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対決(刺客編)

ー/ー




 古びた神社の敷地内で、お互いこしを落として構え合う。その距離約5〜6m……


「フッ」


 先に動いたのは氷雅だった……軽やかな足取りで一気に距離を詰めると、その勢いのまま抜剣する!

 右手の一閃とともに、迅速な白刃が俺を襲う!


 ギィン!


 でも、俺はそれを霊手で難なく受け止める。
 

 速い、確かに速い………多分、幼少の頃から鍛錬を積み重ねて来たんだろう。決して弱くはない。

 だが、武神様の神速剣を何度も見た後(最近『ちんちくりん』発言のせいで殺され掛かってる……)だと緩く見えて仕方ない。

 それに加えて、氷雅には “致命的” な欠点がある……


「くっ……」


 渾身の初撃を受け止められた奴は、即座にバックステップで距離を取り仕切り直しに入る。

 抜刀術とは本来、相手に距離感を測らせる前に斬るための技術……故に初撃で決められなかった時点で威力は半減だな。

 
 初撃で決められなかったことで、今度は居合ではなく中段の構え(剣道でよく見られる構え)になり再び相対する。


「はっ!」


 そして、さっきと同じように瞬時に距離を詰めると袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟、刺突……様々な角度から色んな技を繰り出してくる。

 構えだした時にも思ったが、こいつの動きは本当に無駄が無い。一つ一つが洗練されていて一種の舞………剣舞と呼べばいいのか?とにかく、芸術と言っても良いほどの美しさがある。

 単純な一撃の速さや、重さなら雪之丞の足元にも及ばないだろう。だげど、氷雅の攻撃には隙がない。

 どんな攻撃をするにも必ず “起こり” ……初期動作が必要になるが、氷雅のそれは極めて小さい。加えて、動き出してからほぼ同時にトップスピードに乗せてくるから見切るのが極めて困難(それでも武神様と比べると緩い)だ。

 ただ、それでも俺は氷雅の攻撃を防ぐ、躱す、いなす…………奴の攻撃は俺には届かず、幾度繰り返した所でそれは変わらない。
 

 正直に言う、全て見切ってるわけじゃない。

 見切ってはいないが、監視されても時も感じたようにこいつの殺意は “だだ漏れ” 状態だ。

 何が言いたいかと言うと、動作を起こす前に何をしてくるか “丸わかり” なんだよな……


 少し話は変わるが、俺の霊感は大して強くない。

 何度も言ってる……ただ、パーソナルスペースに限定すればそれなりに働く。

 相手の殺意、悪意、攻撃する意思…………それらが実行されるコンマ何秒か前に “はっきり” と感じ取れるんだ。特に氷雅のように精神の乱れた奴はなおさら……

 だから、全く見切ることの出来ない武神様の攻撃も、勘だけで何とか躱すことが出来る。

 これは、元来臆病な気質の俺だから持ち得た特殊能力なのかもしれない…………自分の気質を熟知してるからこそ、この能力に関しては信頼してる。
 

 …………長くなったが、始めに氷雅に “欠点” があると言ったのは、この辺の理由が大きい。

 他の奴なら、そこまで問題にもならなかった気はする(まぁ、達人クラスになれば多少なりとも俺と同じような感は働くだようから、やはり欠点にはなるか)……

 だが本来、氷雅の技は死角や虚を突いて相手の “認識の外” から攻撃するもの。

 平常心……もっと言えば無心になって繰り出すことで威力を発揮する。
 雪之丞のように闘志を全面に出すような戦闘スタイルなら、それでもいいだろうが少なくとも氷雅がやるものじゃない。

 この辺にも、奴の精神面の不安定さが諸に出てる…………


 案の定と言ってはなんだが、十数合も打ち合うと早くも技に綻びが出て来た。攻撃が全く当たらない焦りも、それに拍車を掛けてんだろうな……こうなってくると、もう視覚でも普通に捉えられる。


「はぁ〜〜!!」
「フッ!」


 俺は、やや大振りになった氷雅の左袈裟を右に体を倒すようにして躱す。

 そして、左脚を上げると刀を振り下ろしてがら空きになった氷雅の腹にサイドキックをかましてやった!


「グッ……!」


 やや近い距離から相手を突き放すようにして放った蹴りだが、上手く入ったらしい。数メートル吹き飛んで、背中から倒れる。


「ふぅっ、ふぅっ〜……」

 
 即座に刀を杖代わりにして起き上がるが、その表情には疲労と焦りがはっきりと見える。ダメージより、精神的に追い詰められてる感じだ。


「話しになりませんね、油断しなきゃ負けないんじゃなかったんですか?」
「うるさい……!私が……お前…………お前なんかに………………」


 …………参ったな。少し可哀想になってきた。でも、これは伝えなきゃいけないしな……
 
 
「あなたは私に騙されたのが気に入らないようですが、それは…………騙された方が悪いんじゃないんですか?」
 

 そう告げてやると、奴の中の怒気が更に膨れ上がる。
 
 
「開き直る気……?本当に最低な男!自分のしたことを恥ずかしいとは感じないのですか!?」
「使える物は何でも使う。それが戦いでしょう?私より忍びである、あなたの方がよくご存知だと思うんですがね?」

「っ…………!?」

  

 そう答えると、今度は怒りの中に若干の戸惑いや、困惑めいた感情が浮かび上がってくる。本人にも思うことがあんだろう……そして、俺は更に続ける。
 
 

「私に復讐を誓う……それも、いいでしょう。だけど、その前にあなたは奸計(・・)に嵌った自分の甘さに目を向けなければ “いけなかった” 。そんな自分から目を背けて、ひたすら相手に当たり散らす…………まるで、子供ですね」
「くっ………………」


 怒りから一転、今度は屈辱と羞恥に顔を歪める女忍者……… “くノ一” か…………そして、悔しそうに唇を噛むとそのまま俯向いて黙りこくっちまった。


 それから数秒後…………


「…………にが解るの……?」


 …………?


「あなたに何が解るっていうのよっ!!!!」



 言葉と同時に上げた顔にあったのは怒りでも、屈辱でもない…………ただの自棄っぱちに開き直った女の表情があった。

 それが再び刀を振り上げて、襲い掛かかろうとする…………


 ただの激情と力に任せた、その動きには洗練さも美しさもなかった……言うなれば子供のチャンバラと同じ…………

 殆どグラついていた不安定な精神の中でも、何とか保たれてた体裁が今ので完全に崩れちまったらしい。


「シッ!」


 氷雅が顔を上げる頃には、俺は既に霊手を引っ込めていた。

 代わりに生成していた霊盾を、今度は腕を振り上げて同じようにガラ空きになっていた腹に投擲する。


 ヴォンッ!


「ぐほっ!!」


 作った霊盾は本当に小さい物………弾ける瞬間に軽い霊気の爆発音がしたが、それと裏腹に氷雅は派手に叫んで、そのまま後ろ向きに数回転がった後、うつ伏せに倒れた状態でやっと止まった……

 いくら諸に喰らったとしても、身体に霊気を循環させてれば、こうはならなかったろう…………激昂して集中を乱したせいで、それすら不十分になっちまったようだ。


 
 …………氷雅は倒れたまま動かない。刀はさっき吹き飛んだと同時に手から離れて、奴の数メートル先……俺と奴の間に転がってる。


 どうするか……?

 奴は忍だ……丸腰になっても、どんな手段を隠してるか解らない。油断なんて到底出来ない状況なんだが、一方で既に勝負が着いたように認識してる自分がいる。


 “まだ、続けますか?”……そう問おうと口を開きかけた時だった……


「…………てたわ……」


 倒れたまま、氷雅が声を上げた…………酷く弱々しかったが、始めに見せていたような危なさやトゲトゲしさは無く、寧ろ一番落ち着いてるようにさえ感じた。

 顔を下げたまま氷雅は続ける……


「……解っていましたわ…………負けたのは、あなたの考えを見抜けなかった自分のせい、それをあなたに言うのが筋違いと言うことも……!」
「………………」

「…………それでも……あなたには解らないでしょうが忍として生まれ、育てられた私には鍛え、磨き抜いた “技” が全てだった……!」
「………………」

「でも、あなたに破られてしまいましたわ……とても、簡単に…………許せなかった、認められなかった……自分の積み上げて来たものが、 “私自身” が全て崩れてしまったようでした……」
「…………………」

「あなたに負けたあとの私は、何をしても虚しかった…………心に大きな穴が空いて、全く塞がることがありませんでした……そんな時、偶然あなたを街で見掛けた……」
「それで、失った自分を取り戻そうと……?」


 俺がそう返すと初めて氷雅は顔を上げた。表情は沈んでいて殆ど泣きそうだったが、声と同様にどこか憑き物が落ちてすっきりしてるようにも見えた……こっちが、本来の彼女か?


「その通りですわ……あの時は、何かの間違い。もう一度やり合えば普通に勝てる…………そんな都合の良いことを考えてました。でも、結果はご覧の通り……結局、私は自惚れていただけのようでしたね……」

  

 そして、濁りが消えた目を俺に真っすぐ向けてくる。


「…………完敗ですわ……どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さいな」


 ………………やれやれ……


「…………負けた人間に、指図される筋合いはありませんね」

 

 俺はそう言って、奴に背を向ける……もう、大丈夫だと思う。


 そうして、投げ捨てていた鞄とコートを拾い上げる。去り際に横目で氷雅を見たが……奴はまだ、こっちを見ていた。



「…………………………」



 なんだかなぁ…………

 どうにも、スッキリしなかったんで奴の方は見ないまま口を開く。


「あなたの剣……とても綺麗でした」
「…………!?」

「あんな美しく、流れるような剣、私は見たことがない……」

 
 剣なんて、殆ど見たことないけどな……


「いや、剣だけじゃない。動作、立ち振舞、どれをとっても綺麗で美しかった。あなたが自棄なんて起こさず、自分の剣を信じていたら…………勝負なんて、どう転んだか解りませんよ……それじゃ」
「……………………」

 

 言うだけ、言って立ち去る。

 氷雅が、どんな顔をしてるかは解らない……慰めたわけじゃないからな。
 
 実際、奴の剣は凄いと思った(他の剣なんて知らんけど……)。

 それに剣以外の技のレパートリーなんかを入れれば俺なんかと比べ物にならないくらいあるだろう…………

 全てを駆使して、翻弄するような真似をされたら……本気で逃げるしかなかったかもしれない。





    ◇◇◇


 アパートに戻る頃には7時くらいになってた。

 当たり前だけど、もう真っ暗だ。階段を上がりながら、晩飯どうしようかなんて考えてたら扉の開く音が響いた。

 

「横島さん!」
「小鳩ちゃん……!?」


 扉を開いて、小鳩ちゃんが駆け寄ってきた。階段を上がる音で気づいたのか(ボロいからよく響く)?

 今は制服じゃなくて、部屋着だ。白のパーカーにベージュのキュロット………制服以外のこの娘を見るのは、かなり新鮮だな。







対決 小鳩
「良かった……心配しましたよ」


 心配かけちまったか。

 まぁ、そうだよな…………氷雅の剣幕を見りゃ、絶対普通じゃねぇのは誰でも解るし。


「ごめん、ごめん……でも、何も無かったから……」
「斬れてる……」
「えっ!?」


 言われて確認すると、学ランの腹の部分が綺麗に斬れてた…………勿論、腹までは斬れてない。多分、攻防の最中に着いたんだろうけが気付かなかったな。


 
 その後、慌てた小鳩ちゃんを宥めるのに小一時間要したのは、また別の話だ…………

 


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 古びた神社の敷地内で、お互いこしを落として構え合う。その距離約5〜6m……
「フッ」
 先に動いたのは氷雅だった……軽やかな足取りで一気に距離を詰めると、その勢いのまま抜剣する!
 右手の一閃とともに、迅速な白刃が俺を襲う!
 ギィン!
 でも、俺はそれを霊手で難なく受け止める。
 速い、確かに速い………多分、幼少の頃から鍛錬を積み重ねて来たんだろう。決して弱くはない。
 だが、武神様の神速剣を何度も見た後(最近『ちんちくりん』発言のせいで殺され掛かってる……)だと緩く見えて仕方ない。
 それに加えて、氷雅には “致命的” な欠点がある……
「くっ……」
 渾身の初撃を受け止められた奴は、即座にバックステップで距離を取り仕切り直しに入る。
 抜刀術とは本来、相手に距離感を測らせる前に斬るための技術……故に初撃で決められなかった時点で威力は半減だな。
 初撃で決められなかったことで、今度は居合ではなく中段の構え(剣道でよく見られる構え)になり再び相対する。
「はっ!」
 そして、さっきと同じように瞬時に距離を詰めると袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟、刺突……様々な角度から色んな技を繰り出してくる。
 構えだした時にも思ったが、こいつの動きは本当に無駄が無い。一つ一つが洗練されていて一種の舞………剣舞と呼べばいいのか?とにかく、芸術と言っても良いほどの美しさがある。
 単純な一撃の速さや、重さなら雪之丞の足元にも及ばないだろう。だげど、氷雅の攻撃には隙がない。
 どんな攻撃をするにも必ず “起こり” ……初期動作が必要になるが、氷雅のそれは極めて小さい。加えて、動き出してからほぼ同時にトップスピードに乗せてくるから見切るのが極めて困難(それでも武神様と比べると緩い)だ。
 ただ、それでも俺は氷雅の攻撃を防ぐ、躱す、いなす…………奴の攻撃は俺には届かず、幾度繰り返した所でそれは変わらない。
 正直に言う、全て見切ってるわけじゃない。
 見切ってはいないが、監視されても時も感じたようにこいつの殺意は “だだ漏れ” 状態だ。
 何が言いたいかと言うと、動作を起こす前に何をしてくるか “丸わかり” なんだよな……
 少し話は変わるが、俺の霊感は大して強くない。
 何度も言ってる……ただ、パーソナルスペースに限定すればそれなりに働く。
 相手の殺意、悪意、攻撃する意思…………それらが実行されるコンマ何秒か前に “はっきり” と感じ取れるんだ。特に氷雅のように精神の乱れた奴はなおさら……
 だから、全く見切ることの出来ない武神様の攻撃も、勘だけで何とか躱すことが出来る。
 これは、元来臆病な気質の俺だから持ち得た特殊能力なのかもしれない…………自分の気質を熟知してるからこそ、この能力に関しては信頼してる。
 …………長くなったが、始めに氷雅に “欠点” があると言ったのは、この辺の理由が大きい。
 他の奴なら、そこまで問題にもならなかった気はする(まぁ、達人クラスになれば多少なりとも俺と同じような感は働くだようから、やはり欠点にはなるか)……
 だが本来、氷雅の技は死角や虚を突いて相手の “認識の外” から攻撃するもの。
 平常心……もっと言えば無心になって繰り出すことで威力を発揮する。
 雪之丞のように闘志を全面に出すような戦闘スタイルなら、それでもいいだろうが少なくとも氷雅がやるものじゃない。
 この辺にも、奴の精神面の不安定さが諸に出てる…………
 案の定と言ってはなんだが、十数合も打ち合うと早くも技に綻びが出て来た。攻撃が全く当たらない焦りも、それに拍車を掛けてんだろうな……こうなってくると、もう視覚でも普通に捉えられる。
「はぁ〜〜!!」
「フッ!」
 俺は、やや大振りになった氷雅の左袈裟を右に体を倒すようにして躱す。
 そして、左脚を上げると刀を振り下ろしてがら空きになった氷雅の腹にサイドキックをかましてやった!
「グッ……!」
 やや近い距離から相手を突き放すようにして放った蹴りだが、上手く入ったらしい。数メートル吹き飛んで、背中から倒れる。
「ふぅっ、ふぅっ〜……」
 即座に刀を杖代わりにして起き上がるが、その表情には疲労と焦りがはっきりと見える。ダメージより、精神的に追い詰められてる感じだ。
「話しになりませんね、油断しなきゃ負けないんじゃなかったんですか?」
「うるさい……!私が……お前…………お前なんかに………………」
 …………参ったな。少し可哀想になってきた。でも、これは伝えなきゃいけないしな……
「あなたは私に騙されたのが気に入らないようですが、それは…………騙された方が悪いんじゃないんですか?」
 そう告げてやると、奴の中の怒気が更に膨れ上がる。
「開き直る気……?本当に最低な男!自分のしたことを恥ずかしいとは感じないのですか!?」
「使える物は何でも使う。それが戦いでしょう?私より忍びである、あなたの方がよくご存知だと思うんですがね?」
「っ…………!?」
 そう答えると、今度は怒りの中に若干の戸惑いや、困惑めいた感情が浮かび上がってくる。本人にも思うことがあんだろう……そして、俺は更に続ける。
「私に復讐を誓う……それも、いいでしょう。だけど、その前にあなたは|奸計《・・》に嵌った自分の甘さに目を向けなければ “いけなかった” 。そんな自分から目を背けて、ひたすら相手に当たり散らす…………まるで、子供ですね」
「くっ………………」
 怒りから一転、今度は屈辱と羞恥に顔を歪める女忍者……… “くノ一” か…………そして、悔しそうに唇を噛むとそのまま俯向いて黙りこくっちまった。
 それから数秒後…………
「…………にが解るの……?」
 …………?
「あなたに何が解るっていうのよっ!!!!」
 言葉と同時に上げた顔にあったのは怒りでも、屈辱でもない…………ただの自棄っぱちに開き直った女の表情があった。
 それが再び刀を振り上げて、襲い掛かかろうとする…………
 ただの激情と力に任せた、その動きには洗練さも美しさもなかった……言うなれば子供のチャンバラと同じ…………
 殆どグラついていた不安定な精神の中でも、何とか保たれてた体裁が今ので完全に崩れちまったらしい。
「シッ!」
 氷雅が顔を上げる頃には、俺は既に霊手を引っ込めていた。
 代わりに生成していた霊盾を、今度は腕を振り上げて同じようにガラ空きになっていた腹に投擲する。
 ヴォンッ!
「ぐほっ!!」
 作った霊盾は本当に小さい物………弾ける瞬間に軽い霊気の爆発音がしたが、それと裏腹に氷雅は派手に叫んで、そのまま後ろ向きに数回転がった後、うつ伏せに倒れた状態でやっと止まった……
 いくら諸に喰らったとしても、身体に霊気を循環させてれば、こうはならなかったろう…………激昂して集中を乱したせいで、それすら不十分になっちまったようだ。
 …………氷雅は倒れたまま動かない。刀はさっき吹き飛んだと同時に手から離れて、奴の数メートル先……俺と奴の間に転がってる。
 どうするか……?
 奴は忍だ……丸腰になっても、どんな手段を隠してるか解らない。油断なんて到底出来ない状況なんだが、一方で既に勝負が着いたように認識してる自分がいる。
 “まだ、続けますか?”……そう問おうと口を開きかけた時だった……
「…………てたわ……」
 倒れたまま、氷雅が声を上げた…………酷く弱々しかったが、始めに見せていたような危なさやトゲトゲしさは無く、寧ろ一番落ち着いてるようにさえ感じた。
 顔を下げたまま氷雅は続ける……
「……解っていましたわ…………負けたのは、あなたの考えを見抜けなかった自分のせい、それをあなたに言うのが筋違いと言うことも……!」
「………………」
「…………それでも……あなたには解らないでしょうが忍として生まれ、育てられた私には鍛え、磨き抜いた “技” が全てだった……!」
「………………」
「でも、あなたに破られてしまいましたわ……とても、簡単に…………許せなかった、認められなかった……自分の積み上げて来たものが、 “私自身” が全て崩れてしまったようでした……」
「…………………」
「あなたに負けたあとの私は、何をしても虚しかった…………心に大きな穴が空いて、全く塞がることがありませんでした……そんな時、偶然あなたを街で見掛けた……」
「それで、失った自分を取り戻そうと……?」
 俺がそう返すと初めて氷雅は顔を上げた。表情は沈んでいて殆ど泣きそうだったが、声と同様にどこか憑き物が落ちてすっきりしてるようにも見えた……こっちが、本来の彼女か?
「その通りですわ……あの時は、何かの間違い。もう一度やり合えば普通に勝てる…………そんな都合の良いことを考えてました。でも、結果はご覧の通り……結局、私は自惚れていただけのようでしたね……」
 そして、濁りが消えた目を俺に真っすぐ向けてくる。
「…………完敗ですわ……どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さいな」
 ………………やれやれ……
「…………負けた人間に、指図される筋合いはありませんね」
 俺はそう言って、奴に背を向ける……もう、大丈夫だと思う。
 そうして、投げ捨てていた鞄とコートを拾い上げる。去り際に横目で氷雅を見たが……奴はまだ、こっちを見ていた。
「…………………………」
 なんだかなぁ…………
 どうにも、スッキリしなかったんで奴の方は見ないまま口を開く。
「あなたの剣……とても綺麗でした」
「…………!?」
「あんな美しく、流れるような剣、私は見たことがない……」
 剣なんて、殆ど見たことないけどな……
「いや、剣だけじゃない。動作、立ち振舞、どれをとっても綺麗で美しかった。あなたが自棄なんて起こさず、自分の剣を信じていたら…………勝負なんて、どう転んだか解りませんよ……それじゃ」
「……………………」
 言うだけ、言って立ち去る。
 氷雅が、どんな顔をしてるかは解らない……慰めたわけじゃないからな。
 実際、奴の剣は凄いと思った(他の剣なんて知らんけど……)。
 それに剣以外の技のレパートリーなんかを入れれば俺なんかと比べ物にならないくらいあるだろう…………
 全てを駆使して、翻弄するような真似をされたら……本気で逃げるしかなかったかもしれない。
    ◇◇◇
 アパートに戻る頃には7時くらいになってた。
 当たり前だけど、もう真っ暗だ。階段を上がりながら、晩飯どうしようかなんて考えてたら扉の開く音が響いた。
「横島さん!」
「小鳩ちゃん……!?」
 扉を開いて、小鳩ちゃんが駆け寄ってきた。階段を上がる音で気づいたのか(ボロいからよく響く)?
 今は制服じゃなくて、部屋着だ。白のパーカーにベージュのキュロット………制服以外のこの娘を見るのは、かなり新鮮だな。
「良かった……心配しましたよ」
 心配かけちまったか。
 まぁ、そうだよな…………氷雅の剣幕を見りゃ、絶対普通じゃねぇのは誰でも解るし。
「ごめん、ごめん……でも、何も無かったから……」
「斬れてる……」
「えっ!?」
 言われて確認すると、学ランの腹の部分が綺麗に斬れてた…………勿論、腹までは斬れてない。多分、攻防の最中に着いたんだろうけが気付かなかったな。
 その後、慌てた小鳩ちゃんを宥めるのに小一時間要したのは、また別の話だ…………