1. 静かすぎるカオス
ヒヨリとの「献身の儀」から一夜明け、佐倉亮太の2LDKは妙に静かだった。
「マスター! この熱情のブレスレットを付けていれば、邪な冷気から守られます!」
ルルはピンクの毛糸玉のようなブレスレットを亮太の腕に括りつけた。
「夫よ。体調不良なら、私が優しく風の精霊に背中を撫でさせる。今なら王の体内に侵入した邪悪な冷気を追い出せる」(エラシア)
「……」
ヒヨリは静かに正座したまま、亮太を見つめている。
テアだけは、「地層の熱異常値がマイナス50度を記録。しかし、採掘計画に変更なし!」とマイペースに地下室(床下の穴)で作業を続けている。
「(平和……いや、これは嵐の前の静けさだ。全員がヒヨリさんとの接触に嫉妬して、次の作戦を練っている。何よりも、楓さんの壁ドンが静かすぎて怖い)」
亮太は会社への連絡(自宅待機延長の報告)を終え、緊張した面持ちでリビングを見回した。
その時、頭上、すなわち上階から尋常ではない異音が響き渡った。
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2. 天井からの猛攻
ドスン! ドスン! ドスン!
それは、地面を揺るがすほどの凄まじい振動音だった。テアの掘削による地鳴りとは違う、明らかに上から響く、重く、規則的な音。
「な、なんだ!?また地震か!?」
亮太が天井を見上げる。
「いや、違う。この振動は不規則であり、岩盤層への影響はゼロ」
テアが穴から顔を出す。
「この振動は……四股(しこ)……?」
エラシアが鋭いエルフ耳で音を分析した。
ルルは顔を真っ青にして、ステッキを構えた。
「マスター! これは上階の住人による物理攻撃であります! しかも、大地を司る波動を感じます!」
その直後、今度は別の音が加わった。
「ゴウ……」という不気味な低い唸りとともに、天井の通気口から、焦げ臭い匂いと微量の灰が降ってきた。
「くっ、この熱気は……! ルル、貴様ではないのか!」
ヒヨリが顔を顰める。
「違います! わたくしの魔法はピンク色! こんな煤けた熱は趣味じゃないであります!」
「(四股の振動と、七輪の熱気……まさか、山田さんか!?)」
亮太は青筋を立てて天井に向かって叫んだ。
「山田さん! 七輪を部屋で使わないでください! 火事になります!」
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3. 山田さんの「覚醒」
上階の山田さんは、亮太の叫びなど聞こえていない様子だった。彼は今、人生最大の「覚醒」体験の真っただ中にいた。
『フハハハハ! 凄い! 凄いぞ!』
天井裏では、山田さんが汗だくになり、七輪の火力を上げながら、四股を猛烈に踏み続けていた。
『佐倉の奴が氷漬けにされた翌日、俺の体に火の魔力が目覚めた! そして、冷気の余波で、大地を操る力まで! 大地(四股)と炎(七輪)の複合特訓! 俺は天才だ!』
山田さんの特訓が激化するにつれ、振動は家具を揺らし、天井からは石膏ボードの微細な粉が降り始めた。
「王よ、あの者は一体何をしている? ただの騒音ではない。彼の愚かな行動が、『結び目』の振動数を高めている!」
エラシアが剣を抜き、天井を見上げる。
「マスター! 天井が! 天井が落ちてくるであります!」
ルルが悲鳴をあげた。
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4. 土属性の逆鱗と、地底からの叫び
その振動は、地下で採掘に勤しんでいたテアの「静かなる怒り」の琴線に触れた。
「うるさい。騒音。非常に愚かだ」
テアは、地上からの不規則で破壊的な振動によって、彼女が精密に分析していた地下の鉱脈データが完全に狂わされたことに気づいた。
「私の研究を妨害する、上からの愚か者め!」
テアが怒りを頂点に達した瞬間、地底から「ゴゴゴゴゴ……」という低音の地鳴りが響き、アパート全体が揺れた。これはルルたちの魔法とは違う、本物の地震のような重い振動だ。
テアは掘削穴から上半身を出し、分厚い眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「佐倉! この上に住む、愚かなる『振動源』を今すぐ排除せよ! さもなくば、このアパートの地盤を『ダイヤモンド硬度』に固定し、誰一人動けなくする!」
「テア、待て!地盤を固定したら、俺たちの家も崩壊する!」亮太が叫ぶ。
テアの怒りの地鳴りがヒロインたちのバトルを一時的に制圧したが、その代償は大きかった。
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5. 勘違いの伝播と、楓さんの行動
激しい地鳴りの直後、隣室の楓さんが、いつにもまして激しい壁ドンを叩きつけてきた。
ドォン! ドォン! ドォン!
「佐倉先輩! 地鳴りよ! ついにあなたの部屋から地震兵器が作動したのね! 早く私の部屋に避難を!」
そして、天井からは山田さんの新たな絶叫が聞こえてきた。
『素晴らしい! この地鳴りこそ、俺の大地を操る能力と、あの氷の女の冷気、そして炎の魔力が共鳴した証! 俺は四属性のマスターになったのだ!』
「(違う!違うんだ山田さん! それはテアちゃんの怒りだ!)」
亮太は、上からは山田さんの勘違い特訓による騒音が降り注ぎ、下からはテアの地盤固定という脅しが迫り、そして横からは楓さんの連れ込みアタックが来るという、三重のプレッシャーに耐えながら、心の中で泣き叫んだ。
「もうダメだ! 僕のフィギュアコレクションは! このアパートから今すぐ引っ越して、平凡なワンルームに籠城するしかないんだ!」
亮太の心の叫びが漏れ出たその瞬間、ヒロインたちの顔から血の気が引いた。
「い、今、何と!引っ越しだと!?」(ルル)
「我が王よ、それはなりません! 王がこの地を離れれば、『結び目』が暴走し、我らの故郷が崩壊する!」(ヒヨリ)
「テア、あの男を動かしてはならぬ! 採掘どころではなくなるぞ!」(エラシア)
テアは掘削穴から飛び出し、「『結び目』の核心を動かすなど、学術的に最大級の愚行だ!」と叫んだ。
ヒロインたちの必死の形相を見て、亮太は悟った。
(ああ、なるほど。僕は、このカオスから一生逃げられない『人質』なんだ)
そして、隣の壁からは、「もう……先輩なんて嫌いよ! 鈍感で馬鹿で、いつまでも私に振り向いてくれないのね! ビールが、ビールが足りないわ、くそっ!」と、酔っぱらった楓さんの泣き叫ぶような独り言が聞こえてきた。