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8823と名前をつけてやる(中編)

ー/ー



 ――キンコン、カーン。

 そんな話をしていると、イヤリングから鐘のような音が聞こえてきた。
 続けてリサの声がする。

「台風が接近しています。――ただいまより、タイフーンシグナル・ナンバー(フォー)を発令します」

 台風警戒信号(タイフーンシグナル)が正式に発令されたようだ。
 
「――繰り返します。タイフーンシグナル・ナンバー4を発令します。市民のみなさんは規則に従い、すみやかに行動してください」

 ふたりがいる沖合いの上空ではイヤリングからしか聞こえないが、陸の上では各地のスピーカーから街中にリサの声が響いているはずだ。
 モチコがこの街に住み始めてもう5年になる。
 今まで何回も耳にしてきたタイフーンシグナルを、初めて空の上で聞き、シグナスの一員になった実感があらためて湧いてきた。

 と、同時に緊張感が増す。
 ついに台風戦だ。

「――こちらタワー。ミライア、モチコちゃん、聞こえる?」
「はいよ」「聞こえます!」

「台風はタワーから南、安全飛行限界(フライトライン)から20%ほど進入した位置。進路は北北東で、移動速度が速いわ」
「もう20%か。確かに速いね」
「現時点でのシグナルは4。今回の目標は3か2まで落とすこと。ミライア、問題ないかしら?」
「問題ない。この速さなら、通信圏内に入る前に叩いたほうがいい。すぐに出たい」
「了解。王国魔導法に基づき、台風への攻撃(アタック)を許可します。よろしくね」

 リサの言葉が終わると同時に、ミライアがホウキの上で前傾姿勢を取った。

「よしきた。モチコ、いくよ」
「はいっ」

 黄金色のオーラが夜空に弾け、ホウキは勢いよく発進した。
 進路はまっすぐ南へ。最短距離で台風を目指して飛ぶ。
 風が一気に強くなり、すぐに雨も降り始めた。


「モチコ、凍結スクロールは持ってるね?」
「はい、あります!」

 モチコは制服の左胸にあるポケットに触れ、そこに入っているスクロールの厚みを確かめた。

「モチコはスクロール使ったことある?」
「あるわけないですよ! 1枚いくらすると思ってるんですか!」

 スクロールはめちゃくちゃ高級品だ。
 しかも台風に効くほど強力な凍結魔法のスクロールなんて、なおさらヤバい。
 失敗してムダ撃ちなんかした日には、いっそそのまま台風の渦に飲まれてしまいたい心境になりそうだ。

「じゃあ、まずは1発撃ってみようか」
「はぁぁ……。この展開、先輩ならそう言いそうな予感はしてましたが……。ああ、失敗したらどうしよう」
「モチコが外しても、私がもう1回撃つから大丈夫」
「心配なのはそこじゃないんですけど……」
「まあ気楽にやろうよ」

 全く気楽にやれそうにはないが、これも先輩のアルビレオとして成長するための第一歩だ。
 腹をくくってやることにした。

 ミライアが撃ち方を口で説明するのを聞きながら、モチコは何度も頭の中でイメージトレーニングする。
 視線と腕は目標に向けてまっすぐ、魔力をスクロールに流して、そのまま視線と腕をキープ……。
 ああっ! 失敗したくない!

「なるべく台風に近づいて撃つのが理想だけど、近づきすぎると台風の渦に飲まれる危険がある。その見極めが大事」
「はい」
「撃つときの照準は、台風の根元を狙う。台風の少し手前の海面がいい」
「台風に直接当てるんじゃないんですね」
「直接当てると効果が薄い。台風がこれから通る海面に撃ち込めたらベスト」

 モチコは初めて空を飛んだ日のことを思い出した。
 ミライアが台風にスクロールを撃ち込んだとき、確かに海面に向けて撃つのを見た記憶がある。

「……台風を壊すというよりは、台風のエネルギー源を断つ、って感じですか?」
「そのとおり。台風のエネルギーは、海面で温められた水蒸気だ」
「はい」
「台風が進む先の海面を凍らせれば、エネルギーが供給されず、台風は弱まる」
「なるほど」
「まあ、台風に直接スクロールを当てても少しは効くけど、ちゃんとダメージを与えるなら、台風の中に飛び込んで内側から当てるしかないだろうね」
「台風の中に飛び込む……。そんなこと出来るんですか?」
「いや、無理。私でも台風の渦に飲まれたらコントロールを失って墜落する。間違いなく海の藻屑になるね」
「うわぁ……」

 海の藻屑になってぷかりと海面に浮いている自分の姿を想像して、絶対に台風の渦には飲まれないようにしようと強く思った。
 藻屑、ヤダ、ゼッタイ。

 ホウキが台風に近づき、雨も風もさらに強くなった。
 雨避けの魔法で濡れないとはいえ、身体中に打ちつけてくる雨粒がバチバチと音を立ててうるさい。
 猛烈な風が雲をぐちゃぐちゃに搔きまわして、視界が奪われる。

 絶対にスクロールを外さないように、台風を凝視していたモチコは、焦って叫んだ。

「せっ、せっ、先輩! 台風が見えないです!」
「大丈夫。このあと見えるように飛ぶから」

 ミライアはホウキを大きく右に旋回させた。
 依然として嵐でぐちゃぐちゃになった雲のなかを飛んでいて、何も見えない。

「モチコ、スクロールを準備して。このあと左手に台風が見えるよ。撃つタイミングは私が合図する」
「は、はいっ!」

 すぐにモチコは左胸のポケットからスクロールを取り出し、左手に構えた。
 右手はしっかりとミライアにしがみついたまま、ホウキの上で身体を左に傾ける。

 スクロールを握った左腕を空中にまっすぐ伸ばし、台風を探した。
 緊張で手が震える。

「モチコ、深呼吸して。大きく息を吸うんだ」

 言われたとおりに大きく息を吸う。
 空気中のマナを身体に取り入れて、オーラを練るための材料にするのだ。

 空気をいっぱいまで吸い込んだところで息を止め、身体の中にマナを巡らせる。
 お腹から胸、頭の先へ。
 両足のつま先、両手の指先まで。

 マナが全身を循環するのを感じると、モチコの身体から緑色のオーラが滲みはじめる。
 あとはこのオーラを、左手に握ったスクロールに流せば良いだけだ。

 そこで急に視界が開けた。

(後編へ続く)


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 ――キンコン、カーン。
 そんな話をしていると、イヤリングから鐘のような音が聞こえてきた。
 続けてリサの声がする。
「台風が接近しています。――ただいまより、タイフーンシグナル・ナンバー|4《フォー》を発令します」
 |台風警戒信号《タイフーンシグナル》が正式に発令されたようだ。
「――繰り返します。タイフーンシグナル・ナンバー4を発令します。市民のみなさんは規則に従い、すみやかに行動してください」
 ふたりがいる沖合いの上空ではイヤリングからしか聞こえないが、陸の上では各地のスピーカーから街中にリサの声が響いているはずだ。
 モチコがこの街に住み始めてもう5年になる。
 今まで何回も耳にしてきたタイフーンシグナルを、初めて空の上で聞き、シグナスの一員になった実感があらためて湧いてきた。
 と、同時に緊張感が増す。
 ついに台風戦だ。
「――こちらタワー。ミライア、モチコちゃん、聞こえる?」
「はいよ」「聞こえます!」
「台風はタワーから南、|安全飛行限界《フライトライン》から20%ほど進入した位置。進路は北北東で、移動速度が速いわ」
「もう20%か。確かに速いね」
「現時点でのシグナルは4。今回の目標は3か2まで落とすこと。ミライア、問題ないかしら?」
「問題ない。この速さなら、通信圏内に入る前に叩いたほうがいい。すぐに出たい」
「了解。王国魔導法に基づき、台風への|攻撃《アタック》を許可します。よろしくね」
 リサの言葉が終わると同時に、ミライアがホウキの上で前傾姿勢を取った。
「よしきた。モチコ、いくよ」
「はいっ」
 黄金色のオーラが夜空に弾け、ホウキは勢いよく発進した。
 進路はまっすぐ南へ。最短距離で台風を目指して飛ぶ。
 風が一気に強くなり、すぐに雨も降り始めた。
「モチコ、凍結スクロールは持ってるね?」
「はい、あります!」
 モチコは制服の左胸にあるポケットに触れ、そこに入っているスクロールの厚みを確かめた。
「モチコはスクロール使ったことある?」
「あるわけないですよ! 1枚いくらすると思ってるんですか!」
 スクロールはめちゃくちゃ高級品だ。
 しかも台風に効くほど強力な凍結魔法のスクロールなんて、なおさらヤバい。
 失敗してムダ撃ちなんかした日には、いっそそのまま台風の渦に飲まれてしまいたい心境になりそうだ。
「じゃあ、まずは1発撃ってみようか」
「はぁぁ……。この展開、先輩ならそう言いそうな予感はしてましたが……。ああ、失敗したらどうしよう」
「モチコが外しても、私がもう1回撃つから大丈夫」
「心配なのはそこじゃないんですけど……」
「まあ気楽にやろうよ」
 全く気楽にやれそうにはないが、これも先輩のアルビレオとして成長するための第一歩だ。
 腹をくくってやることにした。
 ミライアが撃ち方を口で説明するのを聞きながら、モチコは何度も頭の中でイメージトレーニングする。
 視線と腕は目標に向けてまっすぐ、魔力をスクロールに流して、そのまま視線と腕をキープ……。
 ああっ! 失敗したくない!
「なるべく台風に近づいて撃つのが理想だけど、近づきすぎると台風の渦に飲まれる危険がある。その見極めが大事」
「はい」
「撃つときの照準は、台風の根元を狙う。台風の少し手前の海面がいい」
「台風に直接当てるんじゃないんですね」
「直接当てると効果が薄い。台風がこれから通る海面に撃ち込めたらベスト」
 モチコは初めて空を飛んだ日のことを思い出した。
 ミライアが台風にスクロールを撃ち込んだとき、確かに海面に向けて撃つのを見た記憶がある。
「……台風を壊すというよりは、台風のエネルギー源を断つ、って感じですか?」
「そのとおり。台風のエネルギーは、海面で温められた水蒸気だ」
「はい」
「台風が進む先の海面を凍らせれば、エネルギーが供給されず、台風は弱まる」
「なるほど」
「まあ、台風に直接スクロールを当てても少しは効くけど、ちゃんとダメージを与えるなら、台風の中に飛び込んで内側から当てるしかないだろうね」
「台風の中に飛び込む……。そんなこと出来るんですか?」
「いや、無理。私でも台風の渦に飲まれたらコントロールを失って墜落する。間違いなく海の藻屑になるね」
「うわぁ……」
 海の藻屑になってぷかりと海面に浮いている自分の姿を想像して、絶対に台風の渦には飲まれないようにしようと強く思った。
 藻屑、ヤダ、ゼッタイ。
 ホウキが台風に近づき、雨も風もさらに強くなった。
 雨避けの魔法で濡れないとはいえ、身体中に打ちつけてくる雨粒がバチバチと音を立ててうるさい。
 猛烈な風が雲をぐちゃぐちゃに搔きまわして、視界が奪われる。
 絶対にスクロールを外さないように、台風を凝視していたモチコは、焦って叫んだ。
「せっ、せっ、先輩! 台風が見えないです!」
「大丈夫。このあと見えるように飛ぶから」
 ミライアはホウキを大きく右に旋回させた。
 依然として嵐でぐちゃぐちゃになった雲のなかを飛んでいて、何も見えない。
「モチコ、スクロールを準備して。このあと左手に台風が見えるよ。撃つタイミングは私が合図する」
「は、はいっ!」
 すぐにモチコは左胸のポケットからスクロールを取り出し、左手に構えた。
 右手はしっかりとミライアにしがみついたまま、ホウキの上で身体を左に傾ける。
 スクロールを握った左腕を空中にまっすぐ伸ばし、台風を探した。
 緊張で手が震える。
「モチコ、深呼吸して。大きく息を吸うんだ」
 言われたとおりに大きく息を吸う。
 空気中のマナを身体に取り入れて、オーラを練るための材料にするのだ。
 空気をいっぱいまで吸い込んだところで息を止め、身体の中にマナを巡らせる。
 お腹から胸、頭の先へ。
 両足のつま先、両手の指先まで。
 マナが全身を循環するのを感じると、モチコの身体から緑色のオーラが滲みはじめる。
 あとはこのオーラを、左手に握ったスクロールに流せば良いだけだ。
 そこで急に視界が開けた。
(後編へ続く)