第109話 浄血の儀式
ー/ー
「ミモ――」
「ダメです。お嬢様。ここで大声を上げてはいけません」
その施設の中、檻に閉じ込められているミモザに声を掛けようとしたそのとき、首ごとガッチリ掴まれ、我の身体は外壁から強引に引きはがされる。
声どころか、息の根が止まるところだった。
「確かにミモザ様のようですね。見たところ、かなりお疲れのご様子。まずはこの施設に入る手筈を整えましょう」
冷静に、オキザリスは施設の壁の念入りに確認しつつ、見張りの位置も把握しようとしているところだった。一方の我は、危うくねじ切られるところだった首を押さえ、地面にへたりこんでいた。
お前、せめて主の心配もしてくれよ……。
まったく。目の前にミモザがいるというのに何もできぬとは。
仮にもここはアレフヘイムの里の深部。外側と違い、見張りの数はそうでもないとはいえ、流石にこの施設の周囲の警備は厳重だ。
我が叫ぼうものならあっという間に取り囲まれてしまうことだろう。
そうなってしまえば、いくらオキザリスといえど、我を守りながら戦うのは難しくなるのは目に見えている。
まあ、我がいなかったら思う存分戦えて、無事にここからも脱出できそうな気もしないでもないが、今それは追求すべきことではないだろう。
さて。見たところ、この収容施設は結構大きく、今立っている位置からでは分かりづらいが、六角形の形をした木造建築らしい。木造といっても、エルフの森の拠点の中心部にあるため、強度で言えば鉄以上はあるだろう。
炎系統の魔法をぶつけても燃えそうにもないし、というかソレ以前の問題として、かなり強力な防護魔法も掛けられているから魔法自体ダメだ。
こうやって柵の間からミモザの姿は確認できても、その先に進む術がない。
可能であれば、この里を丸ごと燃やし尽くしてでもミモザを連れて帰りたいところではあったが、今の我では目の前の壁に焦げ痕だって付けられるかも分からない。
どうやら無理やり突破する手段はなさそうだ。
ならばアレを使うしかあるまい。そうと決まれば、我は例の指輪と例の腕輪を装着し、そして収容施設の入り口へと向かうのだった。
※ ※ ※
「やはり入り口は厳重ですね。見えているだけでも数人。隠れた位置に十数人……」
オキザリスがザックリと感想を述べる。我の視点からだと二人くらいしか見えていないのだが、一体こいつの目には何が見えておるのやら。
「オキザリスはここで待っていてくれ。もし我が危険な目に遭いそうになったときだけ飛び出してくることを許可する。ノイデスと同じ事は決してするな」
「……御意」
ノイデスの名前を出したことが効いたのか、割とおとなしめにオキザリスは身を引いてくれた。オキザリスも一緒だと認識を書き換える手間が二倍だしな。
魔力が無尽蔵に使えたのならそれも検討したのだが、仕方あるまい。
そうして意を決して我はそこへ突き進む。
今の我の姿は、変装魔具、瞬間的人違いによってカシア・アレフヘイムへと化けている。加えて、幻惑の腕輪で「怪しいものではない」という認識も植え付ける。
当然、エルフたちが一斉にこちらに注目してきたが、警戒は徐々に薄れていく。
この収容施設の関係者だと認識するようになったのだろう。
微調整が本当に難しいのだ、これが。
「ミモザは今、どうなっている? 詳しい話を聞かせてくれ」
収容施設の入り口、警備しているエルフの真ん前で、堂々と訊ねる。あからさますぎるくらいに不審者だが、向こうは微塵も疑問を持つことなく、我の問いかけに答えてくれる。
「それでしたら――」
聞けた話としては、森の入り口で聞いたことと大体一緒だ。
ミモザは里の外で悪評を広めたから連れ戻され、明日には処刑の儀式を行うということ。そして今はこの施設の中で自分が何かしらの処罰を受けるであろうことだけを聞かされ、それを待っているのだそうだ。
なんと可愛そうなミモザだ。今頃、罰金を払うのか、体罰を受けるのか、何をされるのか分からないまま、あんな狭い檻の中でひとりぼっちなのか。
「処刑の儀式とは、なんだ。正確に話せ」
一瞬、エルフの表情が変わったような気がしたが、すぐに元に戻る。
危ないな。どうやら恐ろしく常識中の常識の話に触れたらしい。
「浄血です。死よりも悍ましい、古より伝わる儀式です」
浄血の儀式。あまり聞いたことのないものだったが、確か種族としての血を洗い流す秘術だったかな。
聞こえだけなら何か健康に良さそうな響きだが、内容は決してその言葉から考えつくようなものなどではない。
エルフにとって、森とは恩恵を与えてくれる偉大なものであり、その恩恵によって得られる魔力こそが誇りでもある。
逆を言えば、魔法の使えない者ほど命を侮辱している者はない、という教えもあり、それこそミモザのようなエルフは追放されてしまうことだってある。
では根本的に魔法とは何かといえば、複雑な話になってしまうが、魔力感知能力や魔力掌握能力によって、魔力を自在にコントロールする技術を指す。
それらはいずれにせよ、先天的なものであり、種族的なものでもある。
オキザリスやノイデスが魔法を使えないのも潜在魔力がないだけでなく、感知や掌握ができないからだ。
つまり、魔法とは元々生まれ持った血によって使えるか使えないかが決まると言ってもいい。
浄血の儀式とは、エルフにとっては死と同然の儀式。
その身に流れる血を綺麗さっぱり真っ新にして魔法を使えなくする儀式のことだ。
種族によっては人化の秘法などと呼ばれたりもする。
ミモザはエルフとしては珍しく潜在魔力を持っていない。だが、それでも感知能力だけはズバ抜けており、それによって魔具の生産スキルを伸ばしてきた。
だが、もし、浄血なんてされてしまったら、それすらもなくしてしまう。
「ミモザと話がしたい……」
「それはなりません」
我の要望も一蹴される。いくら認識が書き換わっているとはいえ、パーフェクトに何でもかんでも許してくれる超絶顔パスにまでは至らないか。
もっと強力な認識改変を……と思ったが、これ以上はどうやら我の身が持たないことを悟る。少々長く使いすぎてしまったようだ。
超距離を全力疾走したくらいの疲労感が全身に溜まっていた。
我の魔法は果てしなく燃費が悪いからな……。
ほぼほぼ潜在魔力を使わず、魔石から魔力を抽出して変換して発動とかいう常人ならまずやらないような手間の掛かる手法だから、常時発動型とは相性が悪い。
これが幻惑の腕輪のリスクのうちの一つ。
そして、リスクはまだある。
ふと、オキザリスの隠れていた方向を見てみると、物凄く戸惑った様子のオキザリスが見えた。おそらく誤認識の弊害だ。
我のことは令嬢のフィーと認識して、ここまでボディガードとしてついてきたのだろうが、今の我は全くの別人。カシア・アレフヘイムという名のエルフであり、この収容施設の関係者という認識に書き換わっているはずだ。
それがオキザリスが混乱している理由。
ああ、そうなのだ。この幻惑の腕輪は効果があまりにも強力すぎて、仲間の認識もゴリゴリに書き換えてしまうからおいそれとは使えないのだ。
例え「これは幻惑の腕輪だ。これで認識が変わるぞ」などと前もって言ったところで意味はなさない。ただの幻覚とはワケが違うのだから。
我がここまで幻惑の腕輪に頼り切らなかったのはこのリスクを恐れてたからだ。
ともあれ、ここは一時撤退だ。
オキザリスの認識も直さねばならんし、少し休憩せねばな。
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声どころか、息の根が止まるところだった。
「確かにミモザ様のようですね。見たところ、かなりお疲れのご様子。まずはこの施設に入る手筈を整えましょう」
冷静に、オキザリスは施設の壁の念入りに確認しつつ、見張りの位置も把握しようとしているところだった。一方の我は、危うくねじ切られるところだった首を押さえ、地面にへたりこんでいた。
お前、せめて主の心配もしてくれよ……。
まったく。目の前にミモザがいるというのに何もできぬとは。
仮にもここはアレフヘイムの里の深部。外側と違い、見張りの数はそうでもないとはいえ、流石にこの施設の周囲の警備は厳重だ。
我が叫ぼうものならあっという間に取り囲まれてしまうことだろう。
そうなってしまえば、いくらオキザリスといえど、我を守りながら戦うのは難しくなるのは目に見えている。
まあ、我がいなかったら思う存分戦えて、無事にここからも脱出できそうな気もしないでもないが、今それは追求すべきことではないだろう。
さて。見たところ、この収容施設は結構大きく、今立っている位置からでは分かりづらいが、六角形の形をした木造建築らしい。木造といっても、エルフの森の拠点の中心部にあるため、強度で言えば鉄以上はあるだろう。
炎系統の魔法をぶつけても燃えそうにもないし、というかソレ以前の問題として、かなり強力な防護魔法も掛けられているから魔法自体ダメだ。
こうやって柵の間からミモザの姿は確認できても、その先に進む術がない。
可能であれば、この里を丸ごと燃やし尽くしてでもミモザを連れて帰りたいところではあったが、今の我では目の前の壁に焦げ痕だって付けられるかも分からない。
どうやら無理やり突破する手段はなさそうだ。
ならばアレを使うしかあるまい。そうと決まれば、我は例の指輪と例の腕輪を装着し、そして収容施設の入り口へと向かうのだった。
※ ※ ※
「やはり入り口は厳重ですね。見えているだけでも数人。隠れた位置に十数人……」
オキザリスがザックリと感想を述べる。我の視点からだと二人くらいしか見えていないのだが、一体こいつの目には何が見えておるのやら。
「オキザリスはここで待っていてくれ。もし我が危険な目に遭いそうになったときだけ飛び出してくることを許可する。ノイデスと同じ事は決してするな」
「……御意」
ノイデスの名前を出したことが効いたのか、割とおとなしめにオキザリスは身を引いてくれた。オキザリスも一緒だと認識を書き換える手間が二倍だしな。
魔力が無尽蔵に使えたのならそれも検討したのだが、仕方あるまい。
そうして意を決して我はそこへ突き進む。
今の我の姿は、変装魔具、|瞬間的人違い《スルーポーズ》によってカシア・アレフヘイムへと化けている。加えて、幻惑の腕輪で「怪しいものではない」という認識も植え付ける。
当然、エルフたちが一斉にこちらに注目してきたが、警戒は徐々に薄れていく。
この収容施設の関係者だと認識するようになったのだろう。
微調整が本当に難しいのだ、これが。
「ミモザは今、どうなっている? 詳しい話を聞かせてくれ」
収容施設の入り口、警備しているエルフの真ん前で、堂々と訊ねる。あからさますぎるくらいに不審者だが、向こうは微塵も疑問を持つことなく、我の問いかけに答えてくれる。
「それでしたら――」
聞けた話としては、森の入り口で聞いたことと大体一緒だ。
ミモザは里の外で悪評を広めたから連れ戻され、明日には処刑の儀式を行うということ。そして今はこの施設の中で自分が何かしらの処罰を受けるであろうことだけを聞かされ、それを待っているのだそうだ。
なんと可愛そうなミモザだ。今頃、罰金を払うのか、体罰を受けるのか、何をされるのか分からないまま、あんな狭い檻の中でひとりぼっちなのか。
「処刑の儀式とは、なんだ。正確に話せ」
一瞬、エルフの表情が変わったような気がしたが、すぐに元に戻る。
危ないな。どうやら恐ろしく常識中の常識の話に触れたらしい。
「浄血です。死よりも悍ましい、古より伝わる儀式です」
浄血の儀式。あまり聞いたことのないものだったが、確か種族としての血を洗い流す秘術だったかな。
聞こえだけなら何か健康に良さそうな響きだが、内容は決してその言葉から考えつくようなものなどではない。
エルフにとって、森とは恩恵を与えてくれる偉大なものであり、その恩恵によって得られる魔力こそが誇りでもある。
逆を言えば、魔法の使えない者ほど命を侮辱している者はない、という教えもあり、それこそミモザのようなエルフは追放されてしまうことだってある。
では根本的に魔法とは何かといえば、複雑な話になってしまうが、魔力感知能力や魔力掌握能力によって、魔力を自在にコントロールする技術を指す。
それらはいずれにせよ、先天的なものであり、種族的なものでもある。
オキザリスやノイデスが魔法を使えないのも潜在魔力がないだけでなく、感知や掌握ができないからだ。
つまり、魔法とは元々生まれ持った血によって使えるか使えないかが決まると言ってもいい。
浄血の儀式とは、エルフにとっては死と同然の儀式。
その身に流れる血を綺麗さっぱり真っ新にして魔法を使えなくする儀式のことだ。
種族によっては人化の秘法などと呼ばれたりもする。
ミモザはエルフとしては珍しく潜在魔力を持っていない。だが、それでも感知能力だけはズバ抜けており、それによって魔具の生産スキルを伸ばしてきた。
だが、もし、浄血なんてされてしまったら、それすらもなくしてしまう。
「ミモザと話がしたい……」
「それはなりません」
我の要望も一蹴される。いくら認識が書き換わっているとはいえ、パーフェクトに何でもかんでも許してくれる超絶顔パスにまでは至らないか。
もっと強力な認識改変を……と思ったが、これ以上はどうやら我の身が持たないことを悟る。少々長く使いすぎてしまったようだ。
超距離を全力疾走したくらいの疲労感が全身に溜まっていた。
我の魔法は果てしなく燃費が悪いからな……。
ほぼほぼ潜在魔力を使わず、魔石から魔力を抽出して変換して発動とかいう常人ならまずやらないような手間の掛かる手法だから、常時発動型とは相性が悪い。
これが幻惑の腕輪のリスクのうちの一つ。
そして、リスクはまだある。
ふと、オキザリスの隠れていた方向を見てみると、物凄く戸惑った様子のオキザリスが見えた。おそらく誤認識の弊害だ。
我のことは令嬢のフィーと認識して、ここまでボディガードとしてついてきたのだろうが、今の我は全くの別人。カシア・アレフヘイムという名のエルフであり、この収容施設の関係者という認識に書き換わっているはずだ。
それがオキザリスが混乱している理由。
ああ、そうなのだ。この幻惑の腕輪は効果があまりにも強力すぎて、仲間の認識もゴリゴリに書き換えてしまうからおいそれとは使えないのだ。
例え「これは幻惑の腕輪だ。これで認識が変わるぞ」などと前もって言ったところで意味はなさない。ただの幻覚とはワケが違うのだから。
我がここまで幻惑の腕輪に頼り切らなかったのはこのリスクを恐れてたからだ。
ともあれ、ここは一時撤退だ。
オキザリスの認識も直さねばならんし、少し休憩せねばな。