表示設定
表示設定
目次 目次




第22話:朝のつけ麺、二人の生活の味(つけ麺)

ー/ー



 1. 08:00 飯田の部屋で迎える朝(飯田 菜々子・28歳)

 六月の朝。カーテンの隙間から差し込む光が、飯田(28歳)の部屋を白く照らし出す。いつもより少しだけ寝坊した飯田は、隣で眠る男の寝息に、一瞬、自分の部屋ではないかのような錯覚を覚えた。

(……そっか。昨日、二宮くん、泊まっていったんだ)

 飯田は、自分のベッドの半分を占領している二宮颯太(26歳)の、静かな寝顔を見つめた。鍛えられた腕が布団からはみ出ている。

 昨夜の出来事——彼が「あなたには勝てません」と告白同然の言葉を口にし、自分がそれを受け入れたこと——を思い出し、飯田の顔に熱が集まる。

(年下の男の子を、自分の部屋に泊めるなんて……。私、何やってるんだろう)

 飯田はそっとベッドを抜け出し、キッチンに向かった。冷蔵庫を開けると、昨日から仕込んでおいた濃厚な魚介豚骨風スープのタッパーが目に入る。

(……お腹、すいたよね)

 飯田は、二人の新しい生活の始まりを、この「朝からつけ麺」という、最大の背徳行為で祝うことに決めた。

 2. 08:30 朝食という名の飯テロ(二宮 颯太・26歳)

 二宮が目を覚ましたのは、強烈な鶏ガラと煮干しの香りが鼻腔をくすぐったからだった。

「……ん……?」

 見慣れない天井。清潔なシーツの匂い。そして、隣には誰もいない。
 二宮は飛び起きた。

(そうだ、昨日、俺は……飯田さんの部屋に……!)

 昨夜の記憶——W定食の後の、なめらかプリンの衝撃。そして、「勝てません」と言った後、彼女が「今日はもう、壁の向こうに戻る必要、ないんじゃない?」と微笑んだこと——が蘇り、二宮の顔は沸騰したように赤くなった。

 リビングへ向かうと、飯田がTシャツ姿で、大きな鍋で麺を茹でているところだった。

「あ。おはよう、二宮くん。よく眠れた?」

「お、おはようございます……! あ、あの、俺は……!」

「はい、ちょっと待ってて。今、麺を締めるから」

 飯田は茹で上がった極太麺をザルにあけ、氷水で一気に締め上げる。その手際の良さに見惚れていると、飯田が小鍋で温めていた濃厚なスープを器に注いだ。

「朝つけ麺」。
 朝食というにはあまりにも濃厚で、背徳的なメニュー。しかし、その香りは、二宮の空腹を的確に刺激した。

 3. 09:00 言葉のない告白

「はい、どうぞ。チャーシューとメンマも、昨日から仕込んでおいたのよ」

 飯田の部屋のテーブルには、完璧なつけ麺が二人分、並べられた。

 二宮は、濃厚なスープに麺をくぐらせ、勢いよく啜った。

(うまい……! 濃厚なのに、朝でも食べられるこのバランス……!)

 二宮は夢中で麺を啜りながら、昨夜のことをどう切り出すべきか悩んでいた。

「あの……飯田さん」

「ん?」

「昨日のことなんですけど……。俺は、その……」

 二宮が真剣な顔で飯田を見つめると、飯田は箸を置き、ふふっ、と笑った。

(『僕』じゃなくて、『俺』。この子、相当覚悟決めてるな)

「二宮くん。昨日のこと、今さら言葉にする必要、ある?」

 飯田の言葉に、二宮の言葉が詰まる。しかし、次の瞬間、彼は勢いを取り戻した。

「じゃあ、一つだけ! 飯田さんは、俺のこと……いつから、好きだったんですか?」

 その質問は、二宮の頬を再び赤く染めたが、彼の瞳は真剣そのものだった。

 飯田は、一瞬たじろぎ、目の前のマグカップに手が伸びそうになるのを堪えた。

「あら、そんな野暮なこと、朝から聞くの? いつって言われてもね……ふふ。ほら、あなたにはだいぶ前に、カマかけたでしょう?」

 二宮は首を傾げ、つけ麺の湯気越しに目を瞬かせた。

「カマ……ですか? どの時ですか、全然ピンと来てないんですけど」

「もうっ、鈍いわね、颯太くんは!」

 飯田は、恥ずかしさに耐えられず、テーブルをドンと叩いた。

「あのね! 何度もカマかけてるわよ! この前、『会社でモテるとかそういう話』をした時とか!」

 そう言い放った瞬間、飯田の顔がカァッと真っ赤に染まる。自分で真実を暴露してしまった恥ずかしさだ。

「……え!? あの話って、そういう……」

 二宮は、飯田が自分を試していたのだと悟り、同時に、その照れた姿に心臓を撃ち抜かれた。

「私は、あなたの夢や成功とは関係なく、あなたが必要よ。あなたは、私の料理が必要なんでしょう?」

 飯田は、スープが少し口についている二宮の口元を、自分の指でそっと拭った。

「……それじゃ、ダメ?」

 二宮は、その言葉と仕草に、完全に打ちのめされた。

「……ダメじゃ、ないです。ダメなわけ、ないです」

 二宮は、飯田の手を握った。

「俺、本気で頑張ります。あなたの隣に立つ資格を得るために。……だから、な、菜々子さん。これからも、あなたの料理、食べさせてください」

 二宮は、自分の声が裏返りそうになるのを必死でこらえた。初めて呼ぶ名前に、心臓が爆発しそうだ。

 飯田は、一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに全てを悟った悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ふふっ。やっと呼べたわね。昨日の夜は、私、あんなに呼んで欲しそうにしてたのに、呼んでくれなかったよね?」

「なっ……! い、意地悪言わないでください!」

 二宮の顔が、耳まで真っ赤に染まる。飯田は、その初々しい反応に満足そうに頷いた。

「はいはい、落ち着いて。もちろんよ、颯太くん。私の『最高の家庭の味』は、全部あなたのためにあるんだから」

 二人の間にあった薄い壁は、もうどこにも存在しなかった。




スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 1. 08:00 飯田の部屋で迎える朝(飯田 菜々子・28歳)
 六月の朝。カーテンの隙間から差し込む光が、飯田(28歳)の部屋を白く照らし出す。いつもより少しだけ寝坊した飯田は、隣で眠る男の寝息に、一瞬、自分の部屋ではないかのような錯覚を覚えた。
(……そっか。昨日、二宮くん、泊まっていったんだ)
 飯田は、自分のベッドの半分を占領している二宮颯太(26歳)の、静かな寝顔を見つめた。鍛えられた腕が布団からはみ出ている。
 昨夜の出来事——彼が「あなたには勝てません」と告白同然の言葉を口にし、自分がそれを受け入れたこと——を思い出し、飯田の顔に熱が集まる。
(年下の男の子を、自分の部屋に泊めるなんて……。私、何やってるんだろう)
 飯田はそっとベッドを抜け出し、キッチンに向かった。冷蔵庫を開けると、昨日から仕込んでおいた濃厚な魚介豚骨風スープのタッパーが目に入る。
(……お腹、すいたよね)
 飯田は、二人の新しい生活の始まりを、この「朝からつけ麺」という、最大の背徳行為で祝うことに決めた。
 2. 08:30 朝食という名の飯テロ(二宮 颯太・26歳)
 二宮が目を覚ましたのは、強烈な鶏ガラと煮干しの香りが鼻腔をくすぐったからだった。
「……ん……?」
 見慣れない天井。清潔なシーツの匂い。そして、隣には誰もいない。
 二宮は飛び起きた。
(そうだ、昨日、俺は……飯田さんの部屋に……!)
 昨夜の記憶——W定食の後の、なめらかプリンの衝撃。そして、「勝てません」と言った後、彼女が「今日はもう、壁の向こうに戻る必要、ないんじゃない?」と微笑んだこと——が蘇り、二宮の顔は沸騰したように赤くなった。
 リビングへ向かうと、飯田がTシャツ姿で、大きな鍋で麺を茹でているところだった。
「あ。おはよう、二宮くん。よく眠れた?」
「お、おはようございます……! あ、あの、俺は……!」
「はい、ちょっと待ってて。今、麺を締めるから」
 飯田は茹で上がった極太麺をザルにあけ、氷水で一気に締め上げる。その手際の良さに見惚れていると、飯田が小鍋で温めていた濃厚なスープを器に注いだ。
「朝つけ麺」。
 朝食というにはあまりにも濃厚で、背徳的なメニュー。しかし、その香りは、二宮の空腹を的確に刺激した。
 3. 09:00 言葉のない告白
「はい、どうぞ。チャーシューとメンマも、昨日から仕込んでおいたのよ」
 飯田の部屋のテーブルには、完璧なつけ麺が二人分、並べられた。
 二宮は、濃厚なスープに麺をくぐらせ、勢いよく啜った。
(うまい……! 濃厚なのに、朝でも食べられるこのバランス……!)
 二宮は夢中で麺を啜りながら、昨夜のことをどう切り出すべきか悩んでいた。
「あの……飯田さん」
「ん?」
「昨日のことなんですけど……。俺は、その……」
 二宮が真剣な顔で飯田を見つめると、飯田は箸を置き、ふふっ、と笑った。
(『僕』じゃなくて、『俺』。この子、相当覚悟決めてるな)
「二宮くん。昨日のこと、今さら言葉にする必要、ある?」
 飯田の言葉に、二宮の言葉が詰まる。しかし、次の瞬間、彼は勢いを取り戻した。
「じゃあ、一つだけ! 飯田さんは、俺のこと……いつから、好きだったんですか?」
 その質問は、二宮の頬を再び赤く染めたが、彼の瞳は真剣そのものだった。
 飯田は、一瞬たじろぎ、目の前のマグカップに手が伸びそうになるのを堪えた。
「あら、そんな野暮なこと、朝から聞くの? いつって言われてもね……ふふ。ほら、あなたにはだいぶ前に、カマかけたでしょう?」
 二宮は首を傾げ、つけ麺の湯気越しに目を瞬かせた。
「カマ……ですか? どの時ですか、全然ピンと来てないんですけど」
「もうっ、鈍いわね、颯太くんは!」
 飯田は、恥ずかしさに耐えられず、テーブルをドンと叩いた。
「あのね! 何度もカマかけてるわよ! この前、『会社でモテるとかそういう話』をした時とか!」
 そう言い放った瞬間、飯田の顔がカァッと真っ赤に染まる。自分で真実を暴露してしまった恥ずかしさだ。
「……え!? あの話って、そういう……」
 二宮は、飯田が自分を試していたのだと悟り、同時に、その照れた姿に心臓を撃ち抜かれた。
「私は、あなたの夢や成功とは関係なく、あなたが必要よ。あなたは、私の料理が必要なんでしょう?」
 飯田は、スープが少し口についている二宮の口元を、自分の指でそっと拭った。
「……それじゃ、ダメ?」
 二宮は、その言葉と仕草に、完全に打ちのめされた。
「……ダメじゃ、ないです。ダメなわけ、ないです」
 二宮は、飯田の手を握った。
「俺、本気で頑張ります。あなたの隣に立つ資格を得るために。……だから、な、菜々子さん。これからも、あなたの料理、食べさせてください」
 二宮は、自分の声が裏返りそうになるのを必死でこらえた。初めて呼ぶ名前に、心臓が爆発しそうだ。
 飯田は、一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに全てを悟った悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ。やっと呼べたわね。昨日の夜は、私、あんなに呼んで欲しそうにしてたのに、呼んでくれなかったよね?」
「なっ……! い、意地悪言わないでください!」
 二宮の顔が、耳まで真っ赤に染まる。飯田は、その初々しい反応に満足そうに頷いた。
「はいはい、落ち着いて。もちろんよ、颯太くん。私の『最高の家庭の味』は、全部あなたのためにあるんだから」
 二人の間にあった薄い壁は、もうどこにも存在しなかった。