稲荷小学校の木曜日の昼休み、給食当番を終えた
藤城皐月は5時間目の体育の授業に備えて体操服に着替えて校庭に出た。そこで皐月は珍しい光景を目にした。
今日の6年4組のドッジボールの相手は五年生だった。しかも
月花博紀の弟の
直紀がいる5年3組だ。皐月はすぐに直紀と同じクラスにいる
入屋千智の姿を探した。だが、千智はドッジボールには参加していないようだ。
皐月がゲームを見に来た時は六年生の圧勝でゲームが終わろうとしていた。六年生と五年生では戦力差が圧倒的で、虐殺ショーの様相を呈していた。博紀の表情からなんとなくやりづらそうな空気を感じた。
ゲームが終わり、次のゲームに入る前に皐月は博紀に話し掛けた。
「なあ博紀、直紀たちとやるなんて、初めてじゃないか?」
「そうだな。俺たちがグラウンドに出るのが遅れたせいで、たまたまこういう流れになった」
「面白いじゃん。で、どうする? 六年のボロ勝ちみたいだけど、あいつらに手ぇ抜いてやる?」
「いや、それはダメだ。直紀にもプライドがある」
博紀らしい男っぽい考え方だ。皐月は考え方が甘いので、楽しく遊ぶ方に気持ちが流されてしまう。皐月の性格は競い合う競技に向いていない。
「でも他の子たちはどうなんだ? 五年の子たち、みんな表情が暗いじゃん」
「みんな年上相手に全力で挑んできているんだ。俺たちもその気持ちに応えなきゃいけないだろ?」
「……そうだな。男の子だもんな」
5年生のボールはまだ力が弱い。皐月の回避能力からすると、ボールがスローモーションのように見える。
村中茂之や
筒井美耶の強いボールは5年生を軽く吹っ飛ばす。今終わったゲームは6年4組の圧勝だった。
「兄貴! もう一回!」
「いいよ。何度でもやろう」
五年生サイドにギャラリーの女子が増えてきた。博紀のファンは五年生にも多い。
5年3組だけでなく、他のクラスの女子も集まって来た。3組以外の五年生の女子はほとんどが博紀の応援をしているようなので、直紀たち男子はアウェイのような状況になっている。これで六年生にボコられたら、直紀たちも辛いだろうなと皐月は心配になった。
「ねえ、女子もチームに入ってよ」
直紀がギャラリーの女の子に声をかけていた。六年生の強いボールを見た少女たちはみんな怖がって、誰もゲームに入ろうとしない。
「直紀の奴、何考えてんだ? 女子を入れたって俺たちには勝てないだろ」
「人数が多い方が生き残る人数が多くなるって考えてるのかな?」
「別に1試合5分とか、厳密に決めてないんだけどな〜」
「じゃあ、勝負は度外視して楽しみたいんじゃないかな」
皐月はそんな五年生たちを見て、博紀にある提案を持ち掛けた。
「なあ、博紀。俺たちのチームにも女子に入ってもらわないか? そうすれば五年生の女の子たちも入りやすいと思うんだけど」
「そうだな。五年が男子だけのチームだったから、俺たちのチームには女子に入ってもらわなかったんだけど、その方がいいかも。直紀に協力するか」
六年生のチームには女子は美耶しか入っていないが、美耶はべらぼうな女子で、戦力的に男子と同等かそれ以上だ。皐月のクラスの女子たちは男子と一緒にドッジボールをすることがあるが、今日はみんな見ているだけだった。
「おーい! 松井さんたちも一緒にドッジやろうよ!」
博紀にしては珍しく、自分から女子に声を掛けた。最初に声を掛けたのがファンクラブの会長の
松井晴香だというところに博紀の配慮を感じる。
博紀は皐月のように自分から女子に話し掛けることは滅多にないが、たまに話し掛ける時は恐ろしく爽やかに振る舞う。こういう博紀を見ると、自分への態度と全然違うじゃねえか、と皐月はいつも笑いがこみ上げてくる。
「えっ? 私たちも?」
晴香は遠慮がちにしているが、美耶と比べると見劣りするだけで、実際はかなり運動神経がいい。
「晴香ちゃん、おいでよ!
美緒ちゃんも
由香里ちゃんも!」
美耶が無邪気な笑顔で仲良し三人組を誘った。博紀が他の女子にも声を掛けると、この場にいた八人の女子全員がチームに加わった。ここに来ている女子はみんな博紀のファンクラブの会員だ。博紀に声を掛けられ、みんな嬉しそうだ。
「なあ、六年の女子はドッジやるみたいだぜ。五年生の女子も一緒にやろうよ」
直紀には博紀ほどカリスマ性がないせいか、誰も一緒にやろうとしてもらえない。直紀以外の男子も直紀に協力して女の子たちに頼み込んでいるが、女子はみんな尻込みをしている。