第58話 立ち込める暗雲
ー/ー
やがて、断末魔が聞こえなくなると、ぽつぽつと雨が降り始める。
「ふぅ……、戻りましょうか」
『御意に』
『聖女様。あれらは捨て置いてよろしいのでしょうか』
すべてが片付き、クロナはアジトに戻ろうとする。
魔物の一匹がちらりと参上の方へと顔を向けて、クロナに意見している。
「いいのですよ。邪神に魅入られ、神への反逆を行ったのですから」
クロナは冷たくさげすむような目で、傭兵団の無残な姿を見下ろしている。
「どうしてもというのなら、あなた方で勝手にすればいいのです。……私は、戻ります」
『承知致しました。では、誠に勝手ではございますが、こやつらを葬らせていただきます』
「物好きな方たちですね。では、戻りますよ」
『はっ!』
スチールアントとイトナ以外のアサシンスパイダーが、傭兵団を地面へと埋め始める。
クロナはその姿にちらりとだけ目をやると、すぐさまブラナが待機しているアジトへと引き揚げていった。
その表情は、とても聖女候補であった十歳の少女とは思えないくらい冷めきったものだった。
一方、その頃。
「ここがあのメイドのアジトだった場所か」
「はい、その通りでございます」
ブラナの以前のアジトへと、バタフィー王子たちが到着していた。
バタフィー王子は剣を振るい、まとわりついていた魔物の血を払っていた。
どうやらここに来るまでの間に、魔物の襲撃を受けていたようだ。だが、十三歳ながらに剣の腕の立つバタフィー王子の敵ではなかったらしく、王国軍の被害はほとんど見られなかった。
「おい、中を確認してこい」
「えっ、私たちですか?」
「そうだ。お前らと同じ傭兵だったというのなら、お前たちの方が適任であろう?」
「い、いや、そうですが……。しかし……」
バタフィー王子の命令に、ディックとビーは戸惑っているようだった。
「なんだ、俺の命令が聞けぬというのか?」
「ひぃ!」
その様子を見て、バタフィー王子は剣を突き付けて脅しをかける。とても十三歳の少年とは思えぬ気迫のために、ディックとビーは思わず震え上がってしまう。
「わ、分かりましたわよ。行けばいいのですね、行けば」
「そうだ。さっさと見て来い!」
「アイアイサーッ!」
バタフィー王子の脅しに屈し、二人は慌てて穴の中へと突撃していく。
その姿を確認したバタフィー王子は、その辺の岩に腰を掛ける。
「あいつらが戻ってくるまでの間、少々休ませてもらうとしよう」
「殿下、魔物の討伐ご苦労さまであります」
「ふん、あの程度の魔物、この俺の敵ではない」
兵士が労いの言葉をかければ、バタフィー王子は当然だと言わんばかりに吐き捨てている。
が、同時に剣を兵士に突きつける。
「だが、お前は何をしていた。俺を守るのがお前らの仕事だろうが。この役立たずどもが」
「も、申し訳、ございません……」
剣とともに罵倒にも似た正論を突きつけられ、兵士は引きつった状態のまま謝るしかなかった。
「もういい。今日はここで野営を張る。周辺の警戒を怠るな!」
「はっ!」
苛立ちを隠せないバタフィー王子ではあったが、ここで戦力と士気を低下させるわけにもいかず、ひとまず周辺の警戒を怠らせないように命令を下していた。
周辺からただならない感じを受け取っているからこそ、バタフィー王子はどうにか自分の気持ちを抑えることができたようだった。
「くそっ……。忌々しいあの魔族めが……」
バタフィー王子はギリッと歯を食いしばっていた。
恨み節をこぼす相手こそが、イクセンの聖女候補であり、バタフィー王子の婚約者候補でもあったクロナだ。
頭から漆黒の長い角を二本生やし、魔族であることをひた隠していたクロナに、バタフィー王子は憎悪を燃やしている。
「必ずこの手でたたっ斬ってくれる。あとわずかな命を、精一杯生きるのだな。くくくく……」
バタフィー王子はとてつもなく黒い笑みを浮かべ、騎士や兵士たちが野営を設営する様子を見守っていた。
しばらくすると、ブラナのアジトの中を確認しに行っていたディックとビーの二人が戻ってくる。
「どうだったかな?」
「もぬけの殻でしたね」
「最近まで生活していた跡はあったので、おそらく先日の襲撃を受けてここを捨てたんでしょう」
「そうか。……では、どこに行ったか分かるか?」
二人の報告を受けて、バタフィー王子は見立てを尋ねている。
「さあ、私どもはさすがにブラナの思考までは分かりませんよ」
「だけど、あれから日数は経ってないんだ。次の拠点を構えるとなれば、そう遠くには行ってないはずだよ。ここから左右のどっちかに、きっと新しい拠点があるはずよ」
「そうか……。ならば、国境とは反対側のあちらという可能性が高いな」
「げっ、そっちですかい?」
ビーの推測を聞いて、バタフィー王子は直感で国境とは反対側の森の奥地を眺めている。
ディックはそっちのことを知っているのか、とても嫌そうな表情を浮かべて驚いている。
「なら、決まりだな。明日、奥地へと向けて出発する」
「わ、分かりましたよう……」
バタフィー王子の決定に逆らえず、ディックとビーはうな垂れてしまっていた。
新しいアジトへと戻るクロナ。
アジトのある方向へと進軍を決めたバタフィー王子。
邪神によって心が歪んでしまった二人が再会する時は近い……。
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やがて、断末魔が聞こえなくなると、ぽつぽつと雨が降り始める。
「ふぅ……、戻りましょうか」
『御意に』
『聖女様。あれらは捨て置いてよろしいのでしょうか』
すべてが片付き、クロナはアジトに戻ろうとする。
魔物の一匹がちらりと参上の方へと顔を向けて、クロナに意見している。
「いいのですよ。邪神に魅入られ、神への反逆を行ったのですから」
クロナは冷たくさげすむような目で、傭兵団の無残な姿を見下ろしている。
「どうしてもというのなら、あなた方で勝手にすればいいのです。……私は、戻ります」
『承知致しました。では、誠に勝手ではございますが、こやつらを葬らせていただきます』
「物好きな方たちですね。では、戻りますよ」
『はっ!』
スチールアントとイトナ以外のアサシンスパイダーが、傭兵団を地面へと埋め始める。
クロナはその姿にちらりとだけ目をやると、すぐさまブラナが待機しているアジトへと引き揚げていった。
その表情は、とても聖女候補であった十歳の少女とは思えないくらい冷めきったものだった。
一方、その頃。
「ここがあのメイドのアジトだった場所か」
「はい、その通りでございます」
ブラナの以前のアジトへと、バタフィー王子たちが到着していた。
バタフィー王子は剣を振るい、まとわりついていた魔物の血を払っていた。
どうやらここに来るまでの間に、魔物の襲撃を受けていたようだ。だが、十三歳ながらに剣の腕の立つバタフィー王子の敵ではなかったらしく、王国軍の被害はほとんど見られなかった。
「おい、中を確認してこい」
「えっ、私たちですか?」
「そうだ。お前らと同じ傭兵だったというのなら、お前たちの方が適任であろう?」
「い、いや、そうですが……。しかし……」
バタフィー王子の命令に、ディックとビーは戸惑っているようだった。
「なんだ、俺の命令が聞けぬというのか?」
「ひぃ!」
その様子を見て、バタフィー王子は剣を突き付けて脅しをかける。とても十三歳の少年とは思えぬ気迫のために、ディックとビーは思わず震え上がってしまう。
「わ、分かりましたわよ。行けばいいのですね、行けば」
「そうだ。さっさと見て来い!」
「アイアイサーッ!」
バタフィー王子の脅しに屈し、二人は慌てて穴の中へと突撃していく。
その姿を確認したバタフィー王子は、その辺の岩に腰を掛ける。
「あいつらが戻ってくるまでの間、少々休ませてもらうとしよう」
「殿下、魔物の討伐ご苦労さまであります」
「ふん、あの程度の魔物、この俺の敵ではない」
兵士が労いの言葉をかければ、バタフィー王子は当然だと言わんばかりに吐き捨てている。
が、同時に剣を兵士に突きつける。
「だが、お前は何をしていた。俺を守るのがお前らの仕事だろうが。この役立たずどもが」
「も、申し訳、ございません……」
剣とともに罵倒にも似た正論を突きつけられ、兵士は引きつった状態のまま謝るしかなかった。
「もういい。今日はここで野営を張る。周辺の警戒を怠るな!」
「はっ!」
苛立ちを隠せないバタフィー王子ではあったが、ここで戦力と士気を低下させるわけにもいかず、ひとまず周辺の警戒を怠らせないように命令を下していた。
周辺からただならない感じを受け取っているからこそ、バタフィー王子はどうにか自分の気持ちを抑えることができたようだった。
「くそっ……。忌々しいあの魔族めが……」
バタフィー王子はギリッと歯を食いしばっていた。
恨み節をこぼす相手こそが、イクセンの聖女候補であり、バタフィー王子の婚約者候補でもあったクロナだ。
頭から漆黒の長い角を二本生やし、魔族であることをひた隠していたクロナに、バタフィー王子は憎悪を燃やしている。
「必ずこの手でたたっ斬ってくれる。あとわずかな命を、精一杯生きるのだな。くくくく……」
バタフィー王子はとてつもなく黒い笑みを浮かべ、騎士や兵士たちが野営を設営する様子を見守っていた。
しばらくすると、ブラナのアジトの中を確認しに行っていたディックとビーの二人が戻ってくる。
「どうだったかな?」
「もぬけの殻でしたね」
「最近まで生活していた跡はあったので、おそらく先日の襲撃を受けてここを捨てたんでしょう」
「そうか。……では、どこに行ったか分かるか?」
二人の報告を受けて、バタフィー王子は見立てを尋ねている。
「さあ、私どもはさすがにブラナの思考までは分かりませんよ」
「だけど、あれから日数は経ってないんだ。次の拠点を構えるとなれば、そう遠くには行ってないはずだよ。ここから左右のどっちかに、きっと新しい拠点があるはずよ」
「そうか……。ならば、国境とは反対側のあちらという可能性が高いな」
「げっ、そっちですかい?」
ビーの推測を聞いて、バタフィー王子は直感で国境とは反対側の森の奥地を眺めている。
ディックはそっちのことを知っているのか、とても嫌そうな表情を浮かべて驚いている。
「なら、決まりだな。明日、奥地へと向けて出発する」
「わ、分かりましたよう……」
バタフィー王子の決定に逆らえず、ディックとビーはうな垂れてしまっていた。
新しいアジトへと戻るクロナ。
アジトのある方向へと進軍を決めたバタフィー王子。
邪神によって心が歪んでしまった二人が再会する時は近い……。