表示設定
表示設定
目次 目次




隠者

ー/ー



 ――数ヶ月前――

 
「そういや、陰念はどうなったんだろうな?」


 唐突な相棒の質問に、俺はある男へ思いを馳せる……

『陰念』とは、俺や勘九郎と一緒にGS試験に望んだ白龍会の一員だ。

 同い年のはずだが顔中に傷だらけで、目付きもやたら悪く全くそうは見えない。もっと言えば、街中をスーツ姿で歩けば絶対に職務質問でもされそうな、堅気にも見えない男だ。
 
 

「さあな……試験から会ってねぇし」


 本当はある程度消息を掴んでるけど、噂の域を出ないんで濁した。
 

「仲間だったんだろ。気にはならないか?」
「確かに気にはなるさ……でも、何で今更?」

「人間に戻ってりゃ、いいんだがな……」
「……気にしてるのか?」

 
 実を言うと、試験の時に忠夫は奴と対戦してる。

 その時、魔装術の制御に失敗して魔族化ちまったわけだが、六道家の式神でも数ヶ月治療しないと人間に戻れないって話だった。

 あれから既に半年は過ぎた……ちゃんと人間には戻れてるって話だ。


「まぁ、多少はな……」
「そうか……」


 お前の考えまでは否定しないが、あのチンピラ野郎が暴走したのは奴自身の弱さのせいであって他の誰のせいでもないぜ。

 …………まぁ、このまま放っとくのも何か哀れだとは思ってる……


   ◆◆◆



 ある晴れた朝、俺は目を覚ました。

 工場での仕事はいつも同じで、正直言ってムカつく……とまでは言わないが、楽しいとも全く思わない。

 パジャマ代わりのジャージに詰め込んだ身体を無理やり起こして、ガス欠寸前の心でシャワーを浴びる。

 こんな朝を何度も繰り返してきたと思う度に気持ちが滅入る。
 




    ◇◇◇

 工場に着くと、機械の轟音が耳障りだ。

 ただ、周りの連中が汗水流しながら働いているのを見ると俺もやらなきゃと言う気持ちにはなるし、自分のしていることは決して下らない事なんじゃないとも思う。

 だが、それでも俺はライン作業でマンネリ化してる毎日に我慢が出来ない。

 ボトルを組み立てるだけの単純な仕事………流れる時間は、まるで時が止まったかのように感じる。

 休憩中、俺は仲間たちと一緒にタバコを吸いながらボソッと愚痴をこぼす。「こうして一生終わるのかな?マジでつまんねぇよな」俺の言葉に仲間たちも同意してはくれるが、それで結局は何かが変わることはない。

 ここを支配するのは、惰性と諦めの空気だけだ………




    ◇◇◇
 

 午後の作業に戻ると、俺は再び機械の前に立つ。

 でも、頭の中は仕事とは別のことを考えていた。今のまじゃ何も変わらない。
 
 俺はこの工場の外に出て、もっと自由になりたい。
 

 だが、何をする……?
 

 自慢じゃないが、俺には学もコネもない。唯一の取り柄だった “霊能” の道も、ある事情から閉ざされちまった。

 何か他にしたいことがあるなら、まだ救いがあるがそれもない。

 この職場だって、何社も面接落ちた上に昔の仲間のよしみで何とか入り込んだようなもんだ。

 辞めるのは簡単だが、そうなったら本当に露頭に迷って、生きることすら出来なくなるかもしれない。
 

 結局、不満を持ちながらも何も出来ないことを再確認して絶望する。

 そんな鬱屈した毎日…………


「お疲れ〜」
「お疲れっす……」


 夜の6時過ぎになって退社する。

 今日は少し、早く終わった。何となく心は踊るが、する事はなにも変わらない。帰って飯を食って寝るだけ。

 生活もギリギリなんで、外食しようとする気にもならない。

 そのまま、真っ直ぐ帰ろうとした時だった………


「陰念!」
「!?」


 後から声を掛けられた。

 その名で呼ばれたのは久しぶりだ。『陰念』と言う名は、一種の渾名のようなもんで霊能関係者以外には使わない。しかも、この声は聞き覚えがある。

 恐る恐る振り向くと、そこには見知った男が居た。


「久しぶりだな」





隠者 隠念

「雪之丞……」


 何ヶ月振りだろうか?

 久々に見る奴は、俺の知ってる頃より明らかに大きくなっているように見えた。

 見た目は全く変わってない。相変わらずチビなのに奴の発する雰囲気に思わず圧倒される。

 …………情けねぇ……自信に満ち溢れている、こいつを見ると目標も無く毎日ただ燻ってる自分が酷く惨めに感じる。


「何の用だ?落ちぶれた俺を笑いに来たのか?」


 後になって思えば、何の捻りもない嫉妬感丸出しの糞台詞を吐いた自分をぶっ飛ばしたかった………人は、卑屈になると大体同じことしか言えなくなるんだろうか?


「はっ!んな暇に見えるか?」


 そう言って、奴はニヤリと笑う。

 こういう挑戦的な所も変わらずか…………まぁ、ところ構わず喧嘩吹っ掛けて、最後に自滅した俺よりは何百倍もマシなんだろうがな。


「お前の様子を見に来たんだよ、飯でも食いながら話さねぇか?奢るぜ」


 …………奢るか。

 万年金欠で食い物に意地汚い、こいつからそんな言葉を聞く日が来るなんてな。

 だが、見くびるなよ。例え、落ちぶれてもお前の施しを受ける俺じゃねえ!!





    ◇◇◇


「……自棄食いでもしてんのか?」
「うっせぇ!!食わずにやってられっか!」


 呆れ顔の雪之丞に、捨て腐れ気味に返す。
 
 あれから2人で吉家田に入って、俺は雪之丞の遥かに上回るハイペースで丼ぶりを搔き込んでる。ちなみに、これで3杯目だ。


 …………他人の施しなんか受けたかないが、それ以上にこの鬱屈した感情の捌け口が必要だった。

 決して、こんな機会滅多にないから食い溜めしてやろうとか、こいつの財布に少しダメージを……なんて馬鹿なことは考えてない。決して…………


 そんな俺に文句の一言でも言ってくるかと思ったが、一足先に食い終えた雪之丞は、俺をただまじまじ(・・・・)と見つめてる……


「んだよ……?」


 気持ちわりぃな……お前は俺と違ってイケメン(眼つきはともかく……)な部類だろうが、野郎に見つめられたって嬉しくもなんともねぇぞ。


「普通に人間に戻ったんだな……」
「チッ……その話かよ」


 折角飯食って、ちょっとだけいい気分に成りかけてたってのに……


「その話以外、どこに興味を持てってんだよ?」


 そいつは、悪かったな……!


「見ての通り、完全に人間に戻ったよ!身体は何ともないし、いきなり意識が飛ぶこともない!だから、こうしてシャバに出て来れてる」


 やや、乱暴に器を置きながら答える。

 どうせ、こいつが聞きたがってるのは “それ” だと解っちゃいたが、思い出したくもない記憶なんで、自分からは言いたくはなかった。





   ◆◆◆


「陰念、魔装術を解け!手遅れになるぞ!!」
 “こ、これは……陰念選手の様子がおかしい!?”
 

「グゥワァァアアアーーーーーー!!!!」





   ◆◆◆
 
  
 GS試験時、魔装術の制御に失敗した俺は人としての意識を手放し、完全な魔族となった……

 その間のことは覚えてない…………ただ、ひたすら苦しかった気がする。

 再び意識を取り戻したのは、数ヶ月後。手足を完全に拘束されたベッドの上でだ。

 そして、その間に状況は天と地ほど変わっていた。勿論悪い風に……やっと運が向いてきたと思った矢先、奈落の底に突き落とされた…………もぅ、這い上がるなんて不可能だ。


「治療が終わってからも、異常がないか一月以上身体を厳重に調べられた……その間、ずっとベッドに固定されて自由なんて全くねぇ。患者と言うより、ただのモルモットだったぜ」
「上等だな……」

「ああ、上等だよ!お前と違ってな……」
「ふんっ……」


 シャバに戻った後、勘九郎は死んだが、こいつはGSのブラックリストから外されて特例で免許を取れたことを風の噂で聞いた。

 信じられなくて更に調べると、香港であのメドゥーサの邪魔をした功績だったと知ると、もう言葉が出なかった。

 
 一体、俺達3人の中でこいつだけ何が違うってんだ!!?


 元は3人とも、あの魔族に唆された者同士だったのに……

 そして、信じられないのはそれだけじゃなかった
 

「『伊達除霊事務所』って何だよ?お前が、所長って訳じゃねぇんだろ?」


 免許を取ったって、暫く誰かの下に居なきゃ独立なんて出来ねぇはずだ。
 
 
「『伊達』なんだから俺しかいねぇだろ、小竜姫が…………小竜姫ってのは、妙神山に括られてる神で___」



    ◇◇◇


「…………じゃあ何か?お前は特例でブラックリストから外されただけじゃなく、その “小竜姫” って武神の口利きで独立する権利まで貰えたってことか!いいご身分だな!?俺が、こんな底辺で喘いでるっていうのに!」


 畜生……何でこいつばかり…………
 
 
「バ〜カ!底辺にいるのは、人の忠告も聞かず魔族化したお前のせいだろうが。聞いてるぞ、そのせいで裏でも門前払いされてるそうだな」
「ぐっ……」


 ………………その通りだ。

 免許を剥奪されてブラックリスト入りした俺は、当初モグリで生計を立てようと思った。

 流石に魔族術を使おうとは思わなかったが、それでも俺には人並み以上の霊力はある。並のGSと同じくらいのことなら簡単に出来た。裏ならいくらでも活動出来るだろう、なんてタカをくくってた。

 
 だが、現実はそこまで甘く無かった……


 “術の制御に失敗して、魔族化した大馬鹿野郎” ………そんなレッテル(・・・・)を貼られて、有名になった俺に誰も仕事なんて頼もうとしなかった。
 
 こいつの言う通り、何処に行っても門前払い…………裏に行っても、俺の場所なんてどこにも無かったんだ。 


「それに “俺達” だって、そんな恵まれてるわけでもない。確かに上手い具合に独立出来たかもしれないが、命懸けの結果だぞ!それに、前科持ちってことで依頼なんて殆ど来ねぇよ……誰もやりたがらねぇ、安い仕事をチマチマやってるだけだ…………まぁ、それなりに楽しくやってはいるけどな」


 ピクッ……不自然に顔の筋肉が歪む。

 何やら色々喋ってくれたが、始めの “俺達” と言う言葉だけが俺の頭に引っ掛かって仕方ない。

 さっきから、ずっと聞きたかったけど、聞きたくなかったこと……こいつの現状を知っただけで既に一杯一杯なんだが、ここまで来たから確認するしかねぇじゃねぇか!

 

「雪之丞……お前、事務所2人でやってんだろ?もう1人って…………?」
 
 

 本当は、それも噂である程度知ってる……ただ、頭と言うか心のどこかで違って欲しいとかなり期待してた。

 だが、そんな期待なんて物はいつだって裏切られるもの……俺の心情なんて無視するように雪之丞は淡々と答える。

  
 
「横島忠夫……お前が、試験でやりあった男だよ」

 

 ……………ふざけんなっっ!!!


 ゴンッ!!


 力任せにテーブルを叩く!!周囲の客が一斉にこっちを向くが、もう目に入っちゃ居なかった!

 久々にキレ(・・)た気がする…………

 本来喧嘩っ早くて抑えの効かない俺だが、病院で目覚めて以来、ずっと塞ぎ込んで感情を自分の中に押し留めていた。それが、ここに来て一気に爆発した感じだ。


「テメェ!!どういうつもりだ!!?何が楽しくて、あんな野郎と組んでんだよ?大体、奴は美神令子の弟子だろ!!」


 一気に捲し立てる!

 頭に血が登って、肩で激しく呼吸する。動悸はさっきから乱れっぱなしだ……


 何故だ……?何故、奴の名前がここで出てくる?

 思い出すだけで、腹が煮えくり返る!

『横島忠夫』………俺がGS試験を受けた時の対戦相手にして、因縁の相手。

 あの時、きっちり奴を “仕留めて” さえいれば俺は魔族化なんかしなくて済んだ。こんな糞みたいな、毎日過ごさずに済んだのに……

 
 だが、奴は全く意に介さない。

 いつもそうだ!勘九郎といい、こいつといい何時だって俺を見下してやがる!!


「どういうつもり?誰と組もうと俺の勝手だろうが。あいつ以外、俺の背中を任せられる奴なんかいねぇよ。奴は姐さん……美神令子とは、反りが合わずに抜けたんだよ。俺にとっては、渡りに船だったがな」
「…………んなっ!?」


 …………こいつに、そこまで言わせるのか!?

 確かに多少出来る奴とは思ってたけど、それ程の人間なのか?


「随分とあいつを買うじゃねぇか!お前大丈夫か?ちゃんと目見えてるか?」
「現実の見えねぇ、お前よりは見えてるよ」

「なんだと……!!」
「奴は、お前なんかより遥かに強いぞ。なんたって俺と引き分けたんだからな!」


 その話は聞いてた。

 ただ、当時の記録はメドゥーサのドサクサで全部なくなってたし、何かの間違いだと思ってたが、本当だったのか……?

 
「いい気分しないのは解る……だが、もし奴のせいで魔族化したなんて思ってるなら筋違いだぞ。さっきも言ったが魔族化したのは、お前の弱さだ!誰のせいでもない、いいかげん認めろ」
「………………っ!!」


 黙っている俺へ、雪之丞は更に続ける。


「復讐もおすすめしないぞ。止めはしねぇが、今のお前じゃ瞬殺だ」
「何……!?」
 
「お前、あれから修行してないだろ?俺も奴も、あれから血反吐吐くような特訓を何年も繰り返してる。当時と同じなんて思わない方がいい」
「………………ろっ……!」


 ……………………畜生、畜生、畜生、畜生!!!


「いきなり来て説教じみたこと言っちまって、悪いとは思ってる。ただ……」
「表出ろって、言ってんだ!!この野郎っ!!!」


 奴の言葉を遮って、乱暴に立ち上がる!!

 頭来る!!どいつも、こいつも人を馬鹿にしやがって!!!

 俺の方が弱い?魔装術が使えねぇ……?もぅ、構うか!!

 
 全部ブッ壊してやる!!!

 
「口で言っても無駄か……」





    ◇◇◇


 店を出て、路地裏で対峙する俺達……お互い魔装術はなしの生身の喧嘩。

 そして片方は余裕綽々、片方はフラフラ…………


「もう、終わりか?」
「はぁ、はぁ…………く、糞が……!!」


 身体中が痛ぇ……殴られた箇所が熱をもって、ジンジンと響く。頭までボーっとしてきやがった…………

 何でだ!?何で一発も当たらねぇ??一緒に修行してた頃は、ここまで差なんかなかったのに……

 俺は一発も当てれねぇのに、向こうの突きは簡単にヒットする。しかも、軽く打ってるようにしか見えねぇのに速くて重い……

 距離を取って霊波砲を撃とうにも、そんな隙まるでねぇ……簡単に詰められてボコられる。


 何分やった……?

 殆ど時間なんて経ってねぇ筈なのに1時間以上殴られてる気がする。

 畜生!これが燻ってる奴と、今も走り続けてる奴の差だってのか?


「納得出来ねぇなら、全部出し切れ。後になって、グダグダ言われちゃ堪らねぇからな」
「舐めやがって……!」


 明らかに上から目線のこいつに新たな怒を覚えるが、状況は何も変わらない。いや、殴られる度に悪化してる。


「…………っ……っ」
「何だ……?」


 あ、頭がぼやける……前がよく見えねぇ…………何か口にしてんだが、俺は何を言ってるんだ?


  
 …………そうだ、魔装術……あれを使ってないからだ。あれを使えば、こんなチビ敵じゃねぇ。

 ああ……なんで気付かなかったんだろ?俺は何を我慢してたんだ、簡単なことじゃねぇか……


「おいっ!?」


 覚悟しろよ〜……雪之丞…………今から、好き放題してくれた礼はキッチリとしてやるよ…………


「チッ!!」
 

 でも、大丈夫だぁ〜〜……昔の誼で命くらい助けてやるよ〜そした、俺の舎弟にでもして…………


 グボォラァ!!


「ぐぇっ…………!!」
「寝言は寝て言え……いや、お前立ったまま寝て___」


 ………………奴の言葉を聞き終わる前に、俺は闇に沈んだ。
  




    ◇◇◇

 
 目を開けると、薄暗い夜空と所々に剥がれかけた広告や朽ち果てた屋外看板が見えた。星も一応見えるが、都会のネオンの方が強くて、なんだか弱々しい。

 周りの空気は煙草の吸い殻やゴミの散乱に囲まれた上に、それぞれの臭いが混ざりあってとんでもなく臭い……

 背中に冷たくて、硬いアスファルトの感触を感じる。どうやら、寝てたようだ…………何で?


「起きたか?」
「!?」


 傍らから声がして、首だか動かすとビルの背に寄り掛かって座る雪之丞が居た。

 そうだった、俺達は喧嘩の最中__


「つぅ……!!」
「急に動くな、体に響く」


 ……体を起こそうとした瞬間に走る全身の痛み。暫く声も出せなかった。それでも、ゆっくり上体を起こすと奴に問いかけた。


「………どのくらい寝てた?」
「1時間チョイだな。これ以上長引くなら帰ろうかと思ったぜ、飲むか?」


 そんな軽口を叩きながら烏龍茶の缶を1本差し出してきた。店を出た時は持ってなかったな。俺が寝てる間に買ってきたのか?

 一瞬自分の中で考えこんだが、馬鹿らしくなって素直に缶を受け取ると中身を一気に飲む。

 正直言って緊張やら、何やらで喉がカラカラだった。苦味の強い液体だが、喉を通る感覚が今は心地良い。


「なんで俺は、寝てたんだ?」
 
 
 喉が潤ったところで、段々と落ち着いてくる。それを皮切りに再び雪之丞に聞いてみると、今度は予想外な答えが返ってくる。


「覚えてないのか?お前、魔装術使おうとしたんだよ!」
「はあっ!?」


 どういうことだ?魔族化して以来、アレは一度も使ってない…………いや、何となく思い出してきた。
 
 
「あんな意識朦朧の状態で使ってみろ?制御に失敗して、魔族一直線だぞ」
「……………………」


 …………そうだった。

 こいつに手も足も出ないと思った俺はあの時、魔装術に頼ろうとしたんだ。

 自分をこんな体たらくにまで追い込んだ、あの忌まわしき技を……

 
「今度なったら、もう人間に戻れる保証なんかねぇ……魔族として倒されるだけだ。お前だって__」
「倒されちまえば、良かったかもな……」


 もぅ、なんか全部どうでも良くなってきた……


「ああっ?」
「だから倒されちまえば良かったって、言ったんだよ!!」


 そう言って、力任せに缶をアスファルトに叩きつける!

 カーンと小気味の良い音が響いたが、俺の耳には入らなかった。

 
「どうしろってんだよ?お前と違って、俺は表でも裏でも霊能者としてやってけねぇ!おまけにこの顔だ!!普通に働くことも、ままならねぇ……こんな俺に、どうやって生きてけって言うんだよ?」
「死にたいのか?」

「生きてたって面白くねぇんだ!死んだ方がマシだろ!!」
「じゃあ死ね」


 えっ……と思う間も無かった。

 座ったまま奴が右手を俺に向けた瞬感、俺の顔のすぐ横を強烈な霊波が通過!そして……


 ドゴォンッ!!


 後ろの壁が派手に吹っ飛ぶ……見なくても解る。多分、デケェ穴でも空いてんだろう。

 耳が霊気が生んだ熱波によって、ヒリついてやがる。あと20cm右にズレてたら、俺の顔なんて無くなってた…………


「何呆けてんだ?死んだって良かったんだろ?」
「テメェ……」

「それと、お前がどうしたらいいかなんて、俺に解るわけねぇだろ?お前の人生だ」
「……………………」


 身も蓋もねぇな……


「ただ、お前の境遇に思うことはある。出来ることがあるなら言えよ。相談くらいなら乗るぜ」


 そう言って、また何かを投げた。それを咄嗟に右手で掴む。


「『治』……?」
 

 ビー玉大の小さな球。

 茶色のつるりとした表面には、さっき呟いた『治』の文字が刻まれてる。

 なんだ、こりゃ……?

 そう思った同時に球が光って霧散した………いや、違う。光が俺の体を覆いながら、流れ込んでくる!


 これは…………霊気の力だ。なんだか良く解らねぇが、凄く気持ち良い。

 そんな時間が数秒経った…………そして……


「か、体が!?」


 治ってる!?

 全身打撲で、痛みと熱に支配されてた体が何事もなかったかのように元に戻った。

 いくら体を動かしても、殴られた箇所を弄っても全く傷まない……
 

「文珠……俺の相棒の力だ。さっきの球で、色々なことが出来る」
「モンジュ…………?」


 色々出来るって、一体何なんだ?

 さっきのデタラメの強さと言い、この球(もう無い)と言い、こいつら一体何なんだよ?


「体が問題ないようなら、もう行くぜ。何回も言うけど、今日はお前の様子を見に来ただけだ。もし、用があるなら俺の事務所に来い。お前なら1、人でも平気だろ。あと早く逃げろ」


 言いたいことだけ言うと、俺の返事も待たずに行っちまった。


「何なんだよ?本当に……」


 奴が行った後も、路地裏に座り込んだまま物思いにふける。一片に色々起こりすぎて、全く整理がつかねぇ………

 ただ、なんだかスッキリした気はする。好き放題言われて、好き放題殴られただけなのにな…………



「…………このままじゃ、終われねぇ……」


 自分の内から、自然と言葉が出る。そして、叫ぶ!


「このままじゃ、終わらねぇからなっ!!雪之丞っっ!!!」


 誰も居ない路地裏に響き渡る俺の叫び声。誰に届かなくてもいい。これは、俺の宣言だ!!

 グダグダ悩むなんて止めだ。馬鹿らしい。そもそも、馬鹿な俺が頭なんか使ったって何にもならねぇ。


 俺は、これからしたい(・・・)ようにする!!やりたい(・・・・)ようにしてやるからなっ!!!



「おいっ、居たぞ!あいつだ!」
「……えっ?」


 突如、俺の前に現れる2人のスーツ姿の男達……つていうか警察?


「さっきの爆音は、お前の仕業だな!?」


 爆音……?そうか!

 咄嗟に右を向くとそこには雪之丞がさっき開けた大穴が見えた。ってかデケェ穴だな、本当にあいつ殺す気だったんじゃねぇか!?

 だが、今はそんなことより…………


「おいっ!逃げるな!!」
「捕まるかよ!」


 回れ右して、お巡りから逆方向へ逃げ出す!

 糞がっ!

 最後意味解んねぇこと言ってたと思ったら、こういうことだったのか!

 それでも、体を治して貰ったお陰で逃げれてるわけであって、その事実に余計腹が立つ。






隠者 隠念2
「あんのチビ!覚えてろよ〜!!!」


 夜の街に、俺の怒声が虚しく木霊した……
 



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 期末試験


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ――数ヶ月前――
「そういや、陰念はどうなったんだろうな?」
 唐突な相棒の質問に、俺はある男へ思いを馳せる……
『陰念』とは、俺や勘九郎と一緒にGS試験に望んだ白龍会の一員だ。
 同い年のはずだが顔中に傷だらけで、目付きもやたら悪く全くそうは見えない。もっと言えば、街中をスーツ姿で歩けば絶対に職務質問でもされそうな、堅気にも見えない男だ。
「さあな……試験から会ってねぇし」
 本当はある程度消息を掴んでるけど、噂の域を出ないんで濁した。
「仲間だったんだろ。気にはならないか?」
「確かに気にはなるさ……でも、何で今更?」
「人間に戻ってりゃ、いいんだがな……」
「……気にしてるのか?」
 実を言うと、試験の時に忠夫は奴と対戦してる。
 その時、魔装術の制御に失敗して魔族化ちまったわけだが、六道家の式神でも数ヶ月治療しないと人間に戻れないって話だった。
 あれから既に半年は過ぎた……ちゃんと人間には戻れてるって話だ。
「まぁ、多少はな……」
「そうか……」
 お前の考えまでは否定しないが、あのチンピラ野郎が暴走したのは奴自身の弱さのせいであって他の誰のせいでもないぜ。
 …………まぁ、このまま放っとくのも何か哀れだとは思ってる……
   ◆◆◆
 ある晴れた朝、俺は目を覚ました。
 工場での仕事はいつも同じで、正直言ってムカつく……とまでは言わないが、楽しいとも全く思わない。
 パジャマ代わりのジャージに詰め込んだ身体を無理やり起こして、ガス欠寸前の心でシャワーを浴びる。
 こんな朝を何度も繰り返してきたと思う度に気持ちが滅入る。
    ◇◇◇
 工場に着くと、機械の轟音が耳障りだ。
 ただ、周りの連中が汗水流しながら働いているのを見ると俺もやらなきゃと言う気持ちにはなるし、自分のしていることは決して下らない事なんじゃないとも思う。
 だが、それでも俺はライン作業でマンネリ化してる毎日に我慢が出来ない。
 ボトルを組み立てるだけの単純な仕事………流れる時間は、まるで時が止まったかのように感じる。
 休憩中、俺は仲間たちと一緒にタバコを吸いながらボソッと愚痴をこぼす。「こうして一生終わるのかな?マジでつまんねぇよな」俺の言葉に仲間たちも同意してはくれるが、それで結局は何かが変わることはない。
 ここを支配するのは、惰性と諦めの空気だけだ………
    ◇◇◇
 午後の作業に戻ると、俺は再び機械の前に立つ。
 でも、頭の中は仕事とは別のことを考えていた。今のまじゃ何も変わらない。
 俺はこの工場の外に出て、もっと自由になりたい。
 だが、何をする……?
 自慢じゃないが、俺には学もコネもない。唯一の取り柄だった “霊能” の道も、ある事情から閉ざされちまった。
 何か他にしたいことがあるなら、まだ救いがあるがそれもない。
 この職場だって、何社も面接落ちた上に昔の仲間のよしみで何とか入り込んだようなもんだ。
 辞めるのは簡単だが、そうなったら本当に露頭に迷って、生きることすら出来なくなるかもしれない。
 結局、不満を持ちながらも何も出来ないことを再確認して絶望する。
 そんな鬱屈した毎日…………
「お疲れ〜」
「お疲れっす……」
 夜の6時過ぎになって退社する。
 今日は少し、早く終わった。何となく心は踊るが、する事はなにも変わらない。帰って飯を食って寝るだけ。
 生活もギリギリなんで、外食しようとする気にもならない。
 そのまま、真っ直ぐ帰ろうとした時だった………
「陰念!」
「!?」
 後から声を掛けられた。
 その名で呼ばれたのは久しぶりだ。『陰念』と言う名は、一種の渾名のようなもんで霊能関係者以外には使わない。しかも、この声は聞き覚えがある。
 恐る恐る振り向くと、そこには見知った男が居た。
「久しぶりだな」
「雪之丞……」
 何ヶ月振りだろうか?
 久々に見る奴は、俺の知ってる頃より明らかに大きくなっているように見えた。
 見た目は全く変わってない。相変わらずチビなのに奴の発する雰囲気に思わず圧倒される。
 …………情けねぇ……自信に満ち溢れている、こいつを見ると目標も無く毎日ただ燻ってる自分が酷く惨めに感じる。
「何の用だ?落ちぶれた俺を笑いに来たのか?」
 後になって思えば、何の捻りもない嫉妬感丸出しの糞台詞を吐いた自分をぶっ飛ばしたかった………人は、卑屈になると大体同じことしか言えなくなるんだろうか?
「はっ!んな暇に見えるか?」
 そう言って、奴はニヤリと笑う。
 こういう挑戦的な所も変わらずか…………まぁ、ところ構わず喧嘩吹っ掛けて、最後に自滅した俺よりは何百倍もマシなんだろうがな。
「お前の様子を見に来たんだよ、飯でも食いながら話さねぇか?奢るぜ」
 …………奢るか。
 万年金欠で食い物に意地汚い、こいつからそんな言葉を聞く日が来るなんてな。
 だが、見くびるなよ。例え、落ちぶれてもお前の施しを受ける俺じゃねえ!!
    ◇◇◇
「……自棄食いでもしてんのか?」
「うっせぇ!!食わずにやってられっか!」
 呆れ顔の雪之丞に、捨て腐れ気味に返す。
 あれから2人で吉家田に入って、俺は雪之丞の遥かに上回るハイペースで丼ぶりを搔き込んでる。ちなみに、これで3杯目だ。
 …………他人の施しなんか受けたかないが、それ以上にこの鬱屈した感情の捌け口が必要だった。
 決して、こんな機会滅多にないから食い溜めしてやろうとか、こいつの財布に少しダメージを……なんて馬鹿なことは考えてない。決して…………
 そんな俺に文句の一言でも言ってくるかと思ったが、一足先に食い終えた雪之丞は、俺をただ|まじまじ《・・・・》と見つめてる……
「んだよ……?」
 気持ちわりぃな……お前は俺と違ってイケメン(眼つきはともかく……)な部類だろうが、野郎に見つめられたって嬉しくもなんともねぇぞ。
「普通に人間に戻ったんだな……」
「チッ……その話かよ」
 折角飯食って、ちょっとだけいい気分に成りかけてたってのに……
「その話以外、どこに興味を持てってんだよ?」
 そいつは、悪かったな……!
「見ての通り、完全に人間に戻ったよ!身体は何ともないし、いきなり意識が飛ぶこともない!だから、こうしてシャバに出て来れてる」
 やや、乱暴に器を置きながら答える。
 どうせ、こいつが聞きたがってるのは “それ” だと解っちゃいたが、思い出したくもない記憶なんで、自分からは言いたくはなかった。
   ◆◆◆
「陰念、魔装術を解け!手遅れになるぞ!!」
 “こ、これは……陰念選手の様子がおかしい!?”
「グゥワァァアアアーーーーーー!!!!」
   ◆◆◆
 GS試験時、魔装術の制御に失敗した俺は人としての意識を手放し、完全な魔族となった……
 その間のことは覚えてない…………ただ、ひたすら苦しかった気がする。
 再び意識を取り戻したのは、数ヶ月後。手足を完全に拘束されたベッドの上でだ。
 そして、その間に状況は天と地ほど変わっていた。勿論悪い風に……やっと運が向いてきたと思った矢先、奈落の底に突き落とされた…………もぅ、這い上がるなんて不可能だ。
「治療が終わってからも、異常がないか一月以上身体を厳重に調べられた……その間、ずっとベッドに固定されて自由なんて全くねぇ。患者と言うより、ただのモルモットだったぜ」
「上等だな……」
「ああ、上等だよ!お前と違ってな……」
「ふんっ……」
 シャバに戻った後、勘九郎は死んだが、こいつはGSのブラックリストから外されて特例で免許を取れたことを風の噂で聞いた。
 信じられなくて更に調べると、香港であのメドゥーサの邪魔をした功績だったと知ると、もう言葉が出なかった。
 一体、俺達3人の中でこいつだけ何が違うってんだ!!?
 元は3人とも、あの魔族に唆された者同士だったのに……
 そして、信じられないのはそれだけじゃなかった
「『伊達除霊事務所』って何だよ?お前が、所長って訳じゃねぇんだろ?」
 免許を取ったって、暫く誰かの下に居なきゃ独立なんて出来ねぇはずだ。
「『伊達』なんだから俺しかいねぇだろ、小竜姫が…………小竜姫ってのは、妙神山に括られてる神で___」
    ◇◇◇
「…………じゃあ何か?お前は特例でブラックリストから外されただけじゃなく、その “小竜姫” って武神の口利きで独立する権利まで貰えたってことか!いいご身分だな!?俺が、こんな底辺で喘いでるっていうのに!」
 畜生……何でこいつばかり…………
「バ〜カ!底辺にいるのは、人の忠告も聞かず魔族化したお前のせいだろうが。聞いてるぞ、そのせいで裏でも門前払いされてるそうだな」
「ぐっ……」
 ………………その通りだ。
 免許を剥奪されてブラックリスト入りした俺は、当初モグリで生計を立てようと思った。
 流石に魔族術を使おうとは思わなかったが、それでも俺には人並み以上の霊力はある。並のGSと同じくらいのことなら簡単に出来た。裏ならいくらでも活動出来るだろう、なんてタカをくくってた。
 だが、現実はそこまで甘く無かった……
 “術の制御に失敗して、魔族化した大馬鹿野郎” ………そんな|レッテル《・・・・》を貼られて、有名になった俺に誰も仕事なんて頼もうとしなかった。
 こいつの言う通り、何処に行っても門前払い…………裏に行っても、俺の場所なんてどこにも無かったんだ。 
「それに “俺達” だって、そんな恵まれてるわけでもない。確かに上手い具合に独立出来たかもしれないが、命懸けの結果だぞ!それに、前科持ちってことで依頼なんて殆ど来ねぇよ……誰もやりたがらねぇ、安い仕事をチマチマやってるだけだ…………まぁ、それなりに楽しくやってはいるけどな」
 ピクッ……不自然に顔の筋肉が歪む。
 何やら色々喋ってくれたが、始めの “俺達” と言う言葉だけが俺の頭に引っ掛かって仕方ない。
 さっきから、ずっと聞きたかったけど、聞きたくなかったこと……こいつの現状を知っただけで既に一杯一杯なんだが、ここまで来たから確認するしかねぇじゃねぇか!
「雪之丞……お前、事務所2人でやってんだろ?もう1人って…………?」
 本当は、それも噂である程度知ってる……ただ、頭と言うか心のどこかで違って欲しいとかなり期待してた。
 だが、そんな期待なんて物はいつだって裏切られるもの……俺の心情なんて無視するように雪之丞は淡々と答える。
「横島忠夫……お前が、試験でやりあった男だよ」
 ……………ふざけんなっっ!!!
 ゴンッ!!
 力任せにテーブルを叩く!!周囲の客が一斉にこっちを向くが、もう目に入っちゃ居なかった!
 久々に|キレ《・・》た気がする…………
 本来喧嘩っ早くて抑えの効かない俺だが、病院で目覚めて以来、ずっと塞ぎ込んで感情を自分の中に押し留めていた。それが、ここに来て一気に爆発した感じだ。
「テメェ!!どういうつもりだ!!?何が楽しくて、あんな野郎と組んでんだよ?大体、奴は美神令子の弟子だろ!!」
 一気に捲し立てる!
 頭に血が登って、肩で激しく呼吸する。動悸はさっきから乱れっぱなしだ……
 何故だ……?何故、奴の名前がここで出てくる?
 思い出すだけで、腹が煮えくり返る!
『横島忠夫』………俺がGS試験を受けた時の対戦相手にして、因縁の相手。
 あの時、きっちり奴を “仕留めて” さえいれば俺は魔族化なんかしなくて済んだ。こんな糞みたいな、毎日過ごさずに済んだのに……
 だが、奴は全く意に介さない。
 いつもそうだ!勘九郎といい、こいつといい何時だって俺を見下してやがる!!
「どういうつもり?誰と組もうと俺の勝手だろうが。あいつ以外、俺の背中を任せられる奴なんかいねぇよ。奴は姐さん……美神令子とは、反りが合わずに抜けたんだよ。俺にとっては、渡りに船だったがな」
「…………んなっ!?」
 …………こいつに、そこまで言わせるのか!?
 確かに多少出来る奴とは思ってたけど、それ程の人間なのか?
「随分とあいつを買うじゃねぇか!お前大丈夫か?ちゃんと目見えてるか?」
「現実の見えねぇ、お前よりは見えてるよ」
「なんだと……!!」
「奴は、お前なんかより遥かに強いぞ。なんたって俺と引き分けたんだからな!」
 その話は聞いてた。
 ただ、当時の記録はメドゥーサのドサクサで全部なくなってたし、何かの間違いだと思ってたが、本当だったのか……?
「いい気分しないのは解る……だが、もし奴のせいで魔族化したなんて思ってるなら筋違いだぞ。さっきも言ったが魔族化したのは、お前の弱さだ!誰のせいでもない、いいかげん認めろ」
「………………っ!!」
 黙っている俺へ、雪之丞は更に続ける。
「復讐もおすすめしないぞ。止めはしねぇが、今のお前じゃ瞬殺だ」
「何……!?」
「お前、あれから修行してないだろ?俺も奴も、あれから血反吐吐くような特訓を何年も繰り返してる。当時と同じなんて思わない方がいい」
「………………ろっ……!」
 ……………………畜生、畜生、畜生、畜生!!!
「いきなり来て説教じみたこと言っちまって、悪いとは思ってる。ただ……」
「表出ろって、言ってんだ!!この野郎っ!!!」
 奴の言葉を遮って、乱暴に立ち上がる!!
 頭来る!!どいつも、こいつも人を馬鹿にしやがって!!!
 俺の方が弱い?魔装術が使えねぇ……?もぅ、構うか!!
 全部ブッ壊してやる!!!
「口で言っても無駄か……」
    ◇◇◇
 店を出て、路地裏で対峙する俺達……お互い魔装術はなしの生身の喧嘩。
 そして片方は余裕綽々、片方はフラフラ…………
「もう、終わりか?」
「はぁ、はぁ…………く、糞が……!!」
 身体中が痛ぇ……殴られた箇所が熱をもって、ジンジンと響く。頭までボーっとしてきやがった…………
 何でだ!?何で一発も当たらねぇ??一緒に修行してた頃は、ここまで差なんかなかったのに……
 俺は一発も当てれねぇのに、向こうの突きは簡単にヒットする。しかも、軽く打ってるようにしか見えねぇのに速くて重い……
 距離を取って霊波砲を撃とうにも、そんな隙まるでねぇ……簡単に詰められてボコられる。
 何分やった……?
 殆ど時間なんて経ってねぇ筈なのに1時間以上殴られてる気がする。
 畜生!これが燻ってる奴と、今も走り続けてる奴の差だってのか?
「納得出来ねぇなら、全部出し切れ。後になって、グダグダ言われちゃ堪らねぇからな」
「舐めやがって……!」
 明らかに上から目線のこいつに新たな怒を覚えるが、状況は何も変わらない。いや、殴られる度に悪化してる。
「…………っ……っ」
「何だ……?」
 あ、頭がぼやける……前がよく見えねぇ…………何か口にしてんだが、俺は何を言ってるんだ?
 …………そうだ、魔装術……あれを使ってないからだ。あれを使えば、こんなチビ敵じゃねぇ。
 ああ……なんで気付かなかったんだろ?俺は何を我慢してたんだ、簡単なことじゃねぇか……
「おいっ!?」
 覚悟しろよ〜……雪之丞…………今から、好き放題してくれた礼はキッチリとしてやるよ…………
「チッ!!」
 でも、大丈夫だぁ〜〜……昔の誼で命くらい助けてやるよ〜そした、俺の舎弟にでもして…………
 グボォラァ!!
「ぐぇっ…………!!」
「寝言は寝て言え……いや、お前立ったまま寝て___」
 ………………奴の言葉を聞き終わる前に、俺は闇に沈んだ。
    ◇◇◇
 目を開けると、薄暗い夜空と所々に剥がれかけた広告や朽ち果てた屋外看板が見えた。星も一応見えるが、都会のネオンの方が強くて、なんだか弱々しい。
 周りの空気は煙草の吸い殻やゴミの散乱に囲まれた上に、それぞれの臭いが混ざりあってとんでもなく臭い……
 背中に冷たくて、硬いアスファルトの感触を感じる。どうやら、寝てたようだ…………何で?
「起きたか?」
「!?」
 傍らから声がして、首だか動かすとビルの背に寄り掛かって座る雪之丞が居た。
 そうだった、俺達は喧嘩の最中__
「つぅ……!!」
「急に動くな、体に響く」
 ……体を起こそうとした瞬間に走る全身の痛み。暫く声も出せなかった。それでも、ゆっくり上体を起こすと奴に問いかけた。
「………どのくらい寝てた?」
「1時間チョイだな。これ以上長引くなら帰ろうかと思ったぜ、飲むか?」
 そんな軽口を叩きながら烏龍茶の缶を1本差し出してきた。店を出た時は持ってなかったな。俺が寝てる間に買ってきたのか?
 一瞬自分の中で考えこんだが、馬鹿らしくなって素直に缶を受け取ると中身を一気に飲む。
 正直言って緊張やら、何やらで喉がカラカラだった。苦味の強い液体だが、喉を通る感覚が今は心地良い。
「なんで俺は、寝てたんだ?」
 喉が潤ったところで、段々と落ち着いてくる。それを皮切りに再び雪之丞に聞いてみると、今度は予想外な答えが返ってくる。
「覚えてないのか?お前、魔装術使おうとしたんだよ!」
「はあっ!?」
 どういうことだ?魔族化して以来、アレは一度も使ってない…………いや、何となく思い出してきた。
「あんな意識朦朧の状態で使ってみろ?制御に失敗して、魔族一直線だぞ」
「……………………」
 …………そうだった。
 こいつに手も足も出ないと思った俺はあの時、魔装術に頼ろうとしたんだ。
 自分をこんな体たらくにまで追い込んだ、あの忌まわしき技を……
「今度なったら、もう人間に戻れる保証なんかねぇ……魔族として倒されるだけだ。お前だって__」
「倒されちまえば、良かったかもな……」
 もぅ、なんか全部どうでも良くなってきた……
「ああっ?」
「だから倒されちまえば良かったって、言ったんだよ!!」
 そう言って、力任せに缶をアスファルトに叩きつける!
 カーンと小気味の良い音が響いたが、俺の耳には入らなかった。
「どうしろってんだよ?お前と違って、俺は表でも裏でも霊能者としてやってけねぇ!おまけにこの顔だ!!普通に働くことも、ままならねぇ……こんな俺に、どうやって生きてけって言うんだよ?」
「死にたいのか?」
「生きてたって面白くねぇんだ!死んだ方がマシだろ!!」
「じゃあ死ね」
 えっ……と思う間も無かった。
 座ったまま奴が右手を俺に向けた瞬感、俺の顔のすぐ横を強烈な霊波が通過!そして……
 ドゴォンッ!!
 後ろの壁が派手に吹っ飛ぶ……見なくても解る。多分、デケェ穴でも空いてんだろう。
 耳が霊気が生んだ熱波によって、ヒリついてやがる。あと20cm右にズレてたら、俺の顔なんて無くなってた…………
「何呆けてんだ?死んだって良かったんだろ?」
「テメェ……」
「それと、お前がどうしたらいいかなんて、俺に解るわけねぇだろ?お前の人生だ」
「……………………」
 身も蓋もねぇな……
「ただ、お前の境遇に思うことはある。出来ることがあるなら言えよ。相談くらいなら乗るぜ」
 そう言って、また何かを投げた。それを咄嗟に右手で掴む。
「『治』……?」
 ビー玉大の小さな球。
 茶色のつるりとした表面には、さっき呟いた『治』の文字が刻まれてる。
 なんだ、こりゃ……?
 そう思った同時に球が光って霧散した………いや、違う。光が俺の体を覆いながら、流れ込んでくる!
 これは…………霊気の力だ。なんだか良く解らねぇが、凄く気持ち良い。
 そんな時間が数秒経った…………そして……
「か、体が!?」
 治ってる!?
 全身打撲で、痛みと熱に支配されてた体が何事もなかったかのように元に戻った。
 いくら体を動かしても、殴られた箇所を弄っても全く傷まない……
「文珠……俺の相棒の力だ。さっきの球で、色々なことが出来る」
「モンジュ…………?」
 色々出来るって、一体何なんだ?
 さっきのデタラメの強さと言い、この球(もう無い)と言い、こいつら一体何なんだよ?
「体が問題ないようなら、もう行くぜ。何回も言うけど、今日はお前の様子を見に来ただけだ。もし、用があるなら俺の事務所に来い。お前なら1、人でも平気だろ。あと早く逃げろ」
 言いたいことだけ言うと、俺の返事も待たずに行っちまった。
「何なんだよ?本当に……」
 奴が行った後も、路地裏に座り込んだまま物思いにふける。一片に色々起こりすぎて、全く整理がつかねぇ………
 ただ、なんだかスッキリした気はする。好き放題言われて、好き放題殴られただけなのにな…………
「…………このままじゃ、終われねぇ……」
 自分の内から、自然と言葉が出る。そして、叫ぶ!
「このままじゃ、終わらねぇからなっ!!雪之丞っっ!!!」
 誰も居ない路地裏に響き渡る俺の叫び声。誰に届かなくてもいい。これは、俺の宣言だ!!
 グダグダ悩むなんて止めだ。馬鹿らしい。そもそも、馬鹿な俺が頭なんか使ったって何にもならねぇ。
 俺は、これから|したい《・・・》ようにする!!|やりたい《・・・・》ようにしてやるからなっ!!!
「おいっ、居たぞ!あいつだ!」
「……えっ?」
 突如、俺の前に現れる2人のスーツ姿の男達……つていうか警察?
「さっきの爆音は、お前の仕業だな!?」
 爆音……?そうか!
 咄嗟に右を向くとそこには雪之丞がさっき開けた大穴が見えた。ってかデケェ穴だな、本当にあいつ殺す気だったんじゃねぇか!?
 だが、今はそんなことより…………
「おいっ!逃げるな!!」
「捕まるかよ!」
 回れ右して、お巡りから逆方向へ逃げ出す!
 糞がっ!
 最後意味解んねぇこと言ってたと思ったら、こういうことだったのか!
 それでも、体を治して貰ったお陰で逃げれてるわけであって、その事実に余計腹が立つ。
「あんのチビ!覚えてろよ〜!!!」
 夜の街に、俺の怒声が虚しく木霊した……