【従業員】褐色エルフとドワーフの訪問者
ー/ー
その昔、エルフが名付けたアレフヘイムの森の奥、その里はあった。森の中に突如として出現した要塞のようにも見える――巨木によって支えられた集落だ。
一般的に、エルフの里はこのように樹木に寄り添うようにして居住区を開拓していく。そうして森から発生する魔素を糧にして生涯を森の中で過ごす。エルフが森の民と呼ばれる由縁である。
森の外の民とは拒絶し、森の外の民の言葉は信用にも値しない。森の中だけが彼らにとって世界の全て――というのが一般的なエルフのイメージだろう。
ただし、生態的に必ずしも森から出ていけないということもなければ、森の魔素がなければ呼吸ができないといったこともない。集落ごとに決められた規則を課される程度の話でしかない。
例えば、故郷の森を焼かれ里を出るエルフもいる。はたまた、里の族長に追放され、森から追い出されるエルフもいる。
そういった諸事情を抱え、エルフの深刻な森離れも、ある種、社会的な問題となりつつあったが、それも時代の流れとともにエルフの在りようも変化していった。
「デニアさん、本当によろしいのですかな?」
背丈の小さな小さなドワーフの少女、サンシが確認するように問いかける。
「えぇと、なんですかぁ?」
その隣に立つ褐色肌の女エルフ、デニアはおっとりとした声で返事する。
今、二人はアレフヘイムの里の前まで訪れていた。そこは彼女たちにとって特に縁の深い場所ではない。強いて言うなら、知り合いの故郷程度のものだ。
「これからアレフヘイムの里に侵入するということについてですよ。同じエルフとして心境はいかがかと聞いたのです」
サンシは実に神妙な顔をする。
「まぁ、いいんじゃないですかねぇ~。私たちエルフって身内での決まり事や掟は厳しく取り締まるんですけどぉ、外とは完全に隔離状態といいますかぁ、まあまとまった法律みたいのもないですしねぇ」
対してデニアの答えは少しズレているというのか、緊張感に欠けるような言葉だ。
「はっきりいって、エルフが他の種族に襲撃されるのは割とよくあることですしぃ、それをいちいち咎めることってないんですよねぇ。あー、またよそからなんかやってきたー、ムカムカぁ、くらいなものです」
「それは随分とまたあっけらかんとした答えですね」
拍子抜けしたようにサンシが、はぁ、と声を漏らす。
「一応、何処かの大きな国とかでは、エルフとの和解を求めて、エルフの森を攻撃しないでくださぁい、って法律作ってお触れ出してるところもあるんですけどねぇ……結局、そういうのができる相手って、里を抜けたエルフだけなんですよね」
おっとりと気の抜けるような笑い声をあげて、デニアが茶化す。
暗にそれは、アレフヘイムに侵入することに何の感慨もないと言っているかのようでもあった。
「サンシさんには、一つ誤解のないように言っておきますね。エルフは良くも悪くも仲間意識の高い種族なんですよぉ。仲間がいじめられるのも嫌いですし、仲間が失敗するのも凄く嫌うんです。私から言えることはこのくらいでしょうか」
きょとんとした顔でサンシは少し考えたが、その言葉の意味するところを理解してか、合点のいった表情を浮かべる。
「では、私の方から逆にお訊ねしますがぁ~……、サンシさんはエルフの集落に侵入していくことに抵抗はありませんか? 実際問題、ここで踏みとどまってもいいと思うんですよぉ」
それはデニアからの最大限の親切心だろうか。そっとやさしく、おっとりとした笑みを浮かべ、ここが最後の分岐点だと言わんばかり。
「私の方は気を遣わなくてもよいのですよ、ほっほっほ。私は決してこの場に揉め事を持ち込むつもりはありません。お嬢を説得し連れて帰るために馳せ参じたまで。もし向こうに敵意を持たれるのであれば、それは致し方ないこと」
あくまでサンシは紳士的に振る舞い、穏やかな表情を浮かべる。見た目が少女なだけに、なんともはやあどけなく純真な顔にも見えた。
「何も、この里のエルフを根絶するような話ではないでしょう? ほっほっほ、ならせめて一人でも多く、無傷でいられますよう善処しますとも」
何やら不穏な言い回しが気に掛かったデニアだったが、こちらもあまり追求しないことにした。
「おらおらおらおらおらあああぁぁぁぁあああっ!!!!」
そうこうしていると、何処かでオーガが雄叫びを上げているような声が響き渡ってくる。あまりの荒々しさにデニアもサンシも少々呆れた顔を見せるが――
「どうやらノイデスさんが向かったようですな。やれやれ相変わらず品のない人だ」
「では、私たちも急いで行きましょうかぁ~」
おっとりとした表情を浮かべつつも、おっとり刀で二人は歩を進めた。
里の入り口に近付くに連れ、二人の位置が見張りに捕捉されたのか、かなりの遠方から矢が放たれてくる。その狙いは的確で、二人の急所を射る。致命傷必至だ。
無論、それが当たっていればの話だが。
「よいしょっと!」
「むんっ!」
さて、今、何が起こっただろうか。
デニアに向かっていた矢は空中で弾け飛び、サンシに向かっていた矢もはたき落とされていた。そんな簡単に説明されていいものだろうか。
「また来ますねぇ~」
「油断なさらぬように」
よく見れば、デニアは魔法で結界を張り、サンシはいつの間にか折りたたみ式の戦闘用鎚を構えていた。それらによって矢は二人には届かなかったのだ。
傍から見れば、おっとり顔のエルフがニコニコしながら歩いている。
そしてその隣を小さな少女がハンマーを背負い、一緒に歩く。
その部分だけを切り取ってみれば、森をお散歩中の姉妹に見えただろうか。
しかし、もう少し引いてみると、その光景の印象は大きく異なる。
四方八方より数十もの矢が一斉に二人に目掛けて射出されているのに、それらは一本たりとも掠りもせず、平然と歩き続けているのだ。
「重そうなハンマーですけどぉ、振り回すのお上手ですねぇ」
「ほっほっほ、デニアさんこそ。ピンポイントでバリアを張るのは大変では?」
「うふふ……張りっぱなしだと疲れちゃうんですものぉ~」
ほのぼのしい会話を続けながらも二人は、無傷のまま、里の門へと辿り着く。
そこには当然のことながら何人ものエルフが弓を構え、魔法を詠唱して待ち構えていたのだが――
「すみませぇ~ん、お邪魔しまぁすぅ~」
「こちらにお嬢――ミモザ様がいらっしゃると伺ったのですが」
招かれざる客とは思えないような、あまりにもごく自然な、態度で訪れた。
次の瞬間には後方より矢、前面より魔法と波状攻撃が繰り出される。
が、矢は砕け、魔法も掻き消え、何もなかったかのようにシンと静まりかえる。
はたして、今、何かされたのだろうか、とさえ思えてくるほど。
「手荒なことはできればぁ、無しの方向でお願いしたいのですがぁ……」
「突然のご訪問で大変失礼致しました。ですが急を要するので申し訳ない」
褐色エルフと、ドワーフの二人は、やはり普通にとことこと歩いて、アレフヘイムの里の中へと侵入した。それを侵入と呼ぶべきなのか訪問と呼ぶべきなのかは悩ましいところではあるが。
その門を通り過ぎて二人が門番エルフに背中を向けた辺りで、また矢と魔法を放たれるのだが、やはり二人は意にも介さない様子で、そのまま里の中を進んでいく。
アレフヘイムのエルフたちは、あたかも白昼夢を見たような気分だった。たった今、侵入者が二人現れたような気がしたのだが、その姿はもう見えなかった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
その昔、エルフが名付けたアレフヘイムの森の奥、その里はあった。森の中に突如として出現した要塞のようにも見える――巨木によって支えられた集落だ。
一般的に、エルフの里はこのように樹木に寄り添うようにして居住区を開拓していく。そうして森から発生する魔素を糧にして生涯を森の中で過ごす。エルフが森の民と呼ばれる由縁である。
森の外の民とは拒絶し、森の外の民の言葉は信用にも値しない。森の中だけが彼らにとって世界の全て――というのが一般的なエルフのイメージだろう。
ただし、生態的に必ずしも森から出ていけないということもなければ、森の魔素がなければ呼吸ができないといったこともない。集落ごとに決められた規則を課される程度の話でしかない。
例えば、故郷の森を焼かれ里を出るエルフもいる。はたまた、里の族長に追放され、森から追い出されるエルフもいる。
そういった諸事情を抱え、エルフの深刻な森離れも、ある種、社会的な問題となりつつあったが、それも時代の流れとともにエルフの在りようも変化していった。
「デニアさん、本当によろしいのですかな?」
背丈の小さな小さなドワーフの少女、サンシが確認するように問いかける。
「えぇと、なんですかぁ?」
その隣に立つ褐色肌の女エルフ、デニアはおっとりとした声で返事する。
今、二人はアレフヘイムの里の前まで訪れていた。そこは彼女たちにとって特に縁の深い場所ではない。強いて言うなら、知り合いの故郷程度のものだ。
「これからアレフヘイムの里に侵入するということについてですよ。同じエルフとして心境はいかがかと聞いたのです」
サンシは実に神妙な顔をする。
「まぁ、いいんじゃないですかねぇ~。私たちエルフって身内での決まり事や掟は厳しく取り締まるんですけどぉ、外とは完全に隔離状態といいますかぁ、まあまとまった法律みたいのもないですしねぇ」
対してデニアの答えは少しズレているというのか、緊張感に欠けるような言葉だ。
「はっきりいって、エルフが他の種族に襲撃されるのは割とよくあることですしぃ、それをいちいち咎めることってないんですよねぇ。あー、またよそからなんかやってきたー、ムカムカぁ、くらいなものです」
「それは随分とまたあっけらかんとした答えですね」
拍子抜けしたようにサンシが、はぁ、と声を漏らす。
「一応、何処かの大きな国とかでは、エルフとの和解を求めて、エルフの森を攻撃しないでくださぁい、って法律作ってお触れ出してるところもあるんですけどねぇ……結局、そういうのができる相手って、里を抜けたエルフだけなんですよね」
おっとりと気の抜けるような笑い声をあげて、デニアが茶化す。
暗にそれは、アレフヘイムに侵入することに何の感慨もないと言っているかのようでもあった。
「サンシさんには、一つ誤解のないように言っておきますね。エルフは良くも悪くも仲間意識の高い種族なんですよぉ。仲間がいじめられるのも嫌いですし、仲間が失敗するのも凄く嫌うんです。私から言えることはこのくらいでしょうか」
きょとんとした顔でサンシは少し考えたが、その言葉の意味するところを理解してか、合点のいった表情を浮かべる。
「では、私の方から逆にお訊ねしますがぁ~……、サンシさんはエルフの集落に侵入していくことに抵抗はありませんか? 実際問題、ここで踏みとどまってもいいと思うんですよぉ」
それはデニアからの最大限の親切心だろうか。そっとやさしく、おっとりとした笑みを浮かべ、ここが最後の分岐点だと言わんばかり。
「私の方は気を遣わなくてもよいのですよ、ほっほっほ。私は決してこの場に揉め事を持ち込むつもりはありません。お嬢を説得し連れて帰るために馳せ参じたまで。もし向こうに敵意を持たれるのであれば、それは致し方ないこと」
あくまでサンシは紳士的に振る舞い、穏やかな表情を浮かべる。見た目が少女なだけに、なんともはやあどけなく純真な顔にも見えた。
「何も、この里のエルフを根絶するような話ではないでしょう? ほっほっほ、ならせめて一人でも多く、無傷でいられますよう善処しますとも」
何やら不穏な言い回しが気に掛かったデニアだったが、こちらもあまり追求しないことにした。
「おらおらおらおらおらあああぁぁぁぁあああっ!!!!」
そうこうしていると、何処かでオーガが雄叫びを上げているような声が響き渡ってくる。あまりの荒々しさにデニアもサンシも少々呆れた顔を見せるが――
「どうやらノイデスさんが向かったようですな。やれやれ相変わらず品のない人だ」
「では、私たちも急いで行きましょうかぁ~」
おっとりとした表情を浮かべつつも、おっとり刀で二人は歩を進めた。
里の入り口に近付くに連れ、二人の位置が見張りに捕捉されたのか、かなりの遠方から矢が放たれてくる。その狙いは的確で、二人の急所を射る。致命傷必至だ。
無論、それが当たっていればの話だが。
「よいしょっと!」
「むんっ!」
さて、今、何が起こっただろうか。
デニアに向かっていた矢は空中で弾け飛び、サンシに向かっていた矢もはたき落とされていた。そんな簡単に説明されていいものだろうか。
「また来ますねぇ~」
「油断なさらぬように」
よく見れば、デニアは魔法で結界を張り、サンシはいつの間にか折りたたみ式の戦闘用鎚を構えていた。それらによって矢は二人には届かなかったのだ。
傍から見れば、おっとり顔のエルフがニコニコしながら歩いている。
そしてその隣を小さな少女がハンマーを背負い、一緒に歩く。
その部分だけを切り取ってみれば、森をお散歩中の姉妹に見えただろうか。
しかし、もう少し引いてみると、その光景の印象は大きく異なる。
四方八方より数十もの矢が一斉に二人に目掛けて射出されているのに、それらは一本たりとも掠りもせず、平然と歩き続けているのだ。
「重そうなハンマーですけどぉ、振り回すのお上手ですねぇ」
「ほっほっほ、デニアさんこそ。ピンポイントでバリアを張るのは大変では?」
「うふふ……張りっぱなしだと疲れちゃうんですものぉ~」
ほのぼのしい会話を続けながらも二人は、無傷のまま、里の門へと辿り着く。
そこには当然のことながら何人ものエルフが弓を構え、魔法を詠唱して待ち構えていたのだが――
「すみませぇ~ん、お邪魔しまぁすぅ~」
「こちらにお嬢――ミモザ様がいらっしゃると伺ったのですが」
招かれざる客とは思えないような、あまりにもごく自然な、態度で訪れた。
次の瞬間には後方より矢、前面より魔法と波状攻撃が繰り出される。
が、矢は砕け、魔法も掻き消え、何もなかったかのようにシンと静まりかえる。
はたして、今、何かされたのだろうか、とさえ思えてくるほど。
「手荒なことはできればぁ、無しの方向でお願いしたいのですがぁ……」
「突然のご訪問で大変失礼致しました。ですが急を要するので申し訳ない」
褐色エルフと、ドワーフの二人は、やはり普通にとことこと歩いて、アレフヘイムの里の中へと侵入した。それを侵入と呼ぶべきなのか訪問と呼ぶべきなのかは悩ましいところではあるが。
その門を通り過ぎて二人が門番エルフに背中を向けた辺りで、また矢と魔法を放たれるのだが、やはり二人は意にも介さない様子で、そのまま里の中を進んでいく。
アレフヘイムのエルフたちは、あたかも白昼夢を見たような気分だった。たった今、侵入者が二人現れたような気がしたのだが、その姿はもう見えなかった。