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8823と名前をつけてやる(前編)

ー/ー



 星がよく見える夜だ。
 モチコはホウキで飛ぶミライアの後ろにしがみつきながら、星空を眺めていた。

 陸地にいると街の灯りが邪魔をして星は見えづらいが、沖合いに出てしまえば格段によく見える。
 しかも今夜は雲ひとつない快晴で、星を見るには最高の空だった。


 昼間は思いのほか、カフェテラスでのんびりしてしまっていたようだ。
 タワーについた時には勤務開始の時間ぎりぎりだった。
 モチコは急いで制服に着替え、お互いに白いスカーフを巻き合い(それを見たリサがまた興奮していた)、シズゥに雨避けのスクロールをかけてもらったあとで、バタバタと空へ飛び立った。

「――こちらタワー。ミライア、モチコちゃん、聞こえる?」

 光を灯した左耳のイヤリングから、リサの透き通った声が届く。

「オーケー。聞こえてるよ」
「リサさん、こっちも大丈夫です」

 リサとの通信はとてもクリアだった。
 天気が良ければ通信状況は良くなり、逆に雲や雨風があるとノイズが入りやすくなるそうだ。
 今夜は快晴のおかげで、リサの透き通った声が一段と透明感を増して聞こえた。

「では現在の状況を伝えるわ。観測範囲内に台風はなし。天気は快晴。穏やかな南よりの風。懸念点は……夜の割には気温が少し高いくらいね」

 確かに、太陽が沈んだあとにしては蒸し暑かった。
 それでもホウキがスピードを出していれば風を感じるので、暑さはそれほど気にならない。

「とりあえず、いつも通り見回りをしていくよ」
「見回りの合間に、またモチコちゃんを高速で振り回す練習かしら?」
「あんなの全然高速じゃないよ。まだ初級。これからもっと速くして練習するから」
「うぇっ!?」

 ミライアの言葉に、モチコは前回の過酷な練習を思い出して、変な声が出た。
 えっ、あれが初級!? 先輩、マジですか……?

「じゃあ、また定時報告を入れるよ」
「了解。では、良きフライトを」
「良きフライトを」「……良きフライトを」

 任務の無事を祈る挨拶をしながら、モチコは自分の無事を強く願わずにはいられなかった。

 そんなモチコの内心をよそに、夜空は穏やかだ。
 星がちらちらと輝いている。

 ホウキが沖に向かって飛んでいるあいだ、ふたりは空を見上げ、星の配置を確かめていった。
 ミライアが東の空を見ながら言う。

「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」

 先輩が指さす夏の大三角。
 夏の空でひときわ明るく輝く3つの星だ。

「あそこに見えるデネブが白鳥座だね」
白鳥座(シグナス)の由来ですね」
「そう。だから、灯台(タワー)の光のことを、このあたりの船乗りはデネブとも呼んでる」

 そう聞いて陸地の方を振り返る。
 灯台(タワー)のデネブの光はだいぶ遠くにあり、ちょうど見えなくなりつつあるところだった。

「デネブが白鳥座のしっぽの部分。そこから、こう十字形に鳥の形になってる」

 ミライアは手で空中に十字を描きながら説明した。
 その身体にまとった黄金色のオーラが、指先に沿って線となり、夜空に十字形の軌跡を描く。
 夏の大三角を突き抜けるようにして天の川を雄大に翔ける、白鳥の姿が浮かび上がってきた。

 モチコはそのくちばし部分にある星を指さす。

「あれが、アルビレオですね」
「そう、二重星アルビレオ。肉眼ではひとつの星にしか見えないけど、望遠鏡で見るとふたつの星に見えるよ」
「先輩は見たことあるんですか?」
「あるよ。小さい頃にだけど」
「おぉ。先輩の小さい頃って、なんだか想像出来ないです」
「そうかな? 今とあんまり変わらないと思うけど」

 そう言いながらふたりで笑う。
 今の先輩みたいな子供っていうのを想像するとおかしいけれど、先輩なら確かに小さい頃から変わらなさそうな気もした。

 望遠鏡で見たアルビレオは、お互いに寄り添うように輝く、金色と青色の星だという。
 モチコはその姿に想いを馳せた。

 今はまだ先輩のアルビレオとして全然役に立てていないけれど、いつか黄金色の先輩に寄り添う、青く輝ける星になりたい。

 モチコが自力で飛べるようになるかは正直わからないが、まずは何らかの形で貢献できるようがんばろう。
 そんなことを考えながら、両手をグッと握って気合いを入れた。

「それにしても、今日は本当に空が穏やかだね。絶好の練習びよりだ」
「あ、でも、ちーちゃん……チャンチャルが、このあと嵐が来るって言ってましたよ」

 モチコは昼間のカフェテラスでの会話を思い出してミライアに伝えた。
 決して練習を回避したかった訳ではない。決して。

「へえ。あの子が言うなら本当に嵐になるかも。早めに安全飛行限界(フライトライン)まで確かめにいってみよう」

 ミライアはそう言ってスピードを上げた。
 先輩にも信用されてるちーちゃんの野生の勘、実は結構すごいのでは?


 ホウキは向かい風をものともせず、しばらくのあいだ沖へと飛び続けた。
 もう陸地は見えず、リサとの通信も切れている。
 周りは海だけだ。

 目を凝らして水平線のあたりを見ると、雲があるようにも見えるが、暗くて良くわからない。
 少しのあいだ、ふたりは雲を注視しながら無言で飛び続けた。

 さっきまで、蒸し暑い夜のはずだった。
 ふいに、モチコは制服の半袖から出ている腕が、ひやりと冷たいことに気がつく。

「あれ? なんだか、寒いですかね?」

 ミライアはそれには答えず、はるか先の水平線を見つめ続けている。
 いくらホウキがスピードを出しているとはいえ、それだけでこんな急に風が冷たくなったりしない。
 気温が急激に下がっているのは確実だった。

「これはどうやら、あの子の言うことが正解だね」

 ミライアが前を向いたまま続ける。

「――台風だ」

 そう言ってミライアが指さした方向を見ると、遠くに大きな雲のかたまりが見えた。
 ミライアはすぐにホウキを旋回させてUターンする。
 陸地に向かって、いま来たルートを戻り始めた。

「すぐにリサとの通信圏内まで戻って報告する。スピード上げるよ」

 風がうなる音が聞こえ、ホウキはかなりのスピードで夜空を突き進んだ。
 以前のモチコなら必死でミライアにしがみついていたところだが、今はこの程度のスピードならまわりを見る余裕もあるくらいだ。
 練習の成果かもしれない。

 それにかなり速いとはいっても、ミライアの全速力という訳ではなかった。
 まだこのあと台風と戦うための余力を残さなければならない。

 しばらくすると、遠くに灯台のデネブの光が見えた。
 左耳のイヤリングに光が灯ったのを確認し、ミライアが報告を入れる。

「リサ、台風だ。タワーからほぼ真南。まだ遠いけど、すぐに安全飛行限界(フライトライン)は越えると思う。たぶん3か4」
「こちらタワー、了解。すぐに分析を始めるわ」

 リサはいつもの透き通った声で冷静に応答した。

「分析が終わるまでふたりは通信圏内で警戒しながら待機。シグナル発令後、追って指示を出すわ」
「オーケー、よろしく」

 一旦通信が終わると、ホウキは再びUターンして台風の方向を向いた。
 この位置からだと、まだ台風は見えない。
 ミライアはホウキを空中で静止させた。

「よし。警戒待機、と」
「すぐに台風に向かわないんですか? 早めに対処したほうが良い気がしますけど」

 モチコは疑問に感じたことを尋ねてみた。

「先に台風を分析してから、ベストなタイミングで攻撃(アタック)したほうが確実だからね」
「タイミング、ですか」
「陸から遠い位置で攻撃すると、いったん台風が弱くなったとしても、そのあと海上を進むあいだにまた復活する」
「うわぁ……。街に上陸するころには、また強くなっちゃう訳ですね」
「そう。シグナル4くらいだったら、台風を引き付けてから攻撃したほうがいい」
「なるほど」

 ミライアはそこで少し間をおいてから、話を続ける。

「まあそれ以前に、リサからの指示がないのに攻撃したら、法令違反になるけど」
「……違反したら、どうなるんですか?」
「魔導法違反で裁判にかけられて、悪ければ投獄かな」
「怖っ!」
「私かモチコのどちらかが違反したら一連托生だから、一緒に牢屋に入れるよ。その時はよろしく」
「先輩……、絶対やめてくださいね?」

 ――キンコン、カーン。

 そんな話をしていると、イヤリングから鐘のような音が聞こえてきた。

(中編へ続く)


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 星がよく見える夜だ。
 モチコはホウキで飛ぶミライアの後ろにしがみつきながら、星空を眺めていた。
 陸地にいると街の灯りが邪魔をして星は見えづらいが、沖合いに出てしまえば格段によく見える。
 しかも今夜は雲ひとつない快晴で、星を見るには最高の空だった。
 昼間は思いのほか、カフェテラスでのんびりしてしまっていたようだ。
 タワーについた時には勤務開始の時間ぎりぎりだった。
 モチコは急いで制服に着替え、お互いに白いスカーフを巻き合い(それを見たリサがまた興奮していた)、シズゥに雨避けのスクロールをかけてもらったあとで、バタバタと空へ飛び立った。
「――こちらタワー。ミライア、モチコちゃん、聞こえる?」
 光を灯した左耳のイヤリングから、リサの透き通った声が届く。
「オーケー。聞こえてるよ」
「リサさん、こっちも大丈夫です」
 リサとの通信はとてもクリアだった。
 天気が良ければ通信状況は良くなり、逆に雲や雨風があるとノイズが入りやすくなるそうだ。
 今夜は快晴のおかげで、リサの透き通った声が一段と透明感を増して聞こえた。
「では現在の状況を伝えるわ。観測範囲内に台風はなし。天気は快晴。穏やかな南よりの風。懸念点は……夜の割には気温が少し高いくらいね」
 確かに、太陽が沈んだあとにしては蒸し暑かった。
 それでもホウキがスピードを出していれば風を感じるので、暑さはそれほど気にならない。
「とりあえず、いつも通り見回りをしていくよ」
「見回りの合間に、またモチコちゃんを高速で振り回す練習かしら?」
「あんなの全然高速じゃないよ。まだ初級。これからもっと速くして練習するから」
「うぇっ!?」
 ミライアの言葉に、モチコは前回の過酷な練習を思い出して、変な声が出た。
 えっ、あれが初級!? 先輩、マジですか……?
「じゃあ、また定時報告を入れるよ」
「了解。では、良きフライトを」
「良きフライトを」「……良きフライトを」
 任務の無事を祈る挨拶をしながら、モチコは自分の無事を強く願わずにはいられなかった。
 そんなモチコの内心をよそに、夜空は穏やかだ。
 星がちらちらと輝いている。
 ホウキが沖に向かって飛んでいるあいだ、ふたりは空を見上げ、星の配置を確かめていった。
 ミライアが東の空を見ながら言う。
「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」
 先輩が指さす夏の大三角。
 夏の空でひときわ明るく輝く3つの星だ。
「あそこに見えるデネブが白鳥座だね」
「|白鳥座《シグナス》の由来ですね」
「そう。だから、|灯台《タワー》の光のことを、このあたりの船乗りはデネブとも呼んでる」
 そう聞いて陸地の方を振り返る。
 |灯台《タワー》のデネブの光はだいぶ遠くにあり、ちょうど見えなくなりつつあるところだった。
「デネブが白鳥座のしっぽの部分。そこから、こう十字形に鳥の形になってる」
 ミライアは手で空中に十字を描きながら説明した。
 その身体にまとった黄金色のオーラが、指先に沿って線となり、夜空に十字形の軌跡を描く。
 夏の大三角を突き抜けるようにして天の川を雄大に翔ける、白鳥の姿が浮かび上がってきた。
 モチコはそのくちばし部分にある星を指さす。
「あれが、アルビレオですね」
「そう、二重星アルビレオ。肉眼ではひとつの星にしか見えないけど、望遠鏡で見るとふたつの星に見えるよ」
「先輩は見たことあるんですか?」
「あるよ。小さい頃にだけど」
「おぉ。先輩の小さい頃って、なんだか想像出来ないです」
「そうかな? 今とあんまり変わらないと思うけど」
 そう言いながらふたりで笑う。
 今の先輩みたいな子供っていうのを想像するとおかしいけれど、先輩なら確かに小さい頃から変わらなさそうな気もした。
 望遠鏡で見たアルビレオは、お互いに寄り添うように輝く、金色と青色の星だという。
 モチコはその姿に想いを馳せた。
 今はまだ先輩のアルビレオとして全然役に立てていないけれど、いつか黄金色の先輩に寄り添う、青く輝ける星になりたい。
 モチコが自力で飛べるようになるかは正直わからないが、まずは何らかの形で貢献できるようがんばろう。
 そんなことを考えながら、両手をグッと握って気合いを入れた。
「それにしても、今日は本当に空が穏やかだね。絶好の練習びよりだ」
「あ、でも、ちーちゃん……チャンチャルが、このあと嵐が来るって言ってましたよ」
 モチコは昼間のカフェテラスでの会話を思い出してミライアに伝えた。
 決して練習を回避したかった訳ではない。決して。
「へえ。あの子が言うなら本当に嵐になるかも。早めに|安全飛行限界《フライトライン》まで確かめにいってみよう」
 ミライアはそう言ってスピードを上げた。
 先輩にも信用されてるちーちゃんの野生の勘、実は結構すごいのでは?
 ホウキは向かい風をものともせず、しばらくのあいだ沖へと飛び続けた。
 もう陸地は見えず、リサとの通信も切れている。
 周りは海だけだ。
 目を凝らして水平線のあたりを見ると、雲があるようにも見えるが、暗くて良くわからない。
 少しのあいだ、ふたりは雲を注視しながら無言で飛び続けた。
 さっきまで、蒸し暑い夜のはずだった。
 ふいに、モチコは制服の半袖から出ている腕が、ひやりと冷たいことに気がつく。
「あれ? なんだか、寒いですかね?」
 ミライアはそれには答えず、はるか先の水平線を見つめ続けている。
 いくらホウキがスピードを出しているとはいえ、それだけでこんな急に風が冷たくなったりしない。
 気温が急激に下がっているのは確実だった。
「これはどうやら、あの子の言うことが正解だね」
 ミライアが前を向いたまま続ける。
「――台風だ」
 そう言ってミライアが指さした方向を見ると、遠くに大きな雲のかたまりが見えた。
 ミライアはすぐにホウキを旋回させてUターンする。
 陸地に向かって、いま来たルートを戻り始めた。
「すぐにリサとの通信圏内まで戻って報告する。スピード上げるよ」
 風がうなる音が聞こえ、ホウキはかなりのスピードで夜空を突き進んだ。
 以前のモチコなら必死でミライアにしがみついていたところだが、今はこの程度のスピードならまわりを見る余裕もあるくらいだ。
 練習の成果かもしれない。
 それにかなり速いとはいっても、ミライアの全速力という訳ではなかった。
 まだこのあと台風と戦うための余力を残さなければならない。
 しばらくすると、遠くに灯台のデネブの光が見えた。
 左耳のイヤリングに光が灯ったのを確認し、ミライアが報告を入れる。
「リサ、台風だ。タワーからほぼ真南。まだ遠いけど、すぐに|安全飛行限界《フライトライン》は越えると思う。たぶん3か4」
「こちらタワー、了解。すぐに分析を始めるわ」
 リサはいつもの透き通った声で冷静に応答した。
「分析が終わるまでふたりは通信圏内で警戒しながら待機。シグナル発令後、追って指示を出すわ」
「オーケー、よろしく」
 一旦通信が終わると、ホウキは再びUターンして台風の方向を向いた。
 この位置からだと、まだ台風は見えない。
 ミライアはホウキを空中で静止させた。
「よし。警戒待機、と」
「すぐに台風に向かわないんですか? 早めに対処したほうが良い気がしますけど」
 モチコは疑問に感じたことを尋ねてみた。
「先に台風を分析してから、ベストなタイミングで|攻撃《アタック》したほうが確実だからね」
「タイミング、ですか」
「陸から遠い位置で攻撃すると、いったん台風が弱くなったとしても、そのあと海上を進むあいだにまた復活する」
「うわぁ……。街に上陸するころには、また強くなっちゃう訳ですね」
「そう。シグナル4くらいだったら、台風を引き付けてから攻撃したほうがいい」
「なるほど」
 ミライアはそこで少し間をおいてから、話を続ける。
「まあそれ以前に、リサからの指示がないのに攻撃したら、法令違反になるけど」
「……違反したら、どうなるんですか?」
「魔導法違反で裁判にかけられて、悪ければ投獄かな」
「怖っ!」
「私かモチコのどちらかが違反したら一連托生だから、一緒に牢屋に入れるよ。その時はよろしく」
「先輩……、絶対やめてくださいね?」
 ――キンコン、カーン。
 そんな話をしていると、イヤリングから鐘のような音が聞こえてきた。
(中編へ続く)