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第五十八話 風起雲湧

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 何だこれは、想定外の事態だ。
 私は暫く、目の前で起きていることが理解できずにいた。

 雷龍(らいりゅう)には「(さきがけ)の試験が終わるまで余計な動きはするな」と指示をしてある。
 しかし今しがた内裏に降り立ったあの妖怪は、前に雷龍に会った際に融合が成功した風の妖怪である。あの階級のものはまだ出す段階ではない。

 雷龍め、何を考えておるのだ。ついに暴走をし始めたか?
 私は既に式神の出現に心力(しんりょく)を費やしてしまい、大それた術を使うことができない。とりあえず紫宸殿(ししんでん)から帝や幹部たちを安全な場所に移動させなくては。

拓磨(たくま)蒼士(そうし)!」

 桛木(かせぎ)を前に果敢に立ち向かおうとする優秀な陰陽師二人に、私は陰陽頭(おんみょうのかみ)として声をかけた。まさかこの試験で競うべき二人が、手を取り合うことになろうとは思わなんだ。

「桛木を討伐し、内裏を死守せよ! 頼んだぞ……!」
「御意」
「御意ッ」

 威勢の良い返答にどこか安堵を感じ、私は紫宸殿へと向かった。




 妖怪・桛木は頭を大きく八の字に回し、辺り一帯を暴風の中に巻き込んだ。

「安曇式陰陽術、土流波渦(どりゅうはか)!」
「嘉納式陰陽術、水砲丸(すいほうがん)!」

 奴に対して左右から各々の術を発動したが、荒れ狂う風に(はばか)られてまず蒼士の術が飛散した。一方で私の術は届くかと思われたが、奴はその風の如くの俊足を持っており紙一重でかわされてしまっている。
 手を組んだは良いが連携が全く取れていない。それもそうだ、今まで息を合わせるとは真逆のことをしてきた仲だ。簡単に反りが合うはずがない。

「拓磨っ、何故そこで()の術を使うか!? 僕の術を相剋(そうこく)する気か阿呆!」
「阿呆はお前だ、風に対抗するには土の術と決まっておろう」
「はぁあ!? そんなこと知らぬわッ!!」

 轟々と爆音のする暴風でも蒼士の猿声は良く聞こえた。やはりこの男と組むのは無理があったか。大体、水玉なんかでは下手すれば奴の風に乗って、こちらが被害を受けるだろうが。
 私がなぶられている隙に一人で倒すと言ったのはどこの誰だ、頭を回せ。

 風に対抗するには、その影響を受けない〝不動〟のもので挑むしかない。
 変形が容易い(すい)()は賢明ではない。特に火は役に立たぬであろう。可能であれば岩などが最適であるが、我々の術で該当するものは〝土〟しかないのだ。

「どうでも良いが、この風をどうにかせねば、立っているのがやっとだぞ」
「……そうだな」

 確かに奴は未だ妖術さえ繰り出していない。こちらは足で踏ん張るだけで必死だというのに、このままでは討伐どころか歩くことさえ困難だ。
 落ち着いて考えろ、仲間割れしては勝てる勝負も敗北に終わる。

 紫宸殿の方は雅章殿が向かい、帝たちを安全な場所に移動させている。結界くらい張る余力も残っているだろう。内裏周辺の建屋も恐らく陰陽師たちが守っているはずだ。よってここで多少力を暴発させても被害は最小と判断した。

 循環生成してきた心力を、ここで使わずいつ使う。
 幸いこちらはまだ試験を受ける前で、心力は有り余るほど、ある。

「おい、土の術なら良いのだよな」

 策を考えてる最中、蒼士のそんな声が聞こえた。
 少しはいつもの調子を取り戻したか。

「ならば、これならどうだ! 嘉納式陰陽術、砂流泉(さりゅうせん)……ッ!」

 発言の後、桛木の足元に五芒星が一瞬浮かび上がり、足元から奴を引きずり込むように地面が沈み始めたのだ。良い判断だ、足場を崩す作戦か。
 しかしそんな術があったとは今後気をつけなければ。

 だがこの妖怪は、この程度で倒せる相手ではあるまい。

「――妖術、昇木枯(ノボリ コガラシ)

 その瞬間、吹き荒れていた風が一気に上昇へ転換し、発生させた桛木のみならず、我々の体までもが空中へ浮上した。桛木自身は風が弱まった頃合いに軽やかに地上へ降り立ったが、私と蒼士は真っ逆さまに急降下した。

「ぬおおおおぉぅ!」
「……ちっ。安曇式陰陽術、飛泉水冠(ひせんすいかん)!」

 地面に直撃の僅か数刻前、巨大な水泡を出現させ衝撃を緩和。同時に落ちてきた蒼士と何とか無事に着地した。完全に奴の思う壺である。

「ふざけているのか、陰陽師ども。安曇と嘉納の者が揃ってその程度か」
「なにおぅ!?」

 おまけにこの阿呆は完全に奴の挑発に乗るときた。
 調子を取り戻したと期待した私の方こそ阿呆であったか。

(はや)されてきてみれば、造作もない。実に退屈だ」
「貴様、言わせておけばぬけぬけと……」

 いちいち青筋を立てて拳を振るわせる蒼士を宥めつつ、私は桛木の言葉に違和感を感じていた。〝奴ら〟とは誰のことであろうか。今や妖怪たちの頂点は雷龍以外には有り得ぬだろう。その雷龍を〝奴ら〟呼ばわりするとは到底思えない。それに複数形なのも気になる。
 桛木は雷龍の命令で動いているわけではないのか? だとすればまた別の何かが先導していることになるが。そうであれば奴を捉えて情報を引き出す必要がある。

 いずれにせよ、桛木を捉えることができなければ、話にならない。

「蒼士も二次試験は鮮やかにこなしたのであったな」
「あぁ? 何の話を……おい、まさか」

 蒼士の顔に驚きの表情が浮かぶ。二次試験、それは五芒結星(ごぼうけっせい)をいかに早く発動させるかの試問だ。敵の動きを封じるのにこれ以上の術はない。五気の印さえ刻むことができれば、単独でやろうが複数でやろうが問題ないはずだ。

「そのまさかだ、先ほどお前が砂流泉を発動した場所を中心に印を刻め。どの点にするかは臨機応変にいくぞ」
「待て、どうやって印を刻めと……って、おい! ――くそっ!」

 蒼士の文句を聞くまでもなく、私は一直線に木の地点まで走り始めた。風が止んでいる今の機会に、できるだけ多くの印を結びたいところだ。
 だが奴は何かを感じたのか再び頭を八の字に振り、暴風を発生させてしまった。やはり自らの足で刻むのは不可能か。

 それなら攻撃と見せかけた術で応用する。

「安曇式陰陽術、根楼白槍(こんろうはくそう)!」
「妖術、風鎌太刀(カザカマノタチ)……!」

 桛木の背後の地面から白槍を複数突き出させた。しかし奴は風を刃物のように限りなく薄く作りだし、木の根でできた白槍を丸太のように切り刻んだ。
 だが先にも言ったとおり、これは攻撃のための術ではない。複数のうちの一本が地面に接している部分に全神経を集中させた。

 術は五行の気を纏わせた心力を、具現化させたものである。かなりの集中力を要するが、発生させた後に術に含まれる心力で印を刻むことが可能だ。

(一の点、青木(せいもく)

 同じ要領で次の点を目指す。
 するとそれを見ていた蒼士も要領を得たのか、私のやり方を真似し始めた。

「嘉納式陰陽術、砂爆貫(さばくかん)ッ!」
「同じような手では食らわぬぞ! 妖術、風鎌太刀!!」

 確かにそれは私の術の属性が土に変わった類似する技であった。意図したわけではない蒼士は顔を真っ赤にして憤慨するも、無事に〝二の点・黄土(おうど)〟を刻んだ。
 この調子で奴に気づかれる前に、全ての印を刻めれば――。

「安曇式陰陽術、流水呪縛(りゅうすいじゅばく)!」
「嘉納式陰陽術、火柱弾(かちゅうだん)!」

 二種類の術は風の中で瞬時に消え去ったが、三の点・黒水(こくすい)、四の点・赤火(せきか)を何とか刻むことができた。あとは金の印のみ。
 だがここで、奴の目の色が変わった。

「異なる五行の術……そうか見切ったぞ。そうはさせん」

 刹那、風向きが時を戻したように逆流した。

「妖術、清明風龍巻(セイメイフウ リュウカン)……ッ!!」

 桛木が発動させた妖術は巨大な竜巻を作り上げた。地を抉るように大きくなるそれは、印を完全に消滅させてしまったのだ。更にこの渦の中に私と蒼士も巻き込まれ、体の自由が奪われた上に息もできない。
 そして薄ら見開いた視界に、再び妖術を繰り出そうとする奴の影が映った。何か術を出さなければと思うが、上手く手が動かせず藻掻くばかり。

「妖術、風鎌太刀」

 再び刃物のような術が飛び、我々を目がけて斬撃を加える。
 防御もままならずもろに食らい、私は左の脇腹を、蒼士は右の二の腕を負傷。傷口から鮮血が飛び散り、お互いに地面に叩きつけられた。

「がっ――!!」
「ぐはぁ……ッ!」

 呻き声を上げるだけで、激痛が走り動くことができない。
 風が止み、奴が近づいてくる足音だけが聞こえる。

 脇腹に触れると生温さと滑る気持ち悪い感触がした。悶えそうな痛みに耐えながら、気づかれぬようそっと心力を流す。
 すると私よりも桛木に近い位置でうつ伏せに倒れていた蒼士が、奴の蹴りで仰向けに転がされた。右腕を押さえて苦しそうに胸が上下しているのが見える。

 桛木は蒼士を不機嫌そうに見下ろすと、怪我を負った右腕を容赦なく踏みつけた。

「ぅあぁあああああっ」
「他愛もないな、嘉納蒼士。我が輩に指の一本も触れられぬとは。もう飽きたわ、まずは貴様から死ね」

 全身を電撃のように走ったであろう痛みのあまり、蒼士は断末魔のような声を上げて意識を失った。動かぬ相手に向かって、桛木は無情にも右手の拳を振り上げる。

 させるものか。その男は。
 蒼士は私の……大切な同志だ。

「安曇式、陰陽術――」

 悲鳴を上げる体を叩き起こし、護符を掲げた。
 その時、私のすぐ傍を桜の香りが掠めていった。

 白い花びらが気を失っている蒼士を包み込み、桛木が一瞬怯む。

「――土流波渦(どりゅうはか)!」

 勢いよく放った術は、頭の左右に生える扇型の角のうち、手前に見えていた左側を打ち砕いた。そして奴の足元にいたはずの蒼士の姿はなくなり、いつの間にか私の隣へ移動していた。

 花の香りを漂わす、華葉と共に。



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 何だこれは、想定外の事態だ。
 私は暫く、目の前で起きていることが理解できずにいた。
 |雷龍《らいりゅう》には「|魁《さきがけ》の試験が終わるまで余計な動きはするな」と指示をしてある。
 しかし今しがた内裏に降り立ったあの妖怪は、前に雷龍に会った際に融合が成功した風の妖怪である。あの階級のものはまだ出す段階ではない。
 雷龍め、何を考えておるのだ。ついに暴走をし始めたか?
 私は既に式神の出現に|心力《しんりょく》を費やしてしまい、大それた術を使うことができない。とりあえず|紫宸殿《ししんでん》から帝や幹部たちを安全な場所に移動させなくては。
「|拓磨《たくま》、|蒼士《そうし》!」
 |桛木《かせぎ》を前に果敢に立ち向かおうとする優秀な陰陽師二人に、私は|陰陽頭《おんみょうのかみ》として声をかけた。まさかこの試験で競うべき二人が、手を取り合うことになろうとは思わなんだ。
「桛木を討伐し、内裏を死守せよ! 頼んだぞ……!」
「御意」
「御意ッ」
 威勢の良い返答にどこか安堵を感じ、私は紫宸殿へと向かった。
 妖怪・桛木は頭を大きく八の字に回し、辺り一帯を暴風の中に巻き込んだ。
「安曇式陰陽術、|土流波渦《どりゅうはか》!」
「嘉納式陰陽術、|水砲丸《すいほうがん》!」
 奴に対して左右から各々の術を発動したが、荒れ狂う風に|憚《はばか》られてまず蒼士の術が飛散した。一方で私の術は届くかと思われたが、奴はその風の如くの俊足を持っており紙一重でかわされてしまっている。
 手を組んだは良いが連携が全く取れていない。それもそうだ、今まで息を合わせるとは真逆のことをしてきた仲だ。簡単に反りが合うはずがない。
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「阿呆はお前だ、風に対抗するには土の術と決まっておろう」
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 私がなぶられている隙に一人で倒すと言ったのはどこの誰だ、頭を回せ。
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 変形が容易い|水《すい》・|火《か》は賢明ではない。特に火は役に立たぬであろう。可能であれば岩などが最適であるが、我々の術で該当するものは〝土〟しかないのだ。
「どうでも良いが、この風をどうにかせねば、立っているのがやっとだぞ」
「……そうだな」
 確かに奴は未だ妖術さえ繰り出していない。こちらは足で踏ん張るだけで必死だというのに、このままでは討伐どころか歩くことさえ困難だ。
 落ち着いて考えろ、仲間割れしては勝てる勝負も敗北に終わる。
 紫宸殿の方は雅章殿が向かい、帝たちを安全な場所に移動させている。結界くらい張る余力も残っているだろう。内裏周辺の建屋も恐らく陰陽師たちが守っているはずだ。よってここで多少力を暴発させても被害は最小と判断した。
 循環生成してきた心力を、ここで使わずいつ使う。
 幸いこちらはまだ試験を受ける前で、心力は有り余るほど、ある。
「おい、土の術なら良いのだよな」
 策を考えてる最中、蒼士のそんな声が聞こえた。
 少しはいつもの調子を取り戻したか。
「ならば、これならどうだ! 嘉納式陰陽術、|砂流泉《さりゅうせん》……ッ!」
 発言の後、桛木の足元に五芒星が一瞬浮かび上がり、足元から奴を引きずり込むように地面が沈み始めたのだ。良い判断だ、足場を崩す作戦か。
 しかしそんな術があったとは今後気をつけなければ。
 だがこの妖怪は、この程度で倒せる相手ではあるまい。
「――妖術、|昇木枯《ノボリ コガラシ》」
 その瞬間、吹き荒れていた風が一気に上昇へ転換し、発生させた桛木のみならず、我々の体までもが空中へ浮上した。桛木自身は風が弱まった頃合いに軽やかに地上へ降り立ったが、私と蒼士は真っ逆さまに急降下した。
「ぬおおおおぉぅ!」
「……ちっ。安曇式陰陽術、|飛泉水冠《ひせんすいかん》!」
 地面に直撃の僅か数刻前、巨大な水泡を出現させ衝撃を緩和。同時に落ちてきた蒼士と何とか無事に着地した。完全に奴の思う壺である。
「ふざけているのか、陰陽師ども。安曇と嘉納の者が揃ってその程度か」
「なにおぅ!?」
 おまけにこの阿呆は完全に奴の挑発に乗るときた。
 調子を取り戻したと期待した私の方こそ阿呆であったか。
「《《奴ら》》に|囃《はや》されてきてみれば、造作もない。実に退屈だ」
「貴様、言わせておけばぬけぬけと……」
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 桛木は雷龍の命令で動いているわけではないのか? だとすればまた別の何かが先導していることになるが。そうであれば奴を捉えて情報を引き出す必要がある。
 いずれにせよ、桛木を捉えることができなければ、話にならない。
「蒼士も二次試験は鮮やかにこなしたのであったな」
「あぁ? 何の話を……おい、まさか」
 蒼士の顔に驚きの表情が浮かぶ。二次試験、それは五芒結星《ごぼうけっせい》をいかに早く発動させるかの試問だ。敵の動きを封じるのにこれ以上の術はない。五気の印さえ刻むことができれば、単独でやろうが複数でやろうが問題ないはずだ。
「そのまさかだ、先ほどお前が砂流泉を発動した場所を中心に印を刻め。どの点にするかは臨機応変にいくぞ」
「待て、どうやって印を刻めと……って、おい! ――くそっ!」
 蒼士の文句を聞くまでもなく、私は一直線に木の地点まで走り始めた。風が止んでいる今の機会に、できるだけ多くの印を結びたいところだ。
 だが奴は何かを感じたのか再び頭を八の字に振り、暴風を発生させてしまった。やはり自らの足で刻むのは不可能か。
 それなら攻撃と見せかけた術で応用する。
「安曇式陰陽術、|根楼白槍《こんろうはくそう》!」
「妖術、|風鎌太刀《カザカマノタチ》……!」
 桛木の背後の地面から白槍を複数突き出させた。しかし奴は風を刃物のように限りなく薄く作りだし、木の根でできた白槍を丸太のように切り刻んだ。
 だが先にも言ったとおり、これは攻撃のための術ではない。複数のうちの一本が地面に接している部分に全神経を集中させた。
 術は五行の気を纏わせた心力を、具現化させたものである。かなりの集中力を要するが、発生させた後に術に含まれる心力で印を刻むことが可能だ。
(一の点、|青木《せいもく》)
 同じ要領で次の点を目指す。
 するとそれを見ていた蒼士も要領を得たのか、私のやり方を真似し始めた。
「嘉納式陰陽術、|砂爆貫《さばくかん》ッ!」
「同じような手では食らわぬぞ! 妖術、風鎌太刀!!」
 確かにそれは私の術の属性が土に変わった類似する技であった。意図したわけではない蒼士は顔を真っ赤にして憤慨するも、無事に〝二の点・|黄土《おうど》〟を刻んだ。
 この調子で奴に気づかれる前に、全ての印を刻めれば――。
「安曇式陰陽術、|流水呪縛《りゅうすいじゅばく》!」
「嘉納式陰陽術、|火柱弾《かちゅうだん》!」
 二種類の術は風の中で瞬時に消え去ったが、三の点・|黒水《こくすい》、四の点・|赤火《せきか》を何とか刻むことができた。あとは金の印のみ。
 だがここで、奴の目の色が変わった。
「異なる五行の術……そうか見切ったぞ。そうはさせん」
 刹那、風向きが時を戻したように逆流した。
「妖術、|清明風龍巻《セイメイフウ リュウカン》……ッ!!」
 桛木が発動させた妖術は巨大な竜巻を作り上げた。地を抉るように大きくなるそれは、印を完全に消滅させてしまったのだ。更にこの渦の中に私と蒼士も巻き込まれ、体の自由が奪われた上に息もできない。
 そして薄ら見開いた視界に、再び妖術を繰り出そうとする奴の影が映った。何か術を出さなければと思うが、上手く手が動かせず藻掻くばかり。
「妖術、風鎌太刀」
 再び刃物のような術が飛び、我々を目がけて斬撃を加える。
 防御もままならずもろに食らい、私は左の脇腹を、蒼士は右の二の腕を負傷。傷口から鮮血が飛び散り、お互いに地面に叩きつけられた。
「がっ――!!」
「ぐはぁ……ッ!」
 呻き声を上げるだけで、激痛が走り動くことができない。
 風が止み、奴が近づいてくる足音だけが聞こえる。
 脇腹に触れると生温さと滑る気持ち悪い感触がした。悶えそうな痛みに耐えながら、気づかれぬようそっと心力を流す。
 すると私よりも桛木に近い位置でうつ伏せに倒れていた蒼士が、奴の蹴りで仰向けに転がされた。右腕を押さえて苦しそうに胸が上下しているのが見える。
 桛木は蒼士を不機嫌そうに見下ろすと、怪我を負った右腕を容赦なく踏みつけた。
「ぅあぁあああああっ」
「他愛もないな、嘉納蒼士。我が輩に指の一本も触れられぬとは。もう飽きたわ、まずは貴様から死ね」
 全身を電撃のように走ったであろう痛みのあまり、蒼士は断末魔のような声を上げて意識を失った。動かぬ相手に向かって、桛木は無情にも右手の拳を振り上げる。
 させるものか。その男は。
 蒼士は私の……大切な同志だ。
「安曇式、陰陽術――」
 悲鳴を上げる体を叩き起こし、護符を掲げた。
 その時、私のすぐ傍を桜の香りが掠めていった。
 白い花びらが気を失っている蒼士を包み込み、桛木が一瞬怯む。
「――|土流波渦《どりゅうはか》!」
 勢いよく放った術は、頭の左右に生える扇型の角のうち、手前に見えていた左側を打ち砕いた。そして奴の足元にいたはずの蒼士の姿はなくなり、いつの間にか私の隣へ移動していた。
 花の香りを漂わす、華葉と共に。