寺の雨漏りの修繕が終わり、ひと月が過ぎた頃だった。
瓦はすっかり落ち着き、梁も乾いた音を取り戻している。
夜の境内に染み込んでいた、あの重たい湿気も、もう感じない。
満月の夜だった。
俺は縁側に腰を下ろし、みたらし団子を一本、湯呑みの茶で流し込みながら、御神木を眺めていた。
夜気は冷えすぎず、虫の声も控えめで、妙に「整った」夜だった。
そのときだ。
御神木の根元――
月明かりの中から、てくてくと何かが歩いてくる。
最初は、狸かと思った。
だが、近づくにつれ、それが人形ほどの背丈の女の子だとわかる。
装束は陰陽師。
白と黒を基調にした、どこか古風な衣。
そして――
額には、小さな角が二本。
「……妖かし、か?」
俺は反射的に身構えた。
すると、その小さな女の子は立ち止まり、腰に手を当てて言った。
「待て待て。物騒じゃのう」
「我じゃ。我」
声は高いが、妙に尊大だ。
「よう供養してくれたの。褒めてつかわす」
その手には、孔雀羽の羽団扇。
孔雀の羽を束ねたそれを、ぱたぱたと気まぐれに仰いでいる。
……思い出した。
「あの時の……鬼か」
首塚で斬った、あの陰陽師。
供養は、きちんと護摩を焚き、経も上げたはずだ。
「そうじゃ。よく覚えておるな」
「今日は満月。我の復活祭じゃ」
そう言って、孔雀羽の羽団扇で、俺の顎をひらひらとくすぐる。
「ほれ。名を授けよ」
「名がなければ、落ち着かぬ」
少し考えてから、俺は言った。
「……咲夜(サヨ)、でどうだ」
女の子は目を瞬かせ、ふっと口元を緩めた。
「ほう……サヨ、とな」
「よい名じゃ。気に入った」
その瞬間だった。
縁側の影から、気配が増える。
長女のエリカ。
次女のアヤメ。
長男のトウヤ。
水子の魂たちが、わらわらと集まってきた。
「サヨ!」
「遊ぼうぜ!」
「追いかけっこ!」
途端に、サヨの眉がぴくりと動く。
「なぬ! わっぱ!」
「しつけがなっておらぬぞ!」
そこへ、イズナが飛び出してくる。
「わーっ! サヨが怒ったぞー!」
「逃げろー!」
境内に、小さな足音と笑い声が弾ける。
俺は縁側に残り、最後の団子を口に放り込み、静かに満月を見上げた。
夜は、穏やかだった。
祓うべきものは、もうない。
整ったものが、ここにある。
孔雀羽の羽団扇が、月明かりを受けて、かすかに揺れる。
境内の奥から、足音が遠ざかっていく。
「まてっ〜! タヌキ!」
「キツネだよっ!」
笑い声は、夜気に溶けるように消えていった。
満月はただ、すべてを照らしていた。