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第12話:鍵としての覚醒、亮太の決意

ー/ー



 1. 崩壊する日常

 翌日、佐倉亮太は会社を休んだ。有給消化などではない。アパートの玄関前に生えた巨大な毒キノコと、ニュース速報で報じられた「局地的な異常気象」が、自分のせいであるという事実に、出社する気力が完全に失せていた。

 リビングでは、四人のヒロインたちが、いつになく真剣な表情で、異世界の地図とこのアパートの見取り図を並べ、作戦会議をしていた。

「このままでは、ヒヨリ様の氷雪郷の『冷気の奔流』が、一気にこの地域を永久凍土に変えてしまう」

 ヒヨリは白い息を吐きながら言った。

「私の里の『次元の亀裂』も拡大している。この近隣で精霊が暴走を始めているぞ。早く夫を連れ帰らねば」

 エラシアが剣の柄を叩く。

「佐倉シンイチ! 地下の亀裂は一刻の猶予もない! このままでは、アパート全体が地下の溶岩に飲まれるぞ!」

 テアが持っていたセンサーを床に叩きつける。

「マスター! 魔物が! 玄関前のキノコから、毒ガスモンスターが出現したであります!」

 ルルの悲鳴と共に、玄関ドアが内側から、紫色に膨れ上がったキノコの胞子によって叩かれ始めた。

「待て! 外に漏れ出すな! 楓さんや、山田さんに被害が及ぶ!」

 亮太が叫ぶが、ヒヨリはすでに氷の槍を構え、エラシアは窓から滑空して魔物を切り裂こうとしていた。

_____________________
 2. 亮太の「結び目の力」

 ヒロインたちの行動は、いつものように「世界の危機を救うため」という使命と「亮太の独占」という欲望に突き動かされていた。その結果、彼らはこの世界で「破壊活動」を行っているに過ぎない。

「王よ! 邪魔です! すぐに下がられよ!」

 ヒヨリの放った氷の槍が、毒ガスモンスターを貫通し、そのまま隣室との壁に突き刺さった。

 その衝撃で、毒ガスモンスターから紫色の胞子が勢いよく飛び散った。

 その瞬間、隣室との壁に突き刺さった氷の槍の衝撃で、隣室側から壁が大きくひび割れ、勢いよくドアが開いた。

「佐倉先輩! また氷の槍を! もう許しま……」

 悲鳴と共に飛び込んできたのは、神崎楓だった。彼女の顔面めがけて胞子が飛散するのを見た亮太は、考えるよりも早く動いた。

「危ない!」

 亮太は叫び、楓を強く抱き寄せると、背中で胞子を受け止めるように彼女を庇った。背中にチリ、とした熱と異臭を感じる。亮太の心臓は激しく高鳴った。

 楓は、亮太の腕の中で呆然としていた。彼の胸の鼓動が、自分の心臓と重なるように響く。

 そして、彼女の目前には、リビングの中央にいる毒ガスモンスターと、それを氷の槍で貫いたヒヨリ、剣を構えるエラシア、さらに床に開いた穴から顔を出すテアの非日常の極致が広がっていた。会社のマドンナの冷静さは完全に失われ、その場でよろめいた。

(この人……。とっさの時に、私を庇ってくれた……?)

 亮太の腕の中で、楓の顔が熱くなる。彼の心臓の音が、異常な状況での吊り橋効果と重なり、激しい鼓動となって楓の胸に響いた。

「楓さん!」

 その時、上階の窓から、山田さんが大きな声で叫んだ。

「フハハハ! 俺の『生命の奔流』が、ついに『異世界の魔物』を呼び寄せた! 特訓の成果だ! 俺が奴らを火の力で焼き尽くしてくれる!」

 山田さんは、七輪から真っ赤に燃えた炭を掴み、魔物に向かって投げつけようとした。

「やめろ! 山田さん! 七輪の炭を投げるな!」

 毒キノコが炎上すれば、毒霧がアパート全体に広がる。このままでは、楓さんも山田さんも、このカオスに巻き込まれて命を落とす。

「どうしたらいいの! もう、わたくしの魔力でも抑えられないであります!」

「王の力を使うべきか……だが、どうやって!」

「このままでは、里が、世界が崩壊するぞ!」

 四人のヒロインが、初めて事態の収拾に手詰まりを感じ、動揺の声を上げたその時、亮太が絶叫した。

「もう、やめろ……! 僕の人生、フィギュア、楓さんまで、これ以上壊すな!」

 亮太の叫びは、弱々しいものではなかった。それは、転勤や結婚、平凡な日常をすべて奪われ、目の前のマドンナと聖域までも危険に晒された男の、悲痛な怒りの感情だった。

 ルルの魔法の不安定さが、亮太の「結び目の魔力」に呼応し、暴走する。しかし今回、亮太の感情は「怒り」ではなく、「秩序を求める強い意志」だった。

_____________________
 3. 異能の制止

 亮太の全身から、微かに透明な、しかし力強い光が溢れ出した。

 それは、ルルたちの属性色(ピンク、白、緑、茶)のどれでもない、次元を繋ぐ、無属性の純粋な魔力だった。

「ルル、ヒヨリ、エラシア、テア。今すぐ、その力を止めろ!」

 その光が、四人のヒロインに触れた瞬間――

 ルルが振り上げたステッキの先端から、ピンクの魔力が霧散した。ヒヨリの放とうとしたブリザードは、氷のコップの中で静かに凍りついたままになった。エラシアの剣は、風を失い、地面に落ちた。テアが作り出した岩の腕は、砂となって崩れ落ちた。

「な……わたくしの魔力が……!」

 ルルが驚愕の声を上げた。

「私の精霊が……王の力で、鎮静させられた……?」

 エラシアが信じられないといった表情を見せた。

 亮太は、自分がヒロインたちの異能を一瞬にして無効化したことに、自分自身が最も驚いていた。だが、すぐに彼はその力を行動に変えた。

 彼は、崩れ落ちたテアの岩の砂を掴み、玄関前に生えた毒キノコに向かって投げつけた。

「頼む、結び目の力。世界を、元に戻せ!」

 砂がキノコに触れた瞬間、毒キノコは一瞬で枯れ、灰となり、キノコの根が生えていた地面も元のコンクリートに戻った。

 結び目の魔力は、異世界から漏れ出したものを、「存在しないもの」としてこの世界から消し去ったのだ。

_____________________
 4. 鍵としての自覚

 亮太は、疲れ果てて壁に寄りかかった。

「……これが、『結び目の力』」

 ルルは、メイド服のまま、亮太に駆け寄った。

「マスター……すごいであります! マスターは、魔力を増幅する『増幅機』であるだけでなく、異世界を無効化する『次元の鍵』だったんです!」

 エラシアは、亮太に初めて畏敬の念を込めた眼差しを向けた。

「我が夫……やはり、ただの人間ではない。その力、まさしく『世界の錨(アンカー)』」

 ヒヨリは冷静に分析した。

「四人で争えば、結び目が歪み、魔物が漏れ出す。しかし、王がその力を使えば、事態は収束する。我々は、王を連れ帰るか、この地で王を守るか、選択を迫られている」

 その時、亮太の目の前で、呆然としていた楓さんが我に返った。

(そう、あの時……私が新人で、資料の入った箱を倒して泣きそうになっていた時、何も言わずに片付けて、コーヒーを淹れてくれた佐倉先輩の優しさに、私はずっと心を奪われていたんだ……!)

 楓の胸に、彼の鼓動が鮮明に響いていた。

(そして、隣の部屋に引っ越してきた時、これは運命だと確信したのに……! なのに、どうしてこんな非日常のトラブルばかりが、私たちの間に立ち塞がるの!)

 楓の顔は、嫉妬と安堵、そして決意に染まっていた。彼女は亮太が毒キノコを消滅させ、ヒロインたちの魔法を制した姿を見て、改めて彼への思いを確信する。

「……佐倉先輩。もう、あなた一人の問題じゃない。私が、あなたの日常ごと、護り抜きますから。」

 亮太は悟った。彼を巡る争いは、ヒロインたちの世界だけでなく、彼の日常、そして楓さんの命までも脅かし始めている。

 亮太は、破壊されたフィギュア棚を見た。そして、決意した。

「わかった。僕はもう逃げない。このアパートの2LDKが世界の中心で、僕が人質だというなら……僕が、このカオスを管理してやる」




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 1. 崩壊する日常
 翌日、佐倉亮太は会社を休んだ。有給消化などではない。アパートの玄関前に生えた巨大な毒キノコと、ニュース速報で報じられた「局地的な異常気象」が、自分のせいであるという事実に、出社する気力が完全に失せていた。
 リビングでは、四人のヒロインたちが、いつになく真剣な表情で、異世界の地図とこのアパートの見取り図を並べ、作戦会議をしていた。
「このままでは、ヒヨリ様の氷雪郷の『冷気の奔流』が、一気にこの地域を永久凍土に変えてしまう」
 ヒヨリは白い息を吐きながら言った。
「私の里の『次元の亀裂』も拡大している。この近隣で精霊が暴走を始めているぞ。早く夫を連れ帰らねば」
 エラシアが剣の柄を叩く。
「佐倉シンイチ! 地下の亀裂は一刻の猶予もない! このままでは、アパート全体が地下の溶岩に飲まれるぞ!」
 テアが持っていたセンサーを床に叩きつける。
「マスター! 魔物が! 玄関前のキノコから、毒ガスモンスターが出現したであります!」
 ルルの悲鳴と共に、玄関ドアが内側から、紫色に膨れ上がったキノコの胞子によって叩かれ始めた。
「待て! 外に漏れ出すな! 楓さんや、山田さんに被害が及ぶ!」
 亮太が叫ぶが、ヒヨリはすでに氷の槍を構え、エラシアは窓から滑空して魔物を切り裂こうとしていた。
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 2. 亮太の「結び目の力」
 ヒロインたちの行動は、いつものように「世界の危機を救うため」という使命と「亮太の独占」という欲望に突き動かされていた。その結果、彼らはこの世界で「破壊活動」を行っているに過ぎない。
「王よ! 邪魔です! すぐに下がられよ!」
 ヒヨリの放った氷の槍が、毒ガスモンスターを貫通し、そのまま隣室との壁に突き刺さった。
 その衝撃で、毒ガスモンスターから紫色の胞子が勢いよく飛び散った。
 その瞬間、隣室との壁に突き刺さった氷の槍の衝撃で、隣室側から壁が大きくひび割れ、勢いよくドアが開いた。
「佐倉先輩! また氷の槍を! もう許しま……」
 悲鳴と共に飛び込んできたのは、神崎楓だった。彼女の顔面めがけて胞子が飛散するのを見た亮太は、考えるよりも早く動いた。
「危ない!」
 亮太は叫び、楓を強く抱き寄せると、背中で胞子を受け止めるように彼女を庇った。背中にチリ、とした熱と異臭を感じる。亮太の心臓は激しく高鳴った。
 楓は、亮太の腕の中で呆然としていた。彼の胸の鼓動が、自分の心臓と重なるように響く。
 そして、彼女の目前には、リビングの中央にいる毒ガスモンスターと、それを氷の槍で貫いたヒヨリ、剣を構えるエラシア、さらに床に開いた穴から顔を出すテアの非日常の極致が広がっていた。会社のマドンナの冷静さは完全に失われ、その場でよろめいた。
(この人……。とっさの時に、私を庇ってくれた……?)
 亮太の腕の中で、楓の顔が熱くなる。彼の心臓の音が、異常な状況での吊り橋効果と重なり、激しい鼓動となって楓の胸に響いた。
「楓さん!」
 その時、上階の窓から、山田さんが大きな声で叫んだ。
「フハハハ! 俺の『生命の奔流』が、ついに『異世界の魔物』を呼び寄せた! 特訓の成果だ! 俺が奴らを火の力で焼き尽くしてくれる!」
 山田さんは、七輪から真っ赤に燃えた炭を掴み、魔物に向かって投げつけようとした。
「やめろ! 山田さん! 七輪の炭を投げるな!」
 毒キノコが炎上すれば、毒霧がアパート全体に広がる。このままでは、楓さんも山田さんも、このカオスに巻き込まれて命を落とす。
「どうしたらいいの! もう、わたくしの魔力でも抑えられないであります!」
「王の力を使うべきか……だが、どうやって!」
「このままでは、里が、世界が崩壊するぞ!」
 四人のヒロインが、初めて事態の収拾に手詰まりを感じ、動揺の声を上げたその時、亮太が絶叫した。
「もう、やめろ……! 僕の人生、フィギュア、楓さんまで、これ以上壊すな!」
 亮太の叫びは、弱々しいものではなかった。それは、転勤や結婚、平凡な日常をすべて奪われ、目の前のマドンナと聖域までも危険に晒された男の、悲痛な怒りの感情だった。
 ルルの魔法の不安定さが、亮太の「結び目の魔力」に呼応し、暴走する。しかし今回、亮太の感情は「怒り」ではなく、「秩序を求める強い意志」だった。
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 3. 異能の制止
 亮太の全身から、微かに透明な、しかし力強い光が溢れ出した。
 それは、ルルたちの属性色(ピンク、白、緑、茶)のどれでもない、次元を繋ぐ、無属性の純粋な魔力だった。
「ルル、ヒヨリ、エラシア、テア。今すぐ、その力を止めろ!」
 その光が、四人のヒロインに触れた瞬間――
 ルルが振り上げたステッキの先端から、ピンクの魔力が霧散した。ヒヨリの放とうとしたブリザードは、氷のコップの中で静かに凍りついたままになった。エラシアの剣は、風を失い、地面に落ちた。テアが作り出した岩の腕は、砂となって崩れ落ちた。
「な……わたくしの魔力が……!」
 ルルが驚愕の声を上げた。
「私の精霊が……王の力で、鎮静させられた……?」
 エラシアが信じられないといった表情を見せた。
 亮太は、自分がヒロインたちの異能を一瞬にして無効化したことに、自分自身が最も驚いていた。だが、すぐに彼はその力を行動に変えた。
 彼は、崩れ落ちたテアの岩の砂を掴み、玄関前に生えた毒キノコに向かって投げつけた。
「頼む、結び目の力。世界を、元に戻せ!」
 砂がキノコに触れた瞬間、毒キノコは一瞬で枯れ、灰となり、キノコの根が生えていた地面も元のコンクリートに戻った。
 結び目の魔力は、異世界から漏れ出したものを、「存在しないもの」としてこの世界から消し去ったのだ。
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 4. 鍵としての自覚
 亮太は、疲れ果てて壁に寄りかかった。
「……これが、『結び目の力』」
 ルルは、メイド服のまま、亮太に駆け寄った。
「マスター……すごいであります! マスターは、魔力を増幅する『増幅機』であるだけでなく、異世界を無効化する『次元の鍵』だったんです!」
 エラシアは、亮太に初めて畏敬の念を込めた眼差しを向けた。
「我が夫……やはり、ただの人間ではない。その力、まさしく『世界の錨(アンカー)』」
 ヒヨリは冷静に分析した。
「四人で争えば、結び目が歪み、魔物が漏れ出す。しかし、王がその力を使えば、事態は収束する。我々は、王を連れ帰るか、この地で王を守るか、選択を迫られている」
 その時、亮太の目の前で、呆然としていた楓さんが我に返った。
(そう、あの時……私が新人で、資料の入った箱を倒して泣きそうになっていた時、何も言わずに片付けて、コーヒーを淹れてくれた佐倉先輩の優しさに、私はずっと心を奪われていたんだ……!)
 楓の胸に、彼の鼓動が鮮明に響いていた。
(そして、隣の部屋に引っ越してきた時、これは運命だと確信したのに……! なのに、どうしてこんな非日常のトラブルばかりが、私たちの間に立ち塞がるの!)
 楓の顔は、嫉妬と安堵、そして決意に染まっていた。彼女は亮太が毒キノコを消滅させ、ヒロインたちの魔法を制した姿を見て、改めて彼への思いを確信する。
「……佐倉先輩。もう、あなた一人の問題じゃない。私が、あなたの日常ごと、護り抜きますから。」
 亮太は悟った。彼を巡る争いは、ヒロインたちの世界だけでなく、彼の日常、そして楓さんの命までも脅かし始めている。
 亮太は、破壊されたフィギュア棚を見た。そして、決意した。
「わかった。僕はもう逃げない。このアパートの2LDKが世界の中心で、僕が人質だというなら……僕が、このカオスを管理してやる」