第59話 雨が分かつ婚約者
ー/ー
やがて、辺りには強い雨が降り始める。
「ちっ、この状況で進軍するのは厳しいか」
辺りの視界が一気に奪われたことで、バフタフィー王子はかなり厳しい表情をしている。
山岳地帯はそもそも魔物が強い。しかも森のという視界の悪い場所だ。隠れる場所でいろいろなものが遮断されてしまう雨の中で、この危険地帯を歩くのは危険と判断したようだ。
「仕方ない。雨が止むまで待機だな。食糧の状況はどうだ」
「はっ、十日ほどはもつ量がございます」
待機を選択したバタフィー王子は、部下に兵糧の確認をする。
十分量があるという答えを聞いて、バタフィー王子は最終的な判断を下す。
「よし、雨が弱まるまで待機をする。この洞窟の中は安全らしいからな、外が嫌ならば中に入って待機していろ」
「はっ!」
強い雨が降り始めたことで、バタフィー王子たち王国軍はその場に待機を強いられることになったようだった。
幸い、大量の傭兵団が離脱したことで、兵糧の消費が減ったのは幸いである。
ところが、この状況にもバタフィー王子の表情はまったく冴えなかった。
バタフィー王子としては、さっさとクロナを仕留めて、シュヴァルツとメープルの仇を取りたいところなのだ。とてものんびりしているような状況ではないのである。
「くそ……。なんだってこんな時にこんな大雨が降るのだ。まるであの魔族に味方するかのように……」
思い通りに事が運ばないことで、バタフィー王子のいらつきはどんどんと高まっていっている。
「お前たち! 決して警戒を怠るな。魔物が近付いて来たら、王国騎士団の力を見せつけてやれ!」
「はっ!」
いらつきがおさまらないバタフィー王子は、部下たちに指示を出すと自分は天幕へと引っ込んでいく。
洞窟ではなく天幕であるのは、魔物の襲撃にすぐ動けるようにするためだ。
「魔族め……。絶対にお前は許さない。この俺の手で必ず仕留めてやるからな」
天幕の中で横になりながらも、バタフィー王子は改めてクロナ討伐を誓うのだった。
―――
その頃のクロナは、イトナたちと一緒にブラナの待つ新しいアジトに戻る最中だった。
「あーっはっはっはっ! まったく、愚かしい人たちですね。あの程度の実力で、この私を殺そうとするなんて、お腹がよじれてしまいそうですよ。ふふっ、あはははははっ!」
スチールアントの背中に乗るクロナは、雨に濡れるのも気にせずに、傭兵団の全滅の様を思い出しながら大きな声で笑っていた。
このクロナの実に壊れた様子は、イトナにとってかなり心苦しいものだった。
出会った時は、屋上でありながらもとてもやさしい少女だったからだ。
それが、ここまで気が触れたように大笑いをするようになってしまったのだ。元を知るからこそ、心が痛むのだ。
『聖女様、とにかく急ぎましょう。このまま雨に濡れ続けては、人間は風邪を引いてしまいます。決して、私が渡した布を外さないようにお願いします』
イトナは心配でクロナに声をかけている。
「ええ、ありがとうございます、イトナ。おかげで、雨はしのげていますよ。ふふっ、ふふふふ……」
イトナに感謝を告げながらも、クロナはなぜか笑いが止まらずにいた。
名前をもらったということもあってか、イトナの心境はかなり複雑だった。だが、ここでクロナを責めるのは違うと、イトナは一生懸命自分に言い聞かせている。
邪神がクロナの運命をもてあそんだ結果であるので、この気持ちは邪神にこそ向けるべきなのだ。魔物ながらにも、イトナは目の前の現実に、素直に目を向けられずにいた。
徐々にアジトに近付いているが、同時に雨脚も強くなっている。もうまともに目の前も見えないくらいの雨だ。
この悪天候の中、スチールアントは自分の能力を頼りに新しいアジトへと向けて進んでいる。
『ブラナ様は大丈夫でしょうかね』
『分かりません。ですが、この雨ならば向こうも下手に動けないはずです。ならば、まだ接触していないとみていいでしょう。ブラナの身のこなしを考えれば、この天候を味方につければあの王子とはいえ苦戦は免れないでしょう。ひとまずは安心かと』
『そうですね。聖女様をお守りする仲間として、信じなくどうするというところですよね』
質問に対してイトナが返した内容に、スチールアントはものすごく納得がいっているようだった。
そうしている間に、新しいアジトまで戻ってくる。外ではブラナが待ち構えていた。
「お嬢様! お戻りになられましたか」
「ええ、ブラナ。私は平気です。それより、敵は来ましたか?」
「いいえ。この雨で見通しが悪い状況です。魔物が強いですので、さすがの殿下も強気に打って出れないのでしょう」
「そうですか。では、スチールアントとアサシンスパイダーたちに外の見張りを任せて、私たちは中へと入りましょう」
「承知致しました。湯あみの準備はできております」
クロナの指示で、魔物たちが外を固めることとなり、ひとまずクロナはお風呂に入ることになった。
だが、いつ敵襲が来るか分からない状況なので、ゆっくりと入っているわけにはいかないだろう。クロナは簡単に体を洗うと、すぐに湯船から上がっていた。
「さあ、次はバタフィー殿下ですね。ふふっ、お兄様やメープル様の敵討ちでしょうが、その鼻っ面をへし折って差し上げますわ」
服を着ながら、クロナは邪悪な笑みを浮かべている。
もうそこには、聖女候補としてあがめられていたクロナの面影は残っていなかった。
「さあ、十分整えて、しっかりとおもてなしをして差し上げませんとね。ねえ、ブラナ?」
「はい、その通りでございます」
洞窟の中には、精神の壊れてしまったクロナの笑いが高らかに響き渡るのだった。
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やがて、辺りには強い雨が降り始める。
「ちっ、この状況で進軍するのは厳しいか」
辺りの視界が一気に奪われたことで、バフタフィー王子はかなり厳しい表情をしている。
山岳地帯はそもそも魔物が強い。しかも森のという視界の悪い場所だ。隠れる場所でいろいろなものが遮断されてしまう雨の中で、この危険地帯を歩くのは危険と判断したようだ。
「仕方ない。雨が止むまで待機だな。食糧の状況はどうだ」
「はっ、十日ほどはもつ量がございます」
待機を選択したバタフィー王子は、部下に兵糧の確認をする。
十分量があるという答えを聞いて、バタフィー王子は最終的な判断を下す。
「よし、雨が弱まるまで待機をする。この洞窟の中は安全らしいからな、外が嫌ならば中に入って待機していろ」
「はっ!」
強い雨が降り始めたことで、バタフィー王子たち王国軍はその場に待機を強いられることになったようだった。
幸い、大量の傭兵団が離脱したことで、兵糧の消費が減ったのは幸いである。
ところが、この状況にもバタフィー王子の表情はまったく冴えなかった。
バタフィー王子としては、さっさとクロナを仕留めて、シュヴァルツとメープルの仇を取りたいところなのだ。とてものんびりしているような状況ではないのである。
「くそ……。なんだってこんな時にこんな大雨が降るのだ。まるであの魔族に味方するかのように……」
思い通りに事が運ばないことで、バタフィー王子のいらつきはどんどんと高まっていっている。
「お前たち! 決して警戒を怠るな。魔物が近付いて来たら、王国騎士団の力を見せつけてやれ!」
「はっ!」
いらつきがおさまらないバタフィー王子は、部下たちに指示を出すと自分は天幕へと引っ込んでいく。
洞窟ではなく天幕であるのは、魔物の襲撃にすぐ動けるようにするためだ。
「魔族め……。絶対にお前は許さない。この俺の手で必ず仕留めてやるからな」
天幕の中で横になりながらも、バタフィー王子は改めてクロナ討伐を誓うのだった。
―――
その頃のクロナは、イトナたちと一緒にブラナの待つ新しいアジトに戻る最中だった。
「あーっはっはっはっ! まったく、愚かしい人たちですね。あの程度の実力で、この私を殺そうとするなんて、お腹がよじれてしまいそうですよ。ふふっ、あはははははっ!」
スチールアントの背中に乗るクロナは、雨に濡れるのも気にせずに、傭兵団の全滅の様を思い出しながら大きな声で笑っていた。
このクロナの実に壊れた様子は、イトナにとってかなり心苦しいものだった。
出会った時は、屋上でありながらもとてもやさしい少女だったからだ。
それが、ここまで気が触れたように大笑いをするようになってしまったのだ。元を知るからこそ、心が痛むのだ。
『聖女様、とにかく急ぎましょう。このまま雨に濡れ続けては、人間は風邪を引いてしまいます。決して、私が渡した布を外さないようにお願いします』
イトナは心配でクロナに声をかけている。
「ええ、ありがとうございます、イトナ。おかげで、雨はしのげていますよ。ふふっ、ふふふふ……」
イトナに感謝を告げながらも、クロナはなぜか笑いが止まらずにいた。
名前をもらったということもあってか、イトナの心境はかなり複雑だった。だが、ここでクロナを責めるのは違うと、イトナは一生懸命自分に言い聞かせている。
邪神がクロナの運命をもてあそんだ結果であるので、この気持ちは邪神にこそ向けるべきなのだ。魔物ながらにも、イトナは目の前の現実に、素直に目を向けられずにいた。
徐々にアジトに近付いているが、同時に雨脚も強くなっている。もうまともに目の前も見えないくらいの雨だ。
この悪天候の中、スチールアントは自分の能力を頼りに新しいアジトへと向けて進んでいる。
『ブラナ様は大丈夫でしょうかね』
『分かりません。ですが、この雨ならば向こうも下手に動けないはずです。ならば、まだ接触していないとみていいでしょう。ブラナの身のこなしを考えれば、この天候を味方につければあの王子とはいえ苦戦は免れないでしょう。ひとまずは安心かと』
『そうですね。聖女様をお守りする仲間として、信じなくどうするというところですよね』
質問に対してイトナが返した内容に、スチールアントはものすごく納得がいっているようだった。
そうしている間に、新しいアジトまで戻ってくる。外ではブラナが待ち構えていた。
「お嬢様! お戻りになられましたか」
「ええ、ブラナ。私は平気です。それより、敵は来ましたか?」
「いいえ。この雨で見通しが悪い状況です。魔物が強いですので、さすがの殿下も強気に打って出れないのでしょう」
「そうですか。では、スチールアントとアサシンスパイダーたちに外の見張りを任せて、私たちは中へと入りましょう」
「承知致しました。湯あみの準備はできております」
クロナの指示で、魔物たちが外を固めることとなり、ひとまずクロナはお風呂に入ることになった。
だが、いつ敵襲が来るか分からない状況なので、ゆっくりと入っているわけにはいかないだろう。クロナは簡単に体を洗うと、すぐに湯船から上がっていた。
「さあ、次はバタフィー殿下ですね。ふふっ、お兄様やメープル様の敵討ちでしょうが、その鼻っ面をへし折って差し上げますわ」
服を着ながら、クロナは邪悪な笑みを浮かべている。
もうそこには、聖女候補としてあがめられていたクロナの面影は残っていなかった。
「さあ、十分整えて、しっかりとおもてなしをして差し上げませんとね。ねえ、ブラナ?」
「はい、その通りでございます」
洞窟の中には、精神の壊れてしまったクロナの笑いが高らかに響き渡るのだった。