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第13話 オレたちの失敗【後編】

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 莉帆(りほ)が亡くなった事故現場には、目撃情報を(つの)る立て看板が設置されていた。だから、まだ目撃者は見つかっていない。

 その安易な思い込みが、真実を闇の中に隠してしまっていたのだ。

 もうひとり、目撃者がいるではないか──。

 確信が闇を切り裂いた。

「莉帆を撥ねた人が通り魔を目撃していますよね?」

 オレは意気込んで訊ねたが、三田村さんと安藤さんの反応はというと期待とは大きく異なるものだった。どういう訳か怪訝(けげん)な表情が色濃く浮かんでいる。

「車を運転していた若者は意識不明の重体で、とても話を聞ける状態じゃないんだ。現在も意識が戻っていない」

「今も……なんですか」

 三田村さんの奥歯に()()が詰まったような物言いに、全身から力が抜けていくのを感じた。

 振り出しに戻ってしまった。事件解決に向けて燃え上がっていた炎が呆気なく鎮火し、伽藍堂(がらんどう)になった胸に落胆が虚しく鳴り響いた。

 そりゃそうだ。

 警察は三年も前から通り魔事件を捜査しているのだから、事故の目撃者や遺留品などから数々の可能性をしらみつぶしに調べてきたはずだった。

 素人のオレと真之助がいくら妄想力を駆使し推理したところで、事件を見事解決できるような奇跡が起こるはずもない。オレたちの推理は捜査の協力ではなく、むしろ混乱を招いているような気さえする。

 ひとり悶々として下唇に前歯をあてたとき、「先生!」と質問するように安藤さんが挙手をした。梅の枝のように腕を真っ直ぐ上へと伸ばした安藤さんは、オレが指名するより早く口を開く。

「逆に聞きたいんだけど。今言った、崎山クンの話も夢の出来事なの?」

「今言った話、ですか?」

「被害者の戸高サンが昨夜、『通り魔の顔を見た』と崎山クンに嘘をついた話。それも夢の話なの?」

 問われてみて、血の気が引いていくのがわかった。

 完全に地雷を踏んだ。

 目だけ動かして真之助に助け舟を求めると、「容疑者は往々にして喋りすぎるものだよ」と他人事のように肩をすくめながらテレビドラマの受け売り言葉を口にする始末だ。守護霊は肝心なときに頼りにならない。

「も、も、も、もちろん夢の話ですよ。他に何があるっていうんですか」

 動揺を隠しきれず、みっともなく声が震えた。安藤さんの視線が絡みつき、身じろぎもできない。これから起こるだろう展開が寒さを引き連れて脳内を駆け巡る。

「夢の中のカノジョがどんな嘘をついたのか、もう一度話してもらえる?」

「オ、オ、オ、オレが莉帆に訊ねたんです。事件について思い出せることはないのか、と。そうしたら、莉帆は『通り魔はおじさんだった』と特徴を話してくれました。パチパチ(まばた)きをしながら。言葉は悪いですけど、その話は捜査を混乱させるために莉帆がでっち上げた嘘だと思います」

 そして、浅間坂に設置された政治家の後援会連絡所看板と莉帆の話したおじさんの特徴が一致することを説明すると、三田村さんと安藤さんは難解な絵画を眺めるような表情をオレに向けた。

「確かに浅間坂には地元出身の代議士、滝尾浩一郎(たきおこういちろう)の看板が長いことあるから、戸高さんが最期の瞬間に滝尾氏のポスターを見たという真君の説も無きにしもあらずだけどさ?」

「崎山クン。夢で見たと言ったけど、おかしいわ。アナタ、どうしてそんなことまで知っているの? 以前、通り魔事件については何も知らないと話していなかった? もしかして、警察に嘘をついたの? 犯人しか知りえない秘密の暴露、つまりアナタが通り魔なのね?」

「んなわけないじゃないですか!」

「本当に? 崎山クンが通り魔であることを否定するのなら、アナタ、被害者の幽霊と会ったことになるのよ?」

「ま、まままままさか」

 今にも鼻が触れ合う距離に安藤さんの顔が迫った。ゾッとするほど何の感情も読み取れない瞳に覗き込まれると、分厚い氷の張った冷たい湖の底に閉じ込められたかのような息苦しさを覚える。

 オレは守護霊が見えます! そして、何が起こったのか、おいねや莉帆まで見えるようになったんですよ!

 と、このまま秘密を暴露した方がいっそのこと楽になるのではないだろうか。

「あの、実を言うと──」

 もう楽になろう。この秘密を誰かと共有したい。

 そんな誘惑に捉われ、全てをカミングアウトしようとしたとき、

(まこと)君をからかうのもいい加減にしなさいよ」

 理性を失う寸前で安藤さんとの距離が離れた。三田村さんが間に入って制止してくれたのだ。

 三田村さんは、どこか腑に落ちない様子で椅子に身を沈めた安藤さんを(いさ)めると、仕切り直してオレに向き直った。

「キミは戸高さんを死に追いやった通り魔の正体はフジであるから、彼女がフジをかばっていると言いたいんだよね」

「……はい」

「言い訳するみたいで、気が進まないけどフジの潔白のためにはっきり言っておくよ。彼女の事故があったとき、フジは以前、世話をした別の少年と会っていたんだよ。つまり、アリバイがある。だから、フジは戸高さんの事故とは無関係だ。そして、通り魔事件ともね」

「アリバイ、があったんですか」

 アリバイ──。

 その響きを噛み締めてみると、落胆とは異なる味が口内に溢れ出した。

「だったら、安心しました」

 舌の上に充満する安堵は疑念で凍えた心身をじわりじわりと温めてゆくようだった。

 (もと)をただせば、真之助が見当違いの推理を始めたせいで藤木さんに疑いを抱いたのであって、オレは気が進まなかったのだ。

「藤木さんを疑ってしまい、ごめんなさい」

 一応頭は下げるけれど、「うちの真之助がご迷惑をおかけしました」の一言が込められているのは言うまでもない。

「わかってもらえればいいよ」三田村さんは満足そうだ。

「真君の情報はフジの足取りを追う参考にさせてもらうよ。早速、戸高さんのお母さんに連絡を取ってみる」

「夢を信じてくれるんですか?」

「世の中には摩訶不思議なことが存在するのも確かだと思うし、何より俺はUFOを信じているからね」

 三田村さんの頬の肉が持ち上がる。一瞬だけ少年のような眩しさを取り戻す笑みだった。

「そういえば、滝尾浩一郎の家って、大昔からこの辺りの有力者だったよね。江戸時代の桜並木藩の頃から。なあ、安藤?」

「そうでしたか?」

「キミは歴史に疎いなぁ」

「三田村サンこそ、どうせその程度の浅学しかないと思いますけど。そんなつまらない話よりも、もうひとつ気になることが」

 安藤さんの視線が真っ直ぐオレに寄こされる。

「さっき話していた友人Aって子のことだけど。この間、覆面パトカーでアナタと黒川聖子センセイを送って行ったとき、センセイに好意を持っていると話していた少年のこと?」

「そうですけど。藤木さんの失踪のことで友人Aに話を聞くんですか? あいつも昨日は藤木さんに会っていたので、必要でしたら、連絡先を教えますけど」

「別に必要ない」

 安藤さんはにべもない。

「黒川センセイはわたしたちと同じ属性だから、友人Aクンには興味がないわ。可哀想ね」

「同じ属性……?」

 オレと真之助、三田村さんは沈黙の中からひとつの答えを見つけ出し、声を上げた。

「「「BL?」」」

 すると、安藤さんは無表情でコクンと頷いた。まだ首振り人形の方が、愛嬌があると思うのはどうしてだろう。
 
「あの人、腐女子なの。疑うんだったら、本人に聞いてみるといいわ。コスプレのイベントにも行っているもの」

「どうして、そんなことを知っているんですか?」

「イベントで会ったことあるから」

 さらりと他人の秘密を暴露する安藤さんは空恐ろしい。


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 |莉帆《りほ》が亡くなった事故現場には、目撃情報を|募《つの》る立て看板が設置されていた。だから、まだ目撃者は見つかっていない。
 その安易な思い込みが、真実を闇の中に隠してしまっていたのだ。
 もうひとり、目撃者がいるではないか──。
 確信が闇を切り裂いた。
「莉帆を撥ねた人が通り魔を目撃していますよね?」
 オレは意気込んで訊ねたが、三田村さんと安藤さんの反応はというと期待とは大きく異なるものだった。どういう訳か|怪訝《けげん》な表情が色濃く浮かんでいる。
「車を運転していた若者は意識不明の重体で、とても話を聞ける状態じゃないんだ。現在も意識が戻っていない」
「今も……なんですか」
 三田村さんの奥歯に|も《・》|の《・》が詰まったような物言いに、全身から力が抜けていくのを感じた。
 振り出しに戻ってしまった。事件解決に向けて燃え上がっていた炎が呆気なく鎮火し、|伽藍堂《がらんどう》になった胸に落胆が虚しく鳴り響いた。
 そりゃそうだ。
 警察は三年も前から通り魔事件を捜査しているのだから、事故の目撃者や遺留品などから数々の可能性をしらみつぶしに調べてきたはずだった。
 素人のオレと真之助がいくら妄想力を駆使し推理したところで、事件を見事解決できるような奇跡が起こるはずもない。オレたちの推理は捜査の協力ではなく、むしろ混乱を招いているような気さえする。
 ひとり悶々として下唇に前歯をあてたとき、「先生!」と質問するように安藤さんが挙手をした。梅の枝のように腕を真っ直ぐ上へと伸ばした安藤さんは、オレが指名するより早く口を開く。
「逆に聞きたいんだけど。今言った、崎山クンの話も夢の出来事なの?」
「今言った話、ですか?」
「被害者の戸高サンが昨夜、『通り魔の顔を見た』と崎山クンに嘘をついた話。それも夢の話なの?」
 問われてみて、血の気が引いていくのがわかった。
 完全に地雷を踏んだ。
 目だけ動かして真之助に助け舟を求めると、「容疑者は往々にして喋りすぎるものだよ」と他人事のように肩をすくめながらテレビドラマの受け売り言葉を口にする始末だ。守護霊は肝心なときに頼りにならない。
「も、も、も、もちろん夢の話ですよ。他に何があるっていうんですか」
 動揺を隠しきれず、みっともなく声が震えた。安藤さんの視線が絡みつき、身じろぎもできない。これから起こるだろう展開が寒さを引き連れて脳内を駆け巡る。
「夢の中のカノジョがどんな嘘をついたのか、もう一度話してもらえる?」
「オ、オ、オ、オレが莉帆に訊ねたんです。事件について思い出せることはないのか、と。そうしたら、莉帆は『通り魔はおじさんだった』と特徴を話してくれました。パチパチ|瞬《まばた》きをしながら。言葉は悪いですけど、その話は捜査を混乱させるために莉帆がでっち上げた嘘だと思います」
 そして、浅間坂に設置された政治家の後援会連絡所看板と莉帆の話したおじさんの特徴が一致することを説明すると、三田村さんと安藤さんは難解な絵画を眺めるような表情をオレに向けた。
「確かに浅間坂には地元出身の代議士、|滝尾浩一郎《たきおこういちろう》の看板が長いことあるから、戸高さんが最期の瞬間に滝尾氏のポスターを見たという真君の説も無きにしもあらずだけどさ?」
「崎山クン。夢で見たと言ったけど、おかしいわ。アナタ、どうしてそんなことまで知っているの? 以前、通り魔事件については何も知らないと話していなかった? もしかして、警察に嘘をついたの? 犯人しか知りえない秘密の暴露、つまりアナタが通り魔なのね?」
「んなわけないじゃないですか!」
「本当に? 崎山クンが通り魔であることを否定するのなら、アナタ、被害者の幽霊と会ったことになるのよ?」
「ま、まままままさか」
 今にも鼻が触れ合う距離に安藤さんの顔が迫った。ゾッとするほど何の感情も読み取れない瞳に覗き込まれると、分厚い氷の張った冷たい湖の底に閉じ込められたかのような息苦しさを覚える。
 オレは守護霊が見えます! そして、何が起こったのか、おいねや莉帆まで見えるようになったんですよ!
 と、このまま秘密を暴露した方がいっそのこと楽になるのではないだろうか。
「あの、実を言うと──」
 もう楽になろう。この秘密を誰かと共有したい。
 そんな誘惑に捉われ、全てをカミングアウトしようとしたとき、
「|真《まこと》君をからかうのもいい加減にしなさいよ」
 理性を失う寸前で安藤さんとの距離が離れた。三田村さんが間に入って制止してくれたのだ。
 三田村さんは、どこか腑に落ちない様子で椅子に身を沈めた安藤さんを|諌《いさ》めると、仕切り直してオレに向き直った。
「キミは戸高さんを死に追いやった通り魔の正体はフジであるから、彼女がフジをかばっていると言いたいんだよね」
「……はい」
「言い訳するみたいで、気が進まないけどフジの潔白のためにはっきり言っておくよ。彼女の事故があったとき、フジは以前、世話をした別の少年と会っていたんだよ。つまり、アリバイがある。だから、フジは戸高さんの事故とは無関係だ。そして、通り魔事件ともね」
「アリバイ、があったんですか」
 アリバイ──。
 その響きを噛み締めてみると、落胆とは異なる味が口内に溢れ出した。
「だったら、安心しました」
 舌の上に充満する安堵は疑念で凍えた心身をじわりじわりと温めてゆくようだった。
 |元《もと》をただせば、真之助が見当違いの推理を始めたせいで藤木さんに疑いを抱いたのであって、オレは気が進まなかったのだ。
「藤木さんを疑ってしまい、ごめんなさい」
 一応頭は下げるけれど、「うちの真之助がご迷惑をおかけしました」の一言が込められているのは言うまでもない。
「わかってもらえればいいよ」三田村さんは満足そうだ。
「真君の情報はフジの足取りを追う参考にさせてもらうよ。早速、戸高さんのお母さんに連絡を取ってみる」
「夢を信じてくれるんですか?」
「世の中には摩訶不思議なことが存在するのも確かだと思うし、何より俺はUFOを信じているからね」
 三田村さんの頬の肉が持ち上がる。一瞬だけ少年のような眩しさを取り戻す笑みだった。
「そういえば、滝尾浩一郎の家って、大昔からこの辺りの有力者だったよね。江戸時代の桜並木藩の頃から。なあ、安藤?」
「そうでしたか?」
「キミは歴史に疎いなぁ」
「三田村サンこそ、どうせその程度の浅学しかないと思いますけど。そんなつまらない話よりも、もうひとつ気になることが」
 安藤さんの視線が真っ直ぐオレに寄こされる。
「さっき話していた友人Aって子のことだけど。この間、覆面パトカーでアナタと黒川聖子センセイを送って行ったとき、センセイに好意を持っていると話していた少年のこと?」
「そうですけど。藤木さんの失踪のことで友人Aに話を聞くんですか? あいつも昨日は藤木さんに会っていたので、必要でしたら、連絡先を教えますけど」
「別に必要ない」
 安藤さんはにべもない。
「黒川センセイはわたしたちと同じ属性だから、友人Aクンには興味がないわ。可哀想ね」
「同じ属性……?」
 オレと真之助、三田村さんは沈黙の中からひとつの答えを見つけ出し、声を上げた。
「「「BL?」」」
 すると、安藤さんは無表情でコクンと頷いた。まだ首振り人形の方が、愛嬌があると思うのはどうしてだろう。
「あの人、腐女子なの。疑うんだったら、本人に聞いてみるといいわ。コスプレのイベントにも行っているもの」
「どうして、そんなことを知っているんですか?」
「イベントで会ったことあるから」
 さらりと他人の秘密を暴露する安藤さんは空恐ろしい。