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第10話:ルルの真の願い

ー/ー



 1. 翌朝の魔法少女

 山田さんの特訓とテアの地盤固定騒動から一夜明け、佐倉亮太の2LDKは、文字通り「四属性の激突跡」が残る凄惨な有様だった。

 床の一部はテアの魔法でダイヤモンドのように固い岩盤と化し、別の箇所はヒヨリの冷気でまだ霜が降りている。天井は山田さんの七輪の煤で黒ずみ、壁の一部はルルが焦って貼ったピンクの「応急次元絆創膏」で覆われていた。

「マスター! 昨夜はごめんなさいであります! マスターの『引っ越し』という言葉を聞いて、わたくし、世界滅亡の危機を感じたのであります!」

 ルルは、いつものフリル衣装ではなく、亮太のTシャツを借りたらしい姿で現れた。Tシャツはルルの体にはブカブカで、幼いルルが一気に普通の少女に見えた。

「とりあえず、そのTシャツはなんだ」

「フフン! これは『マスターの匂い結界』であります! これで少しはマスターの魔力を安定させられるはず! …ではなくて、その、わたくしの衣装がヒヨリの冷気で凍ってしまったので」

 ルルは顔を赤らめ、目をそらした。その仕草は、いつもの自信満々な魔法少女のそれではない。

「……ルル。単刀直入に聞くけど。君の魔法って、なんであんなに不安定なんだ?」

 ヒヨリ、エラシア、テアが、それぞれ別の部屋(ヒヨリは浴室、エラシアは窓際、テアは床下)に引きこもって静かにしている中、亮太はルルと向き合った。

_____________________
 2. 魔法の暴走と「結び目」の真相

 亮太はため息をついた。

「ねえ、ルル。昨日、僕が『引っ越す』って言ったとき、君たちはなんであんなに焦ったんだ?どういうこと? 僕がこの部屋から動いちゃいけない理由って、一体なんなんだ?」

 ルルは顔を青くして、ステッキの星を指で弄んだ。

「それは……マスターがこの世界の、『結び目』だからであります」

「結び目?」

「はい。マスターの遠い祖先が、わたくしたちの異世界と、この『人間界』を繋ぐ『次元の結び目(ノット)』を作ってしまったんです。そして、マスターはその結び目の要石(かなめいし)なんです。マスターがここから動けば、結び目が不安定になり、このアパートの周囲から、わたくしども世界の『崩壊の予兆』が漏れ出してしまう……世界滅亡の危機であります!」

「……ああ。わかったよ、ルル。つまり僕は、君たちの世界を救うために、ここから一歩も動いちゃいけない、人質ってことなんだろ?」

 亮太は絶望的にため息をついた。

「うっ……その通りであります、マスター。マスターが『結び目』の要石である限り、この地を離れることはできません」

「……待てよ。動けない? 引っ越せないってことか?」

 亮太の声が震えた。

「ふざけるな! 僕は会社員だぞ! この先、結婚するかもしれないし、転勤があるかもしれないし、昇進したらもっと広い部屋に移るのが当然だろ!? いつまでもこのボロボロの2LDKに住んでいるわけないだろ!」

 ルルは悲しそうに首を振った。

「わたくしどもが知る限り、マスターの魔力の中心はこの座標に固定されています。このアパートの101号室から離れられるのは、通勤や買い物ができるせいぜい一か月ほどの距離が限界です。それ以上離れると、結び目は大きく歪み、次元崩壊の速度が加速します」

 亮太は顔面蒼白になった。

「僕の、僕の人生計画が……このボロアパートに永遠に固定されたって言うのか……!」

 ルルは俯いたまま続けた。

「……マスターがそう思っているのも当然であります、プロ失格であります……」

「え?」

(いや、当然だろ。毎日次元の穴を空け、フィギュアをピンクにして、壁を吹っ飛ばしてるんだぞ。いくらなんでも、まともなプロの仕事じゃないだろ……)

「わたくしは、魔法少女の中では『落ちこぼれ』であります」

「落ちこぼれ?」

「はい。わたくしの世界、『炎の国アグニ』では、魔力はもっと安定して燃える炎のように扱われます。でも、わたくしの魔力は、すぐに暴走し、ピンクの混沌になっちゃう」

 ルルはそう言って、亮太のフィギュア棚の前に立てられた「魔力炉心」を指さした。炉心からはまだ微かな魔力の残留が感じられる。

「でも、ここに来てから、暴走するけど、以前より『強く』なりました。特に、マスターが『怒ったり、悲しんだり、ドキドキしたり』するたびに、わたくしの魔力がピンク色に燃え上がるんです」

「僕が?」

「はい。わたくしの魔法の不安定さの正体は、マスターの持っている『結び目の魔力』に、わたくしの魔力が過剰に共鳴しているからなんです」

 ルルは亮太を見上げた。瞳は真剣だった。

「マスターが『怒り』という名の炎を燃やせば、わたくしはその炎をピンク色に増幅させる。マスターの魔力は、わたくしにとっての『増幅器』なんです」

 つまり、ルルのとんでも魔法は、亮太の感情を反映した結果だったのだ。彼のフィギュアが壊れたり、楓さんに連れ込まれそうになったりすると、ルルの魔力が暴走して異空間の穴を開ける。

 亮太は愕然とした。

「……僕が怒るたびに、この部屋が壊れていたってことか」

「うっ……ごめんなさい、であります……」

_____________________
 3. 一人の少女として

 亮太はため息をつき、ルルに歩み寄った。そして、そのブカブカのTシャツの袖をそっと撫でた。

「君も、大変なんだな」

「マスター……」

 亮太の優しさに触れ、ルルの大きな瞳から涙が溢れ出した。魔法少女としてのプライドが、優しさの前で崩壊した瞬間だった。

「わたくし……わたくし、本当は、魔法少女じゃなくてもいいんです」

 ルルは小さな声で泣きながら告白した。

「わたくしの世界、アグニはもうすぐ崩壊します。わたくしがマスターを連れて帰れば、世界は救われるかもしれない。でも、もしマスターが帰るのを嫌がったら……わたくしは……」

 ルルは亮太の胸に顔を押し付けた。Tシャツ越しに、彼女の小さな鼓動が伝わってくる。

「わたくしは、マスターの側にいたい。魔法少女ルルとしてではなく、佐倉亮太に甘えるルルとして……マスターが『僕のフィギュアは!』って怒っている顔を見るのが、わたくし、一番ドキドキするんです……」

 ルルの体から、いつものようなピンクの混沌ではなく、温かい、柔らかな光が溢れ出した。

 その瞬間、ルルのTシャツが、突如として可愛らしいメイド服に変化した。

「わ、わあああ!? メイド服!? なんで!?」

「これは……マスターの『願望』に、わたくしの魔力が反応した結果であります……!」

 ルルは顔を真っ赤にして、慌ててTシャツ(もはやメイド服)の裾を引っ張った。

_____________________
 4. 隣室からの波動と、ヒロインたちの嫉妬

 その時、亮太の部屋に、再びあの冷たい、しかし力強い壁ドンが鳴り響いた。

 ドン!

 壁の向こうから、楓さんの微かに怒った声が聞こえてきた。

「佐倉先輩! お静かに! 昨夜、あなたの部屋から『メイド服』の波動を感じたのですが、一体何をされているんですか!?」

(お、おいおい。メイド服の波動ってなんだよ!? そもそも、なんでメイド服の波動がわかるんだよ!)

 亮太が内心で絶叫していると、浴室から殺気だった冷気が吹き出し、窓際から剣の鞘を叩く音が響き、地下の穴から「男の願望に呼応するとは!風紀が乱れる!」というテアの怒声が上がった。

 ルルは泣き顔を一変させ、メイド服のままステッキを構えた。

「くっ! 他の女がマスターに近づく気配を感知! わたくしのマスター独占欲が、最高の魔力に達したであります!」

 亮太は、ルルの本当の願いと、メイド服の波動、そして再び始まったカオスの中で、今日も頭を抱えるのだった。




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次のエピソードへ進む 第11話:結び目の歪み、異世界の片鱗


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 1. 翌朝の魔法少女
 山田さんの特訓とテアの地盤固定騒動から一夜明け、佐倉亮太の2LDKは、文字通り「四属性の激突跡」が残る凄惨な有様だった。
 床の一部はテアの魔法でダイヤモンドのように固い岩盤と化し、別の箇所はヒヨリの冷気でまだ霜が降りている。天井は山田さんの七輪の煤で黒ずみ、壁の一部はルルが焦って貼ったピンクの「応急次元絆創膏」で覆われていた。
「マスター! 昨夜はごめんなさいであります! マスターの『引っ越し』という言葉を聞いて、わたくし、世界滅亡の危機を感じたのであります!」
 ルルは、いつものフリル衣装ではなく、亮太のTシャツを借りたらしい姿で現れた。Tシャツはルルの体にはブカブカで、幼いルルが一気に普通の少女に見えた。
「とりあえず、そのTシャツはなんだ」
「フフン! これは『マスターの匂い結界』であります! これで少しはマスターの魔力を安定させられるはず! …ではなくて、その、わたくしの衣装がヒヨリの冷気で凍ってしまったので」
 ルルは顔を赤らめ、目をそらした。その仕草は、いつもの自信満々な魔法少女のそれではない。
「……ルル。単刀直入に聞くけど。君の魔法って、なんであんなに不安定なんだ?」
 ヒヨリ、エラシア、テアが、それぞれ別の部屋(ヒヨリは浴室、エラシアは窓際、テアは床下)に引きこもって静かにしている中、亮太はルルと向き合った。
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 2. 魔法の暴走と「結び目」の真相
 亮太はため息をついた。
「ねえ、ルル。昨日、僕が『引っ越す』って言ったとき、君たちはなんであんなに焦ったんだ?どういうこと? 僕がこの部屋から動いちゃいけない理由って、一体なんなんだ?」
 ルルは顔を青くして、ステッキの星を指で弄んだ。
「それは……マスターがこの世界の、『結び目』だからであります」
「結び目?」
「はい。マスターの遠い祖先が、わたくしたちの異世界と、この『人間界』を繋ぐ『次元の結び目(ノット)』を作ってしまったんです。そして、マスターはその結び目の要石(かなめいし)なんです。マスターがここから動けば、結び目が不安定になり、このアパートの周囲から、わたくしども世界の『崩壊の予兆』が漏れ出してしまう……世界滅亡の危機であります!」
「……ああ。わかったよ、ルル。つまり僕は、君たちの世界を救うために、ここから一歩も動いちゃいけない、人質ってことなんだろ?」
 亮太は絶望的にため息をついた。
「うっ……その通りであります、マスター。マスターが『結び目』の要石である限り、この地を離れることはできません」
「……待てよ。動けない? 引っ越せないってことか?」
 亮太の声が震えた。
「ふざけるな! 僕は会社員だぞ! この先、結婚するかもしれないし、転勤があるかもしれないし、昇進したらもっと広い部屋に移るのが当然だろ!? いつまでもこのボロボロの2LDKに住んでいるわけないだろ!」
 ルルは悲しそうに首を振った。
「わたくしどもが知る限り、マスターの魔力の中心はこの座標に固定されています。このアパートの101号室から離れられるのは、通勤や買い物ができるせいぜい一か月ほどの距離が限界です。それ以上離れると、結び目は大きく歪み、次元崩壊の速度が加速します」
 亮太は顔面蒼白になった。
「僕の、僕の人生計画が……このボロアパートに永遠に固定されたって言うのか……!」
 ルルは俯いたまま続けた。
「……マスターがそう思っているのも当然であります、プロ失格であります……」
「え?」
(いや、当然だろ。毎日次元の穴を空け、フィギュアをピンクにして、壁を吹っ飛ばしてるんだぞ。いくらなんでも、まともなプロの仕事じゃないだろ……)
「わたくしは、魔法少女の中では『落ちこぼれ』であります」
「落ちこぼれ?」
「はい。わたくしの世界、『炎の国アグニ』では、魔力はもっと安定して燃える炎のように扱われます。でも、わたくしの魔力は、すぐに暴走し、ピンクの混沌になっちゃう」
 ルルはそう言って、亮太のフィギュア棚の前に立てられた「魔力炉心」を指さした。炉心からはまだ微かな魔力の残留が感じられる。
「でも、ここに来てから、暴走するけど、以前より『強く』なりました。特に、マスターが『怒ったり、悲しんだり、ドキドキしたり』するたびに、わたくしの魔力がピンク色に燃え上がるんです」
「僕が?」
「はい。わたくしの魔法の不安定さの正体は、マスターの持っている『結び目の魔力』に、わたくしの魔力が過剰に共鳴しているからなんです」
 ルルは亮太を見上げた。瞳は真剣だった。
「マスターが『怒り』という名の炎を燃やせば、わたくしはその炎をピンク色に増幅させる。マスターの魔力は、わたくしにとっての『増幅器』なんです」
 つまり、ルルのとんでも魔法は、亮太の感情を反映した結果だったのだ。彼のフィギュアが壊れたり、楓さんに連れ込まれそうになったりすると、ルルの魔力が暴走して異空間の穴を開ける。
 亮太は愕然とした。
「……僕が怒るたびに、この部屋が壊れていたってことか」
「うっ……ごめんなさい、であります……」
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 3. 一人の少女として
 亮太はため息をつき、ルルに歩み寄った。そして、そのブカブカのTシャツの袖をそっと撫でた。
「君も、大変なんだな」
「マスター……」
 亮太の優しさに触れ、ルルの大きな瞳から涙が溢れ出した。魔法少女としてのプライドが、優しさの前で崩壊した瞬間だった。
「わたくし……わたくし、本当は、魔法少女じゃなくてもいいんです」
 ルルは小さな声で泣きながら告白した。
「わたくしの世界、アグニはもうすぐ崩壊します。わたくしがマスターを連れて帰れば、世界は救われるかもしれない。でも、もしマスターが帰るのを嫌がったら……わたくしは……」
 ルルは亮太の胸に顔を押し付けた。Tシャツ越しに、彼女の小さな鼓動が伝わってくる。
「わたくしは、マスターの側にいたい。魔法少女ルルとしてではなく、佐倉亮太に甘えるルルとして……マスターが『僕のフィギュアは!』って怒っている顔を見るのが、わたくし、一番ドキドキするんです……」
 ルルの体から、いつものようなピンクの混沌ではなく、温かい、柔らかな光が溢れ出した。
 その瞬間、ルルのTシャツが、突如として可愛らしいメイド服に変化した。
「わ、わあああ!? メイド服!? なんで!?」
「これは……マスターの『願望』に、わたくしの魔力が反応した結果であります……!」
 ルルは顔を真っ赤にして、慌ててTシャツ(もはやメイド服)の裾を引っ張った。
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 4. 隣室からの波動と、ヒロインたちの嫉妬
 その時、亮太の部屋に、再びあの冷たい、しかし力強い壁ドンが鳴り響いた。
 ドン!
 壁の向こうから、楓さんの微かに怒った声が聞こえてきた。
「佐倉先輩! お静かに! 昨夜、あなたの部屋から『メイド服』の波動を感じたのですが、一体何をされているんですか!?」
(お、おいおい。メイド服の波動ってなんだよ!? そもそも、なんでメイド服の波動がわかるんだよ!)
 亮太が内心で絶叫していると、浴室から殺気だった冷気が吹き出し、窓際から剣の鞘を叩く音が響き、地下の穴から「男の願望に呼応するとは!風紀が乱れる!」というテアの怒声が上がった。
 ルルは泣き顔を一変させ、メイド服のままステッキを構えた。
「くっ! 他の女がマスターに近づく気配を感知! わたくしのマスター独占欲が、最高の魔力に達したであります!」
 亮太は、ルルの本当の願いと、メイド服の波動、そして再び始まったカオスの中で、今日も頭を抱えるのだった。