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11 決着

ー/ー



 「は、はい……!」

 オフィサーの声に慌てて頷き、善夜はヒドゥンに目を向けた。
 言葉を詰まらせたままの彼は、彼女をじっと睨むように見つめ、

「くっ……っそおおおおおお!!!!」

 ヤケクソ気味に絶叫した。
 同時に圏域の壁や篭手の中から伸びてきた大量の鎖がヒドゥンに向かって殺到する。

『侵入口から脱出します。裂け目に飛び込んでください』

 オフィサーの声に従って。
 善夜は進入口の場所を認めると、裂け目に向かって床を蹴り――

 そのまま落下した。

「っきゃああああああああああああ!!?」

 真っ逆さまに落ちていく善夜に向かって無数の鎖が不規則な動きで飛来するも、彼女の右手が振るう漆黒の刃が全て捌いている。

『彼は、流出したあなたのアニマを集めています』

 ヒドゥンの圏域を包むように鈍色のアニマが集まっているが、善夜にそれを確認する余裕はない。

『手負いとはいえ油断なさらないようお願いいたします』
「わかってます!!!」

 何とか返事だけすると、彼女の体が縦にくるりと回る。
 落ち着きかけた絶叫が再び大きくなった。

 善夜が園庭に着地するやいなや、

『3時の方向へ走ります』

 すぐに下された命令に従い、彼女は寮舎から離れるように走った。
 その時――背後から、地響きのような音。
 振り返ると、寮舎の奥から淡い緑がかった白銀色の巨大な蛇が現れた。
 無数の鎖で構成された身体は直径だけでも2メートル以上か。
 その巨体をくねらせて、時を止められた児童達や庭木を飲み込んで、着実にこっちに這ってくる。

『あれが結紮者(リゲーター)ヒドゥンの魔人化した姿です』

 走りながらも巨大な蛇に圧倒される善夜に、オフィサーの声が告げる。

「ま、魔人化……?」
『便宜上、我々は普段人間とあまり変わらない姿をとっていますが……自身の特性を最大限に行使しようとする時――各々に備わった本来の姿に戻ります』
「でも……」

 善夜の表情には緊張感がない。
 彼女は記憶から情報を探すように視線を動かして、

「代行者がないと……実体化? するのは大変だって、言ってませんでした……?」
人間界(ここ)には我々が実体を保つのに必要なアニマが十分にあります』
「……あ」

 少し考えて、善夜はハッとした。
 確かに、人間がいるところには必ず負の感情がある。
 そして、その感情は人間にとってほとんど価値はない。
 でも、そうなると――

「……じゃあ……なんで、代行者が……?」
『詳細は省きますが……「人間界のアニマ摂り放題」になると様々な問題が生じるので、法律で制限を設けています」
「……いろいろあるんですね……」
『来ます』

 オフィサーの声に顔を上げ、周囲を見回すと――
 魔人化ヒドゥンが、こちらを巻き込むようにカーブを描きながら迫っていた。

『私の合図で「彼」に向かって跳びます。そして――差し支えがなければ私にあなたのアニマを込めてください』
「はいっ……」

 善夜は素直に頷きかけ、

「……えええ!?」

 思ってもみなかった命令に思わず疑問の声を上げる彼女。

『どちらに対する驚きですか?』
「両方ですっ! オフィサーさんにアニマを込めるって……辛いことを思い浮かべるんですよね!?」

 答えて、彼女は改めて確認する。

「また『オーバーなんとか』になったらどうするんですか……!?」
『不意打ちでなければ問題ありません――結紮者(リゲーター)ヒドゥンに向かって跳んでください』
「そうなんですね…………」

 回答と同時に下された命令に一瞬気付かず、

「って今!!?」
『恐れを抱くことは勝手ですが、やらなければやられます』
「……そうですよね、やるしか……」

 淡々と事実を突きつけてくる彼の声で強引に自分を納得させた直後――先んじてこちらに向かって飛びかかってきた巨大な蛇を見て息を飲んだ。

「……!!」

 迫り来る『彼』の開けた大きな口の中で、無数の鎖が蛇のごとく絡まり合い渦巻いているのが見える。
 息を吐いて、吸う。そして、

「怖がるなああああああああ!!!!」

 叫んで善夜は、魔人化ヒドゥン目がけて地面を蹴った。

『上出来です』
「あ、ありがとうございます……!」
『早くアニマを込めてください』

 初めて送られた賛辞に戸惑い照れる善夜に、オフィサーの声が釘を刺す。

「あ、はい……!」

 言われてすぐに、善夜は自分の身に起こってきた不幸な出来事を次々と思い浮かべた。
 苦しさで自然と俯いてしまう。
 その視界に入って来たのは漆黒の魔力を纏った自分の右手。
 ――彼愛用の無彩剣(アーテル)を剣帯に納めていた。

剣帯(ベルト)……!?」
『……今、気付かれたのですね』

 2人のボケとツッコミが交差する間に。
 善夜の右手が素早く突っ込まれたのは。
 無彩剣の隣で揺れるドア型のキーホルダーの、ドア部分。
 柔らかな素材で出来ているかのようにドア枠は手の形に合わせて大きく歪み、

(え……?)

 無彩剣と同色の、柄と――幅の広い剣身が引きずり出てきた。

『両手で構えます』
「! はい……!」

 彼女が両手で柄を握ると同時に剣は振りかぶられ――ようやく『大剣』がドア枠から抜けきった。善夜から込められたアニマか――以前より層の厚い真っ黒な魔力が瞬く間に剣身を駆け上がっていき、

 ――断砕剣(クレイモア)過負荷(オーバーロード)

 善夜の両手が勢いよく振り下ろした――さらに巨大化した大剣・断砕剣(クレイモア)をが、魔人化ヒドゥンの頭に叩きつけられた。
 その刃は勢いのままに巨大な蛇の上顎に食い込み、幾重もの鎖を砕きながら前進を続ける。

『――今からでも遅くねぇ!!』

 斬り裂かれ、徐々に外光が差し込んでいく蛇の体内にヒドゥンの苦痛に満ちた声が早口で響く。

『さっさと命令違反しろ! そうすれば、今度こそお前の思い通りに繋いでやる! 奴らに対する仕返しもできるんだぞ!』
『……どうしますか?』

 他人事のように尋ねてきたのは、オフィサーの声。

『お前みたいなやつが成功するわけねーだろ!! 俺が助けてやるから……』
「――オフィサーさん、お願いします」
『当然です』

 答えるオフィサーの声と同時に断砕剣(クレイモア)の纏う魔力が増大する。

(もう一回だけ、頑張ってみるんだから……! 今度こそ、ちゃんと、自分で……!)
『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 ヒドゥンの最後の絶叫を聞きながら。
 善夜の意志が、断砕剣(クレイモア)を豪快に振りきった。


 巨大な蛇の姿は消え。
 その輪郭にわだかまっている暗緑色のアニマが、一つの方向に流されていく。
 床に置かれた扉型のキーホルダーが、ヒドゥンだったアニマを吸い込んでいた。
 善夜が興味深そうにそれを眺めていると、

「携帯型空間短縮装置で結紮者(リゲーター)ヒドゥンを魔界に送還しています」
「けいたいがた…………?」

 最初に使っていた折りたたみ式の黒い端末を耳に当てたまま、オフィサーが親切に解説してくれた。
 しかし、善夜は聞き慣れない長い言葉は覚えられない。

「『携帯型扉』でも通じます」
「あ……携帯型、扉……」

 これならすぐに言える。
 善夜が嬉しさと恥ずかしさの混ざったような笑みを浮かべるのを見たあと、

「オフィサーです。公務は無事に完了しました」

 すぐに目を伏せて電話の向こうの誰かと会話を始めた。

「…………」

 善夜は、オフィサーの横顔を見つめる。

(公務、完了……)

 これで、終わり?
 ってことは――
 善夜は、自分の胸に手を当てる。
 落ち着き書けた鼓動が、また激しく脈打っていた。


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 「は、はい……!」
 オフィサーの声に慌てて頷き、善夜はヒドゥンに目を向けた。
 言葉を詰まらせたままの彼は、彼女をじっと睨むように見つめ、
「くっ……っそおおおおおお!!!!」
 ヤケクソ気味に絶叫した。
 同時に圏域の壁や篭手の中から伸びてきた大量の鎖がヒドゥンに向かって殺到する。
『侵入口から脱出します。裂け目に飛び込んでください』
 オフィサーの声に従って。
 善夜は進入口の場所を認めると、裂け目に向かって床を蹴り――
 そのまま落下した。
「っきゃああああああああああああ!!?」
 真っ逆さまに落ちていく善夜に向かって無数の鎖が不規則な動きで飛来するも、彼女の右手が振るう漆黒の刃が全て捌いている。
『彼は、流出したあなたのアニマを集めています』
 ヒドゥンの圏域を包むように鈍色のアニマが集まっているが、善夜にそれを確認する余裕はない。
『手負いとはいえ油断なさらないようお願いいたします』
「わかってます!!!」
 何とか返事だけすると、彼女の体が縦にくるりと回る。
 落ち着きかけた絶叫が再び大きくなった。
 善夜が園庭に着地するやいなや、
『3時の方向へ走ります』
 すぐに下された命令に従い、彼女は寮舎から離れるように走った。
 その時――背後から、地響きのような音。
 振り返ると、寮舎の奥から淡い緑がかった白銀色の巨大な蛇が現れた。
 無数の鎖で構成された身体は直径だけでも2メートル以上か。
 その巨体をくねらせて、時を止められた児童達や庭木を飲み込んで、着実にこっちに這ってくる。
『あれが|結紮者《リゲーター》ヒドゥンの魔人化した姿です』
 走りながらも巨大な蛇に圧倒される善夜に、オフィサーの声が告げる。
「ま、魔人化……?」
『便宜上、我々は普段人間とあまり変わらない姿をとっていますが……自身の特性を最大限に行使しようとする時――各々に備わった本来の姿に戻ります』
「でも……」
 善夜の表情には緊張感がない。
 彼女は記憶から情報を探すように視線を動かして、
「代行者がないと……実体化? するのは大変だって、言ってませんでした……?」
『|人間界《ここ》には我々が実体を保つのに必要なアニマが十分にあります』
「……あ」
 少し考えて、善夜はハッとした。
 確かに、人間がいるところには必ず負の感情がある。
 そして、その感情は人間にとってほとんど価値はない。
 でも、そうなると――
「……じゃあ……なんで、代行者が……?」
『詳細は省きますが……「人間界のアニマ摂り放題」になると様々な問題が生じるので、法律で制限を設けています」
「……いろいろあるんですね……」
『来ます』
 オフィサーの声に顔を上げ、周囲を見回すと――
 魔人化ヒドゥンが、こちらを巻き込むようにカーブを描きながら迫っていた。
『私の合図で「彼」に向かって跳びます。そして――差し支えがなければ私にあなたのアニマを込めてください』
「はいっ……」
 善夜は素直に頷きかけ、
「……えええ!?」
 思ってもみなかった命令に思わず疑問の声を上げる彼女。
『どちらに対する驚きですか?』
「両方ですっ! オフィサーさんにアニマを込めるって……辛いことを思い浮かべるんですよね!?」
 答えて、彼女は改めて確認する。
「また『オーバーなんとか』になったらどうするんですか……!?」
『不意打ちでなければ問題ありません――|結紮者《リゲーター》ヒドゥンに向かって跳んでください』
「そうなんですね…………」
 回答と同時に下された命令に一瞬気付かず、
「って今!!?」
『恐れを抱くことは勝手ですが、やらなければやられます』
「……そうですよね、やるしか……」
 淡々と事実を突きつけてくる彼の声で強引に自分を納得させた直後――先んじてこちらに向かって飛びかかってきた巨大な蛇を見て息を飲んだ。
「……!!」
 迫り来る『彼』の開けた大きな口の中で、無数の鎖が蛇のごとく絡まり合い渦巻いているのが見える。
 息を吐いて、吸う。そして、
「怖がるなああああああああ!!!!」
 叫んで善夜は、魔人化ヒドゥン目がけて地面を蹴った。
『上出来です』
「あ、ありがとうございます……!」
『早くアニマを込めてください』
 初めて送られた賛辞に戸惑い照れる善夜に、オフィサーの声が釘を刺す。
「あ、はい……!」
 言われてすぐに、善夜は自分の身に起こってきた不幸な出来事を次々と思い浮かべた。
 苦しさで自然と俯いてしまう。
 その視界に入って来たのは漆黒の魔力を纏った自分の右手。
 ――彼愛用の|無彩剣《アーテル》を剣帯に納めていた。
「|剣帯《ベルト》……!?」
『……今、気付かれたのですね』
 2人のボケとツッコミが交差する間に。
 善夜の右手が素早く突っ込まれたのは。
 無彩剣の隣で揺れるドア型のキーホルダーの、ドア部分。
 柔らかな素材で出来ているかのようにドア枠は手の形に合わせて大きく歪み、
(え……?)
 無彩剣と同色の、柄と――幅の広い剣身が引きずり出てきた。
『両手で構えます』
「! はい……!」
 彼女が両手で柄を握ると同時に剣は振りかぶられ――ようやく『大剣』がドア枠から抜けきった。善夜から込められたアニマか――以前より層の厚い真っ黒な魔力が瞬く間に剣身を駆け上がっていき、
 ――|断砕剣《クレイモア》・|過負荷《オーバーロード》
 善夜の両手が勢いよく振り下ろした――さらに巨大化した大剣・断砕剣(クレイモア)をが、魔人化ヒドゥンの頭に叩きつけられた。
 その刃は勢いのままに巨大な蛇の上顎に食い込み、幾重もの鎖を砕きながら前進を続ける。
『――今からでも遅くねぇ!!』
 斬り裂かれ、徐々に外光が差し込んでいく蛇の体内にヒドゥンの苦痛に満ちた声が早口で響く。
『さっさと命令違反しろ! そうすれば、今度こそお前の思い通りに繋いでやる! 奴らに対する仕返しもできるんだぞ!』
『……どうしますか?』
 他人事のように尋ねてきたのは、オフィサーの声。
『お前みたいなやつが成功するわけねーだろ!! 俺が助けてやるから……』
「――オフィサーさん、お願いします」
『当然です』
 答えるオフィサーの声と同時に|断砕剣《クレイモア》の纏う魔力が増大する。
(もう一回だけ、頑張ってみるんだから……! 今度こそ、ちゃんと、自分で……!)
『やめろおおおおおおおおおおおお!!!!!』
 ヒドゥンの最後の絶叫を聞きながら。
 善夜の意志が、|断砕剣《クレイモア》を豪快に振りきった。
 巨大な蛇の姿は消え。
 その輪郭にわだかまっている暗緑色のアニマが、一つの方向に流されていく。
 床に置かれた扉型のキーホルダーが、ヒドゥンだったアニマを吸い込んでいた。
 善夜が興味深そうにそれを眺めていると、
「携帯型空間短縮装置で|結紮者《リゲーター》ヒドゥンを魔界に送還しています」
「けいたいがた…………?」
 最初に使っていた折りたたみ式の黒い端末を耳に当てたまま、オフィサーが親切に解説してくれた。
 しかし、善夜は聞き慣れない長い言葉は覚えられない。
「『携帯型扉』でも通じます」
「あ……携帯型、扉……」
 これならすぐに言える。
 善夜が嬉しさと恥ずかしさの混ざったような笑みを浮かべるのを見たあと、
「オフィサーです。公務は無事に完了しました」
 すぐに目を伏せて電話の向こうの誰かと会話を始めた。
「…………」
 善夜は、オフィサーの横顔を見つめる。
(公務、完了……)
 これで、終わり?
 ってことは――
 善夜は、自分の胸に手を当てる。
 落ち着き書けた鼓動が、また激しく脈打っていた。