1. 採掘を巡る攻防
佐倉亮太の2LDKは、文字通り「戦場」であった。
ヒヨリの冷気で凍った部屋の隅を、ルルの魔法でできたピンク色の補修液が溶かし、エラシアの剣戟の傷跡だけが美しく残る。その中心に、昨日地下から出現したテアが居座っていた。
テアは分厚い眼鏡をクイッと持ち上げ、亮太に真剣な目を向けた。
「佐倉。この土地の地下深くには、『マナの結晶鉱』という世界を支える鉱石が埋まっている。そして、貴様は……いや、貴方がその鉱石の波動を安定させる鍵であると断定した」
「鍵って言われても、フィギュアの鍵なら持ってるけど……」
亮太は、ビニールシートを被せたコレクション棚を必死に守るように立っていた。
ルルとヒヨリは、テアの主張に即座に反応した。
「マスターを『鍵』などと呼ぶな!マスターは世界の平和を司る『魔力の源泉』であります!」
ルルがステッキを掲げる。
「我が王を鉱石の道具扱いするとは、無礼千万!即刻、氷雪郷へ参るぞ、王よ!」
ヒヨリが氷の扇子を広げた。
エラシアは、静かに剣の柄を握りながらテアを観察していた。
「大地を操るドワーフの血か。しかし、夫に流れる誓約の血は、鉱石などより遥かに尊い。夫をどこへ行かせはしない」
四人のヒロインの主張は、亮太の取り合いという一点で激しく対立していた。
_____________________
2. カフェでの「静」の交渉
このまま部屋にいれば、また破壊と大家さんへの謝罪が待っている。亮太は意を決し、テアを連れ出して近くのカフェに入った。
「あの、テアちゃん。とりあえず、僕の家を掘るのはやめてくれないかな。一応、賃貸で……」
「フム……藤原」
テアは、アイスコーヒーを飲んでいた手を止め、真剣に亮太の顔を覗き込んだ。
「いや、待て。藤原ケンジ?私の採掘機が感知した鉱石の波動が強すぎるため、最近は特に名前が不安定だ」
「藤原じゃない! 佐倉亮太だよ! もういい。名前はどうでもいい。それで、その鉱石って掘らないと世界がどうにかなるの?」
「そうだ」
テアは断言した。
「その鉱石は、私の故郷である地下都市を支えるだけでなく、お前たちが住むこの世界の『土台』とも連動している。もし結晶鉱が不安定化すれば、お前たちの住む地表は崩壊し、全てが深部へ沈む」
亮太は頭を抱えた。
「地表崩壊!?僕のフィギュアコレクションが地中に埋まる!?」
「だからこそ、私に協力してもらいたい。貴方は『鍵』であり、私の研究の手助けをすれば、この世界の崩壊は防げる」
「協力って、具体的に何を?」
「私の故郷の文明は、この世界のエネルギーを安定して使うための技術を確立している。私が部屋を掘る間、貴方には他の三人のエネルギー(魔法、冷気、精霊)を吸収し、一時的に私に提供する『中継器』になってもらいたい」
「待て、つまり僕が、爆発物の集積所になれってこと?」
テアはそこで初めて、少し申し訳なさそうな表情になった。
「もちろん、危険が伴う。他のヒロインたちの嫉妬と攻撃も集中的に受けるだろう。だが、貴方が中継器として安定している間は、彼女たちも採掘の邪魔はできない」
_____________________
3. 眼鏡越しの真剣な眼差し
テアは、話の途中でアイスコーヒーを飲み干し、口元を拭いながら、真剣に亮太を見つめた。
「川島アキヒロ……」
「佐倉亮太!」
「亮太。私はドワーフの血を引く故、非常に頑固だ。一度決めたことは曲げない。だが、貴方を危険に晒したまま、無理に採掘を続けるつもりもない。だから、この技術を信じて、協力してほしい」
(頑固……? その頑固さで、僕の名前を覚えられないという結論に至ったのか!?)
テアがふと、考える仕草で人差し指を眼鏡のフレームにかけた。その指が少し滑り、分厚い黒縁眼鏡が、彼女の鼻から滑り落ちた。
眼鏡を失ったテアの顔が、亮太の目の前に露わになった。
そこには、分厚いレンズに隠されていた、宝石のように透き通った、大きく整った瞳があった。知的な印象はそのままに、その容姿は紛れもない超絶美女だった。小柄な体躯と童顔に似合わない、その目の迫力に、亮太は思わず息を呑んだ。
テアは眼鏡がないことにも気づかず、真っ直ぐに亮太を見つめ続けた。
「……信じてくれるか、田中コウイチ」
「(な、なんだこの美人!?いつもの分厚い眼鏡は何だったんだ!?)……あ、ええと……」
亮太は顔を赤くしながら、必死に言葉を絞り出した。
「わ、わかった。その、掘るのは夜中だけ、とか、せめて掘った穴はすぐに埋めるって約束してくれるなら……」
「埋める? ああ、それは心配ない。私の魔法は、掘った土を瞬時に硬化させて岩盤に戻すことが可能だ。むしろ、その岩盤は、ヒヨリの冷気にも、ルルの魔法の衝撃にも耐えられる。掘削と同時に、防御壁にもなるのだ」
「(それ、最初から言えよ!)わ、わかった。じゃあ、協力する」
テアは嬉しそうに、小さく頷いた。
「感謝する、佐倉リョウスケ」
「亮太だ!!」
テアが席を立った直後、カフェの店員が恐る恐る亮太に近づいてきた。
「あ、あの……お客様、先ほどから店内の一角だけ、ものすごく静かな地響きがしているのですが……」
亮太は慌ててテアが座っていた椅子を確認した。彼女が座っていた場所の床に、薄くヒビが入っているのを見て、彼は再び頭を抱えた。
(この採掘者、どこへ行っても地面を揺らすのか!?)
_____________________
4. 帰宅後の修羅場
アパートへ戻ると、ルル、ヒヨリ、エラシアの三人が、カフェから戻った亮太とテアを待ち構えていた。
「マスター! あの眼鏡の女と二人きりでどこへ行っていたのですか!?」
ルルがピンク色のステッキを振りかざした。
「王に手を出す無礼者が! その汚い手で王に触れたか!」
ヒヨリが氷の槍をテアに向けた。
「夫よ、他の女と密談とは、誓約違反だ。覚悟を決めろ」
エラシアは、殺気を帯びた瞳で亮太を見た。
「落ち着け! とりあえず、テアちゃんが掘った穴は、防音と防御を兼ねた岩盤になるってことで、一旦手を組んでくれ!」
その言葉に、三人の怒りは頂点に達した。
「「「岩盤だと!?」」」
その直後、隣室のドアノブがガチャガチャと激しく回され、楓さんの怒声が響いた。
「佐倉さん! 岩盤ってどういうこと!? もう限界です!」
次の瞬間、ドアは内側から固くロックされているにもかかわらず、勢いよく開け放たれた。まるで誰かが蹴破ったかのように、あるいは強大な力で鍵を破壊したかのように。
立っていたのは、いつものオフィスファッションのまま、怒りに顔を紅潮させた神崎楓だった 。その手に握られたビール缶は、既に大きくひしゃげていた。
「佐倉さん、もう逃げません! あなたを保護します! 私の部屋に来てください!」
楓は迷いなく一歩踏み出し、テアとヒヨリの間を割って亮太の腕を掴んだ。その力は、普段の可憐な姿からは想像できないほどの強さだった。
「なっ! この人間め! 王に触るな!」
ヒヨリが氷の槍を構える。
「マスターから離れるであります! この嫉妬のオーラを放つ女め!」
ルルが魔法陣を展開する。
エラシアは剣を抜き、楓の背後から風の刃を放った。
「夫を奪うとは、常識知らずの雌だ!」
「ああ、もう五人目だ! このカオスはどこまで続くんだ!」
亮太は絶叫した。