1. 終わらない夜の修羅場
佐倉亮太の2LDKは、夜が更けても熱と冷気と剣気の余韻が残っていた。
「佐倉さん、あなたは悪くない。ただ、あの女性たちをこのままにしておくと、本当に危険です。明日、必ず会社で話しましょう」
隣室の神崎楓はそう言い残し、亮太の腕を振り解いて自室へ戻っていった。彼女の背後の壁には、ヒヨリの氷とルルの魔力の焦げ跡が生々しく残っている。
「ルル、ヒヨリ、エラシア、お前たち!壁を壊すのはやめろって言っただろ!」
亮太の怒鳴り声に、ルルはステッキを振って壁を指差した。
「マスター!ご心配なく!これは『緊急補修魔法・フリルエディション』で既に修繕済みであります!」
ルルの魔法はとんでもないが、確かに壁の穴は完全に塞がっている。ただし、補修部分だけがピンク色のフリル柄になっているのは、もはや諦めるしかない。
「ちくしょう……」
亮太は頭を抱えた。ヒロインたちは互いに牽制し合い、静かに部屋の隅に陣取っていた。
「夫よ、人間(楓)は信用ならぬ。今夜は私が寝室を守ろう」
「不潔である。王の寝所は私が冷気で結界を張る」
「マスターの隣の床が一番魔力が高まります!」
全員が「亮太のそば」を主張し、静かな場所取りバトルが続いている。
その中で、亮太が最も恐れる電話を手に取った。大家さんへの連絡だ。
「ええと、大家さん?佐倉です。大変申し訳ありません!あの、窓の件なんですが……高性能な加湿器が……」
『高性能な加湿器が、窓を凍らせて壁に穴を開けるんですか!?』
大家さんの声は、怒りを通り越して静かな脅迫めいていた。
『佐倉さん、今回だけは、弁償ということで見逃します。ですが、次、次何か騒音や破損があったら、即刻退去していただきますよ!』
「即刻退去」。その四文字は、亮太の平凡な日常を断ち切るギロチンの刃だった。
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2. カオスな朝の業務連絡
翌朝。
亮太は、凍り付いた水道管とヒヨリがブリザードで瞬時に作った氷の巨大冷蔵庫から、なんとか食材を確保し、会社へ向かう支度を始めた。
「マスター、いってらっしゃいであります!」
ルルはピンクの魔法少女衣装のまま、玄関で敬礼する。ルルは、小柄で、ピンクのボブヘアと大きな緑色の瞳が特徴的な、まさにアニメから飛び出してきたような可憐な美少女だ。
「王よ、本日もご武運を。帰還の際は氷雪郷の儀式でお迎えします」
ヒヨリは白い着物姿で、深々と頭を下げる。ヒヨリは、銀色のロングヘアと氷のような薄青色の瞳を持つ、見る者を凍てつかせるクールビューティーだ。その体温は極端に低く、彼女の周囲だけ常に冷気が漂っている。
「夫、戦場(会社)での働き、精霊が守護するだろう。ただし、人間(楓)の邪な誘惑には乗るな。私は精霊魔法で常に夫を監視しているぞ」
エラシアは長身で玄関の壁に寄りかかり、抜き身の剣を磨きながら忠告する。エラシアは金色のポニーテールと鋭い琥珀色の瞳を持つ、すらりとしたモデル体型で、腰に携えた剣がハイエルフの剣士としての誇りを感じさせる。
(監視してるって、精霊魔法で盗聴までしてるのか!?そして、今日のネクタイ、ルルが勝手に『魔力増幅ネクタイβ』とかいう、蛍光ピンクの妙なネクタイにすり替えてるし!)
亮太は、自分の会社員としての評判が、異世界の女たちによって風前の灯であることに絶望しながら、会社へと向かった。
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3. マドンナの冷たい視線
都内のウェブコンサルティング会社のエレベーターホール。
亮太が乗り込もうとすると、中には既に神崎楓が立っていた。彼女はいつものように清潔感のあるオフィスファッションに身を包み、会社のフロアでは誰もが憧れるマドンナの風格を保っている。
しかし、その瞳には、昨晩の騒音と恐怖、そして亮太への「あなたは危険な環境にいる」という強い懸念が宿っていた。
「あ、神崎さん……おはよう」
亮太は、蛍光ピンクのネクタイを隠すように首元を触りながら、声を絞り出す。
「おはようございます、佐倉さん。昨晩の件ですが、改めてお話させてください」
楓はまっすぐ亮太を見つめた。
「佐倉さん。正直に言って、あなたの部屋は異様な場所になっています。あの女性たち……まるで何かの呪術師か、カルトの人間みたいです。私には、あなたが無理やりあの状況に縛り付けられているようにしか見えません」
「い、いや、あれはちょっと……その、シェアハウスで揉め事が……」
「シェアハウスに氷の槍が突き刺さるんですか?佐倉さん。しかも、あの2LDKは、どう見てもシェアハウスにできるほど広くはないでしょう? 壁を壊したことは謝りますが、あなたは、私たちが守るべき『常識』の中にいるべき人です。昼休み、改めて私のデスクへ来てください。私は、あなたが退去させられる前に、何としてでもあなたをあの部屋から救い出します」
(マドンナに「救出」されようとしてる……! でも、フィギュアのことは絶対に言えない!)
亮太はフィギュア趣味を知られるくらいなら、異世界に連れ去られる方がマシだとさえ思い始めていた。
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4. 聖域の終わり
残業を終え、疲労困憊でアパートへ帰宅した亮太。
「ただいま……」
2LDKのリビングは、一見静かだった。ヒヨリは氷の巨大冷蔵庫の横で座禅を組み、エラシアは窓辺で精霊と会話をしている。ルルだけが、フィギュア棚の前で満面の笑みを浮かべていた。
「マスター! おかえりであります! 今日の任務(会社勤務)お疲れ様でした! そのネクタイ、大成功でしたね!」
ルルは誇らしげに胸を張る。そして、亮太の視線がフィギュア棚へ向かった、その瞬間。
「ルル……これ……何だ?」
亮太のコレクション、特に最も高価でレアな限定版のスケールフィギュアたちが、全て見るも無残な姿になっていた。
「ふふん! フィギュアは、マスターの魔力の依代に最適だと気づきました! みんな、魔力コーティングを施しましたよ!」
ルルが言う「魔力コーティング」とは、どう見てもピンク色のネバネバした魔法の液体であり、細部の造形が命であるフィギュア全体に、ムラなく塗りたくられていた。
さらに、フィギュアたちの手足には、「マスター命!」や「世界平和(ハート)」と刺繍された、ルル特製のピンクのリボンが結び付けられている。
「あとは、ここに『魔力炉心』を設置すれば……」
ルルが取り出したのは、火花を散らすピンクの小さな原子…炉のようなものだった。
「なんじゃ、気に食わぬのでありますか?」
ルルが小首を傾げ、素知らぬ顔で尋ねてきた。その無邪気な瞳が、亮太の怒りを爆発させた。
亮太の堪忍袋の緒は、物理的に断裂した。大家さんの警告、楓さんの視線、山田さんの騒音、全てを忘れた。
「ルルウウウウウウウウウウウウウウウウ!! いますぐ、即刻、大急ぎでもとに戻せ!!」
亮太の絶叫はアパート全体に響き渡り、その振動は上階の山田さんの部屋へも伝わった。
『な、なんだこの怒りの波動は!? 大地が……いや、これは俺の内なる『怒りの力』が具現化したというのか! フハハハハ!』
山田さんの勘違いは、今日もまた深まるのだった。