身体はさらに肥大し、骨格が歪む。前傾した背がさらに沈み、腕は膝下まで伸びていた。肩から背中にかけてトゲ状の鱗が隆起し、尾は太く伸び、その先に刃のような骨板が形成されていく。両眼は白濁し、呼吸のたびに噛み合わせの狂った顎がギチギチと軋んだ。
「ギッ、グルアアアアアアアアッ!」
身も凍るような雄叫びが大地を震わせる。
勇斗の全身が固まった。
刹那――太い腕が勇斗の顔面を横から薙いだ。歯と一緒にドラシガーが吹き飛ぶ。視界が暗転し、耳鳴りが弾けた。何が起きたのか理解できない。
「グルオオオオオオオオオオッ!」
次の瞬間、胸に重い衝撃が突き刺さる。精霊器ラクメトの胸部装甲が悲鳴を上げて砕け散った。さらに腹を撃ち抜かれ、勇斗は大量の血を吐きながら宙へ吹き飛ぶ。
落下した勇斗を、ギナスが背後から抱え込んだ。胸郭ごと圧殺するように締め上げる。バキバキと骨の砕ける音が響く。
そのまま勇斗を地面へ叩きつけた。
衝撃とともに、胸が潰れた。
装甲の下はぐしゃりと崩れ、裂けた肉の奥から赤が噴き出す。胸の中央は深く陥没し、肋の形すらわからなくなっていた。
息が、できない。
音が遠のき、代わりに自分の鼓動だけが耳の奥で鈍く鳴っていた。
ギナスは勇斗の頭を無造作に掴み、ずるりと引き起こす。獲物の壊れた身体を眺め、ニタリと笑った。
裂けた胸の奥から血が溢れ続ける。その赤に混じって、青白い光がこぼれ落ちた。熱に満ちたこの場所で、その光だけが不自然なほど冷たく澄んでいた。
「ナンダ、コノヒカリハ……」
ギナスが光に触れようとした。
しかし、その瞬間、光はギナスの手を弾き返した。
「うおおおおおおおおおっ!」
雄叫びと衝撃音。ギナスの巨体が大きく吹き飛ぶ。
空気の密度が変わった。
「全く、少し見ない間に二人ともエグい姿になってるじゃん」
勇斗の前に立っていたのは、忘れようのない顔だった。
ミュール――
朦朧とする意識の中、勇斗の胸に温かいものがこみ上げた。
「ユート!」
フクロウに変身したチカップを頭に乗せたランパが走ってくる。その後ろ姿を見た瞬間、目を大きく見開いた。
「ワンコ!? なんで!?」
「話はあとだ。チビスケはユートを何とかしろ。オレはアイツの相手をする」
深い黒を基調に紫の光彩が走る軽鎧をまとったミュールは、静かに構えを取った。黒金属のガントレットから伸びる銀の爪が、光を反射して冷たく輝く。
ランパは勇斗に駆け寄った。胸郭が露出した無惨な姿を見て、顔色が変わる。
勇斗の顔面は蒼白で、唇は黒ずんでいた。呼吸はない。裂けた肺から、かすかな空気の漏れる音だけがしていた。
「ヤベェな、こりゃ。チキサ様、オイラに力を……」
ランパは勇斗の裂けた胸に両手を押し当てた。砕けた肋の隙間から細い根が走り、傷口を締め上げる。裂けた胸には樹皮のようなものが這い、崩れた内側を無理やり塞いでいく。翡翠色の膜が傷を覆い、外から黒い樹繊維が絡み合って、仮の胸郭を編み上げた。
「あとは、そうだ」
ランパは地面に転がったドラシガーを拾い上げた。
「この前の、お返しだ」
ドラシガーを咥え、ゆっくりと頬をへこませる。そして勇斗の唇へ、自分の唇を強く重ねた。
勇斗の身体がびくりと跳ねる。
蒼白だった顔に、わずかに血の色が戻っていった。
「これで、ひとまず大丈夫のはずだ。ワンコ!」
「ああ、すぐに片付ける」
「キサマァァァァァァァァッ!!!」
咆哮とともにギナスがミュールへ突進する。ミュールは短く息を吸い、大地を蹴った。
次の刹那、ギナスの腹部に大穴が開いた。
「グギャァァァァァァァァッ!!!」
ギナスが崩れ落ちる。
ミュールは片膝をつき、荒い息を吐いていた。
「ワンコ、大丈夫か」
「ミュール!」
ランパと、変身を解いたチカップがミュールに駆け寄る。
「オレは平気だ。ユートはどうなった?」
「応急措置はした。でも、やばい状態なのには変わりねぇ」
「どこか、休めるところがあれば……」
「この先に村があるよ」
岩陰から、日焼けした褐色の肌を持つ少年が姿を現した。背中には弓。矢筒の中の矢は火山灰をまとい、鈍く光っている。
「ひでぇな、ありゃ」
少年は勇斗の惨状を見て、短くそう言った。
「お前は?」
「オレはムカル。火山狩人見習いさ」
熱風が吹き抜ける。ムカルと名乗った少年の灰黒色の髪と、焦げ茶色の服が揺れた。
「すまない。村があるなら案内してくれないか。仲間がやばいんだ」
ミュールは勇斗から目を離さずに言った。
「わかった。急ごう」
「助かる」
勇斗を背負ったミュールが、ムカルの後に続く。
「……おい」
倒れたままのギナスが口を開いた。姿は元に戻っていた。
「とどめは、ささねぇのか?」
「別に」
ミュールは振り向かなかった。
「殺したところで、ガロが帰ってくるわけでもないし。また襲ってきたらぶちのめす。それだけだ」
ギナスは口の端を歪めた。
「ケッ。どいつもこいつも、スマートじゃねぇ……な」
勇斗はふと振り返り、遠くに見えるカルント山の頂を見つめた。ミュールの怪我は癒えただろうか。胸がそわそわした。
熱を帯びた風が吹き抜ける。
「空気が淀んでいるっスね。精霊樹が枯れた影響か」
チカップが深刻な顔で呟いた。
「ねぇ、ランパ。精霊樹が枯れちゃったけど、この世界はどうなるの?」
勇斗は、うずくまったままのランパに尋ねた。
「たぶん、ゆっくりと死んでいく」
元の世界に帰る手段が消えた上に、世界まで死んでいく。一体どうすればいいんだ。勇斗の鼓動が激しくなった。
「オイラに、チキサ様のような力があれば――そうか」
ランパはふと何かを思いついたように顔を上げた。だが、すぐに表情を曇らせる。
「どうしたの?」
「い、今は言えない。とりあえず魔神を倒すのが先決だ。シグネリアのねーちゃんも心配だしな」
そうだ。今は、できることをやろう。
前方には、火を噴く巨大な火山が見えていた。その周囲では黒雲が渦を巻き、稲光が断続的に走っている。
シンターが高度を下げるにつれ、勇斗は胸の奥にざらつくような違和感を覚えた。空気が重い。どこかで、鋭い視線を感じる。
直後、何かが横をかすめた。
黒い影だった。
風を裂く轟音が、遅れて追いかけてくる。
衝撃。シンターが大きく揺れ、船体の木材が悲鳴を上げた。
「ランパ、何が――」
言い終える前に、さらに衝撃が走る。
船体中央に、鋭い何かが突き刺さった。木が割れ、亀裂が走り、破片が弾け飛ぶ。
次の瞬間、シンターは真っ二つに裂けた。
重力が全身を引きずり込む。勇斗たちは空中へ投げ出された。焼けた風が肌を刺す。地表の赤が、猛烈な速度で迫ってきた。
勇斗はとっさにランパへ手を伸ばした。だが、強烈な上昇気流がふたりの間を引き裂き、仲間たちの姿は視界から消えた。
耳の奥で、鼓動が爆音のように鳴り響く。
勇斗は剣を引き抜き、迫る地面へ剣先を向けた。剣先から放たれた風が身体を翻し、どうにか固い地面へ着地する。
辺りを見回した。ランパも、チカップも見当たらない。無事でいてほしい。
「よぉ、また会ったな」
低い声が上空から落ちてくる。
その声に、背筋がひやりとした。あの時の殺気。あの時の呼吸。身体が、いまだにはっきり覚えている。
「ギナス!」
「名前を覚えていてくれて、嬉しいぜ」
漆黒の鱗を持つ竜人型の魔族――ギナスが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと降下してきた。
着地すると同時に、ギナスはブレスで葉巻に火をつけた。紫煙を吐き、ニヤリと笑う。
「散歩も悪くねぇよな。こうして獲物に会えるんだからよ。魔神のヤローには悪いけど、ここで殺しとくか」
濃密な殺気が周囲を満たした。
勇斗はドラシガーに火をつけ、咥える。そして聖剣を抜いた。
カルント山での敗北が脳裏をよぎる。だが、あれから自分も確かに強くなった。片腕はない。それでも、精霊眼が先の動きを捉えてくれる。冷静に対処すれば勝てる――そう思えた。
緑煙をまとった勇斗が地を蹴った。ギナスも踏み込む。
右目に、線が走る。敵の攻撃軌道が可視化される。
来る。ここだ。
右目の奥がきりりと痛んだ。精霊眼を使うたびに脳へ負荷がかかっていることが、勇斗自身にもわかる。
ギナスの突きをかわし、勇斗は背後へ回り込んだ。剣先が閃き、片翼が血しぶきを散らして落ちる。
「チッ……!」
ギナスが唸り、回し蹴りを放つ。その動きも見えていた。足もとに風を発生させて跳び上がり、宙で回転しながら、もう片方の翼も切り落とす。
これで奴は飛べない。
「片腕と片目だけで、やるじゃねぇか」
ギナスは笑い、葉巻を噛み砕いた。
勇斗は地面に剣を突き刺し、右掌へ大地の力を集中させる。脇腹へ掌底を打ち込むと同時に精霊術を発動。炎と水がぶつかり合い、灼熱の蒸気がギナスの全身を覆った。
勇斗は剣を引き抜き、蒸気の中へ踏み込み、斬撃を叩き込んだ。
ギナスが片膝をつく。勇斗は素早く距離を取った。
「いいねぇ、スマートだ。前よりずっと強い。あぁ、楽しくなってきやがった」
立ち上がったギナスが、咆哮をあげた。
一秒後、勇斗の体は岩へ叩きつけられていた。
視えていたはずの線よりも速い。
ギナスが休みなく連撃を仕掛けてくる。勇斗は防戦一方になった。頬が削れ、血が飛んだ。精霊器ラクメトにも亀裂が走る。
まずい。このままでは押し切られる。
一気に畳み掛けるしかない。
勇斗は大きく息を吸い込んだ。ドラシガーの煙が頬の内側から一気に体内へ吸収される。
紙一重で一直線の拳を見切り、すれ違いざまに口元から大量の緑煙を放つ。剣先に青、緑、茶の三色の光が渦を巻いた。
一閃。
吹雪が巻き起こり、ギナスの両手両足が凍りつく。
動きが止まった瞬間、勇斗は跳んだ。縦一文字に斬り裂く。
「ぐおおおおおおおっ!」
低いうなり声とともに、ギナスは前のめりに倒れた。
勇斗はドラシガーを口から離し、天へ向かって煙を吐いた。
ギナスが倒れたまま動かない。胸の奥で張りつめていた糸が、ぷつりと切れるのを感じた。
その時だった。
ギナスの全身から黒い瘴気が噴き上がり、みしり、と嫌な音が響く。地面の岩が震え、細かな砂利が跳ねた。
「あぁ、この姿はスマートじゃねぇから誰にも見せたくなかったんだけどよぉ。仕方ねぇなぁ――」
凍りついていた四肢が膨張する。氷が割れ、ギナスはゆっくりと起き上がった。
身体はさらに肥大し、骨格が歪む。前傾した背がさらに沈み、腕は膝下まで伸びていた。肩から背中にかけてトゲ状の鱗が隆起し、尾は太く伸び、その先に刃のような骨板が形成されていく。両眼は白濁し、呼吸のたびに噛み合わせの狂った顎がギチギチと軋んだ。
「ギッ、グルアアアアアアアアッ!」
身も凍るような雄叫びが大地を震わせる。
勇斗の全身が固まった。
刹那――太い腕が勇斗の顔面を横から薙いだ。歯と一緒にドラシガーが吹き飛ぶ。視界が暗転し、耳鳴りが弾けた。何が起きたのか理解できない。
「グルオオオオオオオオオオッ!」
次の瞬間、胸に重い衝撃が突き刺さる。精霊器ラクメトの胸部装甲が悲鳴を上げて砕け散った。さらに腹を撃ち抜かれ、勇斗は大量の血を吐きながら宙へ吹き飛ぶ。
落下した勇斗を、ギナスが背後から抱え込んだ。胸郭ごと圧殺するように締め上げる。バキバキと骨の砕ける音が響く。
そのまま勇斗を地面へ叩きつけた。
衝撃とともに、胸が潰れた。
装甲の下はぐしゃりと崩れ、裂けた肉の奥から赤が噴き出す。胸の中央は深く陥没し、肋の形すらわからなくなっていた。
息が、できない。
音が遠のき、代わりに自分の鼓動だけが耳の奥で鈍く鳴っていた。
ギナスは勇斗の頭を無造作に掴み、ずるりと引き起こす。獲物の壊れた身体を眺め、ニタリと笑った。
裂けた胸の奥から血が溢れ続ける。その赤に混じって、青白い光がこぼれ落ちた。熱に満ちたこの場所で、その光だけが不自然なほど冷たく澄んでいた。
「ナンダ、コノヒカリハ……」
ギナスが光に触れようとした。
しかし、その瞬間、光はギナスの手を弾き返した。
「うおおおおおおおおおっ!」
雄叫びと衝撃音。ギナスの巨体が大きく吹き飛ぶ。
空気の密度が変わった。
「全く、少し見ない間に二人ともエグい姿になってるじゃん」
勇斗の前に立っていたのは、忘れようのない顔だった。
ミュール――
朦朧とする意識の中、勇斗の胸に温かいものがこみ上げた。
「ユート!」
フクロウに変身したチカップを頭に乗せたランパが走ってくる。その後ろ姿を見た瞬間、目を大きく見開いた。
「ワンコ!? なんで!?」
「話はあとだ。チビスケはユートを何とかしろ。オレはアイツの相手をする」
深い黒を基調に紫の光彩が走る軽鎧をまとったミュールは、静かに構えを取った。黒金属のガントレットから伸びる銀の爪が、光を反射して冷たく輝く。
ランパは勇斗に駆け寄った。胸郭が露出した無惨な姿を見て、顔色が変わる。
勇斗の顔面は蒼白で、唇は黒ずんでいた。呼吸はない。裂けた肺から、かすかな空気の漏れる音だけがしていた。
「ヤベェな、こりゃ。チキサ様、オイラに力を……」
ランパは勇斗の裂けた胸に両手を押し当てた。砕けた肋の隙間から細い根が走り、傷口を締め上げる。裂けた胸には樹皮のようなものが這い、崩れた内側を無理やり塞いでいく。翡翠色の膜が傷を覆い、外から黒い樹繊維が絡み合って、仮の胸郭を編み上げた。
「あとは、そうだ」
ランパは地面に転がったドラシガーを拾い上げた。
「この前の、お返しだ」
ドラシガーを咥え、ゆっくりと頬をへこませる。そして勇斗の唇へ、自分の唇を強く重ねた。
勇斗の身体がびくりと跳ねる。
蒼白だった顔に、わずかに血の色が戻っていった。
「これで、ひとまず大丈夫のはずだ。ワンコ!」
「ああ、すぐに片付ける」
「キサマァァァァァァァァッ!!!」
咆哮とともにギナスがミュールへ突進する。ミュールは短く息を吸い、大地を蹴った。
次の刹那、ギナスの腹部に大穴が開いた。
「グギャァァァァァァァァッ!!!」
ギナスが崩れ落ちる。
ミュールは片膝をつき、荒い息を吐いていた。
「ワンコ、大丈夫か」
「ミュール!」
ランパと、変身を解いたチカップがミュールに駆け寄る。
「オレは平気だ。ユートはどうなった?」
「応急措置はした。でも、やばい状態なのには変わりねぇ」
「どこか、休めるところがあれば……」
「この先に村があるよ」
岩陰から、日焼けした褐色の肌を持つ少年が姿を現した。背中には弓。矢筒の中の矢は火山灰をまとい、鈍く光っている。
「ひでぇな、ありゃ」
少年は勇斗の惨状を見て、短くそう言った。
「お前は?」
「オレはムカル。火山狩人見習いさ」
熱風が吹き抜ける。ムカルと名乗った少年の灰黒色の髪と、焦げ茶色の服が揺れた。
「すまない。村があるなら案内してくれないか。仲間がやばいんだ」
ミュールは勇斗から目を離さずに言った。
「わかった。急ごう」
「助かる」
勇斗を背負ったミュールが、ムカルの後に続く。
「……おい」
倒れたままのギナスが口を開いた。姿は元に戻っていた。
「とどめは、ささねぇのか?」
「別に」
ミュールは振り向かなかった。
「殺したところで、ガロが帰ってくるわけでもないし。また襲ってきたらぶちのめす。それだけだ」
ギナスは口の端を歪めた。
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