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待てない男②

ー/ー



「夢じゃなかった……」
 コリ山は頬をつねりながら、朝日が眩しい部屋で呟いた。

 昨夜の出来事が酔った末の幻だったのではないかと、一睡もせずギターケースを見つめていたのだ。

「……うわー、すっげ」

 我慢できずにギターケースを開けると甘い匂いが香り、美しい装飾と深みのある黄色いギターがこちらを見ている。勢いよくかき鳴らしてくれと言っているようだった。

「はー、たまんないね」

 すぐにギターを抱え、一弦一弦確かめるように弾いた。

ギャリリリイインンン……。

「はーーー、すっげ、やっば」

 こんな音出されちゃって、これが弾かずにいられるかい。

 コリ山は高ぶる気持ちをぶつけるようにかき鳴らした。その想いに応えるように、ギターはギャリンギャリンと鳴いた。

ああ、なんていい音なんだ。ネックまでこんなに震えて、楽器全部でオレを音のど真ん中に放り込んで、脳みそまで震わせてくるようだ。こんなにオレに応えてくれるギターが手に入るだなんて。幸せだ、幸せすぎる。はー、この時間が一生続いたらいいのに。

夢見心地で音色に浸るコリ山だったが、ふっと我に返った。今はまだ朝が早い。ギターの音でご近所トラブルにならないだろうか。慌てて時計を確認すると、もう十五分が経とうとしている。

「こんなに短いの!?」

 名残惜しいなんてもんじゃない。ごちそうを目の前でぶら下げられたのに届かず、今にも空腹で死にそうな野犬のようだ。いやそれよりひどい。自ら手放すのだから。こんなの拷問じゃないか。

「でも、約束、だもんなー……」

 コリ山は抱えているギターのボディを優しく撫でた。ツヤツヤとして指触りがよく、なめらかな曲線がどこまでも愛おしかった。

 そのギターが身体から、両腕から、手の平から、指先から離れるのがとんでもなく名残惜しくて仕方がない。クロスで優しく優しくボディを磨き、弦を一本一本丁寧に拭き上げ、インレイ一つ一つの輝きを目に焼き付けながら、数十分かけてケースへ戻した。

 ケースに収まるギターは、いつまでも見ていられるほど美しかった。

 だが、あいにく今日は仕事に行かなければならない。ゆっくりゆっくりとケースの蓋を閉じ、大きな溜め息をついた。


 


『うわあ! かっこいい!!!』

『ついに見つけたんすね!』

『まるでホーリーグレイルのようだ……』

『コリさんに似合っていてすごくいいですね』

 夕方帰宅してすぐにギターケースを開け、うっとりと見つめながらコリ山は配信を始めた。いつもギターを弾いたり、ギターについての愛を語ったりしているため、自分の気持ちをぶちまけたかった。

「今まで妥協せずに45探しててホント救われたよね」

 ギターの入手先は、黒喪ギタ郎という謎の男からもらったことは伏せ、知り合いに譲ってもらったとだけ告げた。

「ねー、面構えも最っ高でしょ~」

 様々な角度から撮った写真を適宜リスナーに見せながら話していく。その度にリスナーからのコメントが湧いた。

『念願のハカランダの縦ロゴが買えてよかったですね』

『いいな~いいな~』

『このギターもいい匂いするんですか?』

『ちょっと弾いてくださいよ!』

『音聞きたい!』

 やっぱりか、とコリ山は顔をしかめた。普段からギターについて話しているのだから、音色を聞きたがるのは当然だった。

「いやぁ、今日はちょっとね。ほら、前に言ってたでしょ。お隣さんがさ、うるさいんで」

『あーそっか』

『それじゃ仕方ないね』

『たくさん弾きたいだろうに生ゴロしw』

『うおー聞きたかったああ』

「ごめんねー。弾ける時は聞かせますから、ちょっとしばらく待っててくださいね」

 できることならオレだってみんなにこのギターの素晴らしい音色を聞かせてあげたい。いや、みんなの前で思いっきり弾いて楽しみたい。

 内心そんなことを思いながら、こっそりと溜め息をついた。





―――


 
 そうしてしばらくの間は我慢していたコリ山だが、やはり我慢などできるはずもなく……。

『やっぱコリさんの踊り子は最高だなー!』

『いつもの踊り子より踊り子が見えたわ』

『わかるー! 衣装は眩しいし、みんな可愛かった……』

『スリーフィンガー速すぎて見えないです』

『今までもたくさん聞いてきたのに、なんか感動して泣いちゃいました』

『ドームでやってるみたいに鳴るじゃないすか!』

 嬉しいコメントを読みながら、チラリと時計を確認した。わかっていたことだが、容赦ない現実にゲンナリしながら、コリ山は言いたくない言葉をリスナーへ告げた。

「はい、今日はここまでですね」

『えー! もう終わり?』

『もっと聞きたいです』

『やだやだやだやだーーー』

『で、次の曲なにかな』

「いやいや、今日はおしまい、ね……」

 まだまだ弾きたい気持ちを一生懸命我慢して、ギターをケースへとそっと置いた。

『ライブの練習しないとですよ~』

「そう、だよね~」

 ライブのことを言われると頭が痛かった。『いいギターも手に入れたことだし、せっかくならライブしましょう』。配信仲間に誘われて、ついOKと返事をしてしまっていた。

 一日十五分しか弾けないのにどうやってライブに参加したらいいのだろう。コリングスを持って交代しながら弾くこともできるが、やはりこのD45と共にステージに立ちたい。

 普段から思う存分ギターを弾きたいと思っているコリ山にとって、リスナーの言葉は悪魔の囁きでしかなかった。リスナーを言い訳にして弾いてしまえばいいのではないか。いやいや、そんなこと許されるのだろうか。

「いやぁ、実はですね。このギターを譲っていただいた時に、一日十五分までと約束したんですよ。前の持ち主さんに念を押されてね」

 この苦しみをわかってほしいと、コリ山はついにリスナーに打ち明けた。

『は!? 十五分!?』

『短すぎ(笑)』

『なんで十五分しか弾いちゃいけないんですか?』

『ワケわからん』

『どーゆーこと?』

 案の定というべきか、コメント欄はコリ山自身も黒喪にしたようなリアクションで埋め尽くされた。

「なんででしょうね~。弦を傷めないためなのか、ボディを大事にするためなのか。ちょっとオレもわかんないんですよねー」

『なんでなんでしょうね』

『持ち主変わったんだから別にいいじゃんね』

『ギターは弾いてナンボでしょう!』

『弦が傷むって言ったって時間が経てばサビだって浮く、どうせ消耗品ですよ。それにボディが傷まないように、なんて、そんなの意味わかんないすよ! 大事に扱っても傷がつく時はつきますし、その傷もギターの風格や表情を作ってるんですから恐れるもんじゃないです』

「そうだよね、うん、言う通りだわ。やっぱそうだよな~」

 リスナーの言葉にコリ山は深く頷いた。

 もう黒喪にも会うことはないだろうし、どうせわかりっこないよな。

「うん、オレがバカ正直に約束守ってたけど、理由はね、オレもよくわからないしさ。言われてみればもうオレのギターだもんな。どう弾こうがオレの自由だよな」

『そうだそうだ!』

『いっぱい練習してライブがんばってくださいね』

『コリさんだけのギターに育てようぜ』

 やいのやいのとコメント欄が湧いている。

 その様子を眺めながらコリ山は言った。

「じゃ、もうちょっと弾いちゃいますか~! やっぱさ、練習しなきゃね」

 嬉しさが隠せない声色で、再びギターを抱えるとギャリインと鳴らしてみせた。


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「夢じゃなかった……」
 コリ山は頬をつねりながら、朝日が眩しい部屋で呟いた。
 昨夜の出来事が酔った末の幻だったのではないかと、一睡もせずギターケースを見つめていたのだ。
「……うわー、すっげ」
 我慢できずにギターケースを開けると甘い匂いが香り、美しい装飾と深みのある黄色いギターがこちらを見ている。勢いよくかき鳴らしてくれと言っているようだった。
「はー、たまんないね」
 すぐにギターを抱え、一弦一弦確かめるように弾いた。
ギャリリリイインンン……。
「はーーー、すっげ、やっば」
 こんな音出されちゃって、これが弾かずにいられるかい。
 コリ山は高ぶる気持ちをぶつけるようにかき鳴らした。その想いに応えるように、ギターはギャリンギャリンと鳴いた。
ああ、なんていい音なんだ。ネックまでこんなに震えて、楽器全部でオレを音のど真ん中に放り込んで、脳みそまで震わせてくるようだ。こんなにオレに応えてくれるギターが手に入るだなんて。幸せだ、幸せすぎる。はー、この時間が一生続いたらいいのに。
夢見心地で音色に浸るコリ山だったが、ふっと我に返った。今はまだ朝が早い。ギターの音でご近所トラブルにならないだろうか。慌てて時計を確認すると、もう十五分が経とうとしている。
「こんなに短いの!?」
 名残惜しいなんてもんじゃない。ごちそうを目の前でぶら下げられたのに届かず、今にも空腹で死にそうな野犬のようだ。いやそれよりひどい。自ら手放すのだから。こんなの拷問じゃないか。
「でも、約束、だもんなー……」
 コリ山は抱えているギターのボディを優しく撫でた。ツヤツヤとして指触りがよく、なめらかな曲線がどこまでも愛おしかった。
 そのギターが身体から、両腕から、手の平から、指先から離れるのがとんでもなく名残惜しくて仕方がない。クロスで優しく優しくボディを磨き、弦を一本一本丁寧に拭き上げ、インレイ一つ一つの輝きを目に焼き付けながら、数十分かけてケースへ戻した。
 ケースに収まるギターは、いつまでも見ていられるほど美しかった。
 だが、あいにく今日は仕事に行かなければならない。ゆっくりゆっくりとケースの蓋を閉じ、大きな溜め息をついた。
『うわあ! かっこいい!!!』
『ついに見つけたんすね!』
『まるでホーリーグレイルのようだ……』
『コリさんに似合っていてすごくいいですね』
 夕方帰宅してすぐにギターケースを開け、うっとりと見つめながらコリ山は配信を始めた。いつもギターを弾いたり、ギターについての愛を語ったりしているため、自分の気持ちをぶちまけたかった。
「今まで妥協せずに45探しててホント救われたよね」
 ギターの入手先は、黒喪ギタ郎という謎の男からもらったことは伏せ、知り合いに譲ってもらったとだけ告げた。
「ねー、面構えも最っ高でしょ~」
 様々な角度から撮った写真を適宜リスナーに見せながら話していく。その度にリスナーからのコメントが湧いた。
『念願のハカランダの縦ロゴが買えてよかったですね』
『いいな~いいな~』
『このギターもいい匂いするんですか?』
『ちょっと弾いてくださいよ!』
『音聞きたい!』
 やっぱりか、とコリ山は顔をしかめた。普段からギターについて話しているのだから、音色を聞きたがるのは当然だった。
「いやぁ、今日はちょっとね。ほら、前に言ってたでしょ。お隣さんがさ、うるさいんで」
『あーそっか』
『それじゃ仕方ないね』
『たくさん弾きたいだろうに生ゴロしw』
『うおー聞きたかったああ』
「ごめんねー。弾ける時は聞かせますから、ちょっとしばらく待っててくださいね」
 できることならオレだってみんなにこのギターの素晴らしい音色を聞かせてあげたい。いや、みんなの前で思いっきり弾いて楽しみたい。
 内心そんなことを思いながら、こっそりと溜め息をついた。
―――
 そうしてしばらくの間は我慢していたコリ山だが、やはり我慢などできるはずもなく……。
『やっぱコリさんの踊り子は最高だなー!』
『いつもの踊り子より踊り子が見えたわ』
『わかるー! 衣装は眩しいし、みんな可愛かった……』
『スリーフィンガー速すぎて見えないです』
『今までもたくさん聞いてきたのに、なんか感動して泣いちゃいました』
『ドームでやってるみたいに鳴るじゃないすか!』
 嬉しいコメントを読みながら、チラリと時計を確認した。わかっていたことだが、容赦ない現実にゲンナリしながら、コリ山は言いたくない言葉をリスナーへ告げた。
「はい、今日はここまでですね」
『えー! もう終わり?』
『もっと聞きたいです』
『やだやだやだやだーーー』
『で、次の曲なにかな』
「いやいや、今日はおしまい、ね……」
 まだまだ弾きたい気持ちを一生懸命我慢して、ギターをケースへとそっと置いた。
『ライブの練習しないとですよ~』
「そう、だよね~」
 ライブのことを言われると頭が痛かった。『いいギターも手に入れたことだし、せっかくならライブしましょう』。配信仲間に誘われて、ついOKと返事をしてしまっていた。
 一日十五分しか弾けないのにどうやってライブに参加したらいいのだろう。コリングスを持って交代しながら弾くこともできるが、やはりこのD45と共にステージに立ちたい。
 普段から思う存分ギターを弾きたいと思っているコリ山にとって、リスナーの言葉は悪魔の囁きでしかなかった。リスナーを言い訳にして弾いてしまえばいいのではないか。いやいや、そんなこと許されるのだろうか。
「いやぁ、実はですね。このギターを譲っていただいた時に、一日十五分までと約束したんですよ。前の持ち主さんに念を押されてね」
 この苦しみをわかってほしいと、コリ山はついにリスナーに打ち明けた。
『は!? 十五分!?』
『短すぎ(笑)』
『なんで十五分しか弾いちゃいけないんですか?』
『ワケわからん』
『どーゆーこと?』
 案の定というべきか、コメント欄はコリ山自身も黒喪にしたようなリアクションで埋め尽くされた。
「なんででしょうね~。弦を傷めないためなのか、ボディを大事にするためなのか。ちょっとオレもわかんないんですよねー」
『なんでなんでしょうね』
『持ち主変わったんだから別にいいじゃんね』
『ギターは弾いてナンボでしょう!』
『弦が傷むって言ったって時間が経てばサビだって浮く、どうせ消耗品ですよ。それにボディが傷まないように、なんて、そんなの意味わかんないすよ! 大事に扱っても傷がつく時はつきますし、その傷もギターの風格や表情を作ってるんですから恐れるもんじゃないです』
「そうだよね、うん、言う通りだわ。やっぱそうだよな~」
 リスナーの言葉にコリ山は深く頷いた。
 もう黒喪にも会うことはないだろうし、どうせわかりっこないよな。
「うん、オレがバカ正直に約束守ってたけど、理由はね、オレもよくわからないしさ。言われてみればもうオレのギターだもんな。どう弾こうがオレの自由だよな」
『そうだそうだ!』
『いっぱい練習してライブがんばってくださいね』
『コリさんだけのギターに育てようぜ』
 やいのやいのとコメント欄が湧いている。
 その様子を眺めながらコリ山は言った。
「じゃ、もうちょっと弾いちゃいますか~! やっぱさ、練習しなきゃね」
 嬉しさが隠せない声色で、再びギターを抱えるとギャリインと鳴らしてみせた。